同盟
「…………えー、何というか……、話を始めたいのだが…………」
「始めてくれ、大丈夫だから」
「いや、しかしあれは一体……」
「大丈夫だから」
「ククッ……、よっくんも中々鬼畜なこと……ブフッ、するわ……」
「……………………」
あの惨劇のあと現れたアヴェルチェフに連れられ、俺とイア、そして玖尾の三人は彼の家で顔を突き合わせている。
内装的にはごくごく一般的な家屋といえるだろう。白い壁紙は清潔感を漂わせ、やや古ぼけた調度品は軽いアクセントになっており息苦しさを感じさせないよう工夫がなされていた。
ただ、一般家屋にはまずないであろう牢獄が設置されているのが唯一の欠点と言えよう。
彼の家は村を守る防人としての本部でもあるらしく、俺が留置されていた牢獄はここの地下にあたるそうだ。牢獄がオプションで付いている自宅とは何とも魅力的なお住まいなことである。
ちなみに彼が俺にかけたという『連珠封判』は既に解除済み。殺し合いを演じた相手に随分甘い処置だとは思ったが、現状俺が彼に反抗する術を持たないことは事実である。
先の戦闘で物質具現化をそこそこ使用したので、いまできることといったら半同調が良いところだ。同調状態でも苦戦した相手に半同調状態で挑むほど俺は無謀ではない。
そういうわけで俺はアヴェルチェフの誘いに乗り、こうして会談しているわけなのだが。
「…………よ、頼人? これ……あ、洗っちゃ駄目?」
「ああん?」
「ごめんなさい、すいません、申し訳ありません、何でもないです」
顔を強張らせ、謝罪の文句を呪文の如く並べるイア。そして、その彼女の額には大きく『涎大王』の文字。
俺が気絶してからの行動に関しては感謝してもしきれないが理由はどうあれ、人の顔を涎塗れにした罪は消えないのである。
「むうう、でも気になる……」
額を人差し指でなじるイア。
すると、水性ペンで書いた文字が滲み、『涎天国』へと変化する。
「ブフゥッ!!」
「?」
堪らず噴き出す玖尾。
文字の意味がわからず、噴き出した彼女を見て怪訝な顔をするアヴェルチェフ。
そして俺はといえば
「……よしよし、いま消してやろうな」
「ん!!」
神憑り的な荒技で更なる恥を晒した彼女の罪を許すことにした。罪は消せずとも許すことはできるのだ。
「……ゴホン!! 何やらよくわからんが問題は解決したようだな……。もう話を始めて構わんか?」
「ああ」
「ウチも……クッ、ククッ、ええで……」
余程、可笑しかったのか未だ笑い続ける玖尾を呆れた様子で見ながらも、アヴェルチェフは口を開いた。
「まずは謝らせてくれ。玖尾の口車に乗せられて貴様を共犯者と勘違いし攻撃したこと、本当にすまなかった」
「いや、まあ勘違いっていうレベルじゃなかったけどな。ん? というか何でそれを知ってんだ? 玖尾から聞いたのか?」
「うむ。聞かされたときは驚いたものだが……。ああ、そうだ天原頼子、君にも謝罪しなければ」
「誰だ、ソイツ!?」
いきなり謎の女の名前を呼ぶなよ!!
「誰? おかしなことを言う。そこにいる彼女のことに決まっているだろう」
「私!? 頼人、私って天原頼子だったの!?」
「違えよ!! オマエはイアだろうが!!」
何でちょっと不安になってんだよ?
