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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
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反転のセルツェ

 一体何が起こったのか。

 目の前で起こったことを理解することに、こんなにも時間がかかることがあるとは夢にも思わなかった。

 いや、正直に言うと未だ頭が追いついていないのだが。

「……はは、こりゃ流石のウチも吃驚や……」

 玖尾が引き攣った笑いをこぼすが全く以て同意する。

 こんなことはあり得ない。

 さっきまで地面に臥せり、身体を震わせていた天原頼人。彼は突然ぎこちない動きで立ちあがったと思ったら今度は膝立ちになり。

 そして最終的には――女になった。

 彼は背丈こそ変わらなかったものの白い髪が腰まで伸び、身体つきが女性らしいものへと変貌していったのだ。

 何を言っているのかわからないだろうが、俺も何が起こったのかわからない……。頭がどうにかなりそうだ……。目の錯覚だとか、手品だとかそんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいモノの片鱗を味わったぜ……。

「あの子、ホンマに何者なん?」

「なんて、なんてことだ……!! 天原頼人は実は女だったとは……!!」

「え?」

「え?」

 違うのか?

「このおバカさんはホンマにもう……って動いたで、あの子」

 玖尾に促され天原へと視線を戻す。

 天原はピクリと動いたかと思うと、呻き声を上げてふらふらと立ちあがった。

「んん……、上手くいった……みたいだね」

 彼、いやいまは彼女か? とにかく天原頼人、いやいまは頼子か? は何やら具合を確かめるように頭をコンコンと叩き、大きく伸びをする。

 と、ようやくそこでこちらに気が付いたようで俺たちを指差し、叫ぶ。

「ああ!! 嘘吐きジャージ女とアホの槍男!!」

「ひゅう!! 酷い呼び方しよるで、この子!! ちゅうかジャージ舐めんな、コラァ!!」

「……お前にとって大事なのはそこなのか?」

 呼称はともかくとして、もっと大事なことがあると思うが。

「乗っ取られないようにするのに必死で気がつかなかった……。先に手を出したのはこっちだけどこれ以上頼人を苛めるなら、こ、今度は私が相手になるよ!!」

 ぎこちなくも構えを取る天原頼子。

 やれやれ……、事情を聞く前にもう一戦交えなければならないようだ。ただ、彼女のあのぎこちない構えや不安で揺れる眼から察するに天原頼人のときとは違い戦闘慣れしていないように感じる。それに何より彼に感じた狂気を感じない。となれば両腕に傷を負ったいまのコンディションでも大した時間はかからないだろう。

 そう思い『連珠封判シール・シール』で捕縛しようとしたのだが――。

「――ッ!?」

 踏み出そうとした瞬間、鼻先を何かが掠める。咄嗟にかわすことができたが、これは何だ?

 いいや、何かはわかっているし、何をされたのかもわかっている。

 これまでと何も変わらない。ヤツは背中のコードを使って俺を攻撃してきただけにすぎない。

 だが、こんなことがあり得るのか?

 通常の魔物より身体能力が高いとされる忌血種の俺が、かわすだけで精一杯だったなんて。

「ま、まだまだ……!!」

「ぬうっ!!」

 縦横無尽に駆け巡るコードの速度は先ほどの比ではない。それは、淡く光る青い線が宙を走る様をかろうじて眼で追うことでしかかわせない程だ。

「そこだッ!!」

 しかもコードの軌道を予測し、一閃を放つも難なく受け止められてしまう。

 どうやらコードの強度自体も先ほどより向上しているようだ。玖尾がしたように力づくで何とかしようと思ったが、それも不可能らしい。

 ただ、幸いなこととしてはやはり相手が戦闘慣れしていないということと、殺意がないということか。

 戦闘慣れしていないからここぞというところで踏み込めないし、殺意がないから狙うポイントが丸わかりになる。

 まだ、戦闘が始まって時間は短いが、さっきまでなら容赦なく急所を狙って来ていた。

 金的や目を抉り取ろうとするのは勿論、肝臓などの臓器破壊をも視野に入れた攻撃の数々は見事としか言いようがない。

 故にいまの攻撃は鋭くも鈍い。

 技のキレこそ上がっているが、攻撃としては下の下。児戯に等しい。

(それに加えて、あの傷)

 戦闘を始めてから彼女は一歩も動いていないのだ。それは恐らく、変貌する前に負った傷がそのまま残っているからだろう。

 俺が記憶している限りだが、肋骨は少なくとも三本。それに両掌の火傷に無数の打撲。額の傷から流れていた血は既に止まっているようだが、先に挙げた傷だけでも戦闘行動に支障が出ることは間違いない。

 しかも、いまはあのような華奢な女の身。ああして立っていることすら苦痛の筈だ。

 そして付けいるべき点はもう一つ。

 これはこれまでの戦闘からの予測に過ぎないが彼女の操るコードは自動制御オートではなく、遠隔操作リモートだということ。つまり、彼女の視界を遮りさえすればコードの動きを極端に制限することができる。

「ゼムリャ」

 俺は大地の名を呼び、その力を借りる。出現させるは土の壁。ドーム状のそれで天原の視界を塞ぎ、コードの動きが鈍ったところを『連珠封判』で捕縛する。

「!? このっ!!」

 どうやらコードの制御方法については俺の予想通りだったようだ。

 突如現れた壁に視界を奪われた天原は当てずっぽうにコードを振り回しているようで、出現させた土の壁を手当たり次第に破壊していたが俺の身体に当たることはない。壁を破壊することで土煙が立ちこめ、容易に俺の姿を視認できずにいたのである。

「もうっ、一体何処にッ!!」

「――ここだ」

「ッ!?」

 既に俺は彼女の背後にまわり半壊した壁の隙間から侵入していた。伸ばした手と彼女の頭の距離は五センチ程度。いまからコードを振り回しても間に合うことはない――筈だった。

 ギシリ、と。

 締めあげられる俺の右腕。

「ぐあ……ッ!!」

 痛烈な痛みに襲われ、思わず苦痛を孕んだ声が漏れる。

 しかし、どうしてだ?

