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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
40/213

雨中の惨劇

 目の前に広がる森。

 降りしきる雨。

 俺に背を向け、地面に座り込んでいる黒髪の女。

 そしてその女の前に佇む紅い長髪を靡かせる男。

 ここは何処だ?

 オマエは誰だ?

 突如目にした光景に混乱しそんなことを考えたが、疑問はすぐに消え去った。

 ――ああ、これは夢なんだ。

 それは直感的な理解。誰に教えられる訳でもなく俺はそう理解していたのだ。

 ――だから、そんな疑問は抱かなくて良い。俺が何もしなくとも時間が経てばいずれ目が覚める。

 そう。

 これは夢だから座り込む女が何に悲しんで泣いているのかなんて知る必要はないんだ。

『――――ッ!! ――ッ!?』

 雨音が強く、女が何を叫んでいるのかは分からない。だが必死に何かを目の前に立つ男に向かって懇願していることは状況から理解できた。

 しかし、男は首を横に振り続ける。

 女の願いは聞き届けることができないと。

 自分の力ではその願いを叶えることができないと。

 そう言って首を振る。

『――――ッ!? ―――――ッ!!』

 それでも女は叫び続ける。

 自らの喉を裂くように。

 それさえ叶えば命など要らぬと言うように。

 だが、再三の要求に男が首を縦に振ることはなく。

『…………すまない、●●●●●』

 そう小さく呟いたあと。

 男は――。

 手にした刀で――。

 足下の女を――。

 一刀のもとに――。

 斬り伏せ――。

 

 

「――――――ッ!?」

 先ほどまで目にしていた光景が消え去る。

 雨を降らせる鈍い色をした雲も、鬱蒼と広がる森も、座り込む女も、長髪の男もいない。

 代わりに俺の視界にいたのは。

「――イア?」

 こっくり、こっくりと船を漕いではいたがこの顔は間違いなくイアだ。後頭部がほんのりと温かいことから察するにどうやら俺は彼女の太腿の上に頭を載せられていたらしい。

 ……ううむ。

 これがイアじゃなければドキドキイベントだったのだろうが、奈何せん、俺の中で家族のような枠組みに入ってしまっている彼女ではどうにも刺激が足らない。

 つーか生後四カ月程度のお子様だしなあ。

 ドキドキのしようがないというのが実情である。

「……何処だ、ここ?」

 夢の中ならともかく現実ではどうでも良いということにはならない。

 そういう訳で気持ち良さそうに寝ているイアを起こさないようにゆっくりと首を動かし、周りの様子を窺う。

 辺りは薄暗くジメジメしている。仄かに橙色の光が見えるがあれは松明か何かだろうか?

「ん? ああ、そういうことか……」

 岩でできたゴツゴツとした壁と天井、そして最後に頑丈な鉄柵を確認して自分がどういう状況に置かれているかを理解する。

「負けちまったんだっけな、確か」

 何かに身体の中を蹂躙されて、何でかはわからないがイアが表に出て来て、アヴェルチェフと戦って……までは覚えている。そこから先は完全に意識を失っていたので未知の領域な訳だが。

 見たカンジやっぱり牢屋っぽいよな、ここ。

「にしても身体が重え……」

 何なんだろうな、これ?

 両腕や脇腹、それに頭の痛みはともかくとして、何このダルさ。

 力を使い過ぎてダルいってのもあるんだろうけど、それとは別にこう……物理的に重い。

 自分の身体に一体何が起こっているのだろうと確かめようとしたとき、牢の外からこのジメジメした空間に似合わない明るい声が響く。

 更に告白すればそれは俺がいま一番聞きたくない声でもあった。

「お、よっくん起きたみたいやな。おはようさん」

「…………」

 よくもまあノコノコと俺の前に現れやがって。俺が気絶している間に何処かに逃げりゃあ良かったものを。

 つーか、そもそもよっくんってなんだ、コラ。 

 あれか? よっ○ゃんイカ的なアレか?

