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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
フリェンチャル・ロッジ
32/213

闇夜の咀嚼者

 ――あ。

 ――アあ。

 ――亜アあぁ阿ァああ㋐唖吾あアぁアア嗚呼ァ!!

 ――あつい、アツイ、熱い、アツ異、阿つい、亞痛イ!!

「まったく、手間かけさせやがって……、てめーは強火でじっくり焼いてやるよ、コノヤロー」

 俺は紙上で絶叫を上げる禍渦を見下ろしながらそう吐き捨てる。

 目の前の机の上にあるのは一冊の開かれた本。

 そう。これこそが今回異常を引き起こした禍渦の核たる物質である。

 ――ア、ああ、オ前知ってるぞ!! チョロチョロと動イて目ざワりだったガキだ!! でも何で? ナンデ、私の居場所が……。い、イヤ、そもそモ違和感スら覚えナイ筈なのに……!!

「残念だったなあ、俺がただの人間なら違和感もなにもなかっただろうが生憎と普通じゃなくてな。俺にはオッサンがオネエ口調で話してたり、子どもがオッサン口調で話してたりと違和感しかなかったわ。ま、それでも禍渦の仕業だとは考えなかったけどな」

 恐らくあの場では口調にあった外見を龍平や美咲、そしてイアは見せられていたのだろうが嘘がわかる俺に偽装は通用しない。

「偽装や人の意識を誘導するオマエの力は確かに面倒だし、強力だ。いつもの俺ならあの時点で禍渦の存在を疑うところだが、それを大したことじゃないと捨て置いたんだからな。だから禍渦の核がここに在ると教えられてもイマイチ実感が持てなかった。

ここで問題。なら俺はどうやって核がここに在ると強く確信できたと思う?」

 そう問うと燃え盛る紙の上に新たな文字が浮かび上がる。その文字も先ほどまでのような整ったものではなく必死に書き殴ったものに変化していた。

 ――確震も何モ、そんなコとアリえなイ!! 私ノ偽装は、話は感璧のはズだ!!

「俺の力は偽られたモノを見抜く力で、その対象は人間に限定しない。肉の産地を偽った品質表示シール、ヅラにシークレットシューズ、更には寄せて上げるブラ何でもアリだ」

『…………………』

 体内の相棒がジト目でこちらを見ているような気がするが、まあ置いておこう。

「オマエ、多分これにも偽装をかけてたんだろうけど無意味だったな」

 そう言って俺が机の上に投げ出したのは数枚のカード。それは免許証であったり、学生証であったり、外国人登録書であったりと様々だが、共通している部分が一つある。

 それは。

 誰一人として名前と顔が一致しないということ。

「『平居有里香』って名乗ったあの五厘刈りの写真がついたこの免許証には『田口幸助』。『霧島武彦』に至っては『アラン・オルドリッジ』だ。ここまでくりゃこのロッジが異常の渦中、禍渦の腹ン中って考えざるを得ねえだろ?」

 俺はこの嘘がわかる力を疎ましく思っているが、その力の精度自体は信用している。だからこそ、暴きだした真実で以てここに禍渦がいると確信できたのだ。歪な信頼関係だとは思うが、その信頼を禍渦は捻じ曲げることはできなかったのである。

「禍渦がいると強く認識できたのなら残る問題は居場所と壊し方だけだ。だけっていってもそれが一番面倒なんだけど、居場所に関してはオマエ自身のミスで捕捉できた」

 ――ワ足シの、みス?

 壊れつつあるのか漢字、ひらがな、カタカナと。最早紙に書き出される表記は体裁を成していなかったが、禍渦は俺に問いかける。

 まるでそんなことはある筈がないとでもいわんばかりに大きな字で。

「あの黒い塊。大方オマエの『目』ってとこだろ? 周囲の状況を確認しながら、上手くこの三文芝居を進行させるためのな。だがそれが裏目に出た」

 ――な、何。

「アレを見たところで操られた人間は何とも思わない。でも既にオマエの脚本から離れていた俺とイアはそうはいかねえ。禍渦の手がかりとして追いかけるに決まってんだろ」

 ――オマえは、何を。

 ゴチャゴチャと何やら文字を書こうとしているが禍渦は既に炭化し始めている。完全に破壊するまでもうそれほど時間はかからないだろう。

「そしてこうしてここに辿り着いた。それが事実だ。受け入れろよ、金賀林檎きんが りんごさん?」

 ――ッ!?

