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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
オープン・ユア・アイズ ルック・ユア・トゥルース
201/213

信じる心の代償は

「おーい、縹。メシの時間だぜ、ってなに寝てんだよー?」

「………寝てないよー、……うぎゃ」

 ポコリ、と軽く小突かれて小さな悲鳴が口から漏れる。机に頬ずりしていた頭を上げると目の前に立っていたのは隣のクラスの日野上藍音ひのうえ あいね。私とは幼稚園からの付き合いで、性格的には真逆なのだけれどどうしてか仲は良く、こうして昼休みに互いのクラスを毎日行き来することが日課になっている。

「ひどいなあ藍音……、何も叩かなくても良いじゃない……」

「そこまで強く叩いてないだろ。それにしても珍しいね、休み時間とはいえアンタが居眠りなんて」

 前の席の子の椅子を勝手に拝借して私と向かい合うようにして座る藍音。そういう無遠慮な態度も彼女がするとなると不思議と嫌な気持ちにならないのは付き合いの長い私だから、というよりもその行動行為が彼女のその飾らない気性をより良い方向に引き立てているからなのだろう。

「本当に寝てないよ。ちょっと考え事してただけで」

 眠いのは本当だけれど。ただ、いまはその欲求よりも優先すべき事柄が大きすぎる。

 昨日の深夜、クダンちゃんから聞いた話が何をしていても頭の中で反芻される。まるでそれが真実だと、嘘ではないと忠告しているように。

 或いは。

 お前が本物だと思って見ている世界は全て嘘だと嘲笑っているように。



「――それが、お姉ちゃんが秘密にしてきたことなの?」

 薄く月の光が差し込む私の部屋の中でクダンと名乗るお姉ちゃんのお友達はこくんと首を縦に振る。

「待って、待ってよ……。それじゃお姉ちゃんがテレビで言ってた人間の敵……ってこと? で、でもお姉ちゃんは人間を殺しちゃう禍渦ってモノを倒してて……、あれ?」

「……そこま、で、深く、理解しな、くて、良い、よ。私が、知って、いてほし、いのは、私、たち、ううん、深緋、は、何も、間違った、こと、なんか、して、いない、って、ことだ、け」

 そう言って私を見つめるその紫瞳は私を品定めするように真っ直ぐに射抜く。しかし、その視線に私は何も言葉を発せない。頭が追い付かない。いままで見てきた、立っていた世界が唐突に色を変え、形を変え、安心して踏みしめていたこの大地が何とも脆く、信頼できないモノに変わってしまった。その衝撃はいとも簡単に私から言語を奪っていったのだ。

「………………………………」

「……信じ、られ、な、い?」

「え、と……」

 私の無言を疑問と受け取ったのか、クダンちゃんは可愛く小首を傾げ、問いかける。

 彼女の言葉を鵜呑みに出来るか、といえば嘘になる。無論、私を助けてくれた(らしい)彼女の言葉の大半は信じた。ただその全てが嘘だとも思わない代わりに、何処か過剰に表現しているトコロもあるのではないかと疑ってしまう。名波、いや満月さんがそうだったようにまだ何処か誤魔化している部分があるのではないかと勘繰ってしまう。

「……わかっ、た」

 それをどう言葉にしたものかと思案しているうちにクダンちゃんがボソリと呟く。しまった。折角自分たちの秘密を明かしてくれたのかもしれないというのに気分を害してしまったかと不安になったところで。

「……パーン、トゥ」

 表情をピクリとも変えずに彼女は虎猫の名前を呼んだ。

「あいさー!!」

 そしてパーントゥと呼ばれた猫は景気良い返事をするとクダンちゃんの右腕に。それはもう容赦なく噛みついたのである。それも血が出る程に強烈に。牙は褐色の皮膚を貫いていた。

「――ッ」

 余りの唐突なその行動に制止も、声を出すのも間に合わず。その光景を見ていることしかできなかった私は次の瞬間、漸く声だけは出すことが出来た。

「え……」

 ……まあ、それもただの一文字だけという何とも情けない結果ではあるが。

 パーントゥがクダンちゃんを噛んだ瞬間、鈍い光が私の部屋に充満し、それが治まったと思えば既に彼女の右腕から虎猫は忽然とその姿が消えてしまったのだ。部屋の隅から隅を見渡しても何処にも見当たらず、そして加えて言うならクダンちゃんの姿もそこにはなかった。――元の彼女の姿は。

「…………ふぅ」

 私の目の前にいる少女の髪は虎猫のそれと同じ琥珀と黒に染まり、薄紫色の瞳は翠と蒼の淡い光を放つ。首に巻いた赤いマフラーと羽織ったマントはそのままに私を見つめ続ける。

