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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
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愚か者の火

 一体、一体、眼下に蠢く亡者の姿を確認していく。

 ボリスや、アヴェルチェフが名を呼んだ三体のそれは最近死んだということもあってか、まだ綺麗な姿を保っている。

 いや、まあボリスは首がありえない方向に折れまがっているし、他の三体もそれぞれ身体の何処かしらに致命傷を負っているんだがな。

 ただ、それでも。

 肉が腐り、蕩けているその他大勢に比べればやはり綺麗といえよう。

「なあ、なあ、よっくん、ほいっ!! よっくん」

「あん? 何だ、ふんっ!! 用事か? ふんっ!!」

 俺たちが一時的に避難したのは霊泉の周りに生えていた木々の枝の上。そしてその上で打開策を練りながら続々と木に登ってきている亡者どもを足蹴にしているというのが現状である。

 ちなみにアヴェルチェフは見殺しにして、もう既に亡者どもの餌になったかというとそうではなく、彼は俺の背中のコードの一本にぶら下げられている。

 別に見殺しにしてやってもよかったのだが、ここまでの『正直者』をあんな汚らしい『嘘吐き』どもに殺させてやるのも癇に障るんでな。こうして助けてやった次第だ。

 それに――。

「だとすれば、もう……。いやそれは早計か? しかし、こうしている間にも……」

 見た感じ、絶望して諦めているって様子じゃないんだよな。そりゃ最初こそかなり精神的に追い詰められていたみたいだけど、いまはどうやら状況を分析してどう対処すべきかを考えているようにも見えるのだ。

「これからどない――ふんっ!! するん? ウチ的にはさっさと――ほっ!! トンズラこきたいんやけ、どっ!?」

「んー、そうだ、なっ!! 俺も正直そうしたいん――せいっ!! だけどな……。ただそうするとコイツら全部――ふんっ!! 村までついてきそうで怖え」

「やっぱ、そう思う?」

 そうなると厄介だ。いや、既に十分すぎる程厄介だが。

 村にはアヴェルチェフに頼るという以外に自衛の手段がない。ただの人間しかいないあの村がこんな人外どもに襲われればひとたまりもないだろう。

 もし、そんな事態になれば俺自身が、アヴェルチェフの誓いを破らせることにもなる。

 それだけは絶対に嫌だ。

「助けて、ドラ○も~ん。大量のジャ○アンとス○夫がウチを苛めるんや~。火でも出して焼き殺しておくれよ~」

『の○太さん、怖い!!』

「ふふふ~、ボクに頼らず自分の力で何とかしなよ、の○太くん」

 そんな物騒な発想のできるのび○くんならきっと何とかできるだろうさ。

「まあ、冗談は置いといてやな。実際のところどうなん? あんだけのゾンビさんたちを火葬することはできるん?」

「無茶言うな。ただでさえ予定より早く出発したせいで五割も残量が無かった上にグレネードとナトリウムの塊で殆どすっからかんなんだ。あれ全部焼き払うだけの火力を持った炎を出したら死ぬわ」

『間違いなくね』

「はぁ……、ポケット失くした青ダヌキはこれやから……」

 黙らっしゃい。劇場版でしか活躍しないメガネ少年には言われたくない。つーか、オマエいまのところ、何の役にも立ってねえからな?