「そ、そうだよね……。あービックリした……」
「そりゃ、こっちの台詞だ……」
まったく、コイツはもう……。人の言葉を簡単に信用し過ぎだ。俺みたいに嘘がわかる訳じゃないんだからもっと用心してくれよ。
「むう……、済まん。どうやら無礼を重ねたようだ。では改めて。済まない、イア。このヴォルク・アレクサンドロヴィチ・アヴェルチェフ、心から謝罪する」
「べ、別に良いし。でももう頼人を苛めたらダメだからね?」
とはいえ兎にも角にもイアとアヴェルチェフの和解は遂げられたようだ。ただ――。
「イアちゃん、イアちゃん。ウチは玖尾サキいうねん。ウチとも仲良うしてなー?」
「ヤ・ダ!!」
何が理由かは知らないが玖尾のことは気に入らないらしい。
流石パートナー、気が合うな。残念ながらその拒絶は玖尾には伝わらなかったようだが。
「いやーん。そんなこと言わんといてーなー。ほれほれ、プニプニ」
「うう……、助けて頼人……、この人私のほっぺつついてくる……」
涙目でこちらに助けを求めてくるイア。このまま放置していても面白そうなのだが、俺としてはこの状況を楽しむよりも先に状況を把握しておきたい。
「玖尾」
「ちぇー、よっくんのケチんぼさんめ。イアちゃん、あとでまたプニプニさせてなー」
「ヤ・ダ!!」
おい、動き回るなって。コードで繋がってる半同調状態だからオマエが動くと引っ張られるんだよ。
「んで、アヴェルチェフ? 無関係だとわかった俺とイアはともかくとして、玖尾の拘束まで解いてるんだ。余程のことを話すつもりなんだろうが、その前に二、三質問に答えてくれないか?」
「ふむ……、そうだな。疑問に抱いていることがあるのであればそれを解消してからの方が話も進めやすい……か。よし、構わん。答えられる範囲のことならば答えよう」
アヴェルチェフの許可が出たところで、まずは一つ目の問いを投げかける。
「そもそもここは何処なんだ? ここがオマエの家ってんだからオマエの村なんだろうが……」
トゥーハ村なのか、キトカ村なのか。
目的地であるイェジバ村からどれ程離れてしまったのかが知りたい。そう思い、尋ねたのだがアヴェルチェフの答えは意外なものだった。
「まったく……、三時間前、ちゃんと森で名乗りを上げたろう? 俺はイェジバの防人だと」
そうだったか……? ただ、そのときは頭に多分に血が上っていたので聞き逃してしまった可能性が高い。というかアヴェルチェフは嘘を言っていないのだからそうなのだろう。
それにしても、意図せずして目的地であるイェジバ村に着いてしまっていたのか。幸運なのか、不運なのかイマイチ判断しがたいな。森でコイツらに遭わなけりゃもっと早くに着いてたんじゃないかとも思うし。
「そうか、そりゃ悪かった。じゃあ二つ目。俺とイアが無関係だとわかっていたならどうして牢なんかに入れたんだよ?」
逆に玖尾が牢の外にいたのも気になる。普通逆ではないだろうか。
「それは俺の意思ではない。頼子――ゴホン、イアの意思だ。その質問は彼女にしてくれ」
おい、どんだけ頼子って名前気に入ってんだよ? 最早わざとだろ、そうなんだろ?
ああ、いやそんなことより――。
「……本当か、イア?」
傍に控える俺のパートナーへと言葉を投げかける。すると彼女はやや申し訳なさそうな顔をしながらも、俺の質問に答えてくれた。
「う、うん。ヴォルクは客間を用意してくれようとしたんだけど、それより牢屋の方が安全だったから」
「安全?」
「ほら、頼人森で闘ってるとき、何かが身体の中に這入ってきたでしょ? もしまた頼人が操られて暴れ出したら困るし、そのときにヴォルクやこの人に任せたら手荒な止め方しかできなさそうだったから」
ああ、そういうことか。
「はっきり言うたら隔離したっちゅうことやな」
「……うん」
「しょげんなよ、別に間違ったことはしてねえだろうが」
恐らく、現状でアレを抑制できるのはイアだけだ。アヴェルチェフは俺に『連珠封判』をかけていたが、完全に乗っ取られた状態ではどうなるかわからない。その点を踏まえればイアの行動は妥当といえるだろう。
「だから気にすんな、な?」
「うん!!」
「何、この反応の差? 泣けるわ……」
本当オマエ、イアに何したんだ? アイツがここまで誰かを嫌うなんてなかったことだぞ?
