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市原香純の未来観測  作者: 東雲涼
一章:家族錯誤からの脱却
12/13

11:家族の起源

 紅葉から得た情報によって、多少の心づもりをしていた鳴海だったが、夕食後に香純が取り出したものは、完全に想定外だった。

 珍しく早く食べ終わった香純が、デザートのさくらんぼに手をつける前に席を立つ。

「ねぇこれ見て見て」

 声を弾ませながら、食器を片付けている優香の横に小走りにやって来て、手に持っていた携帯の画面を指し示す。

「あら、今度は誰と撮ったの?」

「あたしじゃないんだよー。ほら、これとこれ」

 優香と香純は肩を寄せて、香純が操作する携帯の画面を覗き込む。

「あら、これ、紅葉ちゃんと鳴海なの?」

「そう。三年目の記念日に撮ったんだってさー」

「……?!」

「可愛いわねぇ」

「でしょー!」

 いつも通りに、片付けを手伝っていた鳴海は、驚いて、拭いていた茶碗をつるりと滑らせ、二三度お手玉した。

 辛うじて空中でキャッチできたものの、ほっとはしていられない。

 盛り上がる二人の横から手を伸ばして、香純の手から携帯を奪い取る。手が少し濡れているが、そんなことはお構いなしだ。

 表示されている画像を素早く確認すると、それは確かに、二週間ほど前に撮ったツーショットだった。しかも、紅葉の頬に鳴海がキスしているという構図である。

 鳴海の耳がさっと熱を持つ。

「ちょっと、返してよ携帯」

「な、なんで香純がこれを携帯に持ってるんだよ?!」

「紅葉にコピーして貰ったに決まってるじゃん」

「んなことは分かってる! なんで紅葉が――」

 多少混乱した事を口走りながら、鳴海ははたと気付いてしまった。

 これが、例の筋書きの一環なのではないのか。

 紅葉の何かを期待しているような、悪戯っぽい微笑みが脳裏をよぎった。

(……あいつ――!)

 協力するといっても、物事には限度というものがある。鳴海は瞬時に決断して、写真を消去にかかった。

 だが、画像にはロックが掛かっていて、暗証番号を入力しないとファイルを削除できない。普段の香純ならまずやらないような用意の良さに、鳴海の推測は確信に変わる。

 とにかく画像を見えないようにしようと、画面を切り替えて待ち受け表示に戻したところで、香純に携帯を奪い返されてしまった。

「あぁ、携帯濡れちゃった」

「お前、それ、後で消せよな」

「いーじゃん、恥ずかしがらなくても♪ お母さんもあたしも、付き合ってるの知ってるんだし」

「おれは全然良くない! ……ったく、香純には見せるなって言っといたのに……」

 後半は、この場にいない紅葉への恨み言だ。ぶつぶつと文句を言っている鳴海を、優香はくすくすと笑いながら宥める。

「仲良くしてるみたいで、よかったわね」

「…………うん、まぁ」

 返す言葉に困った鳴海は曖昧に返事をすると、片付けの残りを香純に押し付けてテーブルに戻った。一分かそこらで酷く疲れた気分になって、ぐったりと椅子に沈み込む。

 やさぐれた気分で顔を上げると、テレビを点けてニュースを見ていた海里と目が合う。父は一貫して我関せずといった態度だったが、耳は背後の騒ぎをしっかり聞いていたようだ。

「苦労してるな」

「他人事だと思ってると、そっちも同じ目にあうよ」

「ん?」

「……なんでもない」

 口を滑らせてみようかと思ったが、この期に及んで計画を邪魔しても、ただ自分が恥ずかしい思いをしただけになってしまう。下らないことではあるが、被害者が自分だけというのは、なんだか業腹だ。