 そう小言を言おうとしたが、その前に俺はバランスを崩してしまう。そしてそのまま木から叩き落とされたカブトムシよろしく重力に引かれて落下していく。

「ちょ、何してんの、自分!?」

 いや、足滑らせたんじゃねえぞ? 流石にこんな場面でそんなドジは踏まない。原因は――。

「また……、オマエか……ッ」

 体内に異物が侵入する不快感を堪えながら俺はその原因となったものに視線を向ける。

『あは!! あはは!! もう一人はともかくあなたがユーリじゃないことはもうわかってるもの!! みんな遠慮はいらないわ、存分にお食べなさいな!!』

 真下では我先にと落下してきた肉、つまり俺だが、それを手にしようと亡者がその腐った腕を伸ばす。

 一方俺はといえば、初めに侵入されたとき程ではないにしろ身体の自由はなく、このまま落下していくしか術はない。このままでは骨も残らないだろう。

 だから俺は彼女の名を呼ぶ。

「イア」

『はい!!』

 これの名前は何だったか……。ああ、そうだ。確か神様がこれにつけた名前は――。

「『同位アフィニティ』」

 俺は意識の海に沈み。

 イアは現実の空に舞う。

 身体の全てが俺からイアに造り変わる。

 白い髪は腰まで伸び。

 身体付きは女性らしく。

 美しく、しかし強い意志を秘めた眼は、更なる金色に染まり。

 同位は完了した。

「えいっ!!」

 俺と入れかわり身体の自由を手に入れたイアは即座に周囲の木々にコードを伸ばし、すんでのところで静止する。

 そしてそのままコードを縮め、さっきと同じように太い枝の上に着地した。

「何回見てもおもろいなー、それ」

「そう?」

 一連の動きを見ていた玖尾がやる気のない拍手をしながら言う。

 こっちとしてはそう言われても何も嬉しくないんだが。いまだって必要だったからやっただけで見せびらかしたかった訳ではない。

「だって、ちびっこいイアちゃんがおっきなんねんで? 青いキャンディーでも舐めたんかっちゅう話やわ」

「わ、私ちびっこくなんかないし!!」

『いや、ちびっこいだろ』

「うう……、頼人まで……」

 ところで、いま同位して気づいたんだけど。

『なあ、そんなことより占有権をオマエが握ってる状態ならそれなりの炎を具現化できんじゃねえ?』

 俺は裏に引っ込んでるんだし、使用されるのは表に出ているイアの精神力なのではないだろうか。

「……グスッ。じゃあやってみる?」

『神様も色々試してみろって言ってたしな……。よし、やっちまえ、イア!!』

「うん!!」

 イアは俺にそう返事をして右手を宙にかざす。

 彼女の精神力がどのくらいのキャパシティがあるのかはわからないが、いまの俺が具現化するよりは威力はあるだろう。

 そう考え、炎が上がるのをいまかいまかと待ち望んでいると――懐かしい、そして激しい痛みが俺を襲った。

『ギ……、ゲハァ!! ゴホッ、ハ、ア……ァア!! イ……ア、止め……ろ、止めてくれ!!』

「え? よ、頼人!? 何、どうしたの!! 大丈夫!?」

 どうやら、イアはちゃんと指示に従って具現化をキャンセルしてくれたようだ。割れるような頭の痛みが消え、何とか呼吸を整えようと努める。

『こりゃ……、ダメ……だな』

 あのときと同じ。

 初めて禍渦を壊したときと同じだ。

 足りない精神力で物質を具現化しようとしたときに起こる警報アラート。頭は万力で締め付けられたように悲鳴を上げ、脳みそは蕩けそうなほど沸騰する。

 最近は力の使い方をちゃんと覚えて節約していたからご無沙汰だったが、この痛みは忘れない。そしてこの痛みが俺を襲ったということはつまり――。

『イアが表に出てて……も、使うのは俺の……精神力ってことか……』

「そんな……」

 考えてみれば当然か。

 身体の占有権を得たといっても関係は変わらない。

 俺の精神力を吸い、イアは奇跡に等しい力を与える。

 だが、仮に彼女の精神力を吸ったとしても、俺は彼女に何の力も与えられないのだ。

 俺は所詮、燃料。力を構成する一部ではあっても、力そのものにはなれない。

「なんやようわからんけど、そっちは打つ手なしっちゅうことでええんかいな?」

「わ、わかんない。頼人? 頼人ってば!!」

 ……ちょっと待てって。いま色々考えてるからさ。

 しかし、俺が解答を導き出す前に玖尾が驚くべき提案を持ちかけてきた。

「ああ、もうヤイヤイ騒ぎなや。よっくんもよっくんで色々考えてんのかもしれんけどそれは一旦置いとき。……ここはウチが何とかしたるからその間にちゃっちゃと村まで逃げえ」

「で、でも……」

「やかましい。アンタら三人ここにおっても何の役にも立たへんやろうが。せやったら一回帰って作戦立ててもっかい挑戦せえや。安心しィ、ウチの後ろには一体も通さへんから」

 しっしっと、追い払うかのように手を振る玖尾。

 余程自信があるのか、彼女からは緊張といったものが一切感じられない。

 だとすれば、ここはその厚意に甘えさせてもらうのが最善か。

『イア、引くぞ』

「い、良いの?」

『良いも悪いも、そうする以外の選択肢がない』

 ここで精神力が回復するまで待つという手もあるが、それだとその間にアヴェルチェフが乗っ取られかねない。いまは幸いにもその兆候はないが、いつあの禍渦がコイツに矛先を向けるか、わかったものではないからな。

