不和随行
「ったく、とんでもないことに巻き込まれたもんだ」
隣の席で龍平は誰に言うでもなくそう呟く。
それに関しては全面的に同意するが、オマエ、隣に美咲がいることを忘れてるぞ。ああほら、より一層しょんぼりしちまったじゃねえか。
「な、何だよ、美咲のせいじゃねえんだから落ち込む必要なんてないだろ?」
「…………うん。でも誘ったのはあたしだし。ごめんねイアちゃん」
「わ、私は大丈夫だよ。こ、こういうの慣れてるし」
「慣れてる?」
「あ~、えと」
イア。慰めるのは良いことだけど、今度から言葉を選ぼうな?
……さてと、隣の三人の話に心の中でツッコミを入れるのも飽きてきたし、そろそろ状況整理といこうかね。
現在、俺たちがいるのは食堂である。そしてここにいるのは俺たち四人だけではなく、他の宿泊客と従業員。つまり死亡した平居夫妻(夫妻と呼ぶのに抵抗はあるが、他に呼びようもないのでこれを採用する)を除く十三名全員が集まっているということだ。
現在の時刻は午後十一時。平居夫妻の死体を発見してから凡そ二時間が経過していることになる。
それだけの時間が経過しているのにも関わらず、このロッジに存在する人間は俺たち十三人だけ。事件直後、警察に連絡していれば、このロッジの中は警官で溢れかえっている筈なのに、だ。
勿論、警察にこのことを連絡するということは最優先事項だったのだが、奇妙な出来事が重なって未だに達成できていない。
その奇妙な偶然とは
一.ロッジ中の電話が繋がらなくなる
二.全員の携帯が圏外と表示される
三.ロッジの周りに深い霧が立ち込め、山を降りることが不可能になった
の三点である。
…………ツッコミ所は満載だが取り敢えず次の問題に移ろう。
二つ目の問題は言うまでもなく平居夫妻を殺害した犯人。その人物が捕まっていないということである。
もし、この集団の中に犯人がいると仮定するのであれば、完全にシロだといえるのは俺、イア、龍平、美咲の四人のみ。
これは食堂での食事のあとずっと一緒にいたのだから当然だ。ちなみに美咲は途中風呂に入るため数十分単独行動をとっていたが、アイツに人を殺すなんて芸当が出来る筈がないのでシロとした。
そういうわけで俺が疑っているのは俺たちを除く次の九名。
陣内。
井坂幡。
井坂錀。
井坂鈴。
東郷貞和。
東郷司。
霧島武彦。
伊吹恵理。
八島真。
……若しくはこのメンバー以外の十四人目。
まあ、犯人の特定は俺が質問すれば簡単に済むのだが、他人の嘘がわかるということを龍平や、美咲の前であまりおおっぴらにしたくない。アイツらとの付き合いがそんな人外の能力を持っているというだけで壊れるとは思っていないが、念の為だ。
さて、では最後の問題。
犯人はどうやって密室を作り上げたのかということだ。これも犯人に聞けば早いのだろうが少し検討してみよう。
平居夫妻の部屋は俺の部屋と殆ど同じ様式だった。
窓は嵌め込み式で開閉はできない。
また、廊下と部屋を繋ぐ扉に設けられているのは一般的な鍵穴に鍵を突っ込んで回すタイプの錠前。(ちなみに彼らの部屋の鍵はテーブルの上に無造作に置かれていたそうだ。もっともそうでなくては密室とは呼べないだろうが)
もし、犯人が平居夫妻を殺害し部屋に鍵をかけた後、扉の隙間から部屋の中へと鍵を投げ込んだのであればテーブルの上に乗ることは万に一つもない。
また、陣内さんによれば部屋の中に糸を引っ掛けられる突起は一つもないとのこと。これは警察を呼べないことがわかった時点で改めて部屋を調べたので絶対だ。つまり、身体は子ども、頭脳は大人な名探偵が活躍する某漫画でよく使われる小細工は不可能。
というわけで、テーブルの上にある鍵を使った後、部屋に投げ入れるタイプの案は以後却下。
このような状況を踏まえるとあの鍵は密室を作るのに使われなかったと考えるのが妥当だろう。となると全ての部屋のスペアキーを持っている陣内さんへの疑いが深まるところであるが、話はそう簡単には行かない。
平居夫妻の部屋を開けるのに使用したスペアキーは厳重に保管されているわけではないらしく、普段から本館にある管理人室の壁にかけられているのだそうだ。また、陣内さんも常に管理人室にいたのではなく、館内を駆けずり回って仕事をしていたため、逆に無人の時間の方が多かったらしい。
要するに。