 鳴海は腹立ち紛れに、香純が手を付けずにいるさくらんぼを取り上げて、ぽいと口に放り込んだ。

 くさくさしている鳴海を綺麗にスルーして、香純と優香はガールズトークに花を咲かせていた。

「紅葉ちゃんとお付き合いし始めたのって、そんなに前だったかしらね?」

「最初の半年くらい、鳴海が秘密にしてたからじゃない」

「ああ、そうね。鳴海は昔から恥ずかしがり屋さんだから」

「そうそう。なんて告白したのか、いまだに教えてくんないし」

「紅葉ちゃんに聞いたら良いんじゃないの?」

「そこは紅葉も教えてくれないんだよねー」

 楽しげな声の二人の話題は、思わぬ方向に転がっていく。

「……本人がいる前でそういう話するの、止めてくれよな……」

 鳴海が脱力しつつ呟いても、耳に入っている様子はない。海里は何も聞いていない振りを続けている。

 傍で聞いている方は、脱線したまま本題に戻って来ないんじゃないだろうかと肝を冷やしているのだが、そんなことに香純が気付くわけもない。

 喋っている本人たちにも制御不能なのが、ガールズトークというものである。

「あ、そうだ。お母さんは?」

「なに?」

「プロポーズだよ。なんて言われたの?」

 何かの期待感で目をキラキラさせている香純を前にして、優香はちらりと海里の方に視線を動かす。そして、少し迷ってから、

「香純に彼氏ができたら、教えてあげるわ」

 と切り返した。

「えぇぇ! それ何かずるい! しかも今なんか目で相談した!」

「相談なんかしてないわよ? 香純も早くいい人が見つかるといいわね」

 優香はまっとうに答えて取り合わないが、香純はずるいずるいと繰り返す。

(……流石だ、母さん)

(十七年のキャリアは伊達じゃないな)

