同位(アフィニティ)
「どうだ、イア? 治癒にはまだかかりそうか?」
『んー、あと三時間は欲しいかなあ』
「そうか……、じゃあもう一個の方はどうだ?」
ベッドの上で胡坐をかきながら、俺はイアに尋ねかける。
玖尾、アヴェルチェフと同盟を結び、禍渦を壊すことが決まったあと、俺とイアは一つの部屋を宛がわれた。彼としては一刻も早く禍渦を破壊したいところだったろうが、なにぶんこちらにも都合がある。
というか、全員が両腕を負傷している上に、俺に至っては肋骨を数本やられているのだ。まずは身体の回復に努める必要があったことはいうまでもない。
そういう訳で俺とイアはアヴェルチェフを説き伏せ、夜まで休息の時間をもらうことにしたのである。
ただ、同調しているイアによれば怪我の完治はあと三時間で終了するようだが、物質具現で消費した精神力はそうはいかない。こればかりは時間をかけなければどうすることもできないのである。
そのために深夜までの六時間もの長い休みを貰った、という訳だ。
『まあ、出発までにはある程度は回復すると思うけど。あんまり無茶はしないようにね? 回復するって言っても万全の状態の七割程度までだから』
「ああ」
そもそも一回の戦闘だけでどうにかできるとは思ってないしな。
禍渦の元となった伝承が単なる化物で、退治するだけで核が破壊できるなら話は早いのだが、毎度毎度そういう訳にもいかないだろう。
ヴィンシブルの腕輪、然り。
ロッジの小説、然り。
伝承をなぞり、手順を踏んで壊さなければいけない場合もある。いや、その方が多いと言っても過言ではないだろう。
だから俺としては今夜最優先すべきは情報を集めること。神様が寄越した禍渦の位置データを頼りにその住処へ向かい、今回顕現した禍渦がどのようなものなのかを見極めることだ。
尤も、今夜で破壊出来るならそれに越したことはないのだけれど。
「……もう一度確認しとくけど、俺がまた操られる可能性はないのか? 一度目はオマエが撃退してくれたけど二度目がないって保証はないだろ?」
気がかりはそれだ。
もしイアが防いでくれたとしてもその間俺は無防備になってしまう。禍渦の前で棒立ちになるなど考えたくもない。
『それは大丈夫じゃない? いざとなったら森のときみたいに私が表に出れば影響は受けないでしょ』
「……それなんだよなあ」
俺が目覚めてから一番気になっていたこと。
これまで同調していてもイアが俺の身体を完全に掌握することはなかった。
しかし、彼女が俺を禍渦の精神攻撃から守るためにとはいえ、俺の身体を自分の手足のように操り、それこそ容姿すらも変貌せしめたのだ。
いままで彼女はそんなことができるなんてこと口にしたことはなかったし、実際にやってみせたこともなかった。
「『アレ』。イアもできるなんて知らなかったんだろ?」
『うん。なんかよくわかんないけど、頼人を助けなきゃって思ってやったらできちゃった。でも上手くいく確信みたいなものはあったよ』
そしてこれである。
当の本人もよくわからない力を使い続けて平気なのだろうか?
二人の身体に影響は?
後遺症めいたものは?
そして俺とイアは入れかわることで何ができるのか?
「…………っあー!! ぐるぐる考えてたってわっかんねーや!! こうなったら直接問い合わせてやる」
そう叫び、俺はコートのポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出す。
『電話? 誰に?』
「決まってんだろ?」
アドレス帳から目当ての番号を呼びだし、発信ボタンを押す。
「オマエの生みの親にだよ」
『はいはい、こんにちは。みんな大好き神様ですよ』
その言葉とともに受話口から戦隊モノの登場シーンのような爆発音が響く。
「そうか、俺はマイノリティだったのか。いままで知らなかったぜ」
ただ、そうだとすれば俺はマジョリティに属する全人類の神経を疑うが。
『おや、その声は頼人くん』
「……おめーは誰からか確認せずに電話をとるのか?」
『いやあ、登録の仕方がよくわからなくってですねー、えへ』
「そんなんでよくイアを造れたな、アンタ!!」
機械に疎い老人が、タイムマシン発明したようなもんだぞ!?
『ほら、何て言うんですかねー? 時代が私に追いついてないって言うんでしたっけ? こういう場合』
「ツールが古すぎてよくわかんねえって言いたいのか……」
それはまた意味が違う気もするが、俺もよく知らないので放置しておくことにしよう。それよりもいまはあの現象のことだ。
だが、どう説明したものか……。俺も、イアもどうなったのかイマイチ掴めていないので上手く説明できないような気がする。
そうやってどう切り出すべきか悶々と考えていたのだが、通話相手はそんな俺たちの状態を見抜いていたようだ。
『で、どうしたんです? 私のことが嫌いな頼人くんがわざわざ連絡を寄越すということはそれなりのことがあったんでしょう? キーワードだけでも良いですから言ってごらんなさい』
……さっすが神様。空気読めない癖にこういうところは鋭いんだよなあ。
『……ちなみに空気は読めないのではなくて読んだ上でそれをブチ壊しているだけですけどねー』
「やめて、心までは読まないで!!」
というかタチが悪いな、おい!!
