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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
36/213

交錯

 自分の目の前でいま一体何が起こっているのかが理解できない。これまで何十年と生きてきたけれど、ここまで訳のわからない状況におかれたのはこれでまだ二回目だ。

 迫りくる銃弾の嵐を紙一重でかわし続けながらウチは考え続ける。

 白髪で黒いコートを身に纏ったあの子は撃つ前に嘘がどうのこうのと言っていた。確かに、嘘……というか冗談は口にしたが、あの程度の冗談でここまで激昂することはまずない。とすれば他の何かが引き金になったのだろうが……正直見当もつかない。

「ああ、もう!! こんなんなるんやったらまだ槍の子に追いかけられてた方がマシやったわ!!」

 そう叫びながらウチは巨岩の陰に飛び込み一時的に身体を休める。そう長くは保たないということは理解していたが現状を整理する時間が少しでも欲しかった。

(槍の子は……、ウチと同じでまだ事態を飲み込めてへんみたいやな。アホっぽかったからなあ。当分の間、迂闊に動くことはないやろ)

 つまり当面の問題はあの白髪の少年。彼を説得するか、若しくは無力化することでしかこの場を収拾することはできないと考えて良いだろう。

 前者は彼を見る限り不可能。となれば方法は後者一択。戦闘行為にて彼を無力化することのみ。

(ただなあ……。問題は『どうやって無力化するか』やねんなあ。あの子普通の人間やなさそうやし、かと言うてウチのスキル使う訳にもいかんし――どわッ!?)

 少年の銃撃を受けて岩の左側面が轟音をたてて崩れ落ちる。これまで銃撃を防いでくれていた大岩にも限界がきたらしい。三十秒と保たなかったが、それでも良く保った方だ。

(さぁて、タイミング良う飛び出さんと。さっき覗いたときの残弾から考えると三秒後に弾切れっちゅうトコか……)

 上手く岩陰から飛び出せるよう、体勢を整えながら銃声が止むのを待つ。

 ……一。

 ……二。

 ……三。

 ……四。

 まだ少し弾が残っているようだ。銃声は止まない。

 ……五。

 ……六。

 ……七。

 ……八?

 …………九?

 ………………十。

 ………………………………………………………………………………………………。

「って、ちょお待ちぃ!! アンタそんな弾残ってへんかったやない――おわッ!!」

 ウチの頬を銃弾が掠めていく。

(危なー、頭吹き飛ばされるとこやったわ……。けどどういうことや? いま一瞬しか見えへんかったけど弾が増えとった気がするんやけど……)

 そこまで考えを巡らせたところで何を馬鹿なことを、と自分を笑い飛ばす。

 そもそもあの銃自体どこから出したのかわからないのだ。いまさら弾がどこからともなく出てこようが驚くことではない。

(……よっしゃ、取り敢えずあの子の正体が何なんかは置いとこ。銃を出したんが魔物のスキルやろうが何やろうがそういうもんやと理解しとったら特に問題あらへんし。問題があるとしたら戦力……やな。スキル使わへんとなると結構しんどいで、コレ)

 打開策をゆっくり考えたいところだが、こうしている間にも銃弾は巨岩を抉り、粉砕していく。そうして飛び散った岩の破片は肌が露出している顔や腕に小さな傷を刻む。

(はぁ……しゃあないな。あんま気乗りせえへん上に、上手くいくかもわからへんけど、まあ、やってみるしかないやろ…………うん? なんか急に静かになったような――――ッ!!)

 腹を括り、さあ飛び出そうとしたとき頭上から何かがウチの正面に投げ込まれる。

 暗緑色で、林檎のような形をしたそれはかつて見た形状とは少し異なっていたものの何であるかは瞬時に理解できた。



 私は頼人の中で静かに彼の怒りが消えるのを待つ。

 前にもこんなことがあった。

 一度目は私と頼人が初めて出会ったとき。

 二度目は初めて裏世界リバースに行ったとき。禍渦を壊すのを邪魔する深緋に対していまと同等の静かな殺意を向けた。

 そして、これが三度目。普段の飄々とした頼人とは違う、嘘を殲滅することしか考えない彼を見るのは今回が三度目だ。

(こうなったら頼人に私の言葉は届かない。強烈なショックを受けるか、精神力を使い果たして同調が解けるか……、相手に気絶させられない限り止まらない)

