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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
38/213

侵蝕

「ウォッホ、エホ!! ゲッホ、ゲホ、ガハッ!!」

 煙を吸い込み、盛大に噎せかえりながらもウチはなんとか爆煙の外へと転がり出る。無様極まりないとは思うが、別に普段から風評を気にしている訳でもないので、遠慮なく地面に寝転がり、新鮮な空気を肺に送り込むことにした。

「ゲッホ、ゲホ!! あー、噎せるけど、エホッ、空気うまッ!!」

 満たされるわー。

 超満たされるわー。

 あー、このままこの森に住みたい。

 このまま森の精にでもなりたいわあ……。

「ってきれいな空気満喫してる場合やあれへんやん!! あんのアホ、ホンマに自爆紛いのことしおってからに――ッ!!」

 身体を起こそうとした両腕がズキリと痛む。

「痛ぅ……。この程度で済んでラッキーなんやろうけど……」

 火傷に侵された両腕を見下ろしながら、そう呟く。

 あの火力を至近距離で喰らってしまっては如何に魔物であるウチといえども無事では済まない。というか端的に言って死ぬ。

 だから咄嗟にスキルを使ってその攻撃の大部分を防いだのだが、なにぶん使うつもりもなく、使うこともないだろうと思っていたので何割かの爆炎を防ぎ損なってしまったのだ。

「ちゅうかウチだっさ!! スキルを知りたかった落としてみいとか言うといてこの様かいな!! だっさ、ださすぎて死ねるわ!!」

 天原頼人にはスキルを使った瞬間を見られていなかったが、アヴェルチェフには完全に見られていた。とすれば種族の方も看破されているとみて良いだろう。

「ああー、ヴォルくん死んでてくれへんかなー? 若しくは実は見てませんでしたとか、そんなオチは待ってへんやろうか」

「残念ながらな」

「うおっ!! いつの間に――ってアンタ何してくれてんの!?」

 ウチと同じく両手に重度の火傷を負いながらもアヴェルチェフは顔色一つ変えず、淡々とウチの足首、手首に自らの人差し指を触れさせていく。

「いやー、助けてー!! 過剰なボディタッチを繰り返す変態さんがおるー!!」

「失敬な!! 俺は貴様が逃げんように封を施しているだけだ!!」

「うん、知っとるよ。さっき見たし」

「貴様ァ……!!」

 こめかみに青筋を立てつつ、アヴェルチェフは仕上げとばかりに右手首を叩く。するとウチの両手足が紫色に光り、まるで錘を付けられたかのように動かなくなる。

 『連珠封判シール・シール』。その名の通り対象を封じ、抑え込むスキルである。封じ込める際に必要となるのは、その対象に印を刻むこと。さっきウチの身体につけたものがソレだ。そして印の数が多いほどその封印は強くなり、解くのが困難になる。

 ちなみにさきほどの爆発を防いだのもこのスキルだろう。過去に数度見たことがある程度だが、このスキルは触れられるものであれば対象を選ばない。

 川の流れを止めることも、落下するボールを止めることも、流れ出る血を止めることすら可能だ。そして印を刻む場所を考えれば結界を張ることもできる。

 故に負傷を恐れなければ爆発を封じてしまうこともできる。現にウチの視線の先、煙の晴れつつある爆心地には歪な形をした炎が揺らめくこともせず、その場で静止していた。

「それにしてもクロトネクトの一族に会うんは何十年ぶりやろうなあ。またそのスキルを直に目にするときが来るとは思わへんかったわ」

「……正確にいえば俺は一族ではない。他の血も混じっているのでな」

「そない卑屈になんなや。昔と違うてヤイヤイ言うヤツも少のうなったんやし」

 あのぶっきらぼうで愛想のない王さんと純真無垢な姫さんのおかげでな。

 ――っといまはそんなことはどうでも良い。『わざわざ』捕まってやったのだからちゃんと確認しておかなければ。

「ちょい確認しときたいんやけど、ウチってこれからどうなるん?」

「村に連行した後、話を聞かせてもらう。処遇はそれからだな」

「ふうん。それ、ウチの人生が終わる可能性もなきにしもあらずな感じやったりするん?」

「まさか。聖地に踏み入っただけで殺しはせんさ。そこは安心してもらってかまわない」

 なるほど。ならこのまま連行されてやるとしよう。その方が後々動きやすそうだ。ウチの目的を達成するためにも大人しくしておくが吉だ。

「あ、そういやヴォルくん」

「ヴォルくん? 何だその呼び方は……。まあ、良い。それでどうした?」

「あの子、よっくんはどうなった? 爆発自体はウチとアンタが死ぬ気である程度抑えたから無事やとは思うんやけど」

 首を左右に動かすもあの白髪の少年は見つからない。

「ああ、天原ならあそこだ」

「うん?」

 重い身体を転がし、アヴェルチェフが指差す方向へと顔を向ける。そうしてウチの眼に映ったのはズタボロの状態で地面に転がる天原頼人の姿だった。

 彼が纏っていたコートは穴だらけで、勢いよく動き回っていたコードは主と同じように力なく地面に横たわっている。

「あらら、格好悪……。自爆しといてそれはないやろ」

「…………いや、よく見てみろ玖尾。彼の身体に傷はないぞ」

「んあ?」

 アヴェルチェフの言葉に再度彼の身体に目を向ける。すると成る程アヴェルチェフの言う通り、彼の身体に目立った外傷はない。ということはコートを身体に巻いて爆発の直撃を避けたのだろうか。

 しかし、ならば何故ああして地面に臥せっているのか。

「何であの子は立てへんねん? あの様子やとウチらん中で一番ダメージ少ないで?」

「そんなこと俺が知ってるとでも?」

「やんなー」

 ウチとアヴェルチェフは首を傾げる。

 そしてそれと同時に視線の先にいる天原頼人の身体が振動を始めた。



 一体これは何?