「ったく……、まあ良いや。神様の言う通り聞きたいことがあって電話したんだ。無駄話はこれで終わりにして本題に入らせてもらうぞ」
『どうぞ、どうぞ。実は私、絶賛戦闘中なんですよ。だから簡潔にお願いしますねー?』
ああ、さっきから聞こえてた爆発音やら、なんやらはそれでか。そういや自分は火急の用件があるとか言ってたな。……どうでも良いけど。
取り敢えず御希望通り、簡潔に聞かせてもらおう。
「同調中、俺とイアの意識が入れかわった。こんなことはいままでなかったんだが、あり得るのか?」
『入れかわった? どういう風に?』
「イアが身体の占有権を握ったっつーのかな? そのときのこと見てたヤツに聞いたら外見もイアっぽくなってたらしいぞ」
『ふむ……』
それきり神様は押し黙ってしまう。俺たちの身に起きた現象について考えているのだろうが、完全に黙られるとなんか気まずい。
「……イア、なんか喋ってくれ」
小声で俺の中にいるイアに呼びかける。すると電話中ということに気をつかって黙っていたイアがやや驚いた声で応えてくれた。
『え、私? 電話中だけど良いの?』
「良い。神様が考えをまとめて話を再開させるまでで良いから。どうせイアの声は俺にしか聞こえないんだし気にせずガンガン頼む」
『じゃ、じゃあ良いけど……あんまり盛り上がりを期待しないでね?』
「わかった」
さて、どんな話をするつもりなのか。期待するなと言われたが、それなりに興味をそそられる。
『こないだ、頼人が家にいなかったときのことなんだけど……』
「ふんふん」
ああ、夕方は買い出しで家を空けることがあるもんな。最近は無理にスーパーまでついてこなくなったし。いや、まあそれでもイアは行きたがるんだけど。
『で、その間に美咲が遊びに来たんだよ』
「……………………」
ちょっと待て、初っ端から雲行きが怪しいんだが。
美咲が?
俺の家に?
不吉な予感しかしねえ……。
俺のそんな思いとは裏腹にイアは興が乗ってきたらしく、楽しそうに話し続ける。
『いつも私が同じ服を着てるのが気に入らなかったらしくて。ふふ、両手に服で一杯になった袋を抱えてやってきたんだよ。ええと、なんだっけ……ふぁっしょんしょー? みたいで楽しかったよー?』
「……へえ」
ああ、なんだ。美咲はそういう用事で来た訳か。なら良かった。俺の部屋とか書庫をガサ入れしに来たんじゃなかったんだな。
『あ、そういえば美咲が持ってきた服を頼人の部屋のクローゼットに仕舞った後、顔が真っ赤っかだったけどどうしたんだろうね?』
うおおおぉぉぉぉおおい!!
バッチリ男の子のお宝を見られてんじゃねえか!! しかも不慮の事故で!!
ああ、そうか……。だから最近俺が声をかけると脱兎のごとく逃げ出してたのか……。
『頼人? どうしたの?』
「……いや。それでオマエはそれ見たのか?」
『ううん、美咲が私は見ちゃ駄目って言って見せてくれなかったから……』
美咲、そこはナイスだ!!
イアに見られていたら俺の家庭内での尊厳がマッハで消滅していくところだったぜ。
『それで、だからね……。良かったら今度――』
『頼人くん? お待たせしました。一応ですけど結論が出たのでお伝えします。良いですか?』
イアの声を遮り、神様の声が脳内に響く。
「お、待ってました。でも、ちょっと待ってくれ――」
なんかイアが言いたいことがありそうなんだ。
そう神様に言おうとしたがその前にイアに阻まれる。
『あ、後で良いよ!! 大したことじゃないし!!』
「そうか? 悪いな、イア」
『……うん』
神様も神様で何やら取り込み中らしいし、彼女の厚意に甘えるとしよう。
『頼人くーん?』
「ん、ああ悪い!! で、アレは結局何なんだ?」
『ええ。取り敢えず、その身体の占有権が入れかわる現象のことを『同位』と勝手に名付けることにしました。名前がないとなにかと不便でしょう?』
「同位?」
まあ、名前は何だっていいさ。それよりも問題なのはその同位とやらがどういうものなのか、だ。
『はい。と大層な名前を付けましたけど、そんなに気にすることはないですよ。簡単に言えば同調率が高まっただけですから』
「おい、何も簡単じゃねえ。そもそも何だ? その同調率ってのは」
『あれ、説明したことありませんでしたっけ?』
「ない。俺の記憶違いでなければ」
『それは失礼しました。では、イアたち人造端末は誰とでも同調できる訳ではないということは知ってますか?』
「ああ、それは知ってる。前にイアが教えてくれた」
『なら話は早い。人造端末と同調できる限られた人間、彼らがどれ程深く同調できるのかを表す指数、それが同調率です。まあ適合率とも言いますけど。兎に角それは人間と人造端末、この場合なら頼人くんとイアですね、その二人の絆の深さだと思って頂ければ結構です』
絆の……深さ?
