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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
フリェンチャル・ロッジ
26/213

捜索開始

「……真っ暗闇の中でもよく見えるこの目を疎ましく思う日が来るなんて思わなかったぜ」

 同調状態の俺は平居有里香こと五厘刈りの男の死体の前で誰に言うでもなくそう呟いた。

『う~ん、そんなに酷いかなぁ? 前に見たバラバラ死体の方が私は嫌だったけど。アレ、人のカタチしてなかったし』

「いや、まあそれも十分キツかったけどさ」

 イアの言葉でそのときの光景が脳裏によみがえる。彼女と初めて禍渦を壊したときのことを。

 初めて壊した禍渦は巨大な蜘蛛だった。そしてその八本の脚の下には――。

 弾けた頭部。

 転がる眼。

 腐り、蕩ける人のわた

 今回殺されたのは二人だが、あのときはその倍、いや五倍以上の人間が犠牲になった筈だ。

 筈、というのは確認する術を持たないから。

 だって、そうだろう?

 ただの肉片と化したモノを繋ぎ合せて「ああ、これだけの犠牲が出た」なんて数えるなんて狂っている。肉片の数から大まかな犠牲者の数を推測する程度で十分だ。

 俺は俺に嘘をつかない龍平と美咲が無事ならそれで良い。この世界に巣食う何十億という人間(嘘つき)が死のうが特に興味はないのである。

 ああ、ただ単純に死体を気持ち悪いとは思うよ。でもそれだけだ。

 それは、この平居有里香だったモノに対しても同じ。

「人の形が残ってるから妙に生々しくて嫌なんだ。それならこれまでの禍渦の被害者みたいに木端微塵になってる方がまだマシだ」

 要するに感覚の違い。

 普通の唐揚げは食えるけど鶏の丸焼きはグロくて食えない、みたいな。

『ふうん、私にはよくわかんないや』

「ま、その辺りは人それぞれだろうし無理にわかってもらおうとは思わねえよ」

 それにいま問題にすべきはそれじゃない。

 こうして事件現場に来ているのだから、いましか出来ないことをやるべきだろう。折角陣内さんにお願いして鍵を『見せて』もらったのだから。

 やっぱ便利だよな、この能力。俺とイアが既知の物しか具現化できないけど、見て記憶したらこっちのもんだし。

 能力で具現化していたこの部屋の鍵を消失させ、まずは平居有里香の死体を調べることにした。

 血を踏まないように、物音をたてないように、慎重に。

 亡骸へと近づき、それに掛けられていた黒いシートを引っぺがして何か禍渦の痕跡がないかを調べる。

「はぁ……仕方ねえとはいえ、こんなことになるなんてな……」

 最初、俺はこの事態を放置していようと思っていたのだ。この殺人も禍渦の影響を受けた人間の仕業なんだろうが、肝心の禍渦の核はこの近くにはないみたいだったし。だから陣内さんの持つ鍵を記憶したのもこちらに牙を剥いたときのためにそれなりに調べを進めておくかな、程度の考えからだった。

 しかし、その考えが覆されたのは宿泊客が離散し、それぞれの部屋に引き籠った後。俺とイア、龍平と美咲の二人組になって部屋に戻った時のことであった。


『いやー中々良い部屋ですねー、気に入りました』

「「……………………」」

 扉を開けた状態のまま固まる俺とイア。

『おや、どうしました? まさか雇い主の顔を忘れた訳ではありませんよねー?』

「こ、こんばんは、神様」

『はい、こんばんは。イア、元気そうでなによりです。ほら頼人くん、挨拶、挨拶』

 そう促され、しぶしぶではあるが扉を閉め、目の前の白衣の青年に言葉をかける。

「……………おっす」

『ああ、嘆かわしい!! 何ですかその挨拶は!? おっす!? 全時間対応の挨拶気取りですか!? そんな挨拶が許されるのは橙色の道着を着た戦闘民族だけですよ!!』

「だぁあああ!! うるせえよ!! はいはい、こんばんは、こんばんは!! これで満足か、コラァ!?」

 ったく、なんでコイツは毎度毎度こんなに面倒臭えんだ?

『まあ、挨拶なんてどうでも良いんですけどねー』

「なら、何で言わせた!?」

『いやあ、態度が何かムカついたものですから』

「仮にも神様なのに心が狭い!!」

「あはは頼人、それは今さらだよー」

「『…………』」

 あれ? いまイアがさらっと毒吐きやがったぞ?

