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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ハートブレイク・ハートブレイク
106/213

波打つ心

 あの女と一緒に移動するリーンハルトの中で私は考えを巡らせる。

 考えているのはあの女、玖尾のことだ。以前ロシアで会ったときからずぅっと続いている不可思議な感情。どうしてもこの女に気を許すことができないという根拠のない嫌悪感。

 何故だろう?

 私が彼女に会ったのは今回を入れてたったの二度。その間話をした訳でも、まして顔を直接突き合せたという訳でもない。にも関わらずどうして私は「玖尾サキ」という魔物をここまで警戒しているのだ?

 私を造った神、もとい椎那を嫌っているからか?

 ――は、笑わせる。

 認めるのは非常に不愉快だが、リーンハルトの言う通り私はそんなタイプではない。造ってくれたことに感謝はしよう、しかしそれだけだ。

 私にとってあの人は絶対ではない。禍渦を壊すという私の使命の枠外においてどうこう言われても気に入らなければ承服などしない。

 それに玖尾に最初に会ったのはまだあの人が椎那だとわかる前。あの時点ではまだ玖尾は神に敵対する意思を見せていなかったのだから、間違いなくそれが理由ではない。

 気に入らない相手というものは確かにいる。

 万人を好み、万人に好かれる者などこの世にいやしない。そんなものは最早魔性の域、人間としての枠を超えている。すべての人間が個を失えば、同じ群に属せば可能かもしれないが、それこそリーンハルトの言う通り、もうそれは人間とはいえないだろう。

 だから、私のこの気持ちは何もおかしくなどない。

 私は、おかしくなんてない。

 偶然、きっとこれは偶然。私が彼女を生理的に受け付けないのは単純に波長が合わなかったから。それ以上でも、それ以下でもない。

 そう結論付けて私は違和感ごとその問題を飲み込む。

 これで良い。これで良いのだ。

 これ以上考えてはいけないと、私の何かが警鐘を鳴らしていたから。

 そうすれば自分が自分でなくなると、声を嗄らして叫んでいたから。

 そしてその鳴り響く警鐘の中に。

 掠れた叫びの中に明らかに私に向けられた嘲笑が一つ。


『――臆病者』


『ッ!? 誰だ!?』

 しかし既に声は消え失せ、残り香さえつかむことができない。

「どうした、メフィスト?」

『リーンハルト…………』

 私の動揺が伝わったのか、彼が私に意識を向けているのがわかる。

 いまの奇怪な現象を彼に伝えるべきか。

 私の胸に新たに芽生えたこのざわめきを告白すべきだろうか。

 ――ああ、そんなこと考えるまでもない。

 私は人の命が散る様を邪魔するわけにはいかない。彼の命が美しく散るための枷となってはいけないのだ。

『いや、何でもない。何でもないさ』

 だから私は嘘を吐く。

 愚かな彼が自分のことを棚に上げ、私を気遣わないように。

 心残りとならないように。

 ――臆病者。

 聞こえるか聞こえないか、そんな程度の呟きだったにも関わらず、誰とも知れないその声は私の脳裏に深く、深く刻まれていた。



 現場に着いたところで私が町往く人々に声をかけられるわけもなく、玖尾に何が起こったのか探りを入れてもらう運びとなった。上のジャージを腰に巻いた姿というのもこの辺りでは中々珍しい格好だろうが私よりはマシだ。。

「しかし、まあ――大体何が起こったのかは予想がつくが」

 そう、あの爆音と木端微塵になったこの車を見れば、その手のことに詳しくなくとも大方の人間は何があったのか理解できるだろう。

「爆弾、やと」

 聞き込みを終わらせた玖尾が音なく背後に現れて報告する。そして不愉快極まりないといった表情で続けた。

「死んだんはオッサン一人。名前とか別に構へんやろ? ま、聞かれても覚えてへんけど。んでそのオッサンがあの家の前に車つけて、用事済ませて、車に乗って、エンジン回したらボン!! ちゅうことらしいで」

「ふむ……、男が離れた後に車に近づいた人間は?」

「爆発した車が停めてあった向かいの店のオバチャンは誰も近づいてへんて。元々ここはそんな人通りの多い通りやないから誰かが何かしとったら絶対覚えとる言うとったわ」

「そうか。しかし今日、ここで細工されたとは限らんだろう? 男の自宅でも勤務先でも場所なら腐るほどある」

「ウチもそう思ってなァ。ペーペーっぽいポリに話を聞かせてもろたんやけど……」

「……手荒なことはしてないだろうな?」

「ハッハー」

「おい」

「冗談やて。ちょーっと路地裏に引き摺り込んで、ちょーっと首に力入れて、優しーくお話ししただけやから」

『明らかに脅したね、コイツ……』

 ……その警官には悪いことをした。願わくは今回の経験をトラウマにすることなく、この町の平和を守っていって欲しいものだ。

「まったく……それで? それだけのことをしでかした甲斐はあったのかね?」

「当たり前○のクラッカー、や」

「何だと?」

「あっれー、知らん? 俺がこんなに強いのも~、ちゅうの。ああ自分外人さんやしなあ。うん、きっとそうやわ」

 私が何か言う前に立て続けにそう言うと得たという情報を開示する。

「ああ、ほんでな? あの美味しそうに焼けた車からは何も見つからへんかったみたいや」

「……どういうことだ?」

「言葉通り、何も見つからへんかった。あの車には爆発する時間を指定できるような面倒な仕掛けも、そもそも爆発物自体そこに在ったっちゅう痕跡もなかった。ポリの連中全員首を傾げとったらしいで」

「…………」

 再び眼下の光景に目をやる。音の割には爆発の規模が小さいというのが最初に抱いた感想。そしていまの玖尾の話。

 彼女には面倒な仕事をお願いしようと思っていたのだが、どうやらすんなりと事が済みそうだ。彼女の方は、だが。

「玖尾、それでは交換条件だ」

「あいよ、一応聞いとくけど、最初洗いざらいっちゅうことやったけど、こうなった以上このことだけでええんやろ?」

「ああ、だがその分詳細に、漏れのないように頼む」

 私の命を無駄に消費する事態だけは避けたい。必要最小限で、この町に巣食う禍渦を仕留める。そのために情報は多すぎるということはないのだから。

「ハッハー、任せとき。ウチが強くて可愛いだけのお狐様やないところ見したるわ。自分はウチの宿でゆっくりしといてんかー」

 そう言い終わる前に玖尾はその身を路地裏に落としていった。

 日の光の届かない、暗闇の中へ。


 徐庶カッケェ!! どうも、久安です。


 今回は前半メフィストの心境の描写。後半が本筋となっています。地味回です。(おい)ただ、これまであまり語られなかった彼の心境が少し明らかになってますのでその辺りをお楽しみ頂けたら、と思います。

 (蛇足かもしれませんが命の散り様云々は『ルサルカ‐反転のセルツェ』で少し触れてます)


 次回予告です。

 次回は3月4日 7時更新予定です。では~。

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