「……これ、が、さっき、話し、た、同、調。それ、で――」

「「これが同位さ」」

 もう一度鈍い光を放つと今度は黒髪のクダンちゃんと琥珀色の髪のクダンちゃんの二人が現れる。余りの出来事に口をパクパクと動かすことしか出来ない私を見て、彼女は先ほどまで見せなかった笑顔を、――それはまた悪戯っぽいものではあったが、見せて口々にこう告げた。

「こんばんは」

「縹っち、ボクは」

「私は」

「パーントゥ」

「マスターの」

「パートナーで」

「色んなことが」

「できるんだ」

「ほら、例えば」

「こんなことも」

「「簡単に、ね」」

「う、わわわ…………!!」

 二人に分かれたクダンちゃんが両手をゆらりと下から上へ撫で上げるとそよ風が私の顔をくすぐり、直後私の身体を浮遊感が襲った。ベッドから身体が浮いて、空気以外に私の身体に触れるものはなくなる。そよそよと吹き続ける風が私の全身を覆い、バタつく私の両腕をからかうように何度も絡みついて離さない。

「あははー、どう楽しい?」

「私もボクもごきげんさ――って、マスター。違うって、悪戯した訳じゃあないってば――――「……うるさ、い」」

 光を湛え、クダンちゃんが元の黒と琥珀の混ざり合った髪を靡かせて眼下に立つ。そしてそれと同時に私の身体はゆっくりとベッドに降ろされるが、当の私はぽかんと口を開けるだけ。話を聞くだけでなく実際に彼女が、人間では実現不可能な奇跡をいとも容易く実行した衝撃。

 しかも。

「……いまは、これ、だけ、だけ、ど、火山、とか、海、とか、あったら、もっと、色々、でき、る、よ? 本気、出し、たら、鎌鼬みたい、なので、私、たちを、追い、かけて、きてる、『人間』たち、の、首も、簡単、に落と、せる、し」

 そんな物騒な言葉までさらりと、何でもないことのように口にするのだ。

この子は、クダンちゃんは。何一つ表情を変えず、瞳を濁らせることもなく、邪気なく言ってのける。先の彼女の話で、禍渦というものが恐ろしいものであり、その上のいく異常禍渦という存在はそれこそ天災のような、理不尽で、畏怖の対象なるべきものなのだろう。そしてお姉ちゃんとクダンちゃんは私たちをそれらから守ってくれている、いわば人類の守護者的な立場にあると言えるはずなのに。

 私は、この、目の前にいる、少女が、とても、――恐ろしく感じた。彼女の目には私が映っていない。そして恐らく他の全ての人間も守る対象に含まれていない。彼女の誰かを守りたいと思う価値基準は私たちのそれとは違うのだろう。

 命があるとか、知り合いであるとか、親しいとか、ヒトのカタチをしているとか。そんなことは彼女が命を張って助ける理由にならない。もっと大きく、それでいて歪な理由が彼女の心を占めている。それが何かは解らないけれど、クダンちゃんの戦う理由は他にある。それが彼女と話したことで得た私なりの印象だった。

 ただ。

「……どうして?」

「……え?」

「どうしてクダンちゃんは私にそんな大事なことを教えてくれるの? 私がそれを防衛庁の人に言ったらもっと大変なことになるかもしれないのに」

 それが同時に抱いた疑問。本当にクダンちゃんが私や他の人間のことなど心底どうでも良いと思っているならそもそもこんなことを私に教える必要などない。私を助けてくれる理由などない。あのまま満月さんに殺されるのを黙って見ていれば良かったのに。

「どうして私を見殺しにしなかったの?」

 助けてくれた相手にこんなことを言うのはお門違いも甚だしいがそれでも私は聞かずにはいられなかった。単なる気まぐれか、それとも何か理由があってのことだったのか。お姉ちゃんと関わりのある彼女だからこそそれが知りたい。私はそう強く思ったのだ。

「……? 助けたのは、縹、が深緋の、妹だか、ら。縹が、死ね、ば、深緋が、悲し、む。だから、助け、た」

「……そっか」

 やはりクダンちゃんは私が「縹」という一人の「人間」だからではなく、「深緋」という一人の「仲間」の為に私を助けてくれた。そしてその答えは先の私の推測を裏付けるとともに、お姉ちゃんは彼女の中で守る対象であることを示している。それが少し悲しくもあり、嬉しくもあり。こんな曖昧な相槌をうつ羽目になったことは言うまでもない。

「……それ、に緋矩、と、約束、したか、ら」

「え?」

「……緋矩、が私、と深緋、を匿って、くれる、限り、私は、縹のこと、を、任され、た。だか、ら、緋矩が、約束、を、守る、限、り、私は、縹を、守、るよ、必、ず」

「~~~~~~~~ッ!?」

 我ながら単純なことだ。真っ直ぐに目を見て、真剣な表情で絶対に守ると言われただけでその危なげな価値基準の在り処すらどうでもよくなってしまうとは。なんていうか、こうクダンちゃんが男の子だったら危なかった……。色々と。