「どうして私の名を? って使い古された反応だな。だからアンタは三流だってんだよ。でもまあ、良かったじゃねえか、そんな三流のアンタでもファンはいたみたいだぜ?」

 今回の事件について叩き起こした龍平に尋ねたところ、そんな伝承はないとのことだった。そのため手当たり次第試してみるしかないかと考えていたのだが、意外なところから情報はもたらされた。

「金貨林檎。十五年前に小説家としてデビューするものの代表作は特になし。三年前の時点でも売れない、冴えない、閃かないの三拍子が揃ったまま、このロッジで執筆中に死亡。当時雑誌に細々と連載されていた作品は完結されることなく闇の中へ、と。美咲もよくこんなヤツのこと知ってたな……。つーか小説とか読むんだ、アイツ」

『全巻持ってるって言ってたよね』

 まったく以て意外過ぎる趣味だ。これはもう二、三回はからかわなければならないだろうとも思ったがやめておくことにしよう。今回に限っては美咲のお手柄だった訳だし。

 ――そウ、未完!! この物語は未完なン駄!! だカラ邪魔をすルな、もう少シ、モう少しデ……!!

「そりゃ無理な相談だ。美咲にも続きを見せてやりたいとは思うけど、それとこれとは話は別。俺はオマエが存在することが許せない。

 ――死んだなら大人しく墓の下で眠ってろ」

 そう言い放つと火力を一気に上げる。

 金貨林檎の死因は煙草の不始末による焼死。これも美咲が言っていたことだ。今回の騒動は金貨の未完の小説になぞらえて起こったものであるが、その中核となったのはこの本に憑いた彼の意識。となれば破壊方法は死因と同じく燃やし尽くす他ないだろう。

 ――ヤメ――――――――――――――――――――――――――。

 もう一言も喋らせない。核を完全に消しさるべく、机ごと紅蓮で覆う。結果、禍渦はものの数秒で完全に灰へと変化し、俺は炎を消し去った。

「さぁて、後はこっから出るだけだな」

『……あー、頼人? すっごい言いにくいんだけど……』

「? どうした、イア?」

 禍渦は壊したのにどうしてそんなにマズそうな声を出すんだ?

『このロッジ、崩れそう』

「は?」

『核は確かにあの本だったけどこのロッジ全体が禍渦だから。……後は言わなくてもわかりよね?』

 彼女がそう言い終わると同時に、嫌な音が図上で響く。

「イア」

『うん』

『「逃げよう!!」』

 猛ダッシュで禍渦がいた部屋を飛び出したのとその部屋の天井が落ちて来たのはほぼ同時。本館に向かって疾走する俺の後ろを崩壊する天井が襲う。

「ったく、どこの魔王城だよ!?」

 その光景を舌打ちしながら確認すると、俺はフードを深く被りイアに指示を飛ばした。

「イア、食堂に着いたらコードで全員確保!! 龍平と美咲は俺が抱える!!」

『ら、らじゃー!! でもバレないかな?』

「顔は隠したし、一言も喋らねえようにすりゃ大丈夫だろ……っと着いたぞ!!」

『え? 食堂はまだ先……』

「うらぁ!!」

 廊下の壁を蹴破り、食堂へとショートカット。散々地図を見てこのロッジの構造は把握している。数秒ではあるが、これで崩壊までの猶予がやや伸びた。

 何はともあれ食堂に到着。それと同時に周囲を見渡すとそこには床に倒れ伏した龍平や美咲の姿があった。

「ちょ……」

『大丈夫、気を失ってるけどみんな生きてる!! 頼人は早く二人を抱えて!!』

「お、おう!!」

 彼女の言葉に嘘はない。俺はイアの八本のコードに全員ぶら下がっていることを確認し、二人を両脇に抱える。

 そして食堂から離脱しようとした瞬間、天井から軋むような音を確かに聞いた。

『頼人、ダーッシュ!! 超ダーッシュ!!』

「わかってるよ!!」

 食堂を抜け、エントランスへ。

 あとはあの扉をくぐれば外に出られる。

 と思ったのだが。

「うおおおおおぉおおい!?」

『えええええぇええええ!?』

 扉まで数メートル。エントランスの中央付近を疾走していると、恐らく崩壊が進んで支えきれなくなったのだろう、これまでのように天井板だけではなくロッジの屋根そのものが落下してきたのである。

 ただの天井板だけなら蹴り飛ばすことも出来たかもしれないが、屋根そのものとなると話は別だ。しかもいまは俺一人ではない。無茶をすれば龍平や美咲に危害が及ぶ可能性もある。

「ああ、クソッ!! こんなことならシェルターでも具現化できるようにしとくんだったぜ!!」

 故に屋根に対して迎撃行動は取らない。

 ただひたすらに走る。

 もし、俺があの三流小説家の書いた物語の主人公なら奇跡的に外に逃げおおせることが出来るんだろうが、残念ながらこれは現実。身体能力が飛躍的に上昇しているいまの身体を全力で動かしても逃げ切ることはできず、屋根が俺たちを一撃のもとに粉砕しようとしていた。

