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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ
34/213

悪魔と神父

「……本当に集合場所と時間は合ってんのか……」

「むぐぐ?」

 口いっぱいに食べ物を詰め込んだイアが「何か言った?」みたいな顔でこちらを見つめてくる。

 あー、あー、口の周りベッタベタになってんじゃねえか。もう少し落ち着いてモノ食えねえのか、オマエは。

 いま、俺たちがいるのは門から程良く近い場所にあった街。

 街の名前は知らん。つーか読めん。イアによると先日の神様からのメールには禍渦の位置情報の他に、助っ人との合流場所、時間等の情報も添付されていたとのことだ。

 集合地点はレストラン『キキーモラ』。つまり俺たちがいまいるこの店だ。

 そして集合時間は午前八時三十分。つまり五十分程前だ。

 待てど暮らせど神様の言った助っ人とやらは現れない。俺の目の前に現れるのはイアの注文した料理だけ。ちなみに過去の失敗から学習して神様から上限なしのカードを貰っているので、その辺りは問題ない。

 ただ、一日に二度も遅刻されるとそれ相応に腹が立つ訳で。俺は食事をすることなく苛々とテーブルを指先で叩いていたのだった。

「……はぁ、皿を片づけてからで良い」

「むぐ!」

 俺の言葉を聞くと彼女は目を輝かせ再びテーブルの上の料理へと突撃をかける。

 …………イアも俺と一緒に朝飯食った筈なんだけどな。

 彼女の胃袋は一体どうなっているのかと、今更ながらそう首を傾げていると一人の男がこちらに向かって歩いてきた。

 帽子を目深に被った碧眼の男はテーブルの前まで来ると俺に声をかける。

「失礼、こちらのテーブルにお邪魔させてもらってよろしいでしょうか?」

 日本語……?

 突然耳に飛び込んできた聞き慣れた言語に戸惑いながらも、俺はその男に言葉を返す。

「あー、すいません。ここはそのうち連れが来る予定なんで他を探してもらえます?」

「そうですか、ありがとうございます」

 俺の返事を聞いてにこやかな笑顔を浮かべながら用意されていた椅子に座る男。

 え? 日本語話せてたよな? この人。

「ちょっ、おいおい!! だから人が来るって……」

「大丈夫、私がその待ち人ですよ、天原頼人君。君も神様に言われてここに来たんでしょう? あ、すいませんコーヒー一つ」

 男はこちらが呆気に取られている間に優雅にコーヒーを注文し、言葉を続ける。

 助っ人ってのは深緋じゃなかったのか……。ホッとしている自分が少し情けない。

「それにそっちは端末番号一番ですね。初めまして」

「ひぃあでゃひょ!!」

「先に飲み込め。その間に文句言っといてやるから」

「文句、ですか?」

「ああ、そうだよ。こっちが何分待ったと思ってる?」

 男はしばらく思案した後、ああそういうことかと手を叩いて俺に説明を始める。

「こっちではいまは八時二十分です。時差、というものは御存じでしょう? 私は現地の時間に合わせるものと思ったのですが」

 ああ、そういやここと日本じゃあ一時間ぐらいの時差があったっけ。

「…………悪い、完全に俺の勘違いだった」

「いえ、誤解が解けたのなら構いませんよ」

 そうして誤解が解けたのとほぼ同時に口の中のものを処理し終えたイアが口を開いた。

「ゴクンッ!! 私はイアだよ!! 満月もそうだったけど、番号で呼ばないで!!」

「はて、満月? どなたですか?」

 顎に手をあて男は首を傾げる。どうやら本気で知らないらしい。

「えっ? ええと金髪で、こう胸がどーん、腰がきゅっ、おしりがどーんな女の人で……、あ、あと再生能力を持ってた!!」

 ついでみたいに言うな。俺にしたらそれが一番印象に残ってるっていうのに。

「ああ、四番のことですか。私は直接会ったことはありませんが、ボン、キュッ、ボンというのなら彼女の事でしょう」

「そっちで確信したのかよ!?」

「私は外見の情報しか知らされてませんから」

「……あ、そう」

 ……飄々としていて相手にしていると何だか疲れるタイプだな。面倒さでは深緋と良い勝負じゃねえか、コイツ?

「それで、アンタは?」

「はい? ああ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私は人型端末第三番。パートナーであるリーンハルトからもらった名前はメフィスト。よろしくお願いしますね、天原君、イア」