 俺の穏やかでない内心を知ってか知らずか、両腕に包帯を巻いた玖尾は尚も牢の前から声をかける。

 イアとの同調は解け、俺はただの人間の状態に戻っているというのに、よく闘っていた相手が俺だとわかったものだと感心する。顔つきや、声からわかったのだろうか?

 俺は浮かぶ疑問を解決しないままに玖尾との会話を続ける。

「あらら、そんな険しい顔せんといてえな。ここは感動の再会の場面やろ?」

「……感動はしてるさ。殺し損ねたと思ってたのにまさかこんなチャンスが巡ってくるとはな」

「あっはっはー、ホンマに物騒やな、アンタは!! 何やのん? ウチが何したっちゅうねんな?」

「嘘を吐いた」

 俺は端的に、玖尾へと殺意を向ける原因となったものを告げる。すると玖尾は一瞬キョトンとした後、やや困惑顔で

「えーと……、そんだけ?」

 と問いかけた。

「ああ、それだけだ」

「へ、へえ~、そうなんや」

 はっきりと隠すことなく玖尾が引いている。

 言うなればドン引きだ。

「理解できなくて良いし、する必要はねえ。嘘を吐くって行為が俺にとって許せないだけだからな。それが万人に共通する価値観じゃねえことは十分承知してる」

 俺は玖尾の眼を見据えて言う。

「それでも俺は嘘が嫌いなんだよ。嘘を吐いたヤツを殺したい程にな」

「…………ふうん」

 玖尾は俺の言葉を聞くと鉄柵の前に座り込む。そしてしばらく鉄柵の前で考えていたかと思うと、予想もしない言葉を俺に寄越してきた。

「まあ、確かにその価値観は理解できひんけど。ただそれだけが理由なんやったらウチとよっくんは仲良うできると思うんやけどなあ」

「…………どういうことだ?」

「うおっ、顔怖ッ!! せやからそんな怖い顔せんといてえな!! ちゃんと説明したるから!!」

 どうやら俺は相当イラついた表情をしているらしい。だが、それも仕方がないことだろう。これ以上玖尾が戯言を言うのであれば既に切れた堪忍袋の緒が再び切れかねない。

 膾切りである。

「だってウチ、自分に嘘は吐いてへんもん」

「……へえ?」

 彼女の言葉に嘘はない。

 そのことに興味を惹かれた俺は静かに眼を閉じ、玖尾の言葉を一言、一言噛みしめる。彼女の言葉に欠片でも嘘が混じっていないかを吟味する。

「確かにウチは嘘を吐いたで? せやけど、それはウチが昔自分で自分に課した誓いを守るためや。もしあん時、嘘を吐かんでヴォルくんに『万が一』捕まるようなことがあればその誓いを破ってまうことになる。それは自分に嘘を吐くんと同じこと。……小さい事実を嘘にするんと、一番大事な誓いを嘘にするんとやったら天秤にかけるまでもないやろ?」

