人でなしの終着点
「端的に言おう、君は今回もスィラージュに会うことはできない」
決して彼女が聞き誤ることがないようにゆっくりと、消えゆく彼女の目を見てはっきりとそう告げる。結果彼女は私の考えていた通りに酷く、醜く取り乱す。
「なッ……、んでッ!?」
口から血を撒き散らしながら喚く姿のもう何処にも童女のような無邪気さ、快活さはなく、在るのは魂の本質。コレはただの妄執の塊へとなり下がった。
「わた……しはッ、ちゃん、ちゃんとやっ……たッ!!」
「いいや、貴様は失敗した。今日起こった二つの爆発、あれは誰も殺していない。貴様は私が用意した死体を焼いたに過ぎない」
簡単なこと――ではなかったが。
だが、爆発によって狙われる場所、時間、人物がわかっていれば。そして私の力があれば不可能ではない。
昨夜、私は精神汚染率が危険域に達している住民を探し、簡易門で以てこれを殺害した。その数は二人。
今日、果物屋にてモニールに狙われていた一般住民を爆発のタイミングに合わせて私の手元に保管していた死体と位置を入れ替えた。その数は一人。
宿については言うまでもない。私自身が標的とされていたのだ。自身と死体の位置を入れ替えるだけで事は済んだ。
計四回の簡易門の使用、そして先ほど禍渦の足を切断したので合わせて五回。流石に堪えたが、あと三回、正確には二回だがまだ能力は使えるのだから、何の不満もない。
何故、こんな面倒なことをしたのかといえば理由は二つ。
一つはこのように実際に在った事柄をなぞるタイプの禍渦は本当にその通りに事が進まない限り消滅しないのかという疑問があったからだ。
これに関してはついさっき答えが出た。禍渦本体が上手く事が運んでいると認識していれさえすれば正確に過去をなぞらなくとも構わないようだ。
判明した事実は地味だが意味はある。禍渦破壊の際に力の行使を節約することができるかもしれないということであり、それは今後天原君たちも楽をすることができるということだ。
『……そのおかげで君は命がさらに縮まったけどね』
「何、大したことではない。それに私は恐らくもう戦闘では役に立たん。ならば少しでも彼らの役に立つ情報をかき集めるべきだろう」
そしてもう一つの理由は単純だ。
それは単に私が我慢ならなかったというだけのこと。
私という殺人鬼の目の前で、これ見よがしに殺人が繰り返されることが我慢ならなかっただけのこと。
私の目の届く範囲で、私の処刑場で、勝手に楽しみを奪われてなるものか。
「う、そ……、うそ………、うそよ…………。こん、ど……こそ、わた、わたし……は、あの、……よ……でか……れ、と……さいかい、するの……よ。しあわ……せに、なる……のよぅ……」
さめざめと泣く女を目の前にして湧き上がるのは不快感。
ふざけるなという思いしかない。
「幸せになる? ふざけるな、ふざけるんじゃない」
思わず声が震え、抑えられない怒りの矛先は地面に伏したままの禍渦へと向かう。その胸倉を掴みあげ、睨みつけた。
「私たち人殺しが人並みの幸せなど得られるなどと思うな。ああ、そうだ人ならば人として得られる当然の幸福を手にすることができるだろう。だが私たちは人ではない。人の姿をしていても、感情を持っていても、個を持っていようとも、自らの願いのために人を殺した人間は最早、人ではないのだ」
これは戒め。禍渦にだけではなく自分に言い聞かせるためのもの。
「私たちは忌まれ、蔑まれ、失意の中で死ぬ。それが世界の正しい在り方だ。そうでなくてはならないのだ。もしそうでなければこの世界は間違いなく狂っている」
罪には罰を。
子どもでも知っているそのルールは誰であろうとも侵せないし、侵してはならない。
「故、貴様はこの先決してスィラージュに会うことはない」
私が心の底からの願いを望めないように。
「求めても、求めても我らの想いは世界に届かない。届くときが来るとすればそれはきっと世界が終るときだ」
