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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
夢現リプレイス
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白金ワルツ

 平原に断続的に響く爆音と銃声。それはさながら舞踏に合わせて演奏される伴奏のように俺たちの動きとシンクロする。

 爆音担当は謎の金髪少女。俺に向かって振り下ろす拳が地面や岩を砕きながら生み出すその音は無骨ながらも聞く者の心だけでなく身体までも響かせる。

 銃声パートを担当するのは俺。乾いた音を一定のリズムで奏でることで、ともするとただの騒音になりかねない彼女の音を引き締める。

「言い回しは面倒臭いくせに意外と素直な音出すじゃねえか!!」

 爆音に掻き消されないように大声で叫びながらも、目は少女の動きを捉えたまま。それは一瞬でも彼女から気を逸らせば、詰むということを本能的に理解していたからだ。

 少女の迅さには既に目が慣れているが、それでもギリギリでかわすことしかできない。同調することによって身体能力が著しく上昇しているいまの状態でこの様であるということから彼女の異常性は説明するまでもないだろう。

 恐らくこの少女は魔物なのだろうが、ラフィやストラとは違い完全な戦闘タイプ。スキルを発動しているのかどうかは定かではないが、戦闘タイプの魔物がここまでとは。城で兵士全員と戦わなくて本当に良かった。

「お褒め頂き光栄だわ!! でも地面を砕くのにも飽きてきたからそろそろ貴方の顔面に一発捻じ込ませてくれないかしら!?」

 互いに拳と銃弾をかわしながら無駄話に花を咲かせる。

「正直者で結構なことだが、それは御免だ!! オマエこそ、そろそろ一発当たってみねえか!?」

「痛いのはお断りね!! 残念だけれど私、マゾっ気はないの!!」

「奇遇だな、俺もだ……よッ!!」

 俺の右頬を掠めていった彼女の左腕に対して銃のグリップ部分を利用した打撃を与え、弾き飛ばした。そして相手が態勢を崩した隙を狙って少女の脚、正確にいえば大腿部分に弾丸を撃ち込もうと構える。

 脚を撃ち抜き機動力を奪えば、少女もこれ以上俺の邪魔しようとは思わないだろう。何だかんだ言っても高校二年生という若い身空で殺人経験を積みたくはない。

「――って、うおおおい!!」

 そんなことを考えていると鼻先を何かが凄まじいスピードで通り過ぎていった。その正体は少女の左手。

 ……どうやら弾き飛ばされた勢いを利用して身体を回転させ、裏拳をお見舞いしようとしたらしい。

「あら、惜しい」

 彼女は螢火の光を浴びて輝く金髪を揺らめかせながら涼しい表情で呟き、そのまま今度は側面から蹴りを放つ。

 首の骨を叩き折りそうなその蹴りを身を屈めて何とか回避し、現在彼女の身体を支えている唯一の左脚を狙い撃った。だが、その程度の反撃は読んでいたようで、放たれた弾丸は虚空を奔る。

「ッ!!」

 上空から洒落にならない殺気を感じた俺は弾丸を追ってその場から離脱。その直後、背後で爆発音が響く。振り返ると先ほどまで俺がいた場所は跡形もなく粉砕され、踵を振り下ろした格好で地面に着地している少女だけがそこに存在していた。

『……これは長引きそうだねえ』

「くっそ!! もう我慢の限界なんだって!! ザワザワしてしょうがねえんだってば!!」

「? よく意味は分からないけれど早く終わらせたいならそこで黙って立ってなさいな。私が殴って終わりよ」

「その一発で俺も終わるよなあ、それ!!」

 さっきの一撃を頭に貰えば明らかに俺の頭蓋は粉砕される。

「さあ? 運が良ければ生きてるんじゃないかしら?」

 この一瞬のやりとりの間にも少女は俺との距離を詰めにかかる。

「ああ、もう付き合いきれるか!!」

『あ、キレた』

 やかましい。もう手加減なんかしねえ。できるだけ怪我させないようにとか、相手は腐っても女の子だしとか関係ねえ。

 全力で――この茶番を終わらせる。

「!?」

 俺の約二メートル先で少女の目が驚きの色を浮かべる。それもその筈、これまで俺が手にしていた銃が溶けるように消え去ったのだから。そして少女の驚きはそれに留まらない。

「えっ!? ちょ!?」

 イアの力で具現化していた銃を消し去ると、俺はすぐさま次の具現化に取りかかっていた。

 アイゼルネ・ユングフラウ。中世ヨーロッパにおいて刑罰や拷問に使われたと言われる聖母を象った拷問具、いわゆる鉄の処女アイアンメイデンである。その内部には無数の釘が突き出しており、中に閉じ込められた罪人を容赦なく刺し貫く。

 回避は不可能。いくら少女が俊敏であろうとも、いきなり目と鼻の先に現れたモノを避けることはできない。そしてその予想通り少女もまた、これまで処刑された罪人と同じように聖母による死の抱擁を受けることになった。

「――――――――――――――――ッ!!」

 少女の悲鳴は聞こえない。彼女が凄まじいスピードで鉄の処女にぶつかったために左右の扉が完全に閉じてしまったためだ。これで完全に内と外は隔絶された。禍渦を壊すまで大人しくしていてもらおう。