 俺とイアは死なないだろうが他の人間はそうはいかない。気乗りしないが助けるためにはこうするしかないだろう。

「イア、全員外にブン投げろ!! 運が良けりゃ助か――」

 俺は彼女にそう指示しようとしたのだが、それは一人の呟きによって阻止された。


「あらあら、野蛮ね」


 一瞬。俺は何が起きたのか理解できなかった。

 呆けた頭のまま上を見るとあと数センチに迫っていた屋根の姿は何処にもなく、白みだした空が俺を出迎えている。

 龍平も美咲も全員無事。ああいや、目の前に現れた人物に驚いてイアがコードを緩めてしまい地面に激突した八人は無事とはいえないかもしれないけど。

「深緋さん、アンタいま何したんすか?」

「蹴りで屋根を全力半壊した訳だけれど?」

「やっぱりか!! 俺の鼻先掠めていったのはやっぱりオマエの脚だったのか、コノヤロー!!」

 俺の周囲に散らばってる木端は屋根の破片なんだな!? そうなんだな!?

「嫌だ、あなた女性の脚に鼻をつけるのが趣味なの? 頼人さんはとんだ変態さんだったのね」

「脚は好きだが、鼻をつけたいとは思わねえよ!!」

「え?」

「え?」

「「……………………」」

 嫌な沈黙。

 しかし、俺はそれを何とか打ち破る。

「あ、あー、そういやオマエら何でここにいるんだよ?」

「え、あ、ええと、私と満月は神様に頼まれてここに……」

 二、三回しか会っていないが深緋の動揺した姿は初めて見る。そうしていると、ああ、俺より年下なんだなーって実感も湧くんだが。と、これは殴られそうなので黙っておこう。

 というか。

「神様の野郎……、何だかんだ言って心配してたのかよ……」

 そう思うと少しはあのいけ好かない男がマシな人間に思えてくるから不思議だ。人間じゃねえけど。

「違うわ」

「あ?」

「あの人は私を応援として寄越したんじゃない。たぶんだけど保険としてこっちに寄越したのよ。私は――あなたが死んだ場合ロッジを叩き潰すよう言われてたんだから」

「…………そうかい」

 前言撤回。やっぱり野郎はいけ好かねえや。

「それで? 今回の禍渦はどんな相手だったのかしら。神様からは概要しか聞かされてないのよ、私」

「ん、ああ……」

 まだ他の連中は目を覚まさないようだったので掻い摘んで深緋に説明することにする。

 今回の事件は禍渦の核となった小説家が本体であったこと。

 そして事件はその小説家の未完の作品をなぞらえて進行していったということ。

 ロッジにいた全員がその作品の登場人物として意識を操られていたということ。

 そこまで聞くと深緋は口を挟む。

「でも、それ変じゃない? 話を聞く限りあなたとイアちゃん、それとお友達の二人は禍渦の影響を特にを受けていなかったようなのだけれど。それにこの禍渦は伝承から生まれたといえるのかしらね。ただの小説でしょ?」

「俺らが影響をあんまり受けなかったのは配役のせいだ。俺たちが割り当てられた役目はエキストラだったのさ。宿泊客Aみたいな、な。だから名前もそのまま使われたし、特に行動を強制されることもなかった」