「ウチがこっから飛びおりて少ししたら逃げ。安全快適な逃走路を約束したるから」

『……させると思っているの?』

 禍渦のその声とともに亡者たちの動きが活発になる。さっきまで木を登ろうとしていた亡者はいつの間にか地面に降り、大木をへし折ろうと躍起になっていた。

『逃がさない!! 逃がさない!! ここから生かして帰すものですか!!』

 狂ったように髪を振り乱しながら叫ぶ禍渦にもう美しさはない。眼は血走り、口は裂け、さながら鬼のような形相である。

「さて、さて、急かしよるさかいもう行くわ。ほんなら、よっくん、イアちゃん、それから聞いとるかどうかわからへんけどヴォルくん」

 とん、と。

 軽快に枝から飛びおりながら、玖尾は別れの言葉を告げる。

「さいなら」

 そうして彼女は墜ちていく。死者の群がる地獄へと。



 一人、亡者の海へ落ちていく間、ウチはなんで自分はここまでしてやっているのだろうと、首を捻っていた。

 ここにはもう用はない。

 禍渦とやらと相対したときから辺りを探っているが、ここに阿嘉の手がかりはなかった。もう関わった後なのか、それともこれから関わろうとしているのかは定かではないが、いまここにウチがいる理由がないということは確かだ。

 なら、どうしてまだここに留まっているのか?

 天原頼人に告げた理由も勿論ある。だが、こうしてここまで付き合った以上、既にその義理は果たしたといえるだろう。さっさと逃げ出せば良いものを、ここに留まる理由は――。

「ああ、そういうことか」

 あっさりと見つかった答えにウチは思わず苦笑する。

「ただ、『アイツ』やったらこうすると思うから、ウチもそうしたいと思うんやな」

 自分に関わった人間を全て救いたいと思う『彼』なら、きっと自分と同じことをすると思うから。だからこそウチはいま自分から厄介のタネに首を突っ込んでいるということか。

 まったく、惚れた弱みとはいえ、ここまで影響されるとは。

「こりゃあ、抱きしめてキス程度じゃあ割に合わへんな。デートに一日付き合ってもらわんと」

 そんなまだ見ぬ未来を夢見ながらウチは墜ちる。

 さて、じゃあまずはその未来を叶えるためにも目前の障害を排除するとしよう。そう心に決めてウチは自分の力を鞘から抜き放った。



 樹下の光景に俺は思わず自身の目を疑う。

 玖尾は着地と同時に足下の亡者を蹴り飛ばした。そこまではまだ良い。だが、そこから先が問題なのだ。あれだけ自信満々に自分から飛びこんでいったのだから何か策があってのことだと思っていたのだが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。

 だって、ほら。

 着地した玖尾に一瞬に群がった亡者によって、彼女の姿はもう見えなくなっしまったのだから。

「えぇー……」

 イアが残念そうな声を出すのも無理はない。代わりに俺が出したいくらいだ。

 え、というかちょっと待って。まさか本当にやられたわけじゃあないよな?

 と、そんな不安が心を過ったとき、その不安を掻き消すような眩い青い光が死者の海から滲み出る。そしてその光は一瞬にしてその光量を最大にし、形ある焔となって亡者たちを燃やし尽くした。

『あれは……』

 あの焔を俺は知っている。

 森で彼女と戦ったとき、巨石と手榴弾を消し飛ばした、あの焔だ。しかし、あのときとはその輝きも、そして威力も桁違いのように見える。

 しかし、一番の違いは玖尾の姿そのもの。

 彼女が着ていた赤いジャージは消え去り、白衣に緋袴といった巫女のような装束にその身を包まれている。

 そして一番の相違点は。

「頼人、尻尾!! あの人尻尾生えてる!! あ、見て見て耳も!!」

 イアの言う通り、彼女の頭には金色の獣の耳と、同じく金色の毛に覆われた九本の尻尾。

 そしてその尻尾の先にはそれぞれさっきの青い焔がポツポツとライターの火程度の大きさで揺らいでいる。

『……………コスプレ?』

「? コスプレ?」

「誰がレイヤ―さんや!!」

 イアの呟きに、華麗に登場した玖尾が怒鳴る。

 ああ、もったいない。折角、ちゃらんぽらんなイメージが払拭されたというのに。どうやら姿形が変わっても玖尾は玖尾のようだ。

「全開でスキル使うには元に戻らなアカンの!! そういうもんなの!!」

 ふうん、つまりあれが魔物としての玖尾サキの姿、ということか。

「ったく、人が格好良う別れの言葉を言うたっちゅうのに、アンタらは……。はぁ……まあええ、鬱憤はコイツらで晴らさせてもらうとするわ。――さぁ、何十年振りかの玖尾さんの全開スキルのお披露目や。いっちょ派手に行こか!!」