管理人室に鍵があるということを知っていさえすれば、誰にでもスペアキーを使って閉ざされた扉を突破し、平居夫妻を殺害し得たということだ。
結論として九名の中で疑いが濃いのはスペアキーが管理人室にあることを知っていたであろう陣内、井坂幡、錀、鈴の四名。つまるところ従業員グループである。密室を作り上げた後、スペアキーをわざわざ管理人室に返しているのが謎だが、何かしらそうしなければならない事情でもあったのかもしれない。
……取り敢えずこんなところか。
そう俺が頭の中で考えをまとめ終えたのをまるで合図にしたように、東郷貞和が勢いよく立ちあがった。
「やめだ、やめ!! もうこんな茶番は終わりにしようぜ?」
「と、父さん。急にどうしたの?」
おお、司さんが取り乱している。まあ突然あんな風に喚きだしたら誰でも驚くか。
「この中にいるんだろ? あの馬鹿夫婦を殺しやがったヤツがよ!!」
その質問には誰も答えない。それも当然のことだろう。人を殺しておいて名乗り出る人間などそうはいない。
……というかこれはチャンスだな。
東郷父の爆発に便乗する形になったが、これで事件解決だ。
「そうですね、その辺りハッキリさせておきましょうか。『自分は平居夫妻を殺していない』人は椅子から立ってください」
こう質問すれば、簡単に犯人を特定することが出来る。
もし、犯人であるのに椅子から立ちあがった人物がいれば、即座に俺はそれを見抜くことができるからな。そして誰も嘘をついていないのであれば犯人は未だ姿を現さぬ十四人目に確定する。
唯一懸念すべき点があるとしたら、この質問自体を無視されること。こんな答えのわかりきった質問に真面目に答える義理はないと判断されることである。
だから更にもう一手。
この張り詰めた場に加えなければならない。
「僕は皆さんを信じています。だから協力してくれませんか?」
正確には、皆さんが全員立ちあがることを信じています、だけどな。
ここで強気に出てはいけない。あくまで俺はお願いする立場、協力を乞う立場であることを明確に他の人物に示す必要があるのだ。
こうした張り詰めた場で強く出ては孤立してしまうだけ。だから逆に下手に出ることでこちらの誠意を見せる。そうすれば相手の方からすり寄って来るものだ。
このような人が殺されるなどという非日常的な空間、人間が本能的に求めるものは何か?
それは『安心』である。
自分が大多数に属していることで得る安心こそを求めているのだ。当然このことは日常生活でも見られることではあるが、今回のような「殺す、殺される」といった状況下においてはさらに顕著に見られる。
これは精神的な安心だけでなく、多くの人の群れに紛れ込むことで自身を隠蔽し、肉体的な安心を得ようともしているのだ。もし犯人が無差別に殺人を犯しているのであれば、集団にいるというだけで手を出しにくくなるからな。大多数に属す意味はある。
当然、その集団内に犯人が紛れ込むこともあるが、それでも少数で行動するよりは安全度は高いだろう。
そして、今回のように現在進行形で犯行が行われている状況では、犯人に○○を殺すという確固たる目的があるのか、それとも無差別なのかという判断は不可能なのだから――。
俺が提示した集団を形成するきっかけを無視できる筈がない。
結果はご覧の通り。
俺を含む全員に御起立頂きましたとも。
さて、嘘をついているのは――なんだ、誰もいないじゃないか。
ぐるりと全員の表情を見渡すも、そこに違和感はない。ということはつまり、この中に平居夫妻を殺害した人物はおらず、俺たち以外の何者かが彼らを殺したということである。
「ふん、結局こうなるのかよ……」
東郷は全員が身の潔白を主張しているこの事態に御不満のようだが、俺としては満足のいく結果といえる。ここにいない十四人目が犯人であるならばこうして全員が一つ所に集まっていればこれ以上の被害は出ないだろうと予測されるからだ。
「それはそうでしょう。誰も自分が殺人犯です、などと言う訳がないでしょう。疑われたい人などいないのですから」
「ですね」
「はっ!! よく言うぜ。この中で疑わしいのはてめえらだってことを忘れんなよ!?」
冷静に結論を述べる陣内さんと井坂父に対してそう悪態をつきながら、東郷父はその小さな身体をいからせ食堂から出て行こうとする。
えっ?