 完全に不意を突き、視界も奪っていたというのに……。

「どうしてって思ってる?」

「っぐ……、ああ」

「じゃあ、教えてあげる。でも別に大したことじゃあないよ?」

 そう前置きしてから彼女は何をしたのかを簡単に話し始める。

「あなたは私の視界を奪ってコードの動きを制限したつもりだったんだろうけれど、私もあなたの動きを制限してたんだよ。土の壁は闇雲に攻撃して壊したんじゃなくてわざと私の後ろだけ壊したの。そこからあなたが入ってこれるようにね」

 二コリと笑顔を浮かべて天原はこちらを振り向く。金の瞳には一切の害意や、邪気はなく、自分の作戦が上手くいったことに対する純粋な喜びしかなかった。

「あなたが別の壁を壊してくる可能性もあったけど、それならコードで防御しても余裕で間に合うってことはわかってたでしょ? だから後はタイミングだけ。それも地面の振動を感知してたから特に難しいことはなかったし」

 地面に刺した一本のコードを指差しながらそう言う。

「成程、成程。どうやら俺は貴様を随分と見くびってしまっていたようだ。謝罪しよう」

 俺のその言葉が余程嬉しかったのか、やや顔をほころばせていたが、すぐにバツの悪そうな顔に変化する。

「べ、別にそんなのいいし。ま、まあ何はともあれ、これで私の――っと、あれれ?」

 と、そこまで言って少女の身体が突如崩れ落ちる。その顔は驚愕に満ちており、彼女が自身の意思により膝を折ったのではないことは明らかだ。

「あ、ああ、そっか。頼人、中で気絶しちゃったのか……。そりゃ、あんなのに身体の中を掻き回されて平気な訳ないよね……」

「何だ、どうした?」

 そう問うが彼女は俺の問いかけには答えない。何か俺の眼に見えないものに語りかけている。

「ごめん、ね……。もっと私が頑張れれば良かったんだけど」

 天原は静かに目を閉じる。そして俺の腕に巻きついたコードが緩んだかと思うと、彼女の全身が青い光に包まれた。

 その光から伸びるは八本のコード。そしてそのコードが絡み合い、繭のようなものを形作る。

「同調解除」

 彼女の言葉が鼓膜に響くのと同時に俺の目の前は繭の発する鮮烈な光に覆われた。



 同時刻 キトカ村付近の森

「いやはや、手遅れって言葉がこれほど似合う光景はないね、リーンハルト」

「……………………」

 私がそう茶化してもリーンハルトはそれに反応することなく、黙々と地面を素手で掘り続ける。

 まったく、我がパートナー様はノリが悪いことで。それに比べると一番、ああ、えっと『イア』だったっけ? 彼女のパートナー、天原君は中々ノリの良さそうな人だったなあ。

 そんなことを考えながら私は改めて目の前の光景を眺める。

 地面に臥せる首なし死体。

 持ち去られることなく放置されている頭部。

 散らばった斧や鎌などの刃物の数々。

 そしてそれらを紅く染める鮮血。

 不謹慎を承知で言うなら私はこの光景をとても美しいと思う。

 命が輝く最後の瞬間だからね。死んでしまった人のことは何一つ知らないけれど、首や胴体から流れ出る血を見ると、その人に詰まっていた想いが流れ出ているようでどうにも感動してしまうのさ。

 明日はこんなことをしようとか。

 今度の休みには家族と遊園地に行こうとか。

 将来はこんな風になりたいとか。

 そんな未来への想いが成就されることなく散る様はどうしようもなく悲劇的で凄艶だ。

「それで? 君はまたそうやって全員埋葬する気かい? トゥーハ村のときみたいに?」

 そんなことをしてもどうせまた掘り返されてしまうだけだろうに。

「それが私にできる唯一の償いだ」

「あ、そう」

 愚問だったみたいだね。

「ま。また掘り返されて新聞に載るだけだろうけど精々頑張って。私はまた髑髏の仮面を被った殺人鬼が活躍するような事態にならないよう祈っておいてあげるよ」

「……そうならないようにするのが我々の仕事だろう」

「あはは、それはちゃんと仕事をやり終えた人間だけが言える台詞だよ、リーンハルト」

「…………そうだな、そうだ。貴様の言う通りだ」

 それきりリーンハルトは一言も発することなく、地面を掘り続ける。残る遺体はあと十三体。

 どうやら天原君たちと合流するのはもうちょっと時間がかかりそうだなあ。

 両手を血と泥で汚していくパートナーの姿を見ながら、私は他人事のようにそんなことを考えていた。


 『セルツェ』はロシア語で『心』という意味です。ロシア語はカタカナで表現しづらくて難儀しています。誰だ、ロシアを舞台にしようとか思ったヤツは!! すいません、私です。

 さて『ルサルカ』もそろそろ中盤。気合を入れ直して頑張ります。

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