食事でも横どりしたのだろうか。
「聞きたいことはまだあるのか? なければこちらの本題に入りたいのだが」
「あー、悪い。あと一つだけ頼むわ」
これまでの質問とは違い、これはこちらの本題中の本題。ここがイェジバだというのであれば、ここが禍渦の渦中であるとするならば聞くべきことは一つ。
「この村で起きている失踪事件について、だ――ッ!?」
そう言い終わると同時に猛然と俺に襲い掛かるアヴェルチェフ。いや、恐らく襲いかかったのだろうとしかいまの俺には言えない。
俺には対面に座っていた彼がテーブルの上に移動した過程は確認できず。
俺の喉元へと手を伸ばそうと静止しているいま現在の姿しか見えなかったからだ。
そう。彼は俺の喉元へと手を伸ば「そう」とした状態のまま固まっている。
アヴェルチェフの手が俺に届かなかったのは、俺が何かした訳でも、イアが食い止めてくれた訳でもなく。
あろうことかアヴェルチェフからもっとも遠い位置に腰を落ち着けていた玖尾が彼の腕を掴んでいた。
危機一髪というのはまさにこのこと。森での戦闘のときのような馬鹿力で首を掴まれていたら、俺の頭部は間違いなく胴体との決別を余儀なくされていたことだろう。
「あっぶなー。何やのん、急に」
「貴様、事件と何か関わりがあるのか!?」
しかし、伸ばした手を掴まれたことなど意に介する様子もなく、アヴェルチェフは鬼の形相で俺に詰め寄る。
「答えろ、貴様と事件の関係を!! どう関わっている!?」
答えろと言う割に俺に口を挟む暇を与えようとしないアヴェルチェフ。表情からもわかることだが、こりゃあマトモな状態じゃないな。
自分で言うのも何だが嘘を真正面から吐かれたときの俺みたいな、自制が何処かに吹き飛んだ印象を受ける。
「ヴォルくん、いっぺん落ち着き」
ギリギリと腕を掴む力を強める玖尾。しかし、それでもアヴェルチェフは止まらない。
「まさか貴様が犯――」
「はぁ、ウチの言葉なんぞ聞こえとらへんっちゅう訳やな? あっはっは、そうかそうか――落ち着け言うとんねん、このボケが」
半同調状態の俺では目の前で何が起こったのかを理解することはまたしてもできなかった。
「わ、わ!!」
それはイアも同様らしい。驚愕に口があんぐり開いている。そして俺も同じような表情をしていることだろう。
だって仕方がないじゃないか。気が付いたらアヴェルチェフの身体がテーブルをへし折り、床に叩きつけられていたのだから。そしてそれを行ったのは。
「ええ加減にせえよ。どいつもこいつもいきなりキレだしよってからに。キレんのは確かに若人の特権かもしれんけどやな、ウチみたいな温厚な大人でも我慢の限界っちゅうもんがあるんやで?」
これまで見せたことのない冷たい眼をアヴェルチェフに向ける玖尾。そしてその視線には紛れもなく殺意が含まれていた。
これ以上、暴走するのであれば躊躇いなく殺すと。
彼女の眼ははっきりとそう物語っていた。
「……済まん。くっく……、八十にもなってこれでは恥ずかしい限りだ」
「ふん、ウチの半分も生きてへん若造が年寄りぶんなや」
そう言って玖尾はアヴェルチェフを引っ張り起こす。
場の雰囲気は幾分マシになったが、なんというかすげえ会話が繰り広げられてんだけど。見た目俺とあんま変わんねえ連中の会話じゃねえよ、これ。八十で若造とか魔物の寿命マジで半端ねえな。
「……天原頼人よ。貴様はこの事件について何処まで知っている?」
「男だけが攫われてるってことぐらいだ。そもそもその他のことは現地に着いてから調べる予定だったしな」
「そうか……、不甲斐ないが俺も事態を正確に把握しているわけではない。知っていることをただ話すだけになるが構わんか?」
「ああ、問題ねえ。寧ろ下手に意見が入ってこない方がありがたい」
俺の了解を得るとアヴェルチェフは頷き、これまで起こったことを話し始めた。
だが、その中で有力な情報となったのは次の三つのみ。
消えた男たちは誰かに連れ去られた訳ではないということ。
下手に失踪を阻止しようとすると自傷行為に走るということ。
