第54回戦 学生は黙って勉強
再び日常へ★
「来週、テストだから」
翔兄のその言葉に、わたしは世界の終わりを見た気分になった。
◆第54話 テスト前になると急に部屋を掃除したくなる
理不尽だと思う。
先日まで体育祭で忙しく、勉強する暇もなかった生徒に対してその台詞は、あまりに残酷だ。
そもそも人は頭脳だけではないと言っているのに、大人は順位をつけたがる。これは矛盾してるではないか。
「ってことで、私は異議をもうします!」
「……面倒くせぇ」
バンッとデスクを叩くと、翔兄は心底嫌そうにため息をついた。
「おかしいじゃん。テストでその人の全てが分かりますか?分かんないよ!」
「そうは言ったって、ここは私立だから。学力上昇を目指すのは当然だろ」
「あたしだって好きでここに入学したんじゃないもん!エレベーター式で受験する必要がないから入ったんだもん!」
「エスカレーターな」
「第一なに?なんで勉強すんの?将来役に立たないじゃん」
「学生の本業は勉強だ」
ネクタイを少し緩め、少しヒビの入った(叩いたせいかな)デスクの傷に沿うよう撫でる。
どこか眠そうな目は、さっさと消えてくれと語っていた。もちろん、そんなことわたしは知ったこっちゃないけど。
「…どうしても駄目なら、せめて数学教えて!」
「いや、俺国語担当だし。数学教師に頼めよ」
「あたしあの先生嫌い」
「どこが?」
「顔!」
キッパリ言ってみせたら、翔兄は呆れた表情で『失礼だろ』と呟いた。
だって好みじゃないんだよね。インテリ〜って感じでさ。
それにほら、翔兄って理数系な外見してるし。
『ね、翔兄。一生のお願い』
「お前の一生は何回あるんだ」
『じゃあ3日のお願い!』
「帰れ」
――――――――――――――
(チェッ! 翔兄のケチ。教えてくれたっていいじゃん)
追い出されたわたしは、屋上のコンクリートに寝そべった。
空を仰ぐと、彼方に太陽が見える。柔らかな陽射しが心地好い。
瞳をそっと閉じた。ヤバイ、眠いかも。
『勉強…どうしよう』
ここの学校ってば、問題が半端なく難しいんだから。一人で勉強したって理解できない。
『あ、そうだ。流華に教えてもらおう』
A組をさしおいて学年10番以内の頭脳。そんな秀才彼女に、とりあえず要点だけ教えてもらって。
今回は数学と理科、30点いくよう頑張ろう。
流華は確か理数系だったな。丁度いい。
「オイ」
低い声に目を開ければ、なんと上履きの底が。しかもドアップ。
人にいきなりこんなことをしてくる奴を、わたしは一人しか知らない。
わたしはその上履きを押し退けた。見下ろされているこの体勢が気に食わない。
『足退けろよ、青海』
「出てけ。ここは俺が使うんだ」
なんつー利己的な。この腹黒魔王め。わたしに対しては人一倍ドSなんだから困る。
わたしの次は幸希かな。まぁ幸希はどっちかって言うとマゾっぽいし。
『あ、そういえばアンタも頭良かったよな。えっと、偏差値70だっけ?』
「75。お前とは40も差があるな。ってことで立ち去れ」
そう吐き捨て、足をわたしの頭に押し付けてくる青海。ちょ、ぐりぐりいってるんですけど。
っていうか、わたしはそこまでバカじゃない。数学と理科が苦手なだけさ。国語なら偏差値60以上、多分あるし。
いや、ホントだよ?本気出せば青海よりいいよ?
……数学は偏差値38だけど。
『青海さー、あたいに勉強方法教えてくんない?』
「ああ、来週テストか」
今思い出したように言う。余裕だなチクショー。
「…まぁ、いいけど?」
『マジで!?』
「お前のツルツルの脳にも分かるよう、丁寧に教えてやるよ」
なんかムカつくけど、こいつがこんなこと言うなんて珍しい。よっぽど機嫌良いんだろうな。
まぁ、頭良いのは認めるからね。そのお言葉に甘えようじゃないの。
「じゃあ舞。そこ座れ」
『?……こう?』
言われた通り、1回起き上がり地面に正座した。
青海はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。背筋に悪寒がはしった。なんか嫌な予感がするぞ。
「舐めろ」
わたしの予感は、見事に的中した。