白鷽と嘘発見器の今日この頃
誰もが眠りに就いている筈の深夜二時頃。そんな時間に一人の怪しげな黒ずくめの男が山中を彷徨っていた。その男の背中には青白い光を発する六本のコードが、そして両腕には別の二本のコードが絡みついている。
というか彷徨っているのは、俺、天原頼人なのだが。
「全然見つからねえな……」
真夜中にガサガサと獣よろしく草木を掻き分けて山の中を行進する様は一般人の目から見れば、異様に映るかもしれないが、俺にはそうしなければならない理由がある。
この世界には寿命を迎える前に人間を死に追いやる禍渦と呼ばれるモノが存在する。
これは俺が二か月前の奇妙な体験を通して知った世界の秘密。
そしてその禍渦を破壊するのは神様(と呼ばれる胡散臭い白衣の男)の仕事なのだが、近年彼一人では手に追いきれない数の禍渦が現れるようになったそうだ。
そこで神様に協力を要請された俺は二カ月前から禍渦を破壊するというアルバイトを一人の白髪の少女とともに始めたのだが、なにぶん俺も現役の高校生のため平日の昼間は学校に通わなければならない。また遠慮なく課題を出してくる教師陣の存在もあり、休日以外はこうして深夜にしか活動できていないのである。
『う~ん、この辺にある筈なんだけどなあ』
そう呟くのはイアだ。彼女はさっき紹介したように俺のアルバイトの相棒である。イアは普通の人間ではなく神様が創った禍渦を破壊するための人造人間で、俺の身体の中に入り同調することで圧倒的な身体能力と、頭の中でイメージした物体(俺とイア、両者の既知の物に限るが)を現実に具現化する力を俺に与えてくれる。
つまり、これまで三つの禍渦を壊せたのもイアのおかげといえるだろう。俺も他人の嘘がわかるという人間離れした力を持っているが特に役に立った覚えはない。
「イアがそう言うなら間違いはないんだろうけど…………お?」
無駄口を叩いている間にようやく俺は目的の物を見つけたようだ。二メートル程離れたところに生えている大木に明らかに異常なものが刺さっている。
「イア、あれか?」
『え、うん、あれあれ!! 良かった~、やっと見つかったよ~!!』
イアに確認すると幾分はしゃいだ声が返ってきた。やはりあれで間違いようだ。
大木に刺さっていたのは一本の苦無。それがただの苦無ではないことが一目でわかったのは俺がイアと同調していることとは無関係だ。
というのも……。
『うわ、この木……、完全に死んじゃってるね』
イアの言うとおり苦無が刺さった大木は、周りの木々が青々と生い茂っている中でただ一つ完全に枯死していた。土地の有する伝承を依り代に実体化する禍渦だが、この大木の有り様を見る限り、どうやら碌なものではないようだ。
「ああ、それにこの木の側の地面も腐ってきてる……、さっさと壊した方が良さそうだ。イア、核の位置はわかるか?」
核というのは禍渦の心臓部分にあたる。これを破壊しない限り禍渦を消滅させることはできない。
『ん~、ちょっと待ってね。…………はい、わかったよ。苦無の柄の部分』
ざっくりとした言い方だと思うかもしれないが、イアと同調している間はある程度感覚が共有されるので、十分位置は俺にも伝わった。
「あそこか……」
目で核の位置を確認しながら右手にグロック19を出現させる。腕のコードの淡い光に照らされ、俺の手の中の黒い獣は鈍い光を放っていた。
その照準をイアの指示した場所へとゆっくり合わせる。
俺が指を引くのと同じタイミングで闇夜にその鋭い鳴き声が響き渡った。
「さ~て、と。禍渦も壊せたことだし、さっさと帰るとするか」
すぐに帰れば、いつもの起床時間まで数時間の余裕がある。流石に寝ないで学校に行くのは肉体的にも精神的にも辛い。
「ふぁ……、イア、『扉』はどっちだったっけ?」
『ここから北東に一キロ。走って一分未満ってとこかな』
「ん、じゃあ行こう」
そう言ってイアの示した方向目指して一直線に走る。
文字通り一直線に。
邪魔な木や岩は軽く跳び超え。
速度を緩めることなく走る。
その甲斐あってかイアの提示した時間より十秒ほど早く『扉』へと辿り着いた。
「しっかし……、何度見てもおかしな光景だと思うぜ……」
『そう? 私はもうそんなに気にならないけどなあ。初めて見たときは確かにアレだったけど』
いや、あれには慣れねえって。
俺の目の前には一個の巨石。それ自体は別に問題ない。
ここはうっそうと木々が生い茂る森の中だ。これだけ人の手が加えられてない場所なのだから見上げるほど大きな岩があっても何も不思議ではない。
そう不思議ではないのだ。
ただ一点、その巨石に一枚の白い扉がくっついていること以外は。
「……中に誰か住んでそうだよな、これ」
『あはは、住み心地はかなり悪そうだけどね』
「岩石ハウス……。実際にありそうで怖いな」
イアと無駄話をしながら、巨石に貼りつけられた扉に近づきドアノブを掴む。そうしてそのまま、白い扉を開いた。
僅かに開いた扉から漏れる眩い光。それは俺が扉を開けば開く程、その光は増していく。まるで何台ものスポットライトを一斉に一つ所に集中させたかのような殺人的な光に俺は堪らず両目を閉じる。
何度体験してもこの光にはなれないな。
俺はそう心の中で独りごちる。
そしてその言葉を実際に口にする間もなく俺の身体は光に飲み込まれていく。
イアと同調したことで俺が身に纏う黒いコートも。
背中に生えた八本の青白い光を放つコードも。
あっという間に光にその色を奪われていく。
黒は白に。
青も白に。
全てを白に。
そうして俺の全てを飲み込んだ光が静まる頃には、扉の前から俺の姿は消えていた。
後に残るのは見上げるほどの巨石と。
それに付属した白い扉。
そして空に浮かぶ金色に輝く月が地表に届ける柔らかな光だけであった。