「あ……、ああ……、ああああああああああああああああああああッ!!」
モニールの瞳が絶望に染まり、この世のものとは思えない絶叫を上げた後、彼女の身体はその全てが塵に還る。
それで良い。
絶望こそ我らが終着駅。罪なき人間の命を奪い、握り潰し、踏み躙った末に行きつく先は地獄でも生温い。
そうでなければ私は一体何のために――。
「――――ッ」
『リーンハルト!!』
無様にも身体を支えきれずに床に膝をつく。ひんやりとした石で造られた床が自身の身体を襲う熱の高さを実感させる。
『無理をするからだ!! その身体で五回も連続で使うなんて……、死にたいのかい!?』
「そう……だな……」
だが、仕方なかろう。他に殺し方があるとはいえどそれでは余計な苦しみを与えるかもしれない。私は、これまでの犠牲者と区別することなく、私の殺した相手には苦しみを抱くことなく逝ってほしいのだ。
それが私のせいで死に向かう者に対してのせめてもの情けというものだろう。
「しばらく……休めば、動けるように……はなる。だからメフィスト。そんなに心配する――」
「残念だが、休む暇はないぞ。仮面の男よ」
「――ッ!?」
突如、塔に響き渡る声。未だ顔を上げる余裕のない私が見えるのは石の床と、そこに溜まった汗。そして、床に落ちる何者かの影。
心臓が早鐘を打つ。
苦痛からではなく、恐怖から汗が止まらない。
ああ、顔を上げなくともわかる。
この気配はつい先日感じたばかり。感じてそして、その余りの大きさに身動き一つできなくなるというところまで同じだ。
予定よりも随分早い。それにどうして接近されるまで気が付かなかったのか理解の追い付かないところはあるが、あの異常な存在、まるで世界の理から外れたかのようなあの存在がしたことであればおかしいことなど何もない。
おかしいということこそアレの本質。
異常であることが正常である、それを個として確立した唯一の存在。
『……異常……禍渦……』
私の中の悪魔が彼の者の名を告げる。
ああ、成程そうか。そういうことか。
これであの男がわざわざこの地に私を向かわせたことへの合点がいった。
椎那はこうなるよう仕組んだのだ。恐らくは初めに私に見せた異常禍渦の位置からして嘘。そして私が命を消費して禍渦の筋書きを邪魔することも予見していたのだろう。
――あと八回……でしたか? 精々大事に使ってくださいねー。今度は深緋ちゃんを入れて四人でアレを壊しにかかってもらうんですから――
あの言葉は私を心配したものではない。大事に使うのはメフィストという人造端末で、私の命ではない。そして四人とは私の後釜を入れて四人ということ。
つまり、あの男は私にここで死ねと。
同調を解き、異常禍渦に殺されろと、そう言っているのだ。
「く……、くははは……」
『…………リーンハルト?』
馬鹿にするのも大概にせよ、我が邪神。椎那生馬よ。
こんなものでは私は絶望などせん。圧倒的な力の差で押し潰されるなど余りにも軽い。軽すぎる。
この背に負った怨霊たちはこんな死に方では到底納得などすまい。彼らはいまも私にはもっと惨たらしく、救いようのない死がお似合いだと大合唱を上げている。
だから死ねん。
私に相応しい死に場所が見つかるまで、私は鬼で居続けなければならない。
消えかけた命の灯を再び輝かせ、面を上げる。
私の命を狩りに来たであろう安い死神から逃げ延びるために。
花粉、お前は許さない。絶対にだ。どうも、久安です。
あっけないですが禍渦はここで退場です。代わりに変なのが来ましたが、あと三話でキッチリ終わらせますのでご安心くださいまし。
そういえばあと少しで『鷽から出たマコトの世界』が連載一周年を迎えます。特に何かする予定はありませんが。SSでも作ろうかな、やめとこうかなとか思ってます。
よこーくです。
次回は3月10日 7時です。もしかしたら11、12日と連投するかも。まあ、それは兎も角失礼しまーす。




