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第61回戦 風邪っぴき少女


「今日の欠席は舞ひとりなー」


朝の出席確認時、翔が抑揚のない声で言った。





◆第62話 風邪ひいたら誰かにうつして治せ






「なぁ青海、今日の放課後お前ひま?」


今日一日の授業が終わり、クラスの皆が帰り支度をしていたとき、鈴が話しかけてきた。


ひま?って、お前俺が部活入ってること知ってるだろうが。


だけど俺はあえてすぐに返事はせず、質問に質問で返した。


「……なんで?」


と。それに鈴は、俺の机に座り身振り手振りで答える。


「ほら、舞が風邪ひいただろ?だから見舞い行こうと思ってさ」


「一人で行けばいいだろ。それから、俺の机に乗るな」


「いいじゃん。舞が風邪なんてめずらしいから心配だし」


「俺は心配じゃねぇ」


っていうか、こいつ人の話聞いてないな。俺は乗るなって言ったのに、更に身を乗り出しやがった。


鈴はしばらく『えー』とか『むー』とか意味不明な声を漏らしていたが、机からおりて


「じゃあいいや。俺ひとりで行こう」


と言った。


……ひとりで?鈴が?風邪ひいたあの女の家に?


………。


「幸希、俺今日部活休むから」


俺は幸希の返事は聞かずに、きょとんとした表情の鈴を連れて教室を出た。



「って、ちょっと青海!理由もなしに休んじゃ駄目だって!」


「青海、幸希がなんか言ってるぞ」


「無視しとけ」


教室から出た後も幸希の声が聞こえたけど、俺は気にしないことにした。だって幸希だし。





――――――――――


鈴に案内され着いた舞の家は、住宅街にあるごく普通のものだった。


迷うことなく此処に来たってことは、鈴は頻繁に訪れているのだろうか。


(……別に、どうでもいい)


鈴が門の横にあるチャイムを押そうと手を伸ばす。その時


「うちに何か用ですか?」


丁寧な言葉使いに似合わないボーイソプラノが。振り向くと、そこにはランドセルを背負った小学生が立っていた。


星宵学院の制服を着てるから、初等部の子だろう。心なしか、誰かに似てる気がする。


その少年に鈴も気付いたのか、『あ』と声を漏らした。続くように、小学生も『あ』とこぼす。


「よぉ、瑠璃」


「こんにちは、鈴くん。姉さんに用ですか?」


………今、コイツから有り得ない単語が聞こえた。『姉さん』?


いやいや、違うよな。アイツのことなわけがない。この小学生はこの家の子供じゃないんだきっと。


しかしそんな俺の考えは、少年の行動によって木っ瑞微塵に砕かれた。


「じゃあ中へどうぞ。と言っても、姉さん寝てると思いますけど」


そう言って、少年は俺達を招くように門を押し開ける。


……マジかよ。


これが、あのバカ女の弟?どんな遺伝子だ。中身が違いすぎるじゃねぇか。



「えっと、そちらは……」


玄関に入り、靴を脱いでるときに舞の弟(やっぱり信じられない)が俺を見て遠慮がちに首を傾げる。


「……高梨青海、舞のクラスメイトだ。よろしくな。君の名前は?」


笑顔を張り付けて言えば、隣で鈴が『だれ?』とか言ったけど、無視だ無視。他人には笑顔みせておけば、損はしないんだから。


少年は一瞬だけ怪訝な表情をしたが、すぐにニコリと人なつっこい笑みを見せた。


「僕は浅野瑠璃、初等部6年生です。いつも姉がお世話になってます」


とっても。出かけた言葉を飲み込む。


それにしても、小学生とは思えない態度だ。姉より数倍いい。


(でも、)


さっきの表情はやけに食えなかった。それに舞なんかよりずっと礼儀正しいのに、なんだか気に入らない。


(同族嫌悪……か?)


この姉弟、顔は似てるけど、かなり性格が違うようだな。



舞の部屋に案内してくれるのだろう、階段をのぼる俺達。


「以前掃除したので、まだ綺麗なはずです」


「舞は相変わらず自分の部屋掃除しねぇのか。瑠璃も大変だなー。わざわざ姉の部屋掃除するとか、考えられねぇ」


「もう慣れましたよ。それに姉さんの部屋、放っておくとゴミ屋敷になるんです」


苦笑しながらそう言い、瑠璃という少年は二階の廊下の突き当たりの部屋をノックした。


その扉には、【MAI】というプレートがかかっている。似合わないことに、ピンクだ。


「姉さん、友達来たよ。開けていい?」


中からは、肯定とも否定ともとれない声が返ってきた。


しかし彼は肯定と受け取ったのか、躊躇なくドアを開ける。


「おー、鈴じゃん。それと………青海?」


ベッドで寝ている舞は俺の姿を確認すると、目を大きく見開いた。


なんだよそのリアクション。俺が来たらそんなに変か。……変だな。


「じゃあ、ぼく戻るね」


瑠璃はそう言って、部屋から出ていった。


「舞大丈夫かー?でもよかったな、これでバカじゃないって証明できたぞ」


「何言ってるんだよ鈴。証明できたのは、バカは風邪ひかないっていうのが嘘ってことだろ」


「どういう意味だコノヤロー!」


叫ぶ舞はいつも通りで、病人とは思えない元気さだ。仮病じゃないか?


鈴も同じことを思ったのか、


「思ったより元気そうだな」


と言った。

舞はわざとらしく咳払いをし、上体を起こす。


「ま、咳がひどいだけで、熱とかないし。朝食とらなかっただけで、瑠璃とお母さんが休め休めってうるさいんだもん」


確かにコイツが食欲ないのは一大事だ。こう見えて、意外とヘバってるのかもしれない。


「本当に平気か舞ー?」


鈴は危機感のない声で言い、舞の額に自分の手の平をあてがった。舞はそれにそっと瞼を伏せる。


……無防備すぎじゃないか?そりゃ、コイツ等がどうかなるなんて天文学的数字の確率で有り得ないけど。


「あー、熱はあんまねぇな」


「…ん……」


ダメだ、いちゃついてるようにしか見えない。


俺は今更になって、鈴について来たのを後悔した。だってそうだろ?


(こんなの、拷問だ)


一度視線をそらし、再び舞を見る。服はジャージという色気皆無なのに。


うるんだ目とか、上気した頬とか。何より、簡単に触らせるところが一番耐えがたい。


しばらく凝視していると、視線に気付いたのか、舞は此方に振り返った。


目が、合う。


舞はベッと舌を出し、すぐにそっぽを向いた。


「………」


ムカついたので、俺は先ほどまで鈴の手があった箇所にデコピンを食らわせた。


舞は悲鳴を響かせ、鈴は爆笑してた。




決めた。コイツの見舞いなんて、金輪際一生行かない。

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