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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
夢現リプレイス
12/213

謁見

「この部屋か?」

「……ち、違う」

「ふんふん、本当に違うな。それじゃ次行こうか」

「だ、誰だか知らないが、も、もう勘弁してくれ……。ストラ様の部屋を教えたなんて知れたら俺は……」

 拘束された上、首にナイフを突きつけられた兵士が全身を震わせながらそう懇願する。この不運な兵士が俺に拘束されたのはつい先ほどのことだ。

 ラフィを背中に乗せて全速力で駆け出したのは良いものの、肝心の領主の部屋が事前の調べでもわからなかった。全てのドアを蹴破るわけにもいかず、またこの場においては隠密行動が求められていたため、単独で行動していた兵士を背後から拘束し、こうして一つ一つ調べているという訳である。

「大丈夫。オマエは全部違うって言ってるじゃないか。心を痛める必要はないさ」

「だが……」

 兵士もどこか違和感を覚えているのだろう。自分の言葉の真偽を見透かされているこの事態に。

 気づいたとしてもこの男にはどうすることもできない。嘘を見抜くこの力を持っている俺自身がどうすることもできないのだから。

「さて、次の部屋に到着だ。じゃあ、聞こう。ここはストラの部屋か?」

「………………違う」

「そうか。ありがとう、おやすみ」

 俺はそう言うと拘束していた兵士の首に衝撃を与えて脳を揺らす。すると、兵士は力なくその場に崩れ落ちた。

「……ヨリトって実は怖い人?」

「さあな。この兵士のおっさんからしたらそうだろうけど。ラフィがそう思ったのならそうなんじゃないか?」

 背中からひょっこり顔を出した少女に向かってそう言い放つ。別に他人からの評価に興味はない。彼女がそう思うのは自由だ。

 しかし、彼女は俺の言葉を否定する。

「ううん、吃驚しただけ。だってヨリトが本当に怖い人なら私の我儘なんて聞いてくれないだろうし、ストラ様を助けてなんかくれないでしょ?」

『だってさ、頼人』

 ……良心が痛むな。別にこの街のやつらの為でも、ましてやラフィの為にやってる訳でもないのに、こんな風に思われるのは。

「……無駄話はここまでだ。さっさと禍渦を壊さなきゃいけないしな」

 そうだ。最優先すべき事項はこれ。ラフィの言葉を気にする必要はない。自分が誤解を受けていることなどいまはどうでも良い。優先順位を間違えるな。

 そうして湧き上がる原因不明の不快感を胸に抱きながら、俺は目の前のドアを開ける。領主を救う為ではなく、禍渦を壊す為に。

 世界の嘘を壊す為に。



 領主、ストラ=ユーストマットの部屋はイメージに違わず、非常に質素な部屋だった。大広間には目立たなくとも気品溢れる細工がまだあったにも関わらず、彼女の部屋にはそんなものは一切なかった。部屋の中にはベッドと、鏡台と、執務をこなす為のものであろう巨大な机、そしてその周りにうず高く積み上げられた書類の束が存在するのみ。

「うん? もしかして誰か居るのか?」

 書類の山に埋もれてこちらの姿は未だ視認できないだろうが、どうやら目標はドアの開いた音で何者かの侵入を察したらしい。

「こんばんは、領主様」

「聞き覚えのない声だな。ああ、コフィールが言っていた新しい使用人か? 済まないが少し待っていてくれ。この書類の山から出るのは中々骨でな……」

 ああ、この声、嘘に塗れた汚い声。

 禍渦に侵された影響かはわからないが、彼女の声を聞くと虫唾が走る。いますぐ禍渦を破壊したい衝動に駆られるが、奥歯を噛みしめて耐えなければ。

 そうして書類と思しき紙の山が崩れるのと同時に彼女はその姿を露わにした。瞬間、まるでこの部屋が燃え上がったかのような錯覚を覚える。

 その原因はストラの赤髪。部屋に設置された照明の光を様々な角度から受けることによって彼女の髪は揺らめく炎のように輝いていた。大広間で見たときには遠目だったということもあり、それほど印象的ではなかったものの、こうして間近で見るとその存在感に圧倒される。