 ほら、予想してなかった出来ごとに神様も唖然だよ。俺としては面白いものが見れたというのと、無駄話を切りあげるきっかけをくれたってので感謝してるけど。いつか自分にその毒が向けられるかもと思うと無性に背筋が寒くなるな。

『……ご、ごほん。ま、まあ良いでしょう。それじゃ本題に入りましょうか。時間も余りありませんしねー』

 なら、何故あんな馬鹿話を。

 そう心の中で思ったが、黙っておいた。本気で話が進まなくなる。

『ここ、禍渦の核がありますよ』

「……はぁ?」

『いや、だからここに核が――』

「おーい、イア。馬鹿が一人お帰りだー、丁重に送ってさしあげろー」

「ら、らじゃー」

 イアが神様を背中のコードでグルグル巻きにしようとするが、どうやら目の前の神様は例によって立体映像らしく、何の効果もなかった。

「ちっ」

『いや、「ちっ」じゃありませんよ。人がどれだけ苦労してここに潜り込んだと思ってるんですか? 映像を送るだけで精一杯なんですからねー?』

「あ? どういうことだよ?」

『言葉通りの意味です。外から見ればすぐわかるんでしょうけどこの辺一帯不可侵領域と化してますよ。ここまでの異常、核が傍になければ引き起こせません』

「いやちょっと待てって。ここで起きてるのは『ただの』殺人事件だぜ? 禍渦の核が近くにあるんだとしたら何か異常なことがある筈だろう? それにいま犠牲になってるのはたった二人だぞ、数が少なすぎる」

「うん、それに神様、私のセンサーにも何の反応もないよ。近くにあるのならとっくに気づいてると思うけど……」

 イアも旅行を楽しんでいるとはいえ、彼女の第一目的は禍渦の破壊である。その彼女が禍渦を放って、遊びに興じるなどあり得ないことだ。だからこそ、俺も放っておいたのだが。

『いえ、確かにここに核は存在します。こちらのモニタではかなり大きい反応が出てますから』

「そっちが壊れてんじゃねえの?」

『私が創ったものが壊れる? そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ませんよ。それはイアも然りです』

「えへへ、それほどでも」

 そこ、照れるな。可愛いじゃねえか、この野郎。

 ……なんにせよ凄い自信だがコイツがそう言い切ると言うことはそうなのだろう。気に入らない相手ではあるが、その辺りは信用している。

「ということは」

『ええ。禍渦によるものでしょう。情報攪乱か、存在隠匿か、意識操作か……。私としては、イアが反応できなかったことを踏まえて存在隠匿を押しますが……、まあいずれにせよ面倒な力を持ったもののようです』

「おいおい、そんなもんの核をどうやって探せっていうんだよ? イアは今回あんま役に立たないんだろ?」

「はうっ!!」

 背後でイアが崩れ落ちる気配を感じるがそれをスルー。

 許せ、イア……。言葉を選んでる余裕がなかったんだ……。

『こちらの探知で核はロッジの中にあるということはわかりました。虱潰しに探してみては?』

「……神様よう、ここがどんだけデカイ建物かってこと、わかって言ってんのかそれ?」

『当然です』

「………………………」

『あっはっは、心配しなくても大丈夫ですよ。いくら核がその存在を隠匿しようともある程度――、半径三メートルぐらいですかね? 近づけばイアでも察知できるでしょう』

「お前、それ、結局ロッジの中を隈なく歩いて探せってことじゃねえか!!」

『それが嫌なら深緋こきひちゃんを応援に向かわせましょうか? 彼女ならまどろっこしいことなしにロッジごと破壊してくれるでしょうから』

「それはやめて!!」

 俺は心の底からそう懇願する。あの子なら本気でそうしそうだから怖い。ここにいるのが俺だけならまだしも龍平や美咲もいるのだ。無茶されては堪ったものではない。

『あっはっはっはっは、冗談ですよ。それに彼女を送ったところで中には入れないでしょうしね――おや?』

 憎たらしく笑う神様の表情がやや驚いたものへと変化する。そして揺らぐその姿と声。俺はその異変に戸惑うことしか出来ない。

「神様、どうしたの?」

『いやあ、禍渦に勘――れたよう――す。この――ジに力――限定して―る―けあって強い、強―』

 映像と声のノイズは時間が経つにつれ強くなっていく。さっきまで話していなかったら目の前にいるのが神様だとわからないほどにその姿は崩れていた。

「お、おい」

『すいま――。後――かせ―す。頑張―て――さい』

 ブツンと。

 まるでテレビを消したように、一瞬にして神様の姿は俺の前から消え去った。

 神様の最後の言葉から考えるにどうやら俺と接触しているのを禍渦に気づかれたせいでこの場から退場させられたようだが、それにしても無責任極まる言葉を残していったものだ。

 存在すら掴めないようなものを探して壊せだって?