 口を挟めない男たちは、心の中で優香に拍手を送るのだった。


「そういう香純はどうなの? 気になる男の子はいないの?」

「え、あたし? あたしは……うーん、これといって」

「あらまぁ、残念ね。この前来た鳴海の友達は? 礼儀正しくて、いい子だったわよ」

「もしかして木下くんのこと? こう、小っちゃくて可愛いかんじの」

「違うわ。背が高くて、がっしりした――」

「え、佐倉? ないない。なんか違うそれ」

 首をふるふると横に振って、力一杯否定する香純。

 紅葉からも何度も言われているが、香純は恋愛そのものに縁遠い娘なのだ。

「そういうお母さんは、高校の頃どうだっだのよ。女子高でも、そういう話ってあったんじゃないの?」

「お友達には、隣の高校の先輩とお付き合いしている人もいたけど、私はね」

 沸かした湯を急須に注ぎ、四人分のお茶を淹れながら、眺めているだけだったわ、と優香は言った。

「ふーん。じゃあ大学は? 大学は共学だったんでしょ?」

 いかにも興味津々といった表情で、聞いてくる香純に、優香はくすぐったそうに微笑む。

「そうね……素敵な人には出会ったわ。大学でじゃなかったけど」

「そうなのっ? どんな人?」

 勢い込む香純に、優香はにこりと笑顔を向けた。

「それはね――海里よ」

「え」

 また違う方向に展開した話にちょっとフリーズする香純。

 優香は淹れたてのお茶を海里に渡しながら、そうだったわよねと同意を求めている。

「忘れようがないからな」

 話に巻き込まれた海里は、優香の言葉に頷きつつ、苦笑いでそう言った。

「なに? そんなに劇的な出会いだったの?」

「劇的というか――」

「それがね、酷いのよ。私の事を高校生じゃないかって疑っていたの」

「え……それって、自慢話とかでなく?」

「違うわよ。あの頃の悩みの種だったんだから」

 優香は今でも十分に若い。初対面の相手は、ほぼ例外なく実年齢より十は下だと勘違いする。香純と二人で出歩くと、姉妹と間違えられることは日常茶飯事である。

 昔からそうだったのよと、ため息混じりに言う優香を見れば、喜んでばかりいられない何かがあったのだろうと想像できる。

「仲人さんが、大学に在学中ですって紹介して下さったのに、それでもまだ半信半疑だったんだから。後で免許証見せて、ようやく信じたのよ」

「もういいだろう、その話は……」

 困ったようにそうぼやく海里。確かに、そんなことがあれば忘れられないに違いない。

 はじめて聞く話に、香純はしきりに相づちを打っている。

「……仲人さんがって、母さんたち、お見合い結婚だったんだ」

 話題が自分から逸れたので、安心して黙っていた鳴海が、不意にぽつりと言う。

「あら、言ったことなかった?」

「ないよ。初耳」

 お茶を飲みながら鳴海がそう言う。

 香純は、海里をまじまじと見つめた。

「……なんだ?」

「お母さんはともかく、お父さんって、お見合いしそうな感じがしないから、意外だなーって」

「香純、人を見た目で判断するのは良くないぞ」

「お父さんもお母さんのこと、見た目で疑ったんじゃないの?」

 海里の教育的指導にも、香純の減らず口の前には効果が半減する。

 痛いところを突かれた海里は、気まずげに視線をさまよわせた。

「優香の場合は、写真映りが反則ものだったからな……」

「写真があるの?」

 その単語に敏感に反応した香純が身を乗り出す。実物が手元にあったら、両手を出していそうな表情だ。

「お見合いの前に出したのは、成人式に撮ったのだったはずよね?」

「たぶんな」

「見たーい」

「実家に置きっぱなしだわ、きっと」

「えー? なんで置いてきちゃったの?」

「昔のアルバムはかさ張るから、持ってこなかったのよ」

 盛大にブーイングする香純を、鳴海がうるさいと小突いて黙らせる。

「こっちに持ってきたやつはないわけ? ……結婚式のとか」

 鳴海の言葉に、香純がはっとした顔になって、急いで同調する。

「それなら、あるんじゃないか」

「でも……何処に仕舞ったかしら」

 あっさり頷く海里に、斜め上を見て記憶を探る優香。

 かくして、四人での家宅捜索が開始された。


   ・ ★ ・


 置いてあるなら、たぶん書斎か二階のクローゼットだろうという優香の発言で、二手に分かれて捜索することになった。

「あ、あった。これだろ?」

 結果として、見つかったのは書斎の本棚の最上段に乗せられた箱の中からだった。

 発見者の鳴海の声で、同じく書斎の捜索班だった海里は、鳴海の手元を覗いて、確かに目的のものだと確認する。

 しかも、その同じ箱の中には、ないと言っていた昔の写真も紛れ込んでいた。

 二階から香純と優香も降りてきて、その写真の即席鑑賞会が始まる。

「懐かしいわね」

「こういうのは、自分で見るものじゃないな」

「あら、どうして?」

「改まって見ると、照れ臭いだろう」

「そう? でも、たまにならいいじゃない」

 結婚当初を懐かしむ夫婦に聞こえないように、香純と鳴海はひそひそと話をしていた。

 香純の手にあるのは、探していた結婚式のものではなく、お見合い写真としても使われたという、優香の成人の記念に撮影された写真だ。

「これって……」

「確かに、ちょっと詐欺っぽいかもな……」

 写真館で撮ったらしいそれの中では、振り袖姿の少女が、アンティーク調の椅子に腰かけて微笑んでいる。

 そう、あくまで“少女”なのだ。

「香純と並んでたら、確実に香純の方が上に見えるな……」

「……う、ん。確かに……」

 そろりと隣に立つ母を盗み見る二人。

 写真の人物は確かに母の面影があり、本人に間違いない。写真の裏に日付も入っている。

 それでも、これが何歳に見えるかと聞かれたら、どう上に見積っても十六、七くらいとしか答えようがないのだ。

 母の写真を前に固まっている子供たちに、海里は頷いて見せる。

「――俺の言いたいことが分かっただろう?」

「うん。よく分かった」

 深々と頷き返す香純。“反則もの”と評したのも納得である。

「でも、結婚式のの方は、そんなに下には見えないよな」

「なるべく、大人っぽく見えるように努力したのよ」

 優香は恥ずかしそうに、そうじゃないと釣り合いがとれないから、と言った。

 結婚式の写真では、優香の服装はオーソドックスな純白のドレスだ。

 上げ髪に会わせて前髪の形も変えてあり、化粧も少しくっきりしている。長い裾に隠れて見えないが、もしかしたら靴も、高いヒールのものを履いていたのかもしれない。

 それだけと言えばそれだけだが、全体で見ると印象はがらりと変わる。

「普通は、若く見せるためにお化粧するのにね」

「それは少し違うわね。自分を、なりたい自分にするために、するのよ」

 にっこり笑う母の言葉には、妙な含蓄があった。

「次の年の、結婚記念日とか、お祝いした?」

「二人で旅行に行ったな。その時の写真なら、香純はこの前見ただろう?」

「あ、あれがそうなんだ」

 納得した香純は、ひとり話が見えていない鳴海に、机に置かれたままのフォトスタンドを見せた。確かにこの写真が一番今の雰囲気に近い。

 しかし香純は、あれ、と首をかしげた。海里がアメリカに赴任するまでは、まだ期間があったはずだ。

「もしかして、これが一番新しいのなの? 次の年は?」

「次の年の結婚記念日は……ねぇ」

「それどころじゃなくなったからな」

「えっ? 何もしなくなっちゃったの?」

 毎年どこかに出かけることは無理でも、家で乾杯するくらいはできそうなものなのに、と香純は思った。

 今でも仲の良い両親が、忘れたわけでもないのに、そんなすぐに夫婦の記念日を祝うのを止めてしまうとは思えない。たまたま、出張になったとか、他の食事会に呼ばれたとか、そういうことが重なったのだろうか、と首をひねる。