『…………流石に酷くない?』

「釘が短いのを選んで具現化したし、あれだけ反応良いんだから腕と脚で身体全体に刺さるのは防いでるだろ。下手に動かなきゃ死にゃしねえよ。まあ、腕と脚は無事じゃ済まねえだろうけど」

『閉じ込めるだけならコンテナとかでも良かったんじゃない?』

「あのな、イア。俺より力が強いヤツを閉じ込めるのに俺でも壊せる物に閉じ込めてどうするんだよ。ああやって適度に自由を奪わねえと意味ねえの」

 イアが俺を非難するのはわかるが、価値観の相違である。倫理道徳と真実。通常の人間なら迷わず道徳を選ぶだろうが、いまはまだ俺にとっては真実の方が価値があるのだ。

 そしてその真実を侵す禍渦を壊すことは人を傷つけてはならない、人を殺してはならないという倫理観よりも遥かに重い。

 さっき人を殺したくはないと言ったが、あれは正確ではない。「出来ることなら」殺人を犯したくないと言った方がより正確に俺を表しているといえよう。

 狂っていると言われようが、これが俺だ。なにより俺は自分に嘘を吐くこともできない。

「さっさとラフィとストラのところに戻るぞ。早くコイツを出したいならな」

『うん……』

 そう言って二人は何処かと探しながら、鉄の処女から離れる。そうして数メートル程離れた頃異変は起こった。

 鉄を激しく何かで叩きつけたようなそんな音が何度も、何度も辺りに響く。

「まさか……」

 そのまさかである。振り返るとそこにあるのは扉が全壊した鉄の処女の変わり果てた姿。そして、先ほどまでと変わりない姿で俺に迫る金髪少女の姿があった。

「なっ!?」

 あり得ない。

 鉄の処女を壊して出てきた。百歩譲ってこれは良いとしよう。だが、それにしても無傷と言うのはどういうことだ?

「――ッ!! イア!!」

 驚きからか、それとも恐怖からか。俺はイアに呼びかけていた。幸いにしてそれだけで意図が伝わったようで、イアは俺の背中のコードを二本操り、その先端を地面に突き刺し、伸長させる。

 直後、俺の身体は宙に浮き、少女から遠ざかっていく。兎に角、距離を取らなければ。イアも俺と同じことを思っていたらしい。あのような理解の範疇を超えているモノにさっきまで肉薄していたかと思うとゾッとする。

『頼人!!』

 しかし、遠く離れたことで得た安心もすぐに破壊されることになった。

「ふざけんなよ……」

 本当にいい加減にしてほしい。もう執念深いとかいう話ではない。

 というのも、離脱するために伸ばしたコードの上を少女が疾走していたのである。薄く笑顔を浮かべながら。

 コードの伸長スピードよりもあちらの方が迅く、あっという間にあと数メートルというところにまで詰め寄られる。だが、迎撃しようにもこの位置からでは自身のコードをも傷つけてしまう可能性が高い。

 このとき、無意識に何か使えるモノがないかと周囲を見渡したのは僥倖だったのか奇禍だったのか。俺の目はラフィをおいて城塞都市に走るストラの姿を映していた。

 

 ――瞬間、俺の中で何かが弾けた。



 時間は金髪の少女が鉄の処女を壊した頃まで少し遡る。岩陰に隠れていたラフィルナは頼人の指示通り、どうにかして禍渦であるストラの腕輪を壊そうと躍起になっていた。

「えい、えい!!」

 手ごろな大きさの石を握り、腕輪に力いっぱいぶつけるラフィルナを横目で眺めつつ、嘆息しながらストラは言い捨てる。

「……恐らくそんなことをしても壊れんぞ。いい加減諦めたらどうだ――あ痛ッ!?」

「あ、ごめんなさい。でも私、元のストラ様に戻ってほしいから」

 彼女のその言葉を聞くと、自嘲気味にストラは問いかける。

「元の? 元のとは何だ? もしかして貴様の両親を見殺しにした私の事か?」

「…………………」

 ラフィルナはその問いに答えない。

「だとすれば冗談ではない。私はもう民を見殺しになどしたくはない。それが最善の選択であったとしてもだ」

 ラット討伐戦。十年前、ヴィンシブル郊外の森に住みついたラットと呼ばれる魔物の一族との戦いが勃発した。

腐蝕連鎖ゾンビ・パウダー』。

 与えた傷から腐敗を進行させ、最終的に死に至らしめる。そして腐敗が進んだ者に触れれば、触れた者も同様の効果を与えられる。それが彼ら一族のスキルであった。

 ストラとて彼らが大人しく暮らしているのであれば、森に住みつこうが手を出すつもりはなかったし、寧ろ交友関係を築ければ良いと期待すらしていた。

 だが、その期待は盛大に裏切られることになる。

 友好関係を結びたいという書簡を持たせて送りだした兵士が翌日、全身が腐敗した変わり果てた姿で打ち捨てられたのである。

 また、その翌日には彼らのスキルによって腐敗した野生動物を侵入させられ、大騒動を引き起こされた。幸いにしてこの事件での死亡者はおらず、また感染した者もラフィルナの両親のおかげで事なきを得たのだが。