 そんな場合じゃないっていうのに頼人の身体の中で私はうろたえてしまう。

『一体何が頼人の中に入ってきてるの!?』

 頼人にはまだ意識がある。

 それは間違いない。

 いまもこうして私と同調できているのだからそこは疑う余地はない。

 にも関わらず、いま彼は身体の主導権を何者かに乗っ取られている。いや、正確には乗っ取られかけているのだ。

 突然のことに呆気にとられたその隙に、身体の半身を既に乗っ取られた。

 右腕、右脚は制御不能。コード類は動作を凍結していることが幸いして、守る必要はないが、もし私の意識が集中しているここまで侵入されたら終わりだ。コードだけでなく頼人の身体全てが制御できなくなる。

『ふざけないで!!』

 そんなことさせるものか。

 頼人は私のパートナーだ。

 その彼を何処の誰だか知らないヤツに好きになんてさせない。

『まずはこれが何なのか知らないと!!』

 これ以上の侵食を防ぎつつ、体内に侵入した異物の正体を解析する。頼人の身体の中を流れる全ての情報を一つ一つサーチしていく。

 これじゃない。

 これでもない。

 ああ、もう一体どれ!?

 こうして解析している間にも防壁は突破され、身体の主導権を奪われていく。左腕は残り四十パーセント、左脚の侵食率は既に八十パーセントを超える。

 外を窺う余裕はないが玖尾とアヴェルチェフなる人物はきっと驚いているに違いない。さっきまでただ横たわるだけだった身体が動き出しているだろうから。

『――んッ!! こっちにまで!?』

 解析に集中していたら今度は頼人を介して私にまで侵入を開始したようだ。

 ざわざわと、気持ちの悪い感触がつま先から這い上がってくる。

 まるで身体を食べられているよう。

 皮も。

 筋肉も。

 神経も。

 骨も。

 その全てが虫食むしばまれていくような感覚。

『う、ああ――ッ!!』

 それでも私は解析を止めない。

『ぎ、あ……』

 止めるわけにはいかない。

 これ以上こんな痛みを頼人に味わわせるわけにはいかない。

 彼を傷つけるのは嘘だけで十分なんだから。

『だから私は――!! え!?』

 突然私の身体を襲っていた痛みが消える。侵食が進行するどころか、私の身体からはきれいさっぱり異物が消え去っていた。

 しかしその異物が頼人の身体からも消え去った訳ではないようで依然として彼の身体を苛んでいる。

 どうして私だけ――?

『――ッ!! もう解析なんてしてたんじゃ間に合わないッ……!!』

 もう時間がない。私が悶えている間に他の部位は殆ど乗っ取られてしまっている。そして異物はさっきとは別回線で脳への侵入を果たそうと頼人の体内を駆け巡る。

 一方私はといえば自分の直感に賭け、この不法侵入者専用の抗体を造り上げていた。

『間に合えッ…………』

 縋るような想いで、頼人の身体に完成させた抗体を巡らせる。

 これで良い。

 これで異物を排除できる筈だ。

 さっき私に侵食しようとしたときの反応。あれは気が変わったとか頼人の侵食を優先したとかそんな反応ではなかった。

 あれは恐れ、だ。

 この異物は私という存在に触れて、確かに恐怖していた。

 なら。

『頼人の身体に私の生体情報を流せば、出て行ってくれる筈!!』

 要は『天原頼人』と『イア』の境界線を曖昧にして、異物に頼人の身体を私の身体だと誤認させるのである。

 そのような事が可能なのかと問われれば、是だ。

 そもそも同調というのは二人の存在を重ね合わせることに他ならない。つまるところ同調している間、この身体は『天原頼人』でもあり、『イア』でもあるのだ。

 しかし普段、私に身体の占有権はない。何故か、といえばそれはやはり私が結局のところ人造端末という一つの道具でしかないからなのだろう。

 使う側と使われる側の決して覆ることのない上下関係。心を持っていようが私は所詮使われる側。占有権など与えられはしない。

 ただ、誤解しないでほしいのだが、私は別にその関係に不満がある訳ではない。頼人は私を道具ではなく、人として扱ってくれる。対等に見てくれる。

 まあ、残念ながらたまに私の声が届かなくなるときがあるけれど。

 それでも私は満足している。

 …………コ、コホン!! 話を戻そう。

 さっきも言ったように私に占有権はない。だが、それは頼人が意識をしっかりと保っていればの話。

 こうして精神が揺さぶられている状態であれば私に占有権は譲渡される。

 だから、いま私は――。

 天原頼人をイアにする。


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