枯尾花
「ほいっと、到着ー」
あの騒ぎの中堂々と玄関から宿に入ることを躊躇った私を気遣う玖尾の厚意に甘え、私たちは窓から部屋へと入り込んだ。悶着を起こした場所から大分離れてはいたが、それでもこの小さな町であれば直ぐに話は伝わる。現に宿の一階ではその話で盛り上がっているらしく、中々騒がしい。
ちなみに部屋の内装は良く言えばシンプル、悪く言えば無骨。装飾などなく、ベージュの壁の傍にベッドや椅子など最低限のものだけが備え付けられている程度だ。
「適当なとこに座っといてー。あー、水しかないんやけど構へん?」
「……頂こう」
普段なら丁重にお断りするところだが、場所が場所、また巻き込まれた事が事だったので放り投げられたペットボトルを受け取り、一気に呷る。
「ハッハー、良い飲みっぷりや。いつか一緒に酒でもどうや?」
「――ふぅ……。すまんが私は下戸だ。昔一口飲んだだけで倒れたことがある」
「そりゃ、残念。――ッかー、美味いわー!! ただの水でもたまらんなぁ!!」
ベッドの上で胡坐をかき、彼女は身を震わせる。それについては同意見だが、そろそろ切り出させてもらおう。
「玖尾」
「わかっとる、わかっとる。自分が何聞きたいんかはちゃんとわかっとるよ。ただ何から話したらええもんかちょっと迷ってなぁ」
「簡潔にで構わん。最低限、君とあの男の関係、そしてあの男のことを教えてくれればいまはそれで良い」
「さよか。んー、ウチとアイツはなんちゅうかな……、ずぅっと昔、ウチがまだピチピチやった頃、同じトコロで働いてた同僚っちゅうんが一番しっくりくる表現やろか。まあ、そない言うても部署は違ったし、そこまで親しかったわけやないんやけどな」
「働いていた……?」
「いまで言うと軍隊みたいなもん。んでウチはそこの汚れ仕事専門の部署、椎那は研究開発の部署におったんよ。ほんで投薬やら試作品のデータ集めやらでそれなりにやりとりがあったっちゅうこっちゃ」
「ふむ……、では君の捜しているという阿嘉という男も、かね?」
「察しがええな。そ、阿嘉もウチと同じ部署や。ウチと阿嘉の他にメンバーはあと六人、全部で八人の少数精鋭部隊。正直褒められたことはしてきてへん。誰も彼も、返り血で真っ赤っ赤」
その過去を悔やむように、何処か自嘲するように薄笑いを浮かべる。だが、そこに何の感情も浮かばない。
同情など――出来よう筈もない。
「しかしそれは君たちがその手でしたことだろう? 数ある選択肢からそれを選び取ったのだろう? ならばそれに後悔などするな」
人を、魔物を殺した事実をなかったことになどするな。
「私にも、君にもそんな権利などない」
そんなことをせずともいずれ罰はやってくる。私たちにできるのはそれをただ待つことだけなのだから。
「――ハッ、せやな……。そういうことにしとくわ。――ってスマン、なーんや嫌な空気になってもうたな。ウチとアイツの関係はそんなもんや。ほんで後はなんやったっけ? 椎那のことを知りたいんやったけか?」
その言葉に首肯すると、彼女は遠い昔を思い出すように目を閉じる。
「あんのボケの名前は椎那生馬。んで、取り敢えず一言言えることがあるとすればアイツは紛れもなく天才やったちゅうことやな。研究課っちゅうのはその中でも色々専門に分かれてたんやけど、それを全部統括しとったし。性格の方は糞意地の悪い下種やったけど」
「ほう」
「いつも豪語しとったわ。ワタシにできないことはないってな。ホンマ生け好かんヤツやったで? ああ、アカン思い出したらまた腹立ってきた」
『リーンハルト、この女にまた吹き飛ばさないように言ってくれるかい?』
うむ、私も心配になってきた。
「おっと、また話が逸れてもうたな。でもまあ他に特別変わったところはないし、後は大方自分が知ってんのと同じ情報やと思うで?」
「む? 待て、玖尾よ。まだ重要な情報が残っているだろうが。奴のスキルは一体何なのだ?」
あの男、椎那の魔物としてのスキル。それを知ることができればこれまでの摩訶不思議な行いを白日の下に晒せるかもしれないのだ。更に奴に対抗する手段を講じることができるかもしれない。
「んん? 何言うてんねん、自分?」
しかし、私の期待とは裏腹に彼女の口から出た言葉は信じられないもの。
「アイツは、椎那はれっきとした人間やで?」
「なに……?」