 彼女の両親はそうはいかなかった。

 『心癒福音』は直接接触しなければ発動しない。となれば、二人が感染するのも自明の理であろう。しかも、彼ら一族は同族の間でスキルを使うことができない。これが意味するところは一つ。

 彼らはいずれ腐敗して死に至る、ということであった。

 この現状を踏まえ『最善選掴』により導き出した作戦をストラは苦悩の末、決行する。その作戦が自分を生涯苛むモノとなることを覚悟して。

 一見したところ、その作戦はただの殲滅戦である。選りすぐりの兵を用いてラットの一族を包囲、問答無用で殺し尽くす、ただそれだけの普通の戦である。確実に二人の犠牲を伴うということを除いては。

 ストラは腐敗が進行し、徐々に自分の身体すら保てなくなっていたラフィルナの両親にこう命令したのである。

 『戦場へ赴き、死ぬまで負傷した兵を治せ』と。

 死に直面している者に対して、身を粉にして働けとそう告げたのである。

 結果、この戦いで死亡したのはラットの魔物たちとラフィルナの両親のみ。被害を最小限に留めたという点では理想的な結果であったといえよう。

 だが、今回のストラの命は民に暗い影を落とすことになる。

 確かにストラが選択した方法は最善だった。しかし、一市民に戦争へと赴かせた事実は変わらない。

 いつか自分たちもあの夫婦のように使い捨てられるのではないか? 

 彼女に守られた民がそのような懐疑心を芽生えさせたとて、不思議ではないし、それを咎めることなど誰にも出来よう筈もない。

 そうして十年が過ぎ、街は変わらず彼女に守られていたが、ストラと民との関係は以前と同じとはいかなかった。

「だが、これからは違う。これが、これさえあれば私は変われる」

 ラフィルナの手を振り払い、右腕を抱きしめながらストラは言う。

「民を怯えさせる『最善選掴』など要らない。最善がわからなければ民を犠牲にする理由はなくなるのだから」

「ッ!? ストラ様、何処行くの!?」

「知れたこと。私の帰る場所はあそこしかない」

 ストラはヴィンシブルを目指して駆ける。まるでそこに求めるものがあるように。



(一体何? あの人の雰囲気が変わった?)

 天原頼人を支えるコードの上を疾走しながら、金髪の少女は目の前の少年に違和感を覚えていた。

 さっきまではまだ人間味があった。鉄の処女に彼女を放りこんだときも、まだ相手を気遣う心が少年にも少しはあった。

 だが、いまの少年にはそれらを何も感じない。そのことが先ほどまで何の迷いもなく闘っていた少女の心に僅かながら不安を生む。

(馬鹿ね。私は何を不安がっているのかしら)

 芽生えた不安を一笑に付す。

 それは彼女自身、自分の力に自身を持っていたということもあっただろう。しかし、不安を簡単に拭い去ることができたのはそれだけが理由ではない。

(あの人と同じで私は一人で向かい合ってる訳じゃあない。あの人にあの子がいるように私にも彼女がいるのよ)

 短く息を吐き、少女は再び天原頼人を見据える。彼まではあと一歩踏み込めば彼女の拳打が確実に届く距離。今回の闘いにおいて恐らくこれが彼女の最大のチャンス。

 外せないし、外さない。

 その覚悟で最後の一歩を踏みこむ。

 少女の突貫に対して少年はアクションを起こさない。かろうじて左腕を上げただけで彼女には目もくれない。

「これで――ッ!?」

 だが、その拳は打ちだせない。それも仕方のないこと、天原頼人の左手に握られた一振りの日本刀が彼女の脳天に向かって振り下ろされていたのである。

(さっきの鉄のクソ女といい、一体何処から……!? ああ、もう!! いまはそんなこと考えてる場合じゃないわ、いくら私でも頭に喰らえば動きは止まってしまう……。なら一度受け止めて二撃目で仕留める!!)

 咄嗟にそう判断した少女は迫る刃を受けとめようと――した。

「……嘘」

 結論から言えば、彼女は受け止めることが出来なかった。そもそも、受け止める刃がなかったのだ。

 少女の両の手は宙をかき、少年の左手は彼女の腕を掴む。

 そして。

 身動き一つできぬまま。

 金髪の少女は天原頼人の右手に握られた刀によって切り刻まれた。

 まずは、横薙ぎに胴を、そして返す刃で腕と首を一息に切断される。五つのパーツに分けられた少女は重力に引かれ落下しながら、少年の光彩の消え失せた金の瞳を興味深そうに眺める。

 確かに目が合った筈なのに少年は自らが傷つけた少女に対し何の感情も浮かべないまま、日本刀の代わりに散弾銃を構え、迷うことなく引き金を引いた。

 そうして無数の弾丸に身を裂かれながら少女は墜ちる。

 ――ああ、やっぱり死ぬのは痛いなあ。

 地面に叩きつけられる直前、まるで他人事のように少女はそう思った。


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