闇夜の捜索者
『すいません、私はダメな子です。すいません、すいません。え? 背中に生えたコードを自由に動かせるじゃないかって? すいません、コレただの飾りなんです。禍渦が何処にいるかわかるのが私の取り得の一つだった筈なんですけど……、あ、すいません。私に取り得なんてなかったですよね。すいません、すいません、すいません。私みたいな真っ白髪のお化けなんていない方が世の中人の為ですよね。あはは、あはは、あは……あは…………はぁ~あ』
「だぁああ!! 頭ン中で鬱なことばっか言ってんじゃねえ!!」
なんかキャラが崩壊してんぞ!!
あと謝り過ぎだろうよ。「すいません」って何回言った?
『だぁってぇ!! 全部の部屋回ったのに禍渦の反応の残滓すら感じ取れないなんて不甲斐なくてしょうがないよう!!』
まぁ確かに。あんだけ意気込み勇んで調べに行ったのにその全ての部屋が空振りじゃあそんな気分にもなるだろうさ。
あの後、俺とイアは昼に行った探検のときに入ることのできなかった場所を徹底的に捜索した。
東館に宿泊している霧島武彦、伊吹恵理、八島真の部屋。
西館に宿泊している東郷貞和、司親子の部屋。
同じく西館、平居芳人、有里香夫妻の部屋。
そして本館にある従業員詰め所とここ管理人室の計七部屋。
それぞれ規模にやや差があるものの特段変わった物があるわけではなく一言で言ってしまえば質素極まりない部屋であった。
しかし、そこを隅々まで洗う。
持ち込まれた荷物やベッドの下は勿論のこと。
天井裏からトイレのタンクの中まで探し尽くした。残念ながら何も見つからなかったが。
『あ~あ、もしかして私壊れちゃったのかなあ……』
さっきまでの自虐的な一人芝居ではなく、心底そう思っているような声でイアがそう呟く。どうやら相当今回役に立てていないことを気にしているようだ。
「安物の電化製品じゃねえんだから、そんな簡単に壊れるかよ。仮にも神様に創られたんだからもっと自信持て」
『……………………』
「オマエはちゃんと役に立ってるよ」
『……………………ありが――』
「ま、俺の溢れんばかりの才能もそれに一役買ってる訳だがな!!」
『へ?』
「何を隠そう複数の具現化に成功しているんだなあ、これが」
本来ならばイアの力で具現化できるのは一度に一つ。
それは具現化する物が大砲であっても爪楊枝であっても同じこと。一つは一つだ。
だが、少し前から俺はこのルールに抜け道があることに気が付いた。
いや、疑問を抱いたと言った方が正しいか。
銃を一つ具現化するとしよう。それ自体は簡単だ。頭の中でイメージするだけで良い。
だがその銃に込める弾は?
最初に具現化した銃には弾は入っていない。それは俺が銃のみをイメージして具現化したからだ。次に弾を具現化しようとすると最初に具現化した銃は消滅する。
これでは闘うことなど出来はしない。
では、どうするか?
初めてこの力を使ったとき、イアは俺のイメージを現実にするものだと、俺が頭の中で考えた物を具現化するものだと言った。
そうであるならば、答えは簡単。
銃と弾をワンセットと考えて具現化すれば良いのだ。
弾は銃身や薬室、引金と同じ銃を構成する部品の一つであると俺の頭に思い込ませた。自分の頭にそう刷り込むのは初めこそ苦戦したが、慣れれば後は御覧の通り。先日のように自由自在に出し入れできる。(初めて出した火器、ジャベリンはそもそも発射管制ユニット、発射筒、ミサイル本体から成っていたからか、特に意識することなく具現化できたようだ)
いまはまだ何でもかんでもという訳じゃないが、努力次第で具現化のレパートリーも増えそうだ――という自慢をしたかったのだが。
『………………………………………………』
俺の中にいる筈の少女から何のリアクションも返ってこない。
「お、おーい、イアさん?」
『………………………………………………』
「イ、イアたん?」
『………………………………………っごい』
「あん?」
『すっごーい!!』
脳内に大音量で響き渡る称賛。
いや、嬉しいんだけど静かにしてくれねえ? 脳に直接響くもんだから耳が痛いどころか、脳ミソが痛い。
『すごいよ、頼人!! 私もおかしいなと思ってたんだけどそんなことができるようになってたなんて……。あ!! じゃあ、この鍵束もでしょ!?』
「お、おう……」
管理人室の机に置かれた鍵束はイアの言う通り俺が創ったものだ。本物は陣内さんが持っていることだろう。
『ふふ、そっか、そっかあ!! なら安心だよ!!』
「安心って何が? 一度に具現化するから燃費が良さそうに見えるって言うんならそれは――」
『違うよ。スゴい神様が創って、スゴい頼人が使う私がスゴくない訳ないでしょ?』
「………………」
違うぞ、言おうとして先に言われてしまった。
というか待て待て待て。なんだそのトンデモ理論は? 馬鹿なことを言うのも大概にしてくれよ。
そう――言う筈だった。
でも、屈託なく笑っている彼女を想像すると。
心の底からそう思っている彼女を想描くと。
俺はそう言えなくて。
勝手に動いた口からは。
「………かもな」
なんて言葉が飛び出していた。
――――これは嘘じゃないのか?