「やれやれ、書類仕事は苦手だよ。肩が凝って仕方がないからね。まったくもう少し量を減らせないものだろうか……。おっと、いまのはコフィールには言わないでくれよ? また小言を言われてはかなわん。――さて、さっそくだが貴様は誰だ? 新しく入った使用人ではないだろう?」

「御明察」

 寧ろ使用人と思われたらどうしようかと思った。

 黒いロングコートを纏い、フードを目深に被っている人間を使用人と思える人間がいるのなら是非お会いしたい。ブン殴って正気に戻してやるから。

「残念だけど名前は教えられないし、教えるつもりもない」

「ほう、それは無礼なことだな」

「まったくだ」 

 しかし、ストラがそのことに憤慨している様子はなく、逆にどこかこの状況を楽しんでいるようでもあった。何者に対しても物怖じしない彼女のその姿勢には、人の上に立つ者としての器量が窺える。

 そして、その一瞬だけは本物の彼女を垣間見た気がした。

「ふむ、教えてくれないのでは仕方がない。それでは黒衣の、とでも呼ばせてもらうぞ」

「ああ、勝手にしてくれ」

(……ねえヨリト、禍渦ってモノを探さなくて良いの?)

(良いからオマエは黙って俺の背中に隠れてろ。まだ一般市民でいたいだろ?)

 俺の背中のコードに支えられる形でおぶられているラフィがそう問いかけるが心配は無用である。

 無駄なやり取りに見えるかもしれないが、この時間は必要なものなのだ。こうして中身のない会話をしている間にも俺の中にいるイアが、ストラが身に纏っているであろう禍渦の位置を特定しているのである。本人曰く、索敵は苦手とのことだが、ここまで接近していれば特定も時間の問題だろう。

 そして俺の思惑通りイアは容易にその特定に成功していた。

『お待たせ、頼人。禍渦は領主様が右腕につけてる腕輪。核はあれに嵌めこまれてるでっかい宝石みたいだよ』

(お仕事ごくろうさん。後は任せろ)

『うん、よろしく』

 さて、核の位置が知れてしまえば、後は簡単である。禍渦の心臓ともいえる核を破壊すればそれで終わり。禍渦は消え去り、領主も正気に戻る。

「では、黒衣の。貴様が何故ここを訪れのか、ということについてそろそろ教えてもらっても良いかね? 生憎と時間がないのだ」

「気が合うな。こっちも時間がないからな、単刀直入に言おう。オマエが右腕にしてるその腕輪をこっちに渡せ。それは在ってはならないものだ」

 ストラが身につけているそれを指差しながら俺はそう言う。部屋の中に生まれた一瞬の沈黙の後、彼女はその口を開く。

「…………残念だが、それはできん」

「何処の馬の骨ともしれないヤツには渡せないってか?」

「違う、そうではない。これは私に必要なモノなのだ」

 まるで縋るかのように右腕を力強く握りながら、ストラは言う。

「貴様の用件はそれだけか? ならば、私はそれに応えることはできないし、そうするつもりもない。早々に帰るが良い。今回は見逃してやろう」

 強い言葉を使い、こちらを威圧しようとしているが、その言葉がスカスカの中身のないものであることは既に分かっている。

 ここから推測されるのは目の前のこの女がこちらに単独で抵抗する術を持っていないということ。身体能力が高いという魔物といえども、得意、不得意はある。

 戦闘向きでない能力を持つ魔物は同調状態の俺に遠く及ばないことはラフィや、ニキーノを見ていれば分かったし、そしてそれはストラも然り。『最善選掴』という実戦闘に不向きなスキルを持つ彼女は俺から見れば赤子も同然だ。

『頼人、一応聞くけどどうするつもり?』

「決まってる」

 遠慮なくストラへと歩を進めながら、イアに答える。ストラは逃げようとするが直ぐに先回りし、彼女の腕を掴んだ。

「放せ、放さんか!!」

「力づくだ。腕を千切ってでも奪う。『最善選掴』を持ってるならわかるだろ? いまオマエが取るべき最善は大人しくソレを渡すこと――ってオイ、何で暴れるんだよ!? ちょ、だから殴んなって言ってんだろ!!」