「……その誓いってのは?」

「ん? ああ、矢口阿嘉やぐちあかっちゅう男を全力で見つけることや。もう彼此、半世紀探し回っとるんやけど未だに見つからへんねん」

「……どうしてソイツを見つけたい?」

「一発ぶん殴らんとアカンから。あー、そんでその後に抱きしめてチューやな」

「――――ク」

 こりゃあ良い。

「クク……、くはは……ッ!!」

 イアを起こさないように笑いを必死で噛み殺す。

 だが……、これは傑作だ。

 つまるところコイツは『小さな事実』、この場合、玖尾と俺が無関係だという事実を殺すことで、矢口とかいう男を探すという誓いを生かしたって言いたい訳だ。

 面白い。

 面白いな。

 誓いを本当にするための嘘……、か。

 そんな嘘は初めて見るし、嘘を吐いたことを責められてここまで開き直って自己の正当性を主張するヤツも初めてだ。

 しかも、いまの言葉に嘘はないときている。

 確かにコイツは自分に嘘は吐いていないし、誓いの内容こそ違えど俺と同じくそれを守っている。そこに好感は持てるし、尊敬すべきだとも思う。

 だが。

 だが、だ。

「確かにそうだな。オマエは自分に嘘は吐いてない。けど、俺はオマエと仲良くなんかできねえよ」

「……それ、何でか聞いてもええ?」

 その問いに首肯し、理由を告げる。

「だって、結局嘘は吐いてんじゃねえか」

「………………あー」

 口元を引き攣らせ、頬を掻く玖尾。

 どうやら本気で気づいていなかったらしい。

「えーと、それで判決は?」

「ああ、取り敢えず死刑で」

「そんな生ビール頼むような気軽さで死刑とか言うなや!! これやから最近の若い子は――」

「ただし執行はオマエが自分に嘘吐いたときな。それまでは待ってやるよ」

 自分に嘘は吐いてないことを加味した判決ということで。

「……よっくん」

「何だよ、これ以上譲歩はできねえ――」

「……大雨に注意」

「ああ? ――ッ!?」

 初めこそ意味がわからなかったが視線を天井に向けることで玖尾の言葉の意味を理解する。

 さっきまで前に後ろに船を漕いでいたイア。その彼女の頭がいつの間にか俯いた状態のまま固定されていた。

 人間、寝ていようが起きていようが生きている限り口の中に唾液というものは溜まるもので。それはイアも例外ではない。

 寧ろ意地汚い彼女はどうやら現在進行形で何かを食べる夢を見ているらしく、その口腔内には通常の人間の三倍以上の唾液、この場合涎が生成されていると考えて良いだろう。

 そしていま、その涎という名の死の雨がイアの唇(最終防衛ライン)を超えて俺に降り注ごうとしているのである。

「いやいやいやいや、みすみす直撃なんてして堪るか!! 何としてでも避け……」

 あ、ヤバイ。

 身体が拘束されているのを忘れてた。

 どれだけ力を込めても動かないし、位置をずらすこともできない。

 ちなみに再確認しておくと、イアの太腿の上に俺の頭、そして俺の頭の上にイアの頭である。

 ……どうやっても無理じゃねえ、コレ?

「諦めたらそこで試合終了ですよ……?」

「やかましいわ!!」

 金髪仏ゴールドヘアードブッダは帰れ!! 顎タプかますぞ、コラァ!!

「つーか、こんだけ騒いでんだからイアも起きろや!!」

「ふふ……、お肉、お肉、お肉……、やさ……お肉……」

「ああッ、夢の中のイアの栄養バランスがッ!!」

 これは何としてでも叩き起こさなければ……。

「起きろ、イア!! これから毎日おかずを野菜だけにすんぞ!? オマエの大事な肉がどうなっても良いのか!?」

「まあまあ、寝かしといたりーな。この子、イアちゃんやったか? も疲れとんねん。よっくんが気を失ってからずうっとアンタを守っとったんやから。はは、よっぽどアンタのことが大事なんやなあ」

 こっちはどうこうするつもりはなかったから無意味っちゃあ無意味やったけどな、などと言いながらも何処か自分のことのように嬉しそうな玖尾。

「…………そうか」

 それは後で礼を言っとかなきゃならないな。

 ただ。

「いまはそんな場合じゃねええッ!!」

 迫りくる危機を回避しなければその先などない。

「イア、頼む。起きてくれ、イア!!」

「お肉……む、ううん……。より……と?」

「そうだ、イア!! 俺だ!!」

 おお、何とか起きてくれそうだ!!

「……頼人!!」

 かくしてイアは目覚めた。

 目をぱっちりと開け。

 そしてついでに口もぽっかりと開け。

 大量の涎を俺の顔面に降り注ぎながら。

 ……その瞬間、牢獄に俺の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。


執行猶予をもうけられるだけ天原君も成長したのでしょうかね?

まだまだ精神的に不安定で描きにくい主人公をよろしくお願いします。

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