破滅の言葉
「ああ、何て綺麗な炎なの」
思わず私は感嘆の声を漏らす。あの人もこんな気分だったのかしら。ああして空に、太陽に立ち上る煙を眺めているだけで、あの煙を伝って死んだ人の魂が昇っていくのだと思うと、私の魂も一緒に昇天してしまいそう。
でも、実際はそんなことはない。
私が彼のもとに行くにはあと一つ。あと一人生贄が必要だ。場所も、捧げる人間ももう決まっている。
「ふ、うふふ……」
塔の内部から眼下に広がる町を舐るように眺め、これまでと同じように贄となる一つの建物、この町で唯一の宿に右手を伸ばす。
私が右手に握りしめた黒いモノ。彼が遺した……何て言ったかしら? ああ、そうそうIED、確か……即席爆発装置? が宿と重なるよう視線上に置く。
これまでと同じように。
同じ光景を作りだすために。
人の命を奪うために。
私が彼に会うために。
「一つ摘んでは私のため」
逸る気持ちを抑えて、あの時のことを思い出す。
「二つ摘んでは彼のため」
彼が同じようにこの町を紅蓮に染め上げていたあの時を。
「摘まれた命は狼煙となって、道となって、私と彼を廻り合わせる」
それが、それだけが私の願い。
強く、強く、心が軋んでいくのも無視してただひたすらに願う。
貴方に会いたい。
貴方に逢いたい。
もう一度――貴方と愛し合いたい。
その私の願いは起爆剤となり、またこの退屈な町に火の手を上げる。
視線の先には濛々と舞い上がる黒煙。それは最後の生贄が天に昇る印であり、響く悲鳴は私の悲願が達成されたことを示す勝鬨に他ならない。
「あははははははははは!!」
嬉しくて嬉しくて込み上げてくる笑いを我慢することができないけれど、そんなことは気にしなくて良いの。
だってこれで一番大事な工程は終わったのだから。後はこの左手の銃で『私自身』の心臓を撃ち抜けばそれで――。
「――――――――え?」
黒煙を眺めていた私の目が、いきなり「落ちる」。
言葉通り、真っ逆さまに床の上へと私の上半身が落下する。床に衝突した瞬間に身体に衝撃が奔るが、身体に奔る衝撃など大したものではない。
何が起こったのか理解できない私の精神を襲う衝撃の方が遥かに強い。
いったい何が?
なぜか自由のきかない両足のことは一先ず捨て置き、背後に視線を向けるとそこには。
うっとりするほど綺麗な断面から血を流して床に転がる私の両の足と。
苦しげに立つ髑髏の面を着けた死神の姿が在った。
サルハンの黒い五日間。
かつてそう呼ばれた事件があった。
スィラージュ・アナーン・ダルウィーシュという若い男が起こした連続爆破事件がそれである。被害者は全部で六名。
一件目は年端のいかぬ子どもを。
二件目は老夫婦のうち夫だけを。
三件目はその妻を。
四件目は中年の男を。
五件目は若い女を。
そして六件目はこの町の人間ではない旅人を卓越した技術で爆殺した。自身が作成した爆弾に様々な細工を施し、爆弾という通常多数の人間を巻き込む筈の兵器を使用しながらも被害者以外の人間に決して傷を負わせなかったということが一番の特徴であった。
どうやって自力でそこまで精巧な爆弾を作成したのか、そして動機は何なのか。
事件自体は終幕を迎えたものの、それらは一切明らかになることはなかった。
何故なら六件目の事件の後、警察によってこの塔に追い詰められ、自爆を図ったスィラージュが突入した警官に撃ち殺されてしまったからだ。
故、この事件の真相は誰も知る由はなかった。
――彼の恋人を除いては。
「それが君だろう? 禍渦、いやモニール・マスウード・アサド」
「アナタは……?」
切り離された足のことなどどうでも良いのか彼女は子どものような純粋な瞳で疑問を口にする。いま、それ以外のことなど実際歯牙にもかける価値はないのだろう。
「私はリーンハルト。リーンハルト・デーレンダールだ。君を破滅させる者だよ」
「壊す……? 私を殺すの?」
「そうだ。その方が彼の事件をなぞろうとする君としても本望だろう? 君が愛した彼は自分で胸を撃ち抜いたのではなく、撃ち抜かれたのだから」
目の前に這い蹲る女が行っているのはかつてのサルハンの黒い五日間ではない。スィラージュが起こした事件の二年後に起こった模倣事件こそ、モニールの姿を模したこの禍渦が再現しているモノなのだ。
悪夢の再来。
当時人々はモニールの起こした模倣事件をそう呼んだ。
それはそうだろう。この町に住む人間にとって忌むべき事件を思い起こされるこれは、悪夢以外のなにものでもない。
二度目、しかも同じ手口ということで警察の目も厳しかったにも関わらず彼女はやり遂げた。やり遂げてスィラージュと同じようにここで警察に撃ち殺された。
そして今回は三度目。