「くっ!!」

 迫りくる拳の嵐に耐え切れなくなった俺は強引にストラをベッドに組み伏せ、これ以上の抵抗を封じる。戦闘向きでないといっても、女子供といっても、痛いものは痛いのだ。

 だが、それがいけなかった。

「ヨリト、止めて!! ストラ様に乱暴しないで!!」

 ストラの正気を取り戻すためとはいえ、傷を負わされるのは我慢ならなかったらしいラフィがいつの間にか俺の背中から飛び出し彼女の眼前に立っていた。

「バッカ、オマエ!!」

 俺の狼藉を止めるにも他に方法があっただろうに。何故、わざわざストラに自分の顔を晒すのか。これでは事が終わってもラフィに安息はない。俺の共犯者として捕らえられるか、逃げ続けるか。

 二つに一つだ。

 案の定、ストラは自らの眼前に現れた少女を凝視する。強盗犯の片割れとして。憎しみのこもった眼で射貫く。

 だが。

「……貴様は――」

 ベッドに押し付けられたまま、ラフィの顔を目にした瞬間、その目が驚愕に見開かれる。そして次に浮かんだのは悲哀の色。

 怒りではなく、悲しみ。

 俺は彼女の表情に僅かな違和感を覚えたが、その原因を探る前にイアが警告を発する。

『頼人!! 何かいっぱいこっちに向かってるみたいなんだけど!! 侵入者がどうとか言ってるから私たちのことバレたんじゃない!?』

「マジで!?」

 禍渦にばかりに気を取られていたせいで気がつかなかったが、耳をすますとイアの言う通り、複数の足音、怒号が俺の耳にも届けられた。

『やっぱり、あの兵士のオジサンもこの部屋に連れてくれば良かったんだよ!! 今更だけど何で廊下に置いてきたのさ!?』

「いや、廊下に立てかけておけば甲冑が飾ってあるようにも見えると――」

「『見えない!!』」

 イアとラフィ、両名に俺の意見は却下される。ううむ、良いカモフラージュだったと思うんだけどな……。

「ま、良いや。コレ壊してさっさと逃げれば良い話だ」

 ラフィの顔が割れたのは後で考えるとしよう。

 そう結論付け、即座に頭を切り替える。

 俺の右手には既にグロック19が握られ、その銃口は禍渦の核である青い宝石に向けられていた。

「何をするつもりだ?」

 見慣れぬ黒い物体を腕に向けられながらも、ストラの毅然とした態度は崩れない。

 もう余り猶予はない。足音がこちらに到着するまであと十数秒。やたら軽快な疾走音が聞こえるが、気にしている暇はなかった。

 彼女の質問に答えることなく、引き金を引く。

 部屋に銃声が響く。

 反動が身体に奔る。

 その感覚はいつも通り。

 しかし、結果はいつも通りという訳にはいかなかった。

「……おいおいおいおい」

 確かに弾は禍渦の核である宝石に直撃した筈だ。というか零距離射撃なのだからそもそも外れるということ自体ありえない。

 ならば一体何故、俺の目の前にあるこの禍渦は破壊されていないのか?

 偽物?

 核の位置が違う?

 威力が足りない?

 様々な考えが頭に浮かんでは消えていく。

『頼人!!』

「ッ!!」

 イアの声で正気に戻る。そうだ、いまはそんなこと考えている場合じゃない。すぐにでもここに兵士が雪崩れ込んでくるだろう。勝ち目がない、ということはないだろうが面倒なことこの上ない。

 つまり、いま取るべき行動は。

「イア、二人を頼む!!」

『了解、頼人は?』

「こっから跳ぶ!!」

 イアが二人をコードで確保したのを確認し、窓を蹴破り、バルコニーへ。

 そして、欄干に足をかけ一気に、跳んだ。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「……………………………………………………………………………………ッ!!」

 ラフィとストラ。対象的な反応を見せる二人を連れて。


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