 そうじゃなかったら、危なかったが。

「んで、これが伝承かと言われると確かに難しいところだが……伝承も小説も結局は物語だからな。違いなんてスケールと口伝か書伝か、ぐらいじゃねえのか?」

「……そんなものかしらね。ふ……ん、やっぱり面倒そうな相手だったみたい」

「まぁな」

「……その割にはご機嫌みたいだけど。何か良いことでもあったのかしら」

「そうか? …………ああ、まあアレは良いことっちゃ良いことか」

 新しい嘘の形を知ったこと。

 心の底からそうだと思い込んでいることは例えそれが真実とは違っても俺は察することができないようだ。

 『アラン・オルドリッジ』が『霧島武彦』と名乗ったとき嘘と感じなかったように。

 一般的におかしいと考えられている教義を正しいと信じている狂信者のように。

 心から信じていることは真実になり得る。今回は信じ込まされた、と言う方が正確かもしれないが。

 それでも新しい嘘の可能性を知れたこと。

 新しい世界の姿を知れたことは俺にとって大きなプラスになった。

「給料日はワクワクするもんだろ? そんな感じだ」

「?」

 俺の言葉に深緋は顔を顰めて首を捻る。

 まあ、わかんなくていいさ。これは俺だけの報酬だからな。

 そう、俺がこうして禍渦退治を手伝っているのは、まだ俺の知らない嘘の形を知るため。決して世界を救おうなんて吐き気のする理由からじゃあない。

「ん、んん…………」

『頼人』

「おお、そろそろ皆気がつきそうだな。イア、同調解除」

『はーい』

 そうして俺とイアが分離したのを見計らって深緋も離脱しようとする。

「それじゃあ、私も病院に戻るわ。流石に朝になってベッドが空じゃあ大騒ぎだしね」

「おう、………あ、そうだ深緋」

「何?」

「今回は助かった、ありがとな」

「構わないわ、いつか借りは返してもらうから」

 最後にそう言って深緋は跳躍し、霧の中へと消えていった。近場の『ゲート』から病院に戻るのだろう。

「ふぁ……何だか眠くなってきちゃった」

「まあ夜通し同調してたわけだからな。そりゃ疲れるだろ。家に帰ったら起こしてやるからいまは――」

「むにゃ……」

「…………寝てなさい」

 苦笑しながら俺の膝の上に頭を乗せて眠りにつく少女の髪を撫でる。絹のような柔らかい手触りを楽しみながらまだ少し霧の残る空を見上げて思った。

 こんな小さな。

 こんな小さな嘘の可能性を知っただけでこんなに世界は違って見えるのか、と。

 俺の心に僅かではあるが光が射したのと時を同じくして今日もまた世界に日が昇る。



 天原頼人たちが警察に保護され、下山した日の夜、崩壊したロッジの中で蠢くものがあった。それは最早一文字たりとて表現できない状態ではあったが間違いなく禍渦の核となっていた本。

 金貨林檎、その人であった。

『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああああ!!』

 紙上にしか自己を表現できない筈の彼の声が闇夜に響く。

 文字を浮かび上がらせるその身はもう灰となっているにも関わらず、彼の上げる怨嗟の声は力強い。

『あと少し!! あと少し!! ああ、あああ、あと少しだったのに!!』

 声に引かれるように灰となった彼の身体が少しずつではあるが、一箇所に集まりだす。

 天原頼人は確かに彼を破壊したと考えていることだろうし、実際九割方の機能は破壊されており、虫の息であると言ってなんら差支えない。

 だが。

 だが、である。

 完全に破壊するにはあと一手足りなかった。金貨林檎は間違いなく禍渦としての核であったが、ロッジそのものも核としての機能を若干ではあるが果たしていたのである。だからこそ、あそこまで深く、強い操心効果をロッジ中に張り巡らせることができていたのだ。

 故、天原頼人は彼だけでなく、ロッジごと焼き尽くす必要があったのだが、後の祭り。

 既に核の大半の部分を担っていた彼、もとい本は灰ではなく、元の姿を取り戻しつつあった。

『こ、ここ今度は邪魔させない!! そう、そうさ私は今度こそ傑作を――』

 ずるり、と。

 彼の発したものではない音が辺りに響いた。

 何事かと。

 まさか、あのガキが戻ってきたのかと考えた彼は辺りを探る。『目』を持たない彼はこうすることでしか周囲の状況を知ることができないのだ。

 しかし。

『――は?』

 彼はその状況を知る前に間の抜けた声だけを残して飲み込まれる。まるで食虫植物が獲物を喰らう様に一瞬で、闇の中へと引き摺りこまれた。

 金貨林檎を飲み込み、喰らったのは地面に潜んでいた例の黒い塊。

 天原頼人が金賀林檎の『目』であると推測したあの黒い塊である。

 しかし、どうやらその推測は外れていたらしい。たかだか『目』としての機能しか持たないような部品如きが本体である禍渦を逆に喰らうなどあり得ることではないからだ。

 ぐちゃり、ぐちゃり、と。

 不快極まりない咀嚼音を遠慮することなく発しながら『ソレ』は思う。

 ――タリナイ。

 ――コンナモノデハミタサレナイ。

 ――アア、ツギハドコヘイコウカ。



 ――翌日、警察が再びこの場を調べに訪れたとき、霧は完全に晴れ視界はこれ以上ないほど良好だったそうだが、木造の巨大なロッジの残骸は欠片一つ残さず、消え去っていたという。



フリェンチャル・ロッジ  幕

ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ へ続く


 はい、ということで『フリェンチャル・ロッジ』終幕です。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、元ネタはグリム童話より、『子供たちが屠殺ごっこをした話』。それをゴチャゴチャひっかきまわして、出来あがったのが本章になります。

 極力戦闘ナシ、会話のみで進めていこうという目標があったので地味極まりない上に、こういったミステリー要素を含んだものは初めてだったので、読みにくかったかと……。申し訳ないです……。

 次回は『ジ・インビテイション・フロム・ルサルカ』。戦闘多めの味付け予定……かなぁ。

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