「と、父さん、どこに行くのさ」
「こんな連中と同じところにいられるか!! 俺は部屋に戻る、司、お前も来い!!」
ずるずると引っ張られていく司さん。
いやいやいやいや、ちょっと待てって。
「……東郷さんの言うことも尤もだね。この中の誰が犯人かわからない以上こうしているのも危ない。信頼できる人間だけでいるべきだ。――伊吹、八島、僕らも部屋に籠るとしよう。明日朝になったらこの山を降りるよ」
「そうだねー」
「お、おう」
おぉい、アンタらまで!!
「…………わかりました。そうしたいと仰るのであれば私たちも従いましょう。ですがお部屋にお帰りになる前に私の持っているスペアキーをお持ちになってください。その方が安心して頂けるでしょうから。ただ私たちは一晩このままここにおりますので、何かあればお声かけください」
「ちょ、ちょっと!!」
思わず俺は叫んでいた。
というか、さっきあれだけ脳内で人間の行動について偉そうに解説した身として、そんな真逆の行動を取られると死ぬほど恥ずかしいんだが。
「何でそうなるんです!? 何でアンタ達は自分たちの中に犯人がいるだなんて決めつける!? 俺たち以外の人間が平居さんたちを殺したのかもしれないでしょう!?」
そう叫び終えた瞬間、その場にいた全員の動きが止まる。
司さんを引き摺る東郷父も。
席を立とうとしている霧島さん、伊吹さん、八島さんも。
懐から鍵束を取り出そうとする陣内さんも。
まるで人形にでもなったかのようにその動きを止めていた。
それはほんの一瞬の出来事。瞬きするよりも短い時間で起こった異常。恐らく普段から禍渦という異常を相手にしている俺とイア以外の人間には察知することすらできないだろう。
そして、再び時は動きだす。
何事もなかったかのように、皆時が止まる前の行動を継続して行う。
東郷父はスペアキーと司さんを手にして食堂から出て行き。
霧島さんはいままさに陣内さんからスペアキーを受け取る。
俺は確かに危険な行動を取ろうとした彼らを諌めるため叫んだ筈なのに――彼らはそれをなかったことにしている。
この感覚……。どっかで感じたことがあるような……。
得体の知れない既知感に囚われながら隣を見る。美咲と龍平は特にそのおかしさに気づいた様子はない。自分たちはどうするか話し合っているようだ。
(…………頼人)
イアが小声で俺を呼ぶ。どうやら彼女も異常に気づいたようだ。
(ああ……、イアも感じたか?)
(うん……、何かおかしいよね。どうって具体的には言えないんだけど)
そう。何かがおかしいのはわかっている。それはエントランスで他の宿泊客に会った時点でわかっていたことだ。
だが、それがどうおかしいのかがわからない。
「頼人、俺達も部屋に戻ろうぜ。このまま、ここにいた方が危ねえや」
「イアちゃんも。ね?」
そうして俺とイアが頭を悩ませている間に美咲と龍平はこれからの指針を決めてくれたようだ。身を守るための集団が四散してしまった以上それが最善だろう。だから俺もその意見に賛成だが、その前に一つ確認しておくことがある。
「龍平、俺さっき叫んだよな?」
「ん? ああ、『俺は絶対殺されねー!!』ってな。お前ってそんなにメンタル弱かったっけか?」
いや、そんなことは一言も言ってないんだが。
そう反論しかけたが、龍平から嘘を言っている気配はない。皆無である。
え? 俺もしかして無意識にそんなこと言ってたのか?
………ないない。それはない。
「そ、そうか。そりゃ悪かったな」
「いや、謝るようなことじゃねえけど」
面倒なので追求はしないでおこう。いま疑問に思ったことは部屋に戻った後イアと議論すれば良いだけのことだ。
「さ、頼人。陣内さんに部屋の鍵を貰ってきたから早く行くわよ」
「おう。――っと、ちょっと待っててくれ」
二人に短く断りを入れるとイアを連れて陣内さんの前に立つ。
そして。
「陣内さん、お願いがあるんだけど――」
俺は早速彼に一つお願い事をした。