頭の中でイア以外の誰かの声が俺にそう問いかける。
いや、でも実際イアは凄いし。
――――性能面では確かにそうだな。だがいまは彼女の理論に対するオマエの感想の話だろう? オマエは馬鹿馬鹿しいと思ったんじゃないのか?
…………ああ。でもそれは――。
――――なら、いまオマエは間違いなくウ――。
『うん!! よぅし、元気出た!!』
「――ッ」
イアの声で意識が現実へと引き戻される。頭の中で俺に問いかけていた誰かはもういない。さっきまで確かにその存在を感じ取っていたのだが……。
『頼人? どうかしたの?』
「…………」
『頼人~?』
「……あ、ああ、いや気にしなくて良い。それより禍渦だ」
そう。いま優先すべきは禍渦の破壊。ぼうっとしていては大事な物を失う可能性がある。
疑問や不安。その他諸々一切を捨て脳裏に二人の顔を思い浮かべることで俺は気を引き締めた。
『そうだけど……、結局まだ居場所は分からないんだよね』
「ああ。でも俺たちはこのロッジを隈なく探した筈だ。だからこのロッジに秘密の部屋がある、若しくは――禍渦が動き回っている。現状この二つが考えられる」
『あ、だからここに来たんだね』
ここ、管理人室には全ての部屋の鍵の他にもう一つ重要な物が保管されている。それはこのロッジ全体の館内図。一応大まかに頭の中に地図を描いてはいるがさっき挙げた可能性を考えると正確な図が必要になる。
部屋ほどの大きさのない不要な空間、あるいは地下に続く階段など。
そういったものがありそうな場所を地図からピックアップし、虱潰しに探す。
これが禍渦発見のための手段その一。
そしてその二を行うのは俺ではなくイア。
『で、私は何をすればいいの?』
「イアはコードをこのロッジ中に張り巡らせて索敵してくれ。他の人間に気づかれないとわかった以上、遠慮する必要はない」
『ん、わかった。「動くかもしれない」禍渦が逃げ出さないよう東館と西館に通じる廊下を封鎖して、だよね』
「理解が早くて助かるよ。じゃあ、頼む」
『あいあいさー』
その声と共に俺の背中の、両腕のコードが即座に行動を開始した。
腕の二本のコードは東館と本館、西館と本館を繋ぐ廊下を塞ぎ、人の行き来を不可能にする。
そして背中に生えた残る六本のコードは三つのグループに分かれ、本館、東館、西館をそれぞれ探索する。
ロッジの中を青い光が疾走する。
それはまるで巣を張る蜘蛛のように這いまわり、着々と結界を張り巡らせていった。
『あ、頼人』
「何だ? もう見つかったのか」
『いや、まだだけど一応伝えておこうと思って。龍平も美咲もちゃんと無事だからね』
「……ありがとよ」
まったく、俺の相棒はまだまだ子どものくせに色々と気がきくことで。いや、まあ俺も子どもだけどさ。
『どういたしまして……って、よ、頼人!!』
「今度は何だよ? プロテインでも落ちてたか?」
『そうじゃなくて、コレ……あのときのヤツだ……。頼人が黒い塊だって言ってたモノの気配だよ!!』
初めて影と遭遇したときと同等の、いや、それ以上の悪寒が俺を襲う。
「ッ、何処だ!? アレは何処にいる!?」
『ええと、東館の廊下!! 突き当たりに向かって直進してる!!』
取り敢えず二人の部屋の方には向かっていないようなので安心したが、放ってはおけない。
アレはダメだ。
あの黒い塊は禍渦よりも不吉な気配を放っている。見つけた以上決して放置できる存在ではない。
「イア、住処を断定できるまで見失うなよ!!」
『え!? でも禍渦はどうするの!?』
「あの黒い塊と禍渦は似たような気配だったんだろ? なら無関係とは思えねえ」
『そっか、わかった――――って、ええ?』
意気込み黒い塊を追い詰めようとしていたイアが突如素っ頓狂な声をあげた。
「どうした、イア」
『き、消えちゃった』
「はぁ?」
『だから消えちゃったんだって!! 前みたいに!!』
イアは苛立ちを抑えきれないようで、ややぶっきらぼうに言う。
「とりあえず、落ち着け。それでイア、アレは何処で消えたんだ」
『ちょっと身体借りるね……。ええっと、ここ』
コードを全部探索に使っているため、イアは俺の承認を得て一部ではあるが俺の身体の制御権を得る。ちなみに俺の許可がないと勝手に身体を動かせないので御心配なく。
とまあ、それはどうでもいいとして問題は彼女が指差した場所だ。
「ここは……」
イアが指差したのは――。
本話を含みまして、あと三話でフリェンチャル・ロッジも幕です。基本的に各章、十六話構成で作ってますので。
今回若干天原君の心情に揺らぎが見られたと思います。果たして彼に平然と嘘をつける日が来るのか?……来るといいなあ。