模倣の模倣。
だがしかし、下らない三番煎じではない。かつて彼女が起こした模倣事件は微妙にではあるが差異があった。限界まで張りつめられた警察の警戒網を掻い潜らねばならなかったのだからそれも無理のないことだったのだろう。
だからこそ。
だからこそ、だ。
この三度目はスィラージュが起こした事件に限りなく近づけられている。
真に迫る偽。
禍渦の力を借りて、モニールの怨念がそれを為したのか。
それともモニールの強い想いを憑代として、禍渦が為したのか。
私にはそれをうかがい知ることなどできないし、その必要もない。どちらであったとしても壊すことに変わりはないのだから。
「あ、ああ……、ありがとう……。それ、それじゃあ、お願い……」
ずりずりと這いより私に銀色の銃を手渡す禍渦。その小さいながらも装飾の施された銃はよほど大事にされていたのだろう、傷一つなく私の手の中で輝きを放っていた。
「良いだろう。だが最後に一つ教えてはくれまいか? 何故君はスィラージュの起こした事件を模倣したのだ? そこに意味はあったのかね?」
玖尾の調べはまことに詳細なものだった。禍渦の有する特徴を伝えただけで、過去この町で起こった事件を洗い出し、連続性のある、そして爆弾を用いた異常性の高いこの事件を的確に導き出したことも彼女の能力の高さを表している。
しかし、その彼女でも記録されていないことに関しては知りようがない。モニールがどうして恋人と同じ道を進もうと思ったのか、それを知る方法などないのだ。
「――から」
「む?」
「彼に会いたかったから」
ぽつりと、しかし力強く答える。
見ると再生こそしていないものの既に足からの出血は止まっていた。腐っても禍渦ということか、やはり事実に基づかない殺傷方法では破壊にまでは至らない。
再生ができないのはこれがあまりにも小さく、脆弱な禍渦だからだ。普通なら形すら成せない筈だが、この町に漂うモニールの妄執が、この誰も願わない奇跡を引き起こしたのだろう。
「初めはね。彼が、スィラージュがやろうとして、できなかったことをやろうと思ったの」
「それは?」
「……ふふ、彼の目的は秘密。誰にも侵させない私と彼との絆だもの」
「…………」
「ああ、怒らないで。私が事件を起こした理由なら教えてあげるから。そう、初めは彼と同じ目的だったわ。でもね? 私にはその目的よりまた彼に会うことの方が大事だったの。またあの腕で抱きしめられる方が幸せだったのよ」
童女のように目を輝かせながら彼女は語る。
「だから、私は模倣した。彼の死に繋がった行為を。そうして同じ道を辿れば彼と同じ処に逝けると思ったから」
しかしその告白を私は冷めた目で見つめていた。
ああ、何のことはない。
これも私と同様、自らの願いを、個を守る為に人を殺している愚か者に過ぎない。
――であれば、もう聞くこともない。
「一度目は駄目だった。だから今度こそ私は――」
「そうか、ではもう逝くが良い」
唐突に塔の内部に響く乾いた銃音。
小さなその銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐに彼女の背中の肉を食い破り、骨を砕き、最後に心の臓を突き破る。
「――――あは」
至福のときと言わんばかりにモニールの顔は喜悦に歪む。口から多量の血液を吐き出しながら崩れゆく身体とは対照的に表情は崩れない。
破壊する条件を満たしたことで他の例に漏れずモニールは、いや彼女の個を内蔵した禍渦は消滅する。
そしてその様子を見たメフィストはやや感心したように口を開いた。
『へえ、君の言ったとおりだったね』
「ああ、どうやら実験は成功のようだ」
「? じ……、けん?」
何のことだ、と私を仰ぎ見る彼女の顔に初めて恐怖の色が浮かぶ。聞きたくない、しかし聞かなければならないという確信があるからか、彼女は更に問いを続けた。
「な、に……をした……の?」
ふむ……、私としては心安らかに逝かせてやっても良かったのだがな。
だがまあ、貴様がより多くの罰をその身にうけたいというのであれば止めはせん。存分に味わうと良い。
そうして私は言葉を紡ぐ。
彼女にとっての破滅の言葉を。
四月から忙しくなるよ、と上司に宣告されました。…………あ、どうも久安です。
今回はサルハンの禍渦についてのお話。いつもに比べて少し早いですが、正直今章は禍渦はメインではないので。変に作り込んでないです。そもそもモチーフすらないですし。
あくまでメインはリーンさんとメフィストです。
残すところあと四話。気合を入れて頑張ります。
じかいよこくです。
次回は3月8日 7時更新です。ごきげんよーう。