「お祝いは、毎年していたわよ? ――あら、二人の産着のお祝いの写真。こんなところに入ってたのね」

 あっけらかんとした優香は、箱から別の写真を取り出して、嬉しそうにそれを眺めている。

 海里もその言葉を否定はしないものの、香純は納得がいかなかった。毎年祝っていたと母は言うが、香純にはそんな記憶はないのだ。それでは祝ったことにならないではないか。

 香純は意を決した。そもそも、これを言うために、鳴海まで巻き込んでまわりくどい仕込みをしたのである。

「じゃあ、さ。今年は二人で写真撮ったら。久しぶりでしょ? えっと、今の、なりたい自分ってやつで」

 多少、言葉尻がしどろもどろになったが、香純にしては上手く言えたほうだろう。『皆で』のつもりが『二人で』に変わったのは、夫婦としての祝いを優先してあげたくなったからだ。

 両親がどう思うか、香純は内心のどきどきを押し殺して二人を見つめた。成り行きを見ている鳴海にも微妙な緊張が走る。

 そんな二人の気苦労を知ってか知らずか、優香はいいわねと笑い、隣の海里を見上げた。

「どうかしら?」

「いいんじゃないか。前に行った写真館は、まだあるんだろう?」

「ええ、大丈夫よ」

 そうして話はあっさりと纏まり、香純と鳴海はほっと安堵のため息をもらした。なんとか当初思惑通りに誘導することに成功したようだ。

 しかし、子供たちの思惑をあっさり踏み越えるのも、優香の特技の一つである。

「それなら、皆でおめかししないとね」

 にこにこと笑って、すでに頭の中であれこれと着せ替えを始めているらしい母に、香純と鳴海は慌てた。

「え、あたしたちも?」

「結婚記念日なんだから、二人での方がいいだろ」

「いや、お前たちも一緒にだ」

 揃って止めようとする子供たちを、なぜだか海里までが舞台に引き上げようとする。

「……もしかして、照れ臭いから、おれたちを巻き込もうとしてる?」

「はは。そういうことも、ないわけじゃないが」

「だめだよ、主役は二人なんだからー」

「あら、そんなことないわよ。香純と鳴海のこともお祝いしなきゃ」

 嬉しそうに駄目押しする優香に、香純と鳴海はどういう事かさっぱりわからずにまごついた。

 こういう時に察しが良いのは、やはり鳴海の方だった。さっきから感じていた、喉に小骨が引っ掛かったような違和感の元を、両親に確認する。

「――あのさ、結婚記念日って、いつ?」

「七月十日よ」

「お前たちの誕生日だな」

 覚え易いだろうと言って、海里は愉快そうに目を細めた。

 香純と鳴海は目を丸くして――こういう時の表情がまったく一緒だという事は、本人たちは気づいていない――ようやく何が噛み合っていなかったのかに気づく。

 出産という大仕事をしていたのなら確かにお祝いどころではないし、その次の年からは、香純と鳴海の誕生日と重なっていたわけで、子供たちの記憶には自分の誕生日としてしか残っていないのも道理だ。

「――あぁ、そうか。それで昼に友達呼んでても、夕飯までお祝い仕様だったんだ」

 鳴海が納得したように言うと、優香は笑顔でそうよと頷く。

「あれって二人だからとか、お昼の部と夜の部とか、そういうことじゃなかったの?」

「何だよ昼と夜って」

 鳴海の冷静なツッコミも、目から鱗がボロボロと落ちまくっている状態の香純には届かない。

 いくら双子の誕生日だからといって、二回に分けなくたっていいことくらい、考えれば分かりそうなものだ。

「流石は、食いしん坊の思い込み大魔王だ」

「あ、何よ、鳴海だって今気づいたくせに」

「早いもの勝ち」

「いつからそんなルールできたのよ」

 結局、いつもの通りの下らない口喧嘩に発展して、記念撮影の話は途中で終わってしまい、なし崩し的に全員で撮ることに決定したのだった。

 


次で第1章・完になります。

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