 しかし、いまの頼人を易々と打倒し得る者はそうはいないだろう。身内を贔屓するつもりは毛ほどもないけれど、それでもいまの頼人は強いと言い切れる。

 こうなった頼人は躊躇しない。

 嘘を吐いた相手を傷つけることを。

 踏みにじることを。

 そして殺すことを。

『ごめんね』

 私は一人、謝罪の言葉を口にする。

 目の前のジャージの女の人に対してではない。彼女は運が悪かったとは思うが、それだけだ。私は直接言葉を交わしたこともない人に対して情が移るほど人間らしくはないのだ。

 だからこれは彼に、頼人に向けた謝罪。

 どうかあなたを止める力を持たない私を許してほしい。

 いつも私に付き合ってくれるあなたの力になれない私を許してほしい。

『だけど安心して。私は頼人を止める鎖にはなれないけど、頼人を守る盾にくらいはなれるから』

 もし万が一、頼人に限界が来て逆に殺されそうになるような事態に陥れば。

 私の命に代えてもあなたを守るから。

 そう改めて決意を固めたとき、私の、そして彼の眼前で青い焔が上がった。



 M67破片手榴弾。通称『アップル・グレネード』。

 十五メートル範囲に殺傷能力のある破片が飛散し、五メートル範囲以内であれば即致命傷を与えるそれを使ったのは初めてだった。

 故にその破壊力がどの程度のものなのかは実際にこの目で見たことはない。ミニガンで削った巨石が簡単に石くれと化すくらいか、それとも俺よりも爆心地に近い場所にいる槍の男が傷を負うくらいか。そんな風に効果を予想していた。

 だが。

「……こりゃあ想定外だ」

 手榴弾の威力がどうあれ間違いなく吹き飛ばす筈だった巨石は確かに俺の眼の前から存在を消した。

 しかし、それは爆発によってではない。

 あれは何だったのだ?

 何故あの巨岩は――青い焔に包まれていた?

 周りの草木も同様だ。青い焔に包まれた、その瞬間。まるで初めから存在していなかったかのように灰一つ残さず消え失せてしまった。

「それはこっちの台詞やで」

 巨石が消え失せたことで再びその姿を現したジャージ女は頭がガシガシと掻きながら気だるそうに言う。

「いきなり、銃ぶっ放すわ、手榴弾投げ込むわって何考えてんねん、アンタ。ウチを殺す気かいな」

「ああ、その通りだ。そこまでわかってんならそこでジッとしててくれ。すぐに楽にしてやるから」

「はっはー、お生憎や。ウチは落ち着きないって何十年も昔から言われとってな。ジッとしてるんは苦手なんやわ」

「昔から? まるで年寄りみたいに――――ああ、なんだそういうことか」

 目の前の女はどう見積もっても二十代半ば程度にしか見えない。しかし外見が実年齢に追いついていない例を俺は以前確認している。

 ラフィやストラと同様、コイツも魔物だというだけの話。

「裏世界以外にも魔物がいるとは思わなかったぜ」

「あれ、魔物について知っとるんか? こっちじゃ妖怪っちゅうんやけどそれはまあええ。……ふふん、余計興味が湧いたなあ。なあウチを殺すんは止めにしてお茶でもせえへん? アンタのこと教えてーな」

「……良いぜって言うと思うのか?」

 右手にグロック19を具現化させ、狙いを定める。女はといえば銃を向けられているというのに相変わらずヘラヘラとにやけていた。

「いや、全然」

 余程腕に覚えがあるのか。

 手榴弾を防いだスキルに自信があるのか。

 それともただの馬鹿なのかどうかはわからないが、彼女は欠片も怯えることなくこちらを見続けていた。

「……だろうな!!」

 そう返すと俺は真っ直ぐジャージ女に向かって跳び、引き金を引く。

 頭。

 胸。

 肩。

 腕。

 腿。

 脛。

 全ての部位に二発ずつ、計十二発。そのどれもが寸分違わず目標を射抜こうと疾走するが、彼女に傷を負わすには至らない。

「残念はずれ、や」

 弾丸が命中する、その刹那。女は身体を逸らせ、回避に成功する。そして外れた弾丸が背後に聳える大木にめり込む前に、彼女は前進し、俺の懐へと飛び込んできていた。

 繰り出されるはこちらの突進のスピードを利用した右の掌底。左腕はというと再び発砲されることを恐れてか、銃を持つ俺の右手を横へ弾いている。

 俺の全力のスピードだ。このままこの女が手を突き出しているだけでも大きなダメージを負うことだろう。ましてや相手は魔物。戦闘を開始する前に目にした身体能力から考えても、彼女が力を込めれば簡単に俺の腹に穴が開くだろうことは推測できる。

