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エピソード10 事情聴取

「料理…の専門学校?」

お巡りさんが上目遣いでボクの顔を覗き込んだ。

「はい、そうです!いま一年生です。」ボクは目を逸らさないでキッパリと答えた。

そうか…お巡りさんは独り言を呟きながら身体を起こした。

「じゃあ、学生証見せて」げ!そう来たか。ヤバイ…

ボクは普段、学生証なんて持ち歩いていない。

学生にとっての学生証は、大人にとっての免許証みたいなもので、こういうとき

身分証明書になるんだろうけど、歳をごまかして入学したボクにとってはそうじゃない。

だから学生証は自宅に置いたままだ。

「学生証は持ってません。」ボクは、そう答えると無意識に壁の時計に目をやった。

時計の針は7時43分を指している。もう8時からの試験は絶望的だ。

ボクにつられてお巡りさんも時計をチラッと見て「あぁ、もうこんな時間か…」

と呟いたが、だからと言ってこの『取り調べ』をやめる気はなさそうだ。


「学生証、ないんだ…」

「はい。家に置きっぱなしで…」

「そっか、じゃあ…」

あ、なんかこの展開、またまた嫌な予感がするんですけど。

「家の人に連絡取ってもらえるかな?」

…やっぱりそう来ましたか。

「え?ボクの親ってことですか?」

「うん、そう。だってキミ…未成年でしょ?」

「あ、まぁ、そうですけど…」

「なに?なんか都合悪いの?」

「え、あ、いや…そういう訳じゃ」

「じゃあ、連絡して」

心なしか、お巡りさんの態度がだんだん荒っぽくなっている気が…

「たぶん…連絡が付かないと…思うんですけど…」

「連絡がつかない?なんで?あ、お仕事?」

う!痛いところを…残念ながら我が家には『勤め人』は一人もいません。

ボクが家を出るとき、母さんはソワソワと何やら出かける支度をしていた。

きっとこの時間は家にいないはずだ。

でも、お巡りさんに嘘はつけない。

ボクは正直に答えることにした。

「えっと…母は、北口のパチンコ屋にいると思います。」

お巡りさんの顔色が曇った。

あ、やっぱりこれってマズかったかな?

「パチンコ屋…って、キミのお母さんはパチンコ屋で働いてるの?」

おお!そういう手があったか。

「あ、まぁ。そんなところです…。」

思わずこう答えてしまったが、母さんは半分パチプロみたいなもんだから

まんざら嘘でもないだろう。

「そっか…お仕事中か…」

お巡りさんは、ペンをクルクルと回しながら言った。

「はい。すいません」

「あ、いや、お仕事じゃ仕方ないよ。」

そう言っていただけると助かります。

「じゃあ、お父さんは?」

あ、そっか…そうくるよね。――普通。

「え~っと、父は…家にいないんです。」

お巡りさんの表情がより一層曇った。

「え、いない?」

「はい、実は…」

「母子家庭?」

ずいぶんストレートな聞き方をする人だ。

「いや、そういう訳じゃないんですけど…」離れて暮らしてるんです。

ボクは、少し悲しそうな声と表情を見せた。もちろん演技だ。

「あ、そうか。お父さんは単身赴任かな?」

ちょっと、否、かなり違うけど、そんなところです。

「あ、まぁ…そんな感じかな…」もう勘弁してください。

でも、こんなことで諦めてくれるはずもなく

「とりあえず、どっちでもいいから電話してみてよ」

ケータイ持ってるでしょ?と言う。

「は、はあ…」そうだよな。


ボクは、仕方なくとりあえず『母』のほうに電話することにした。

案の定、母さんは電話に出ない。

それでは、と父ちゃんのケータイにかけてみたが、こっちは電波が届かない場所

か電源が入っていない…という。

まったく、こんな一大事にうちの親は揃いも揃って何をしているのやら。

「すいません、どっちも出ません。」ボクはケータイをパタンと閉じて

テーブルの上に置いた。

そして「あの~、その包丁なんですけど…」と続けた。

お巡りさんはボクの目を黙って見つめている。

「学校の実技試験で使う料理道具なんです。」やっと本当のことが言えた。

お巡りさんはしばらく黙っていたが、ボクの説明を自分なりに解釈したようで

ゆっくりと口を開いた。

「なるほど、で?今日は試験だったの?」その目からはまだ疑いの色が消えていない。

「はい。そうなんです。」もう間に合わないけど…と、ボクは今度は本当に

悲しい顔をした。

「間に合わないって、もう夜の8時だよ。」お巡りさんは壁の時計と自分の腕時計

の時間を見比べた。

もちろん、お巡りさんの言いたいことは分かる。

「ボク、定時制のクラスなんです。」

「え?定時制?料理の学校にそんなのあるの?」


そこで、ボクは自分が通っている専門学校のことを事細かく説明した。

そしてようやくお巡りさんの顔から疑いの色が消えて

「そっか、そういうことだったのか…分かった。」と少し口元に笑みが浮かんだ。

よかった。これで釈放か、と思いきや

「事情は分かったけど、それはそれだからね。」とお巡りさんの無情な言葉。

理由はどうであれ、未成年が刃物を持ち歩いているのを黙って見過ごすことは

できないという。

まぁ、それはそうなんだろうけど…

「とりあえず、保護者の方に来てもらわないことには帰せないんだよ。」

お巡りさんが、ぶっきらぼうに何やら書類にかき込みながら呟いた。

「ケータイ以外にお父さんかお母さんに連絡取る方法ない?」

あったらこっちが聞きたいです。

その時だった。

突然、ボクのケ―タイがテーブルの上でブルブルと震えた。

その音にボクもお巡りさんも一瞬心臓が止まりそうになった。

「あ~ビックリした!誰から?」お巡りさんがボクのケータイを覗き込んだ。

「あ、母です!」

ボクからの着信履歴を見てかけてきたのだろう。

ボクは急いでケータイを開いて通話ボタンを押した。


「モシモシ!」

先に声を出したのは母さんのほうだった。

母さんの背後からは、賑やかなBGMが聞こえてくる。

やっぱしパチ屋か?

「犬雄!あんたどこにいるの!?」

珍しく母さんは慌てた声を出している。

どこにいる…って、それを聞きたいのはボクのほうだ。

「母さんこそ、何処にいるんだよ!」

しかし、母さんはそんなボクの質問などお構いなしに声を荒げた。

「犬雄!父ちゃんが大変なんだよ!」

「はあ?父ちゃんが大変?」

それよりボクのほうが大変なんですけど…

「父ちゃん、どうしたんだよ?」

「父ちゃんが、病院に運ばれたって!いま、病院から連絡が!」

こんなに取りみだした母さんは初めてだった。

ボクのケータイから漏れた母さんの怒鳴り声が聞こえたのか

お巡りさんも、のっぴきならない様子だと悟ったらしく

『電話を変わろう』とボクにジェスチャーをして見せた。


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