私が私である為に
吹き荒ぶ砂塵。
枯れ果てた草木はしがみつくように乾いた大地に根付く。
刺し貫く日の光は私の身に着けている衣服のことも相まって息は荒くなり、喉がひりつく。滝のように流れる汗を拭いながら、また一歩、また一歩と埃っぽい空気をかき分けながら目的地へと向かう様は現地の住民、いや観光客から見ても異様であっただろう。
だが、幸いなことに私が向かうよう指示された町は観光地から遥か遠い場所に位置していたということもあり、これまで誰と遭遇することもなかった。
『……まったく、君が正適合者ならこんな苦しい思いをすることなく一っ飛びだったのに……』
「……中に居ても暑いものなのか?」
『不本意だけど一応こうして繋がってるわけだからね。多少なりは』
「多少、というのであれば少しは我慢したらどうだ。景色でも見てその口を閉じていろ」
『そうしたいのは山々なんだけどね。こうも砂漠と岩ばっかりじゃ飽きるよ、流石に』
確かにここヨルダンは砂漠地帯が多い。イスラエルとの国境付近や首都アンマンならばまた話は違うのだろうが、いまはシリア砂漠を横断中につき目新しい物は皆無だ。
延々と続く黄金の絨毯の上を機械のように歩行することしかできない。
「ならば空でも見ていれば良いだろう、馬鹿者め」
『ああ、それもそうだね。君にしては良い意見じゃないか、リーンハルト』
てっきりまた罵詈雑言を浴びせられると思っていたのだが、意外にもメフィストは私の言葉に従う。
『空は良いねえ。いつ見上げても同じものが存在しない。こうして話している間にも、雲の形は変わり、色の具合も変わっていく。まるで人間みたいに。ねえ、君もそう思わないかい?』
「……ふん、今日は随分と饒舌だな。どういう風の吹き回しだ?」
『そんなこと君には関係ないだろう? それよりも意見を聞かせて欲しいんだよ、私は』
やれやれ……、黙って空を眺めていれば良いものを……。どうして今日に限ってこんなにも話をしたがるのか。本当に私の契約したこの悪魔は御し難い。
「私にしてみればその問いは馬鹿馬鹿しい、その一言に尽きる」
『おや、どうしてだい?』
「貴様の言うとおり、空は人と同じく移ろい変わる。だが、空はどんな姿になろうとも消えることはない。無限に変わり続ける空と、死に向かって変わり続ける私たち人間とでは似ても似つかんよ」
吐き捨てるようにそう言うと私は更に言葉を続けた。
「そも私は人間というものは何かに似ていては駄目だと考えている」
『? それはどういうことかな?』
「人とは自己を持って然るべき存在だ。自分を自分たらしめている「何か」を常に、そして無意識に心の何処かで追い求めている」
何かを好きであったり、何かに興味を持ったり。
殺人嗜好を持っていたり、嘘嫌いであったり。
その「何か」は人によって様々だ。
「完全なる個であろうと、唯一の存在であろうとしている人間が他の何かに似ていては、それはもう個でも唯一でも何でもないだろう? 私たちは分類されることで個を得るが、それと同時に群に貶められる矛盾した存在なのだよ。新たに獲得した個もいずれは群に埋もれるのだからな。
だが、それでもだ。それでも人は個を渇望する」
空気を欲するように。
光を欲するように。
群という土砂に埋もれて窒息するまいと必死にもがいている。
「もしかすると人の行動すべては「何か」を得ようとする自己の欲求を満たすためのものかもしれんぞ?」
たとえ一見他人のためを思っての行動に見えてもそれはそうすることで「何か」を確立しようとしているに過ぎないのだ。穿った見方だが、間違ってはいまい。
純粋に他人のためだけを想って動く人間などいない、いる筈がない。
もしそんな人間がいるとしたらそれは最早人間ではない。自己を想い、追い求める人間という生き物が他者に心底恋い焦がれる筈がないのだ。
結論として人間は自分の望みを叶えるため、或いは欠損を補うためでしか他者と関われない。私がメフィストや神といった通常相容れない相手と関わるのもきっとそのためなのだろう。
『ふうん……、そういうものなのかな。そういった機微を理解できない私は所詮人間の紛い物なんだろうね』
私の意見を聞いたメフィストは淡々と語る。
『だってそうだろう? 私のこの身体を造ったのは神であり、その目的を与えたのも彼だ。禍渦を壊さなくてはならないという気持ちだってそう造られたからに過ぎないよ。君に言わせれば私には人として追い求める「何か」を探そうという無意識な渇望が欠落しているんだろうさ』
「……かもしれんな。あの男に「人らしさ」などという道具に不必要なものを取り付けるような趣味があるようには思えん」
『だろう?』
メフィストの言うとおり、斯く在れと望まれたのであれば、彼の身体も、力も、性格さえもあの男の借り物であり、自分などというものは存在しない。
しかし。
しかしだ。
「それは貴様がこの世界に産み落とされるまでの話。確かに貴様は望まれるがままに造られたが、それはあの小汚いカプセルに入っていた頃の話だ。いくらあの小賢しい男でもその後のことまでは操作できまいよ。親が思う通りに子を育てることができぬようにな。」
『………………』
「故、いま貴様を形作っているその感性は紛れもなく貴様が獲得したものだ。あの男から与えられたものではなく、貴様自身が、だ。……というかだな、メフィストよ。そもそもそうして己の在り方を気にしている時点で後天的にしろ貴様は私たちと同じく個という光に飢えている。であれば必然、貴様も私たちと同じ人間だろうが。
……まったくそんな下らんことを言っている暇があるのならもっと建設的なことを考えろ、この大馬鹿者の悪魔め」
これは本心からの言葉。
だからオブラートに包むことなく、彼に伝えた。
貴様のような、口汚い性悪がチマチマと悩むようなことではない。悪魔なら悪魔らしく、傲岸不遜に、声高らかに自らの存在を叫べば良いのだ。
『……建設的なこと? それはたとえば君の死に様とかかい?』
「…………」
『これまでたくさん命が消える様を見てきたけれど。そのどれもこれもが美しかったけれど、君の命が消える様はどうだろうね? 何を想ってその命を輝かせるのか、じっくりと考えさせてもらうよ』
「……好きにしろ」
どちらにせよ、これ以上私を無駄話に関わらせないのなら何をしようと構わない。そうして私は次第にその姿を現した目的地に視線を向けるのだった。
舞い上がる砂に紛れて見え隠れするその町は禍渦がいるためかこの焼けつくような日差しの中でも何処か陰気な雰囲気を醸し出しており、交通の不便さという理由とは別の理由で人を寄り付かせない。
あそこに壊すべきモノがある。
あそこに殺すべきモノがいる。
「自然と」浮かぶ笑みを隠すことなく。
そして足取りは先ほどよりも軽く。
私は禍渦の巣食う町、サルハンへと歩を進める。
この私の中に最後に残ったただ一つの「何か」を守るために。
あっという間に水曜日!! どうも、久安です。
こっから先はほとんどリーン・メフィスト組が主です。主人公? 寝てろ!!
若干懐かしい方も登場予定なのでまあ退屈はしないかなと思われます。退屈したら彼女を恨んでください。
それでは次回予告です。
次回更新は2月22日 7時を予定しています。そーれーでーはー……。




