闇夜のそうさく者
「ん~と、お、あったあった」
暗闇の中、蠢く影が一つ。というか俺なんだが。
既に時刻は深夜の二時。当然のようにこの部屋の住人、東郷貞和、司は二人とも深い眠りに落ちている。
『……ぐっすり寝てるけど、これって結構スゴいことだよね? あんまり知らないっていっても人が死んでるのによくこんなにグーグー寝れるんだから』
イアが心底感心するような声で俺にそう囁く。
「ん? いや、そんなもんだろ。所詮は他人、変に感傷に浸れるヤツの方がスゴいと思うぜ。それにこの部屋みたいに安全圏に引き籠っちまうと恐怖心なんてどっかに行っちまうもんだ」
ガサガサと先ほどとは異なり、物音をたてることに一切の躊躇もなく東郷親子の荷物を漁っていく。そうして何か禍渦の手がかりになりそうなものがないかひたすら探し続ける。
遠慮はいらない。
たとえ、この物音で二人が目覚めようとそんなこと何の問題にもならない。
だって。
このロッジにいる人間には俺を視認することができないのだから。
その事実に気が付いたのは平居夫妻の部屋を調べていて四人の闖入者、陣内さん、霧島さん、八島さん、伊吹さんに出くわしたときのことだ。
あのとき、俺は確実にイアと同調したこの姿を見られた。目と目が合い、互いの存在を視認した――筈だったのだ。
しかし、実際は違った。
部屋に侵入した四人は廊下の先で立ちつくす俺には目もくれずにベッド周辺を調べ始めたのである。
これは俺の姿が見えているのであれば明らかにあり得ないことだ。こんな真白い髪、金色の瞳、そして極めつけに背中からコードの生えた人外の存在を見れば悲鳴の一つくらい上げて当然。逃げだされても文句は言えない。
このことから考えられたのは一つ。
理屈は全くわからないが、同調状態の俺をここにいる連中は認識できないということ。まだ試していないからわからないが、恐らく龍平や美咲も同様だろう。
まったく、何という僥倖だろうか。
この風貌のせいで、こそこそ動き回らくてはならかったのだが、最早その懸念も必要ない。この身体の持つスペックをフルに用いて禍渦の核の探索が行える。
のだが――。
「ダーメだ。何も手がかりになりそうなもんはねえや。イア、そっちはどうだ? お前のセンサーに何か引っかかったか?」
前のようにプロテインが山ほど出てくるといったようなことはなかったものの、手がかりを得ることは出来なかった。
『こっちもダメ。禍渦の痕跡一つ見つけられないや……』
「そうか……」
地道にこうして一部屋、一部屋探すにしても限界がある。体力的には問題はないが、精神的には大問題だ。
いや、既に心が軋みをあげているのがわかるんだわ……。最後まで続けようもんならマイハートはバッキバキ、いや跡形も残っていないだろうな。
また、禍渦は伝承や言い伝えによってその形を変化させるが、この異常がどのような伝承によって形作られたのかがわからないということも問題である。
その起源も。
結末も。
あまつさえその物語の断片さえ、俺は知らない。
この禍渦がいつぞやの苦無の形をした禍渦のように簡単に破壊できるものであるならば良いのだが、前回のように面倒くさい手順を踏まなければならないものであれば、更に時間がかかるだろう。
「…………龍平に聞いてみるか?」
古今東西ありとあらゆる伝承に精通している変態の龍平であれば、知っている可能性は大なのだが。
『え、じゃあ聞きに行く?』
「いやな、もしアイツが知ってるとしたらこういう状況になった時点で舞い上がってると思うんだよな……」
『え、何この状況? あの話とめちゃくちゃ似てるんですけど? ヒャッハー!!』的な感じで。一応龍平は一般人にカテゴライズされてはいるが俺や美咲と同じく変人ではあるのさ。
『へ、へぇ~……』
「ま、その辺りは後で龍平を叩き起こして聞くとしてだな」
『き、鬼畜だね、頼人。いま何時かわかって言ってる?』
「当たり前だ。考えてもみろ、早いとこ禍渦を壊さねえとあの二人に危害が及ぶ可能性だってあるんだぞ? 睡眠妨害された程度で命が助かるなら安いもんだろ」
『私なら食事と睡眠は死んでも邪魔されたくないけどなぁ……』
「……そりゃ、オマエだけだ」
イアと話しながらも部屋の捜索を終えた俺は東郷親子の部屋を後にする。これで西館にある部屋の半分以上は捜索したことになるが、未だ禍渦を発見するには至っていない。
「はぁ、ホント……、何度も言うなとか言われそうだけど、探検はもういいって」
気分的にはロールプレイングゲームの主人公。何度も同じダンジョンをウロウロさせられ、レベル上げに勤しまされる彼らはきっとこんな気持ちなんだろうな……。
『あ、あのさ頼人』
愚痴る俺にイアがおずおずと話しかける。
何だか言いにくそうな感じだが一体どうしたというのか?
「どうした、イア?」
『頼人はさ、いまこうしてロ、ロッジの中を探してくれてるんだけどさ。べ、別に全部の部屋を回る必要なないんじゃないかな~と、お、思うんだけど』
「……………………は?」
『い、いやだって、昼間私は殆どの部屋の中に入って探検してたわけだし』
禍渦がいたのならそのときに気づいていた筈でしょ? と。彼女は俺の頭の中でそう言葉を続けた。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
『よ、頼人?』
「…………何だい、イア?」
『ひっ!!』
イアが怯えた声を出す。
あはは、おかしなヤツだなあ。一体どうしたんだい、イア?
『お、落ち着いて。自分を確かに持って』
「何言ってるんだ? 俺は至って俺のままだよ」
『し、仕方ない……よね?』
「ん?」
『え、えい!!』
「たわばッ!?」
俺の制御化にあった背中のコードの一本が突如イアに乗っ取られ、俺自身に牙を剥いた。そして気が付いたときには太いコードは流麗な弧を描き、俺の顔面を強打していた。
「~~~~ってえな!! いきなり何すんだ……ってあれ?」
『良かった、元に戻った……』
泣きそうな声が頭に響く。
「お、俺は一体何を……?」
『気にしないで、残酷な現実に心を壊されそうになっただけだから』
「それ結構大事じゃね!?」
『そ、そんなことより早く禍渦の核を探すんでしょ? 探す場所も絞れたんだから早く行こうよ!!』
「お、おう、そうだったな」
何だか釈然としないがイアの言うことももっともなのでいまは素直に従うことにしよう。いまは、な。
「ん~っと、昼間俺たちが回ったのはエントランスに西館の空き部屋に――」
『後は東館にある霧島さんたちの部屋以外の場所も回ったよ。だから行ってないのは本館の管理人室と従業員の詰め所、あとはさっき言った霧島さんたちの部屋だけだね』
おお、一気に部屋数が減ったな。これなら朝を迎えるまでに何とか調べきれそうだ。
破壊、までには至らないまでも位置の特定さえ済んでいればどうとでもなる。最悪ありとあらゆる方法で試せば良いだけなんだから。
「じゃあ、取り敢えずここ西館から一番近い本館からだな。管理人室、詰め所を調べに行くぞ」
『はーい』
暗闇の中、先ほどまでとは違い確かな足取りで俺は歩き出した。
このロッジに巣食う禍渦がどのようなものなのか。それは皆目見当がつかないが必ず破壊する。その強い決意を心に抱いて。




