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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
35/213

樹海の争闘

 メフィストと別れた俺たちはイェジバ村を目指して森の中を彷徨っていた。神様からもらった情報によると禍渦の影響下にあるとされているヴォレス、トゥーハ、キトカ、そしてイェジバ村は全てこの森の中に存在している。普段から薄暗く、不気味だというこの森が不吉な雰囲気に呑まれているのは俺の勘違いではないだろう。

 ちなみに禍渦は森の北東、そこからやや南にヴォレス村、南西にキトカ村が位置しており、トゥーハ村は森の南東、外縁部に居住地を構えている。そして俺が目指しているイェジバ村はというと森の中心部。問題となっている禍渦から三番目の距離にあった。

「イア、いま俺たちどの辺りだ? 森に入ってから随分経つけど……」

『んーとねえ、イェジバ村と同じ中心部には辿り着いてるよ。ただ私たちがいまいるのは中心部の南端。イェジバ村は北端。……この意味分かるよね?』

「まだ少しかかるってことか……」

 既にイアと同調しているので体力的には問題ない。この程度の距離なんてことないのだが、こう陰鬱な場所をずっと歩いていると精神的にくるものがある。

『まあまあ、そうガッカリしないでよ。そうだ、気分を紛らわせるためにお話しようよ』

「いいけど、何について話すんだ?」

『私が独占できる今晩のおかずについて』

「オマエ、レストランでビーフストロガノフ喰いまくってたよなあ!?」

 俺の記憶が定かならそうだ。いや、定かでなくともそうだ。

『チッチッチ、甘いよ頼人!! 私は『びーふすとろがのふ』が今晩のおかずの占有権の代わりだなんて一言も言ってないよ!!』

「くぅ……ッ!!」

 確かに……。神様にその存在を教えられてすっ飛んで行ったが、そんな約束はしていない。失敗したぜ……、今晩のおかずのためにビーフストロガノフは喰わせないでおくべきだったのに。

「良いだろう……。恐らく今晩は村で食べることになるだろうから、そのとき出されたおかずは全てオマエにやるよ。ただし、わかってるとは思うがパンとかは譲らねえからな!?」

『ええ!?』

 ちょ、オマ。俺に今晩絶食させる気だったの? ねえ、そうなの?

「いや、だってパンとかご飯は主食じゃねえか!! 断固としてやらねえぞ!?」

『ううー、わかったよう。我慢するよう……』

 我慢って、お嬢ちゃん。

 それが普通だからね? 苦行に耐えてるみたいな口振りだけど、特に凄いところは何もないからね?

 とにかくこれ以上食事に関する会話を続けると更に俺の晩飯が危険に晒される気がしたので、面舵一杯。話の方向性をぐるりと変える。

「そういやイア。オマエ、メフィストについて何か知ってることないのか? 最初に満月に会ったとき、情報としては知ってるって言ってたけど」

『え? ああ、うん……』

 未だ俺の主食を奪うことに未練があるのか、力ない返事をしながらも彼女は疑問に答えてくれた。

『私たちに知らされるのは個体数と簡単な容姿だけだよ。その端末がどんな力を持っているのかとかは神様は教えてくれないし、名前だってくれない』

「ああ、そういやメフィストも同じこと言ってたな。能力は知らされてないとかなんとか」

『うん、だから基本的に直接会って本人に色々聞かないとその端末のことは分からないの。つまり私はメフィストのことも、勿論満月のことも何にも知らないってこと』

「ふうん」

 それは少し寂しいというか、何というか。

 自分と同じく神様に造られたのだからイアにとっては妹、弟みたいなもんだろうに。

 ……んん?

 疑問を感じ、頭の中にイアと満月。二人の姿を思い浮かべる。

 背丈――負け。

 スタイル――負け。

 性格――引き分け。

「……………………フッ」

 おお、イアよ!! 零勝二敗一分とは情けない!!