 故にこの攻撃を受ける訳にはいかない。腕で防ごうとしても腕ごとぶち抜かれる。では、どうするかといえば、当然避けるしかない。

「残念はずれ、だ」

 右腕はさきほど弾かれ明後日の方向を向いている。つまりその腕の先、安全地帯に聳える木々に、伸ばしたコードを絡ませ一気に巻きとることで凶悪な威力を持った掌底から逃れることに成功したのだ。

 勿論、相手が追撃することを考慮に入れ、左手に持ち替えたグロックに残る四発の弾丸でジャージ女を牽制することを忘れない。

 これは当たっても当たらなくても良い。牽制なのだから、動きを制限できれば十分に四発の弾を使った価値があるといえるだろう。

 できれば、だが。

 というのもこの四発は完全な無駄弾と化してしまったのだ。さきほどとは違い、ジャージ女は弾丸を避ける必要すらなかったのだから。

 放たれた弾丸は全て弾き飛ばされる。

 彼女に、ではない。

 彼女を守るように壁となって立ちはだかった堅い地面によってだ。

 何が起ったのか理解する前に地面は崩れ、再び平坦な大地へとその姿を変える。そして俺は完全にコードを巻き終え、樹上で観察に徹すると戦場に明らかな異物を発見した。

 これまで俺とジャージ女しかいなかった戦場にもう一人。

 いや、さっきから戦場に立っていたものの、まるで案山子のように立ちつくしていた男が明らかな敵意を持って俺を見据えていたのである。

「…………どういうつもりだ?」

「何、いきなり仲間だと言われ、にも関わらずドンパチが始まり、異常な事態に頭が混乱していたのだが、ようやく結論を出すことができたのでな。俺もこの戦いに混ぜてもらおう」

 これまで完全に置いてきぼりだった男は槍の石突きの部分を地面に叩きつけながら、高らかに宣言する。

「貴様らが揉めている理由は知らんが共犯だと言うのなら二人とも村へと連行する!! そして然るべき罰を受けてもらおう!!」

 …………うん?

 まさかコイツ、あの女の嘘真に受けてんのか?

 これだけ派手にドンパチやってるのを見てよくそんな結論が出せるな。俺たちの会話を聞いてたら何かおかしいことに普通気がつくだろうに。

 やや呆れ顔でジャージ女を見ると四つん這いになって地面を拳で叩きながら爆笑していた。

「ひー、ひー……。自分最高にノリええなあ。まさかホンマに乗っかってくるとは思わへんかったけど……。ウチ、アンタみたいなアホ大好きやわ」

「失敬な!! 誰が阿呆だというのだ、誰が!!」

「はは、スマン、スマン」

 適当に謝りながら女はようやく立ち上がり、心底楽しそうな顔をしながら自らの名を明かす。

「そういや自己紹介がまだやったなあ。ウチは玖尾くおサキや。魔物としての種族とスキルはまだ秘密、知りたかったらウチを落としてみい。それで? アンタらの名前は?」

「む? おお、名か。良いだろう、俺はヴォルク・アレクサンドロヴィチ・アヴェルチェフ。イェジバの防人にして――忌血種タブだ」

「へえ、こっちじゃ珍しいなあ――で?」

 そんな目でこっちを見るな。ジャージ女、玖尾だけならともかく何故アヴェルチェフとやらも俺が名乗るのを心待ちにしているのだろうか?

 付き合う義理はないが、名乗らずに戦闘を開始すれば二人が結託し、二対一に持ち込まれる可能性もある。素直に従うのは癪だがここは一つ名乗るとしよう。

「……天原頼人。人間だ」

「どこが人間やねん」

 玖尾の呟きに反論したいところだが彼女がそう思うのももっともなので放っておこう。何よりその間違いを正したところで直ぐに息の根を止めるのだ。訂正に意味はない。

「ほんなら自己紹介も終わったし」

 そうして場の空気が一変する。

「これで心おきなく」

 これよりこの場は化物同士の死合場。

「ああ、――潰し合おう」

 今度こそ誰も立ち入ることのできないグラン・ギニョルの始まりだ。


 忌血種については後々玖尾が説明してくれることでしょう。待ってられるか!! という人は『いつか夢見た本当の自分』をご覧ください。

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