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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
フリェンチャル・ロッジ
27/213

80ページ

 そこにあったのは一つの殺人現場。それは発見したときとほぼ同じ状態で保存されていた。

 前回との違いはただ一点。平居芳人、有里香の死体にシートが掛けられているということだけである。

「すいません、陣内さん。無理を言って」

「いえいえ、こうすることで犯人が捕まり、皆さんが安全に過ごせる可能性があるのであれば協力は惜しみませんよ」

「助かります」

 霧島が陣内に礼を言う間にも八島は部屋の電気を点け、状況を調べ始める。一方の伊吹はといえば、霧島の隣で船を漕ぎ始めていた。どうやら、部屋で寝ると宣言したのは単に睡魔がすぐそこまで迫っていたからのようだ。

「伊吹、眠いんだったら部屋に戻っていたらどうだ? 鍵をかけてれば取り敢えずは安全なんだから」

 霧島はいつ夢の世界へと旅立つかわからない友人を気遣うが、彼女は首を横に振ってその提案を拒否する。

「む、やだ。一人はなんとなく怖いから」

「だから無理にテンション上げてついてきたのか……。そういえば部屋を出るときの伊吹は少しおかしかったもんな」

「武彦―、ちょっとこっち来てくれー!!」

「あ、ああ!! 伊吹、ほら」

「ん」

 霧島に手を引かれ、もう片方の手で片目を擦りながら伊吹は部屋の中へと足を踏み込む。そして陣内はというと黙って二人の後ろに続いていた。彼のその動きから監視役という役目も忘れていないことが窺える。

「どうしたんだ、八島?」

「これ」

 ベッドの脇に佇む八島が霧島の目の前にずい、と差し出したのは小さな輪。ハンカチの上で光輝くそれは――。

「指輪……?」

「ああ、ベッドの下に落っこちてた」

「でも、陣内さんがベッドの下を見たときにはそんなものあったなんて聞いてないけど……」

 三人は揃って廊下に立つ陣内へと視線を向ける。その目に込められているのは疑惑。彼がこの指輪を見つけた上で見逃したのではないかという疑念である。

 無論、彼が気づかなかったという可能性がない訳ではない。

 しかし、もし陣内が指輪を見つけていたとしたら? 何故それを言わなかったのかという理由こそが重要なのである。

 この指輪が事件に関係があるかないかはともかくとしてその情報を全員で共有しなかったのは何故か?

 もしかしたらこの指輪が密室を作り上げるための鍵であるではないか?

 そして、それを知った上で隠していたのであれば――。

 陣内が犯人である可能性は非常に高くなる。

「申し訳ございません。あのときは芳人様を探すことに集中しておりましてこの老いぼれの目には映らなかったようです」

「……あ、そう」

 八島はそれ以外の答えが返ってくることを初めから期待していなかったようで、すぐに陣内から視線を外す。

 それは他の二人も同じ。

 そも、こういった類の答え以外が返ってくることなど皆無なのだ。陣内が犯人であろうとなかろうと、自身を危険に晒すような回答を寄越す訳がない。

 犯人でないのなら余計な注目を浴びるのは避けたいと思うのが当然であるし、犯人であるならば尚のこと。

 結局のところ、嘘か本当かを見分けることができないのであればこの問いに意味はないのである。

「つーか、これファッションリング? それとも――」

「結婚指輪」

「恵理?」

 八島は思わずボソリと呟く少女の名を呼ぶ。

「それ、結婚指輪だよー。私最近のカタログで見たことあるもん」

「カタログって……、お前近々結婚する予定でもあんのかよ?」

「それは……」

 チラリと霧島を見、頬をポッと染める伊吹。

「武彦、お前まさか――」

「いやいやいやいや、違うよ!? 僕と伊吹の間には何もないからね!?」

「ひどい……、こないだもあんなに激しく求めあったのに……」

「求めッ……!?」

 伊吹の言葉に真っ赤になった八島はまるで陸に揚げられた魚のように口をパクパクと動かす。

「……ゴホンッ!! あまり申したくはありませんが仏様の前で悪ふざけなさるのはどうかと思いますよ、伊吹様」

「そ、そうだぞ、伊吹!!」

「むう……確かに不謹慎だった。反省」

 陣内、そして霧島にたしなめられ、ようやく彼女も軽口を叩くのを止める。しかし、既にそのおかげで行動不能に陥っている者が一名いた。

「あうあうあう………ッ!!」

「あ、八島が指輪持ったまま昇天しちゃってるよー?」

「や、八島!! 帰ってこい八島ァ!!」

 八島の両肩を力強く握りしめガクガクと揺らす霧島。そうすること約十秒。ようやく彼女は正気を取り戻した。

「えぇ~りぃ~」

「たぁ~けぇ~ひぃ~こぉ~」

「え、僕?」

「だから、ふざけんなって言われたろうがよ!!」

「あいた~」

 相変わらずのんびりとした口調ではあったが八島の拳骨をまともに受けた伊吹はその場に蹲り、涙目で恨みがましく彼女を睨みつける。

「ったく……、で? 恵理が見た結婚指輪ってのは間違いなくこれなんだな?」

「う~、まだ痛い…………。殆ど一緒だけどそんな赤い筋は入ってなかったよー」

「ああ、そりゃそうだろうな。これ血だし」

「へ?」

 頭を抱えたまま呆けた声を出す。しかし、八島はそんな伊吹を放ったまま話を続ける。

「これが結婚指輪だってんならどっちかの何だろうけど……」

 彼女の言葉を聞いた陣内は素早く、しかし八島と伊吹からはよく見えない角度で死体のシートをめくり確認を取る。

「芳人様の指には同じものが、しかし有里香様の指には何もありません」

「決まりだな。これは有里香さんのだ」

「でも、どうして彼女の指じゃなくてベッドの下に? 普通そんなひっきりなしに外すものじゃない筈だろう? いや、僕は良く知らないけどさ」

「ん~…………知らね」

 容赦のない強さで頭を掻きながら、霧島の質問にそう答える。普通ならそこで会話は終わりだ。だが、彼には八島のその言葉が額面通りのものではないことを知っている。

 彼女の言葉はお世辞にも綺麗なものとは言い難い。そして、学力の方もはっきり言って残念な物がある。

 しかし、彼女は決して馬鹿ではない。

 他人を蔑ろにすることのできない彼女は必然的に誰かに頼られることが多かった。そしてそれらの頼まれごとは大小様々なものであったが、最も依頼数が多く、かつ解決実績が多いものは『モノ探し』。お気に入りの鉛筆から初恋の相手まで。これまでありとあらゆるものを捜索してきた。

 そしてその彼女がいま、殺人犯を探して動いている。そうであればこの現場から『探し者』に関する情報を何一つ拾い上げることができていないなどと考えられない。霧島はこれまでの経験からそう直感しているのである。

「陣内さん、もう一回だけ確認しておくけど部屋の鍵はこのテーブルの上のやつとアンタが持ってるやつ、合わせて二つで間違いないんだよな?」

「はい、それは間違いございません」

「……はぁ、じゃあ、もう二、三調べたら部屋に帰ろうぜ。それ以外特に見たいところもないからさ」

「八島、もしかして何かわかったのか?」

「ん~……」

 八島はそう唸った後、霧島や伊吹にとって信じられない言葉を呟いた。

「無理。こりゃ探しようがねえや」

 彼女の得意とするものは『モノ探し』。その対象はお気に入りの鉛筆から初恋の相手まで。しかし、どうやら殺人犯は対象外だったようである。

                                       』

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