『……頼人、何か失礼なこと考えてない?』

「ん? 考えてるけど?」

『隠そうともしない!?』

「ははははは」

『もう!! 爽やかに笑っても誤魔化されないからね――――あれ?』

 俺の鳥肌が出るほどわざとらしい笑いに憤慨していたイアが突如落ち着きを取り戻す。

『……頼人』

「……禍渦か?」

『ううん。禍渦の気配は森中に漂ってるけど、核が出す強烈な気配は感じない』

 当然、俺も周囲の空気が一変したことには気づいていた。

 殺意。

 それがこの空間に満たしているものの正体だ。幸いというべきか、この殺意はどうやら俺に向けられたものではないようだが、このままここにいては何らかの被害を受けかねない。

 禍渦でないのならばゆっくりと、しかし迅速にこの場を離れる必要がありそうだ。

 そう考えて行動しようとした矢先、頭上から女の声が響く。

「避けてー!! ……無理やと思うけど」

 声に反応し、俺が見上げると眼前に迫ってきたのは靴底。

 ゴム製の、滑らないようにギザギザのついているアレである。

 何で空から靴? とか。

 何で声の主が最後に不吉な一言を付け加えたのかとか。

 色々思うところはあったけれど、俺がまず第一にしたことはその靴を両手で掴んで、ブン投げることだった。

「そおいっ!!」

「へ、ええぇええぇええ――おふッ!?」

 投げられた誰かは凄まじい勢いで周りにある木に腹を打ちつけられる。

 いやあ、意外と反応できるもんだな。というか殺意に対して身構えていたからだろうけど。

「あいたたた……。ひ、酷いことすんなあ……」

「おおっ、生きてる」

「殺す気やったん!? もー、最近の若い子は無茶ばっかりしよるからかなんわ」

 土煙を手で払いながら立ち上がる襲撃者。投げたときはコイツが殺気の主かと思ったが、どうやら違うらしい。目の前の――声から判断するに女からは殺気をまるで感じない。

 そして、ようやく晴れた土煙の中から現れたのはやはり一人の女。

 真っ赤なジャージを着た彼女は後ろで括った金髪を靡かせ、こちらへと近づいてくる。

「ったく、なんちゅう日や。槍持った子に追いかけられるわ、白髪の子に投げ飛ばされるわ……。ウチが何したっちゅうねん」

『とりあえず頼人の顔面踏みつけようとはしたよね』

「ああ、俺に投げられた分はそれでチャラだな」

「うん? 何一人でブツブツ言うてるん――ってヤバッ!!」

「『ッ!?』」

 こちらに近づこうとしていたジャージ女が歩みを止め、後方へと跳ぶ。それを見、俺も即座に危険が迫っていることを察知し、その場から跳びのいた。

「ゼムリャ」

 不意に聞こえたのはその言葉。

 直後、さっきまで俺とジャージ女がいた地面一帯が土煙を上げ粉砕される。咄嗟のことだったので姿は見えなかったが、それを行ったのは間違いなく土煙の中に佇む人物。

『……頼人、気をつけて』

「ああ、俺でもわかる。アイツ……相当強えぞ」

 先ほどまでこの辺りを覆っていた殺意の主は間違いなくアイツだ。そして姿を現したことでその殺意の矛先も明確になる。

 殺意を叩きつけられているのは俺ではなく、ジャージ女。俺はその余波を受けているに過ぎないのだが、剣の切っ先を首筋に向けられているような錯覚を覚えるほど強烈。

 よくもまあ、木の枝の上に離脱したあの女はヘラヘラしていられるものだと呆れを通り越して感心してしまった。

「あー、もうアンタもしつこいなあ!! ウチが何したっちゅうねんな!?」

 両腕を上げ、頬を膨らませながら抗議するジャージ女。

「愚問だな。貴様は我らがせい――――ウェッホ!! ゲホッ!! って土煙すげえ!!」

『アホだね』

「ああ、アホだな!!」

 闖入者の分析が滞りなく終了した。

 結論、強いけどアホ。

「エホッ!! ゲッホゲホ!! くっそ……!! ヴィエーティエル!!」