『頼人くんとイアの最初の同調率は十三.八パーセント。ちなみにこれは同調率の初期値としてはズバ抜けていると考えてくださいねー。深緋ちゃんと満月が八.七、リーンハルトとメフィストが五.九パーセントだったといえばどれだけ異常かわかります?』
異常ってオマエ……。酷い言い草だな、おい。
『その同調率というのは絆の深さですから、一緒に暮していれば自然と上昇していくんですよねー、これが』
カラカラと愉快そうに笑う神様。何やら上機嫌だが、俺たちが同位に至ったことがそんなに嬉しいのだろうか?
「んで? 『同調』が高まって『同位』になるとどうなるんだよ?」
『さあ?』
「さあって、おい!!」
無責任過ぎねえ、それ!?
『だってしょうがないじゃないですか。私は実際に見てないんですし、頼人くんの拙い説明でここまで解明できたこと自体、大手柄だと思いますけどねー?』
「そりゃ、そうかもしれねえけど……」
『それに頼人くん、私はいつも言ってるでしょう? 神様は万能ではないんだと。まあ、詳しいことは君たちがその禍渦を片づけて帰ってきたときにでもキチンと調べてみるとして、推測ですが同位に至ったことで得られる効果を教えておきましょうか』
何だ、やっぱりまだわかったことがあるんじゃないか。
やや不安だったがどうやら神様に相談したのは正解だったようだ。
『まず、一つ目。これは頼人くんとイアで表に出せる意識を交代できるようになったこと。何が出来るかは試してみないとわかりませんがねー。
そして二つ目。同調率が上がったということは神経の伝達速度もそれなりに上がっている筈ですから、前より多少動きが良くなっているかと。まあ、これも試してみてください。
最後に三つ目。これは重要ですよ?』
「……心して聞こう」
『頼人くんとイアが大人の階段を――』
ブツッと。
めり込むのではないかと思うくらい力強く通話終了ボタンを押し、神様の戯言を封殺する。
『ど、どうしたの、頼人?』
「いや、神様がバカなこと言いだしたからつい……」
まったく。
そんなことあるわけないだろうに。
俺とイアはパートナーだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「ん、イア? 何か良い匂いがしないか?」
『え? あ、ホントだ!!』
どうやらアヴェルチェフ家ではそろそろ夕飯の時間らしい。
『頼人、行こう!! 夕飯が私たちを待ってるよ!!』
「ああ、わかってるよ」
今日のおかずは俺を待ってないだろうけどな。
そう心の中で毒づきながら、俺は部屋を後にした。
「クックッ……、あっはっはっは!!」
ああ、実に愉快だ。
腸が捩れて切れてしまいそうな程に。
携帯を手にしながら、私は腹を抱えて呵々大笑する。
「いやはや、こんなに早く同位にまで至るとは流石というべきですかねー。もう少し時間がかかると思っていたので黙っていましたが、どうやらもっと早くに話しておくべきだったみたいです」
だが、もっと。
もっと高みへと昇り続けろ。
こんなところが終着点の筈がないだろう?
君たちはもっと高くまで行ける筈だ。
「私が至れなかった場所にまで」
さて、さて彼らが私の予想を見事に裏切ってくれたのだ。
私も手早く仕事を終わらせるとしようじゃないか。
目の前に蠢く『ソレ』を見据えながら、私は頭の中で幾通りものプランを組み立てる。そして『ソレ』に手をかざしながら、最善のプランを選びだそうと静かに、だが猛烈な速度で一つ、一つ検討していく。
「よし、これにしましょうかねー」
こうすれば彼らの成長に一役買うことができるだろう。
より高位の存在へと押し上げられることができるだろう。
笑顔に口元を歪ませながら、私は一人、作業に取り掛かった。
神様が出番をくれと迫ったんだ、出したかった訳じゃあないんだ……!!
嘘です。すいません。
次から禍渦攻略に入ります。よっくんには是非頑張ってほしいモノですね。
あ、あとご連絡。更新は中3日、4日毎を基本としてますが早くチェック等が終わった場合は1日早く更新するときがあります。一話あたりの文量にもよりますが、遅れることはない……でしょう。
次回は10月4日 10時更新予定です。