 端末の方だったか……。満月といい、コイツといい見た目で判断できねえからな。イアは背中に普通の人間じゃあり得ねえモンくっついてるからそうでもないが。

「え、じゃあそのパートナーは? 一緒じゃないの?」

「彼とはいま別行動をとっています。いつものことですが一仕事終えると彼は必ずと言って差し支えないほど、もう一仕事するので。彼はまた後で紹介しますよ」

「ふうん……、はぐはぐ」

 納得したような、してないようなそんな曖昧な反応を返しながらイアは再び皿の中の料理をむさぼり始める。

 帽子の男、メフィストはというと運ばれてきたコーヒーを受け取り、それを一口啜った後、口を開いた。

「では、滞りなく自己紹介も済んだところで仕事の話に入りましょう。天原君、イア。今回の禍渦について神様から何か聞いていますか?」

「いんや、何も。知らされたのは禍渦の大まかな場所だけだ」

「みふぃに……ゴクン、右に同じく」

「そうですか、それは困りましたね。私たちも似たようなものですから。ただ……、仕入れた情報によると最近その辺りで騒がれているのは『失踪』です」

「失踪……ねえ。ま、それが禍渦によるものだったとしたら神隠しみたいな伝承を起源にしてるんだろうが、その失踪事件が禍渦に関係してると決めつけるのは早計じゃねえか? 人一人消えるぐらい珍しいことじゃないだろうに」

「ええ、天原君の言う通り失踪事件なんてものはありふれてますし、特段変わったことではありません。このご時世ですしね。ですが流石に連続してある村の男だけが消えているとしたらおかしいと思いませんか?」

「……確かにな」

 そこまで大規模なものならメフィストが禍渦の仕業だと判断したのも頷ける。で、あれば次に行うべきは分析。

 この禍渦がどのような伝承から成り立っているのか、を調べなければならない。

 禍渦が周囲にどんな影響を及ぼしているのかといったことや、地道な聞き込みからその正体を突きとめるしかないのだが、これがまた面倒くさいのなんのって。

 ただ面倒くさいからといって疎かにすると禍渦の弱点が見えてこない。したがって禍渦破壊において避けては通れない道なのだ。

「じゃあ、その失踪事件が禍渦の元になった伝承によるものだとして、その村からだけ行方不明の人が出てるのはなんでだろう? ダウンロードしたデータによると禍渦の影響を受けてるのはそこだけじゃない筈なんだけど」

「そうなのか?」

「はい。禍渦の影響下にあると考えられているのは、ヴォレス村、トゥーハ村、キトカ村……、そして失踪事件の起きているイェジバ村の四つです。イェジバ村以外の三つの村では強盗、殺人、精神異常者の増加が見られますが、これは禍渦の気に当てられただけでしょう。このことから禍渦の元となった伝承が隠されているのはイェジバ村と考えられます――ど、どうしたんですか天原くん!?」

「い、いや。こんなにも自分で情報を整理してくれる相棒がいるリーンハルトさんが羨ましくなってなあ……思わず涙が出た」

 出会って数分だが頼りになり過ぎるだろ、メフィスト。イアなんて、二言目には、いや一言目には上目遣いで『頼人、どうする?』だぞ? いや、まあそれはそれで可愛いから良いんだけど。

「よ、頼人!? それどういう意味!?」

 バンバンとテーブルを両手で叩きながら頬を膨らませてこちらを睨みつけるイア。それを俺は涙を拭いながら見る。

「いやぁ、別に? イアはよく頑張っているよ」

「ああ!! その感じテレビで見たことある!! 特に有能じゃない部下に対して上司がどう褒めようか困ったときに使う具体性のない褒め言葉ランキング第二位!! ね、ねえ私クビなの!? クビ一歩手前なの!?」

「……………………」

「目を逸らした沈黙が一番怖いよ!!」

「……ゴホン」

 いまにも泣きだしそうなイアを見てメフィストが咳払いをする。

「天原君、イアと私のスペックが違うのは仕方がないことですよ」

「メフィストまで馬鹿にして!!」

「事実ですから仕方ないでしょう。あなたは一番初めに造られた端末なのですから私たちより劣っていて当然なんですよ。あなたは一番、私は三番、そして満月は四番。ちなみにいまは四番が最新の番号ですから満月がもっとも優秀ということになりますね」

 俺には満月が優秀とは思えないけどな。この評価には初対面で殺されかけた私怨が少し入っているからかもしれないが。

「じゃあ、コイツの燃費が悪いのもそのせい?」

「それがスペックのせいなのか、はたまた能力のせいなのかはわかりませんが……、取り敢えず言えるのは私は彼女ほど過剰にエネルギーを摂取する必要はないということだけです」

「ほう……、だってさイア」

「な、何?」

「何じゃねえよ。ウチの家計を火の車どころか灰にした張本人だろうが」

 ぶっちゃけ財産管理してる叔父から不審がられたわ。倍以上に膨れ上がった食費は育ち盛りなんです、では説明できない。毎回嘘を吐かずにその問題を乗り越えている自分を称賛してやりたいよ、ホント。

「う、う~、う~……」

 あ、そろそろ限界っぽい。イアの目が涙で潤んできているのがわかる。

「……んな顔すんなよ。心配しなくても相棒交換してくれなんて言いやしねえから。そもそもオマエ以外のヤツが俺と組める筈ねえだろ?」

 イアや満月、そしてメフィストといった神様によって造られた端末たちと同調することは誰にも出来ることではないのだ。イアから聞いた話だとそれぞれの個体に合う波長の人間としか同調できないし、その同調率も異なるらしい。