そして彼らが何処に連れ去られたのか、わからないということだ。
他にアヴェルチェフが語ったことといえば、その殆どが村人を守れなかった自分への叱責。
何故あのときこうしなかったのか。
どうしてこうできなかったのか。
一つ、また一つと現状を説明する度にアヴェルチェフの顔は暗く、曇っていき、ついには声までを震わせる。
まるで己の罪を告白することで少しでも赦しを得られるのではないかと在りもしない希望に縋る死罪人ように。
アヴェルチェフはひたすらに語り続けた。
「……これがいまわかっている全てだ」
「ん、サンキュー」
とはいっても禍渦の正体については謎のまま。ただ、一つわかったことといえば。
「イア。俺の中に這入ってきたヤツだけど……」
「うん、たぶん禍渦。きっと村の人も頼人みたいに操られちゃったんだね」
俺はイアのおかげで事なきを得たが、普通の人間なら身体を乗っ取られたとか思う間もなかっただろう。
あれを禍渦と仮定するならヒントはやはりあの言葉。
よし、よし。大雑把だがプランはできてきたな。
「アヴェルチェフ、オマエこの村、いやこの地域の伝承には詳しいか?」
「……いいや。だが詳しい人物を紹介することはできるだろう。だがその前に俺にも質問させろ。俺は貴様の質問には答えた。次は貴様の番だ」
「ああ、いいぜ。嘘偽りなく答えてやる」
何やら話したくない様子だったのに正直に答えてくれた礼だ。それぐらい俺も弁えている。
「……貴様はこの事件にどう関わっている?」
ギラギラと目を狂気に輝かせながら、アヴェルチェフはその問いを俺に投げかける。どうやらまだ俺を完全に白とは認めていないらしい。
「……俺はこの事件を引き起こしてるモノを壊しに来ただけだ。不幸の塊、偽物の伝承、禍渦、呼び方は何でも良い。禍渦について知りたきゃ後で幾らでも教えてやる。兎に角それを破壊することがいまの俺の仕事だ。邪魔――すんなよ?」
あり得ないとは思うが一応釘を刺しておく。
コイツは、アヴェルチェフは俺と同じニオイがするのだ。
自身の目的達成のためには手段を選ばないというか、そういう危なっかしさをひしひしと感じる。
「は、はは」
渇いた笑いをこぼしながら、アヴェルチェフは言う。
「……邪魔など……せんさ。寧ろ協力させてもらおう」
「何?」
どういうことだ?
「最初に言ったやろ? 話があるて。あれはアンタに事件解決の手伝いを頼もうとしていたんやわ。……ウチは頼まれたんやなくて聖地侵入の罰で強制参加させられたんやけどな」
「ああ、本題ってそのことだったんだね。頼人、どうするの?」
どうするっていってもな……。戦力的には申し分ないが、俺も含めて精神面が豆腐程の強度しかないヤツが三人中二人だぞ? 逆に危ない気がするんだが。
ただ。
「……はぁ、正直者の頼みを無下には出来ねえよなあ…………」
「え、ウチのこと?」
「オメーは少し黙ってろ!!」
折角人が真剣に答えようとしているのに台無しだよ!!
「いいぜ、アヴェルチェフ。その申し出受けてやる。だけどな、オマエの『この村を守りたい』って想いに少しでも嘘が混じればその瞬間、オマエを殺す。それでも良いか?」
「構わんよ。そうなる前に俺は自分で首を落としているだろうからな」
そう言って差し出される手。その手を俺は力強く握り返す。
「上等だ。なら俺も約束しよう。この事件を起こしている禍渦を壊すまで付き合ってやる」
これは友好を示す握手ではなく、契約。違えれば命を差し出すという宣誓。
なのだが……。
「あ、ウチも混ぜてーな」
「わ、私もするし」
イア、玖尾。何でオマエらまで混ざろうとしてんの?
……本当にこのお気楽&精神異常者パーティで大丈夫だろうか。
「……リーンハルトがまともなヤツでありますように」
そう呟き俺は後から来るであろう援軍に一縷の望みを託したのだった。
今回は問答ばかりでしたね(汗)
よくわからねえよ久安!! って人はごめんなさい。更なる精進を目指します。
そろそろ禍渦攻略が始まる予定。今回の禍渦の正体は? そんな風に予想しながらお楽しみいただけると嬉しいです。




