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鷽から出たマコトの世界  作者: 久安 元
ハートブレイク・ハートブレイク
102/213

私が私になる為に

 ぜいぜいと息を吐くリーンハルトの中で私は先ほどの問答について考える。

 この皮膚に覆われた肉も、骨も、神経も、血の一滴も。

 そして自分の役割さえも私を造りだした神に与えられたもの。そこに私の意思は存在せず、在るのは人造端末という一つの道具を正常に動かすための擬似人格プログラム。

 故に私の中に「私」などというモノはない。

 そう――思っていた。

 しかし、この男は。

 愚かなる私の契約主はそうではないと言うのだ。

 いまここでこうして空を見て、砂漠を見て、草木を見て。そこから何かを感じ、自分の意思で口を開き言葉を交わす私は一個の道具ではなく人間だと、そんな不思議なことを言うのだ。

 ――わからない。

 その言葉から私が感じたのは、悲しみでも、憤りでもなく、ただの戸惑い。

 人間ならば、自分を肯定されればきっと別の感情を抱くのだろう。でも、私にはわからない。頬を静かに流れる涙がどんな感情からきているのかがわからない。

 ああ、くそ。

 持て余すこの感情が煩わしくてしょうがない。

 こんな感情を他の人造端末も感じているのだろうか? この感情を正しく理解している仲間はいるのだろうか?

 イアは?

 満月は?

 パーントゥは?

 彼女らの顔を思い浮かべて首を振る。

 私と彼女たちとでは立場が違う。パートナーが違う。

 正適合者と不適合者。

 生涯を通して関わる人間と、近い未来に別れなければならない人間。

 ずっと一緒にいることが決まっている彼女たちはきっと積極的にコミュニケーションを図り、それなりの信頼関係を築いているはず。だからこの感情の出所を、その意味を理解しているんだろう。

 私とは違って道具ではなく、人間になれたのだろう。

 自業自得だとはわかっているけれど。

 すぐに別れると、自ら壁を作ってきたツケだということは理解しているけれど。

 リーンハルトが発し、生まれたこの感情を彼が生きている間に理解することができるだろうか?

 私は彼の言う通り、人間になれるのだろうか?

『――――ふん……』

 何を馬鹿なことを考えているんだ、私は。

 別にこの男が生きている間に答えを得る必要などない。もし本当に私に個を欲する渇望が生まれていたとしても、この感情の出所が何であるか理解できたとしても、感謝すべきはリーンハルトにではない。獲得した自分自身を褒めてやれば良い。

 そう納得する。

 そう言い聞かせて納得させる。

 涙を拭って前を向くと、どうやら目的の町が見えてきたらしい。リーンハルトの感情の揺らぎが僅かながら伝わってきた。

 ――今回の目標は禍渦であり、汚染者ではない。

 御社での神の言葉が脳裏によみがえる。あの言葉はわざとか、それとも偶然か。あの人の性格を考えるとほぼ間違いなく前者だが。

 そうだとしたら私の生みの親はなんと底意地の悪いこと。

 このリーンハルトが。

 殺人鬼であり続けると誓ったこの男が。

 呆れるほどに愚直なこの男が。

 禍渦を消すことだけで済ますものか。

 彼は見逃さない。殺人鬼としてあり続けるために必要な贄を決して見逃さない。

 仕事は果たすだろう。冷静に、迅速にこなすだろう。

 そしてきっと。

 最後まで自分を許そうとはしないだろう。

 それだけが、彼の中に残った最後の「何か」だから。

 彼を、彼たらしめる最後の個だから。

 しかし人の行動はすべて自己の欲求を満たすためのものなどと言っておきながら、その個は彼の心を満たしてなどいない。彼の渇いた心に一滴たりとも雫を落とさない。

 だから、彼の定義でいうのなら人間として必要なものが欠落しているこの私の愚かな契約者は人間ではなく。

 ただの――血に飢えた鬼なのだろう。

 胸に過ぎる感情を押し殺して頭を切り替える。いま自分が抱いたその感情から必死に目を逸らしていることに気付かないまま。



「うふ、うふふふふ……」

 納屋だろうか、それとも地下室か。薄暗いそこで蠢く影。それは確かに人間の形をしており、何やら手にしたものを大事そうに扱う様も非常に人間染みている。

 だが、違う。

 これと人間という生き物とでは決定的に何かが違う。では、いったい何が?

 身体を構成するパーツ?

 ――否。その肉体を構成する神経の、筋の一本に至るまで、何一つ人間と違わない。

 それでは心?

 ――それも否。これの心が抱く感情に欠けたるものなどない。喜びも、悲しみも、怒りも、嘆きも。人間らしい感情はすべて持ち合わせている。

 ならば何だ? 何が違う?

 強いてあげるとするならばこの生き物が肉でもなく、水でもなく、妄執を糧として動いているということ。

 たった一つに執着して行動しているということだ。

 だが、それも強烈な個として見做せば人間を構成する要素として言えなくもなく。結局、違うと断じることはできても、何が違うのかを明らかにするまでには至らない。

「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ……、うふふふふふ……」

 楽しげに数を数えるその様はまるで幼子のように無邪気なものであったが、おかしなことにその影は子供のそれではない。

 部屋の造りが粗かったからか、僅かに差し込む日の光に影の主がその風貌を露わにする。それは頭からすっぽりとヴェールを被り、長いスカートでその身を包む。戒律に則り、肌の殆どを隠した女性の姿はこの辺りでは特におかしなものではない。

 だが、彼女がその手に掴む黒い塊だけは明らかに異質。

 そしてそれを我が子のように愛おしそうに恍惚とした目で見つめる彼女も、また異様。

「ああ……、お願いね? 私を彼のもとに連れて行ってね?」

 口元を歪ませ、何とも凄惨に嗤う。

「絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に!!」

 身体は紛れもなく人間。

 そこに宿る心もまた人間らしい。

 そして個といえるほどの人間としては持ち得ない妄執。

 リーンハルトの定義でいえば人間として必要なものをすべて兼ね備えたこの生き物もまた人間。ただ人間としての範疇を逸脱したものが人間たりえる条件を十分に満たしたとき、未知としてしか我々にそれを表現する術はなく――。

 故に人間は同じ姿をした、しかし自分の考えの及ばない他者を恐れ、畏れるのだ。

 それはメフィストとて例外ではなく、彼もまたリーンハルトに対して言いようのない不安を抱えていた。


 明日は休みー、きっと昼まで寝ているであろう。どうも、久安です。


 思えばメフィストがメインの回は初めてではなかろうか? 33話から登場しているのにこの扱い。しかもこの子、基本いつもリーンさんと同調してるので会話にも参加しませんしね。出番が一番少ないんじゃないかな☆ ――これが人間のやることかよォ!!


 次回は久しぶりにご登場願う方がいますので、口調やら性格やら気をつかってます。いまのところミスはない……筈。


 というところで次回予告です。

 次回更新は2月24日 7時を予定してます。ほいじゃあ!!

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