第52回戦 体育祭〜全員リレー3〜
幸希視点
勝ちたいのは分かる。負けを目指して走ってる人なんて、きっと一人もいないはずだから。
だけどさ、そういう汚い手は、……いただけないね。
◆第52話 ラブ・パワー
「また派手に転んだな」
いつからいたのか、隣で青海が呟いた。
「転んだんじゃない。転ばされたんだよ。C組の娘にね」
やや睨みをきかして言うと、青海は『分かってる』と答えて肩をすくめる。
流華ちゃんが転んだことに対して、意外にも怒ってないらしい。
まぁ、これで怒ったら不条理だ。逆に僕が青海に怒る。
「うるさいな、アイツ」
ため息混じりに呟く青海の目線の先には、怒り狂う舞ちゃんの姿。余程ご立腹みたい。
多分その怒りはビリになったことじゃなくて、C組に対してだと思う。仲良いもんね、あの二人。
「安心しろ、幸希」
「……安心?」
「もうA組をぬかした。このまま行けば、最後にあのバカ女が1位なるだろ」
確かに、舞ちゃんのあの足の速さは超人的だ。B組の人よりもすごい。並外れた運動神経。だけど
「その必要はないよ。僕が全員ぬかすから」
「……ずいぶん自信があるんだな」
「だって俺、青海より速いよ?」
ピクリと、青海が眉をしかめる。わずかに歪んだ表情。けれどすぐにまたポーカーフェイスに戻った。
「お前、一人称変わってる」
「……ああ、うん。間違えた。“僕”だったね」
そう訂正してにっこりと笑ってみせると、彼は気持ち悪い、と吐き捨てるように言う。ひどいなぁ。
僕はそっと天を仰いだ。午後になっても、変わらない眩しさを放つ太陽。反射的に目を細める。
滲みでる汗は不快だけど、時折吹く風が涼しさをもたらしてくれる。
チラリと隣の青海を見た。
……ホント、なんで汗かかないんだろう。
前にそれを尋ねたら、『王子だから』、というふざけた答えが返ってきた。
そのオレ様な性格は、王子というより皇帝。舞ちゃんが魔王と呼ぶのも分かる気がする。
青海、僕にはあの王子スマイル見せないし。
青海の本性を知らない娘が言うには、
『優しくて知的でさわやかで、しかも黒髪王子様フェイスvV』
らしい。
まぁルックスはモデル並だよね。中身だって、なんでもできる天才型だし。
「……3位か」
青海が隣で呟く。
1位は当然だけどB組。そしてそれを追うようにC組。D組は僅差で3位だ。
「もうすぐ出番だな」
「うん。これで体育祭終わっちゃうのか。あっけない」
でも、楽しかった。こんなに青春できる僕らはきっと幸せ者。
最後から3番目の走者が走り始める。僕は位置に着いた。
「幸希ッ!」
彼の声にあわせ、バトンを受けとり。思いきり、地面を蹴った。絶対、1位にならないといけない。
「マジギレしてるな」
そうこぼした青海の言葉は耳に届かず、風に消し去られた。
周りの応援が聞こえる気がする。だけど、なんと言ってるかまでは理解できない。余裕がない。
とりあえずC組を抜く。
流華ちゃんを転ばせたのはあの娘の責任で。C組は別に悪くないのだけど。
――そんなに聞きわけよくない。
頭では分かってる。だけど怒りはおさまらなくて。
足に全集中をかけた。
――あ……ぬいた。
そう思ったときにはもう、バトンが舞ちゃんの手に握られていて。
「うおぉぉぉぉぉ!舞さまの底力ァァァ!!」
そんな雄叫びを轟かせながら、もうびっくりするくらいのスピードで他クラスと差をつけていった。
「うひゃひゃひゃひゃ!!やっぱりあたいが1番ッ!」
……あれがヒロインでいいのかなぁ。
そんなことを思いながら、額の汗をぬぐった。
ちょっとイッちゃってる舞ちゃんだけど、刻々とゴールに近づいている。
そして今、テープを切った。
「逆転しましたァァァ!D組優勝です!」
歓声があがる。続いて、B組が2位に踊りでた。
「……よかった…」
弱々しい声に振り向くと、そこにはホッとした様子の流華ちゃんが。
膝から血が滲みでていて、やや涙目だ。
「る、流華ちゃん。消毒しないと」
「…よかった。本当に、よかった。私、あんなヘマして。でも、あなたのおかげで、笑える。喜べる」
「流華ちゃ────」
「本当にありがとう舞ッ!」
「………え?」
僕の予想に反して、彼女は横をすり抜けた。振り向くと、流華ちゃんは舞ちゃんに抱きついている。
「まい〜」
「流華。あたし、流華のためにがんばったよ」
「……ッ。もう、大好き!」
頬擦りする流華ちゃんと、それを気持ちよさそうに受け入れる舞ちゃん。
危ない。禁断だ。友達の域を越えている。
「……まぁいっか」
彼女が、笑ってくれたなら。
「だからお前はヘタレなんだよ」
「いきなり現れてヘタレ言うな、青海」