 まったく勘弁してほしい。

 ロッジの探検は一回で十分だというのに、また歩き回らなくちゃならないってのか?

「頼人、それでどうするの?」

「どうするも、こうするも、仕事なんだからやるしかないだろ」

「だよねー」


 で、腹を括った俺は皆がこうして部屋に引き籠っている隙にイアと同調して禍渦の核を探しているというわけだ。

 ちなみに最初にこの部屋にあたりをつけたのは、犯行現場だから。というか他に手がかりもないし、殺人事件に関係する場所はここしかなかった。

 しかし、どうやらその勘は見事に外れたようだ。

「イア、どうだ? やっぱりダメか?」

『うん、死体とか荷物とか、そもそもこの部屋から禍渦の核の気配を感じないや』

「そうか……、まあこんなもんが禍渦だったとしたら笑っちまうけどな」

 そう言って俺は五厘刈りの男のものと思しき荷物を漁る。そこから出てくるものといえば。

 Tシャツ。

 トランクス。

 携帯ゲーム機。

 プロテイン。

 歯ブラシ。

 歯磨き粉。

 プロテイン。

 ハンカチ。

 靴下。

 プロテイン。

 プロテイン。プロテイン。

 プロテイン。プロテイン。プロテイン…………。

『頼人!! しっかりして!!』

「はっ!?」

 あ、危ねえ、危ねえ……。危うく次から次へと出てくるプロテインに意識を持って行かれそうになったぜ……。というか何でこんな大量にプロテインが鞄に入ってんの? この人プロテインを飲み続けなくちゃならない呪いでもかけられたの?

「ん?」

 正気に戻り、散らかした荷物を再び鞄に戻そうとする。しかし、その前に俺の眼は鞄の底の、黒い物体を捉えていた。

『おさいふ?』

「みたいだな」

 俺が引っ張り出したソレを彼女も確認したようだ。俺が手にしているのは彼女の言う通り財布。年季が入っているようで、少々くたびれてはいるが上等そうな代物である。

 俺は何の気なしにその中身を調べることにした。

『ちょっと、頼人!! 泥棒、ダメ、絶対!!』

「騒ぐなって、取りゃしねえよ。ちょっと中を見せてもらうだけだ」

 生憎と金銭には困っていない。それなりに親が遺してくれた金があるもんでね。ま、そんなもんより生きてて欲しかったけど、そんなことを言っても仕方がないので妄想を一刀のもとに断ち切る。

 いまは禍渦の核を壊すことだけ、もとい居場所を突き止めることだけ考えよう。と、そう頭を切り替えた直後、俺はあるものを発見する。

「これは…………」

『どうしたの?』

 俺は簡潔に自分が見つけた物についてイアに話そうとしたが、残念なことにそんな余裕はなかった。

 この部屋の唯一の出入口である扉。

 その扉にかけた鍵がたったいま解除される音を聞いたからだ。

「――ッ!?」

 一体誰が?

      ――犯人か?

 何の目的で?

      ――証拠でも隠滅しに来たのか?

 様々な疑問が頭の中に浮かんでは消えていく。だが、そんな疑問とかその答えとかはどうでも良い。兎にも角にも隠れなければ。

 しかし、何処に?

 この部屋には隠れられる場所など殆どない。唯一あるとすればベッドの下ぐらいだが、そんな場所すぐに見つかってしまうだろう。

 なら何か具現化してそこに隠れるか? いや、元々この部屋にないものを具現化しても余計に注意を引くだけだ。

 どうすれば――。

 必死の思いで考えてもどうにもならないこともある。これはその典型的な例といえるだろう。

『頼人ッ!!』

 イアの叫びを聞いて扉へと視線を向ける。

 するとそこには四人の人影がこちらを見つめていた。


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