 つまり、同じ立場であっても俺と満月は同調できないし、深緋とイアは同調できないのである。

 俺としては性質上不可能だという意味で言ったのだが。

「……ッ、うん!!」

 どうやら彼女はそう捉えなかったようで。

 イアは心底嬉しそうな顔で頷いたのだった。

 ああ、でもまあ良いか。実際、俺としてもイア以外と組む気はないし。

 俺に嘘にも種類があることを教えてくれた彼女を蔑ろにして、他の端末と組むなど考えもしないさ。……勿論イアが調子に乗るので口には出さないが。

「さぁてと、いらんやり取りもあったが情報整理はこんなもんだろ。後は現地に行って自分の目で確かめるとして……じゃ、行くとするか」

「うん」

「二人ともいってらっしゃい」

 すぐさま立ちあがったイアとは対照的に、未だのんびりとコーヒーを啜りながらそんなことを口にするメフィスト。

 あれ? 何、オマエも実は面倒くさいヤツなの? そうなの?

 俺の表情から何かを察したのか彼は少し慌てたように自分の行動を弁明する。

「ああ、いやそんな顔で見ないでくださいよ。パートナーのいない私が一緒に行っても足を引っ張るだけでしょうし、作業を分担した方が良いと思ったんですよ」

「分担?」

「ええ。私とリーンハルトは君たちのように多くの禍渦を壊してきていませんから。どちらかというと禍渦の気に当てられた人間への対処が主な仕事でしてね」

「……だから禍渦は俺たちに任せるってか?」

 それじゃあ助っ人の意味がないと思うんだが。

「いえいえ、勿論丸投げするつもりは毛頭ありませんよ。こちらの仕事が終わり次第、イェジバ村に向かいます。それまでの間、一人、いや二人だけで情報収集をお願いしたいということですよ」

「ふうん。じゃあ別に構わないんじゃない、頼人? 私たちには禍渦の気に当てられた人間をどうこうできないんだし」

「…………そうだな」

 メフィストの言葉に嘘はなかったし、信用してもいいだろう。

「ただ、何らかの事情で遅れたり、最悪こっちに来れなくなったらこの番号に電話しろ。それが認められなきゃ無理矢理にでもオマエとオマエのパートナーを連れていく」

 この前のロッジで本当の言葉ですら嘘になる可能性があると知った以上、保険をかけておくべきだろう。

「当然の処置でしょう。勿論それで構いません」

「よし、じゃあイア行くぞ」

 そうして俺たちは店を出る。

 向かう先はイェジバ村。

 鬼が出るか、蛇が出るか――それは神すらも知らない。



 天原頼人とイアが店を後にした二十分後。二杯目のコーヒーを口にしていたメフィストの前に一人の男が現れた。

 年は四十代前半といったところか。神父の平服である黒いキャソックを着たその男は断りなしに彼の向かいの席に掛け、口を開く。

「メフィスト、彼らは?」

「君が遅いからとっくに出発してしまったよ、リーンハルト」

 天原頼人らを相手にするときとは違い、メフィストの口調は軽い。それは彼がリーンハルトを敬意に値しない人物であると判断していたからである。

「そうか……」

 ウェイターに紅茶を注文しながら、彼は袖口についた泥をはたき落とした。

「まったく、そんなことをしても仕方ないだろうに。無駄なことをしても神様は、特に私たちを造った神様は評価してはくれないよ?」

「構わん。私は評価してもらいたくてしている訳ではない。自分がするべきだと思ったからしているに過ぎない」

「おや、てっきりパートナーの徒労に付き合おうとしない私にお小言の一つや二つあると思っていたんだけどね。読みが外れたみたいだ」

「貴様が説法の一つや二つで私に付き合うとは到底思えんのでな」

「うん、うん。ようやく私のことがわかってきたみたいだね」

「それにメフィスト。私が貴様と交わした契約にそんなことは含まれてないだろう。私は既に恩恵を得た。後は貴様に対価を払うのみ。……何なら新たな契約でも結ぶかね?」

「冗談だろう? 君のような退屈な人間とこれ以上契約を増やしてどうするって言うんだい。君が対価を払い終わる前に私が死んでしまうよ」

「なら、下らんことを言うな」

 そう言ってリーンハルトは彼を一蹴すると、懐に仕舞い込んでいた新聞を取り出し目を通し始める。そして数分もしない内に彼の眉間に皺が刻まれる。

「どうしたんだい、リーンハルト?」

「…………何でもない」

「何でもないことないだろう、見せてみなよ」

 メフィストはリーンハルトの持っていた新聞をひったくると直ぐに問題の記事を発見っしたようで、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。

「トゥーハ村の付近に首を切断された死体が十一体。……私たちが早く仕事を終わらせなくちゃもっと犠牲者が出る。大変だね、君も」

「……これも契約だ。よもや神が悪魔を使いに出されるとは思わなかったが」

「ひどいな、誰が悪魔だって言うんだい」

 リーンハルトはそれに答えようとしたが、丁度ウェイターがポットとカップを運んできたことを察し、開きかけた口を閉ざす。

 そうしてウェイターが去った後、彼はカップに注ぎ込んだ。

 紅い、血のように紅い、鮮やかな液体を。


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