「いや、だから人間やて言う――」
「ま、待て。あの男が人間?」
椎那はどう見ても二十代半ばから後半程度。だが、先の玖尾の話ぶりからすると少なくとも十年、いや二十年以上前の話をしているようにしか思えない。しかも魔物の寿命は個体差はあれど人間より遥かに長い筈。
だとすれば椎那のあの若々しさは異常だ。
「……つかぬ事を聞くが君が椎那と働いていたのは何年前の話だ?」
「ええっと、五十、いや七十年くらいやったか……。取り敢えずそんくらい」
「………………」
頭が痛い。玖尾の言っていることは確かに私の脳に届いているが、理解が追い付かない。どうしてその事実を彼女が受け入れられるのかがわからない。
「……玖尾、人間は君たち魔物のようにいつまでも若々しくはいられないのだ。奴が人間であるならばおかしいとは思わんか?」
人である以上、時間の流れには逆らえない。
それは、万人に当てはまる厳然たるルールだ。
「いや、全然」
しかし、彼女はそのルールを否定する。そんなルールなど確固たるものではないとでも言うように吐き捨てる。
「普通の人間ならそうやろうな。自分の言う通りや。なんも間違ってへん。人間がそんな長い間若さを保つなんて有り得へん」
「ならば――」
「でもな、そんな馬鹿げたことでも椎那なら有り得る。さっきも言うたやろ? アイツに出来ひんことはない。認めんのは癪やけどな、あの人間はそう思わせるほどの才を持っとるんや」
「…………そうか」
昔の奴の姿を見ている者が、ましてや相当にあの男を嫌っている筈の玖尾がここまで言うということは、それは真実。
過大評価でも、過小評価でもない。
ただの純然たる真実なのだ。
「だからリーンハルト、自分も気ィ付けえ。椎那は間違いなく何か企んどる。使われてる人間はアイツの操り人形やないみたいやけど、自分らの中におるモンは別や。いつ何をされるかわからへんで。椎那が造ったんやろ? その子ら」
『このッ……、好き勝手に何をッ!!』
「メフィスト、静かにしろ。頭に響く」
思わず激昂するメフィストを抑え、玖尾に目を向ける。
「玖尾、君の言い分にも一理ある。君がこれまで椎那を見てきた結果、その結論に至ったのだとしたら、あの雲のように捉え難い男が何か企んでいることは確かなのだろう。そして私たちが利用されているということも、だ」
私の中で彼が震える。叱られている子どものように。見捨てられるのではないかというように。
「しかし、それでも私にはメフィストが、彼ら人造端末が対となる私たちを裏切るとは思えんのだ」
「ウチかてイアちゃんみたいなええ子がそんなことするなんて思ってへん。自分、勘違いしてるで。裏切るんやない。裏切ることを強制させられるんや」
「はは、それこそ有り得ないさ。私の中にいるこの頑固な悪魔がそう簡単に言うことを聞くものか」
『…………ふん』
「……まあ、ええわ。ウチは忠告した。そっから先どうするかは自分が勝手にすることや。もう知らん」
呆れたような顔をする玖尾。彼女からすれば信じられない選択なのだろうがこちらにも諸々の事情がある。意見は考慮はするが介入は無用だ。
「ああ、君の誠意は確かに受け取った。感謝はしている」
「さ・よ・か。ほんならもうウチがこれ以上言うことはないし、とっとと見返りの話してんか」
神、いや椎那に関する情報の提供はあの男を呼び出すために提示した交換条件とは無関係。いままでの話は全て玖尾が厚意で話してくれたに過ぎない。
「わかった。ではまず――」
しかし、その本題に入る前に私の言葉は遮られる。人ではなく、物によって。
先ほど玖尾が引き起こした金切音とは対照的な低く、重い爆音。
そして湧き上がる悲鳴。
「……玖尾」
「しゃーないな。無視はできひんし」
私の頼みは一先ず後だ。いまは兎に角現場に急ぐとしよう。禍渦によって引き起こされた不幸のもとに。
さようなら二月、あなたのことは忘れない。どうも、久安です。
ゆっくりと、少しずつ物語が進行するタイプなのでじれったいと思われたらすいません。久安はそういうヤツなのです。
さて、玖尾さんの過去バナ。いずれ書くつもりですがタイミングが難しい。いつ明らかにすべきか。毛根を心配しながら日々考えています。
では次回予告です。
次回は3月2日 7時更新予定です。もうすぐ玖尾さんは退場です。
くお「――ッ!?」