「……………………それ、で、ね」

 気恥ずかしさで火照った頬をパタパタと煽いでいると、さっきの言葉とは裏腹にクダンちゃんはおずおずと再び口火を切る。

「……私は、縹に、出来る、こと、全部、見せ、た。私、縹は、その、秘密、誰にも、言わな、いって、信じ、る。……縹は、私、の話、深緋、が間違った、こと、して、ない、って、信じて、くれ、る? 深緋の、こと、嫌い、にな、らないで、くれ、る?」

 その言葉に思わずふっと笑みがこぼれそうになる。お父さんや、お姉ちゃんの回りくどい言い方を真似しているのかもしれないけれど、全然真似できていない。これじゃあただのお願いだ。

 マフラーを口元まで引き上げてこちらをちらちらと見るクダンちゃん。そこには先ほどまでの無表情で無関心な何かの面影はなく、人の顔色を窺い、邪険にされるのではないかと不安に思う、人付き合いが不得手な少女しかいなかった。まるで――私のように。

「………………縹?」

「うん、わかった」

 だから私は、私が安心する言い方で彼女に答えを贈った。

「信じるよ、クダンちゃんの話、お姉ちゃんのこと。それに――クダンちゃん自身のことも。だからよろしくね」

 そうニコリと笑いかけて手を差し出すと、彼女は驚いたように目を真ん丸にし、パチパチと瞬きを繰り返す。

 そして差し出された手を何度も見て、少し迷った後。

「…………よ、よろ、し、く」

 私の手をぎゅうっと握り返したのだった。



 それが昨夜のこと。目を覚ますとクダンちゃんの姿もパーントゥの姿も部屋の中にはなく、現在に至るまで彼女を視認してすらいない。だから、まるで昨日のことが夢のような気がして。でも満月さんから感じた殺意も、クダンちゃんから感じた恐怖も、彼女から聞いたこの世界の真実さえ私の妄想だったのではないかと錯覚してしまう。

 しかし――、違う。

 あの出来事は本物で。そう思う私の考えこそが贋物。

 だから、私は私で向き合わないと。

 私を忘れてしまったというお姉ちゃんと。

 そのお姉ちゃんと私を追わせたくないと言う満月さんと。

「そういやよー、聞いたか縹? どっかの田舎の噂。なんかすげーでけー黒い狼が出たんだとよ。怖ぇーよなー。それにこの辺でもなんか黒いローブの男とでけー棺桶背負ったメイドが最近真夜中にうろついてんだって。なんつーか、物騒な世の中になったよなー」

 そう一方的に話しながらガツガツと大きなハンバーグを頬張る、見慣れた彼女の姿に苦笑する。

「なにそれ? 藍音ったらそんな変な噂ばっかり何処で聞いて来るんだか……って、あれ?」

「あん? どうしたよ、縹?」

「……いやちょっと知り合いを見たような気がして」

「? ここは四階だぜ? お空に誰か飛んでたってのか、アホらし。ほれ、とっと食っちまえよ。昼休み終わっちまうぞー」

「う、うん…………」

 流石にそうだと言えず、空からお弁当箱へと視線を戻すも、さっき見た光景がまだ頭から離れない。

(クダンちゃん、何してたんだろ……)

 行儀悪くお箸を銜えながら、もう一度空を見上げるがそこには気味が悪いほどの青空しか広がっていなかった。



「ほい、マスター。着いたよ」

『……ありが、と。パーン、トゥ』

 ゼイベーに襲撃された病院。その元深緋の病室に同位状態で忍び込んだ。まだ日の高いうち、しかも事件から日があまり経っていないこともあってまだ警察や防衛庁の人間がうろついているが、只の人間であればその目を掻い潜ってここまで来ることは大した苦労はなかった。

「にしてもこんなトコロに何の用があるのさー? 百パーないけど見つかったら面倒だよ? それに縹っち守るんでしょー? ほっといて良いのー?」

『……探した、いモノ、がある、の。それに、縹なら、もう、一、人……、一匹の、パーン、トゥが、見て、るで、しょ?』

「いま、一匹って言った!? 言ったよね、合ってるけどねー!! きゃっほー!!」

『……パーン、トゥ。五月蠅、い』

「ああ、ごめんよマスター。つい楽しくなっちゃってねー。縹っちはそうだね、私に任せるとしてボクは何を探せば良いんだい?」

『それは――』

 私は目的の品の名前を口にする。深緋を元に戻すことができるかもしれない唯一のモノの名を。


 どもども、久安です。ぶえっくしょい!!


 今回が今年最後の更新となります。来年も本作をお楽しみ頂けたら幸いです。世界のどこかにいる(と思いたい)読者の方々のご期待に沿えるよう精進してまいりますのでこれからも宜しくお願い致します。


 では最後に次回更新までの挨拶をまとめて。

 メリクリ、良いお年を、あけおめー!!


 次回更新は1月6日 7時予定です。ではではー。

 

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