 初撃を避けたときと同様に、土煙の中で噎せながらも何事か叫ぶ。すると一陣の風が吹き荒れ、あっという間に舞い散る土煙を一掃していった。

 晴れた視界の先に立っていたのは一人の男。

 年は俺と同じくらいか。軽く装飾された革鎧に身を包んだその姿は凛々しいものであったが、俺はそれよりも彼の持つ槍に目を奪われた。

 いや、それは槍であるかどうかも怪しい代物だ。

 槍というのは基本的に柄と槍頭で構成される。しかし、俺の目の前にあるそれには更に余計な物が柄と槍頭の境目にくっついていた。

 見た目を一言で説明するならばそれは剣。それも一本ではなく四本もの剣が円錐状の槍頭を中心として囲う様に付随している。

「……愚問だな。貴様は我らが聖域を侵そうとした。俺が貴様を罰するには十分な理由だろう?」

「おい、さっきまでのことをなかったことにしようとしてんぞ、アイツ」

『シッ!! 頼人、そこはきっと触れちゃいけないところなんだよ』

「関係ないものは引っ込んでいろ!!」

 俺の言葉が癇に障ったのか、男は目をぎらつかせ怒鳴り散らす。こちらとしても関わり合いになりたい訳ではないので、言われた通りこの場から退場しようとしたのだが。

 ジャージ女の一言でそれも叶わぬこととなった。

「ちょい待ち、その子別に関係ないことあらへんよ」

 そう言いつつ、彼女は木の上から飛び降りる。

「……どういうことだ?」

「や、言葉通りの意味やけど。ウチとこの子は共犯も共犯。いやあ、偶然にも合流できて良かったわー」

「『…………………はぁ?』」

 いやいやいや、何言ってんのこの人? 初対面も初対面だろうに……。

 と、ここで俺はピンときた。

 そうか、そういうことか。どうやらこの女、嘘を吐き俺を共犯者に仕立て上げて槍の男を俺にけしかけるつもりのようだ。その隙に逃げようという魂胆、か。

 ――――――ふざけるなよ?

 悪意ある嘘を、あり得ないほど露骨に向けられたことで俺の中で久しぶりにスイッチが入る。

 ああ――本当に久しぶりだ。

 禍渦退治を始めてからは大分マシになってきたと自分では思ってたんだけどなあ。誰かが知らない誰かに嘘を吐くのは許せてもその矛先が俺に向くのはまだ我慢ならないらしい。

 だってほら。こうしている間にも俺は殺意に染められていく。

 黒く。

 黒く。

 心が濁っていく。

 そして心が闇に沈んでいくのにも関わらず、悦びで俺の心は躍り出す。

 それは殺人鬼が無防備な一般人を見つけたときのような下種で、卑小な高揚感。それがわかっているのに止められないし、止める気もない。

 嘘を自分の手で壊せるのが嬉しくてたまらない。

 頭の中でナニカが叫ぶのが聞こえる。

 ――コロセ、コロセ。イツワリヲネダヤシニシロ。

 そうだな。

 そうしよう。

 いますぐ嘘吐きを――ころし尽くそう。

 そして俺は朗らかな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ろうとする女に躊躇なく銃口を向けた。

 具現化したのはM134、通称『ミニガン』。六本もの銃身を備えたガトリングガンである。通常であれば一人で、まして片手で扱える代物ではないのだが、同調した状態であれば重量など大した問題ではない。

「え? な、何、どないしたん? ちゅうかそれどっから出したん?」

 急変した状況に頭が追いついていないのか狼狽した様子を見せるジャージ女。俺に何事か問いかけているが、当然こちらは答えるつもりはない。

 理解しなくて良い。

 理解しようとしなくて良い。

 そうして疑問を抱いたまま逝くと良い。

「オマエに良いことを教えてやろう」

 これは今回、オマエが学ぶべき人生で最後の教訓。

「嘘で安全は得られねえよ。手に入るのは傷だけだ」

 良くも悪くもな。

 その言葉と同時に黒き野獣が牙を剥いた。


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