 そう言って玖尾が尻尾を一振りすると、先端の焔はより一層光輝く。

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 そして、九本全ての尻尾をもう一振りすると直接先端の焔に触れた訳でもないのに彼女の周囲の亡者は青い焔に包まれ、あっという間に消し炭すら残すことなく消滅する。

 くるくる。

 くるくると。

 舞を踊るように金の髪と尻尾を揺らしながら玖尾は廻る。

 彼女が一回舞うごとに。

 何十という亡者が青焔となって消し飛んでいく。

 彼らが再び黄泉へと還るその様を薄い笑みを浮かべて見送る彼女の姿は、まるで神へと御霊を送る使命を帯びた巫女のようで。

 いつの間にか俺は禍渦に使役された死者の魂が浄化されているかのように感じていた。

 そして、それはどうやらアヴェルチェフも同様だったようで、ボリスや、レヴォリと呼ばれたかつての村人が焼かれる様を見ても取り乱すことはなかった。

 しかし、玖尾にとってそうした俺たちの感傷はどうでも良いものらしい。舞を舞いながらも樹上の俺たちに怒鳴り声を上げる。

「なに、ボーっと見とんねん!! さっさと逃げんかい!!」

「え? えへへ、あんまり綺麗だからつい」

「アホ!!」

 頭を掻きながらそう弁明するイアを玖尾は更に叱り飛ばす。

「この死体どもはともかく『アレ』は力押しじゃあ倒せへんねやろ!? ほんならウチが時間稼ぎしとる間に逃げろや!!」

 険しい顔をしてこちらを睨みつけている禍渦を指差しながら、彼女はそう叫ぶ。

 確かに、彼女の青い焔は禍渦を何度も焼き尽くしているが、その度に再生を繰り返し続けている。やはり玖尾がいくら強くても正しい手順を踏まなければ破壊することは不可能のようだ。

 ということはここで逃げるということは必須事項。玖尾の言う通り大人しく村へと退散するが吉だろう。

『イア、アイツに一言伝えてくれるか? そしたらここから全力で撤収だ』

「え? あ、うん」

 逃げるにしても、時間を稼いでくれた玖尾に何かしらの言葉はかけるべきだろう。そして無限に近い言葉の組み合わせの中から俺が選んだのは。

「『玖尾、嘘吐いたら殺す!!』って、良いの!? こんな物騒な言葉で!?」

『ああ、良い』

 イアの声は確かに玖尾に聞こえていたようで、一瞬呆気にとられたような顔をしていた彼女であったがその言葉の意味を理解すると、ニヤリと笑い叫びを返した。

「あっはっは!! 了解や!! そもそもこんなトコで死ぬ気はさらさらあらへんしな!!」

 より一層。

 苛烈に焔を撒き散らしながら彼女は自分の想いに嘘を吐く気が無いことを宣言する。

 ……よし。なら何の遠慮もなくここから離脱することができるな。

『イア、行くぞ』

「う、うん。でもなんであんなこと言ったの?」

 木から木へと飛び移りながらイアはそう問いかける。

『何、叱咤激励してやろうと思ってさ』

「?」

 イアがよくわからないという表情で首を傾げる。

 ま、何にしても必要な情報は得られた。ケリをつけるのは次だ。

 玖尾の頑張りを無駄にしないためにも、そして何より俺自身が約束を違えないためにも次は必ずころしてみせる。

 そう、たとえ。

 たとえ、どんなに惨い方法しかなかったとしても。


 先日また一つ年をとり、切なくなりました。久安です。

 あと三話で『ルサルカ』終了です。ただ次章はまだ構想が上手く練れていないので不安でいっぱいな今日この頃。これまで通り、禍渦を壊すだけではなくてそろそろ天原くんも新たな嘘の形だけではなく、別のものを手に入れて欲しく思ってます。

 

 次回は10月16日 10時更新予定です。

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