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エピソード1 誕生秘話

この世には、どうやら【運のいい奴】と【運の悪い奴】2種類のタイプがあるらしい。

ボクがどっちのタイプかと聞かれたら、間違いなく後者だと答える。

ボクは、生まれてから15歳になる今まで『運が良かった』と思える経験が一度もない。

その代わり『運が悪い』出来事は数えきれないほどある。

ボクの運の悪さは、15年前…つまり、生まれた時からはじまった。


普通、赤ん坊は病院…しかも産婦人科で産まれるものだ。

もちろん、ボクだって病院で生まれた。

ただ、ボクが生まれたのは、病院は病院でも動物病院だった。

断っておくけど、ボクはれっきとした人間です。

もちろん、ボクが人間なんだからボクの母さんだって人間だ。


母さんは、ボクがお腹の中にいるとき毎日の散歩を欠かさなかったという。

これは、母さんがかかりつけの医者に薦められてのことだったようだ。

【ジョギング中毒】という言葉を聞いたことがある。

人間は、毎日ジョギングしていると、いつしかそれが中毒になり

雨だろうが雪だろうが走らずにはいられなくなるらしい。

母さんの散歩もそうだった。


母さんは、予定日の直前になっても毎日散歩に出かけていたらしい。

そして事件は起こった。

母さんは、予定日を明日に控えたその日もいつものように散歩に出た。

自宅を出て(当時、母さんは築50年のボロアパートに住んでいた)

近所の小さな公園を抜けて駅前の商店街に辿りついた時だ。

突然陣痛が起きた。そして母さんは、その場に倒れこんだ。

実は、そこから先の話は、母さんも覚えていないという。

だから、ここから先の話は、母さんを助けてくれた(?)商店街の

おっちゃん&おばちゃんの談だ。


突然、商店街で一人の妊婦が倒れた。

最初に気付いたのは魚屋『魚辰』のおっちゃん(通称:辰っさん)だった。

辰っさんは、大きなお腹を抱えて苦しんでいる母さんを、発見し何を思ったか

店にあった巨大な台車(マグロが1匹乗せられるやつ)に乗せて

3軒となりの惣菜屋に飛び込んだ。

その前に救急車だろ!と突っ込みたくなるが、辰っさん曰く「あの時はパニックで

そんなこと考えもつかなかった」という。

パニくった辰っさんが、苦しむ妊婦を台車に乗せて惣菜屋に飛びむと、それ以上に

パニくったのは惣菜屋『きむらや』のおばちゃん(通称:ミツコさん)だ。

辰っさんが、きむらやに助けを求めたのは明らかに誤算だった。

辰っさんとミツコさんは幼なじみでしかも同級生だ。

二人とも商店街の役員をしていて、やたらと気が合うのだそうだ。


「やだ、辰ちゃん!どうしたの!!」

「おい!ミツコ!この人、助けてくれ!うちの前で倒れてたんだ!」

「う…うまれるぅぅう!」(これは台車の上の母さん)

「お、おい!生まれるってよ!どうすりゃいいんだ!ミツコ!」

「え!そんなこと言ったって…あ、そうだ!辰ちゃん!医者だよ!医者!」

「お、おお!そうか!医者だな!」

「そうだよ!すぐに医者に連れて行かなきゃ!!」

「き…きのした…病院に…」(母さん)

「え?何だって!?木下病院か!?」

「は…い…お願いしま…す…」

このとき母さんは、救急車でかかりつけの産婦人科『木下病院』へ搬送して

ほしいと頼んだつもりだったらしい。

が、パニくった同級生二人にはそんな母さんの願いを読みとることは出来なかった。

「辰ちゃん、木下病院だったらすぐそこだ!早く!」

ミツコさんの言葉に即された辰っさんは、きむらやを出て台車を走らせた。

そして辿りついたのが、きむらやの2軒先にあった【木下動物病院】だったという

わけだ。


そんなこんなで母さんが【木下動物病院】に運び込まれ、まぁ、これだけでも十分

不運な訳だが、更に追い討ちをかけるように母さんの陣痛が激しくなってきた。

きっとボクの運の悪さは母親譲りなんだな。

さすがの木下センセイも一度は断ったのだが、母さんの苦しむ様子を見て自分がこの

赤子を取り上げるしかないと覚悟を決めたらしい。

だが、センセイがこの決断をしたのには理由がある。

実は、このとき木下動物病院にたまたま愛犬の去勢手術のために来院していた客で

元助産婦だというおばちゃんが木下センセイに「ここで産ませましょう!」と提案

したのだ。

そのおばちゃんの(余計な)一言で、木下センセイの医師魂に火がついた。


これが、母さんとボクにとって運が良かったのか悪かったのか…微妙なところだが、

一応ここも病院の一種なので一通りの医療器具が揃っている。(使う対象が違うけど…)

出産に関しては、毎日のように犬猫の出産を行っているのでその点では、木下センセイ

はまったくの素人ではない。

木下センセイと助産婦のおばちゃんは、力を合わせて何とか無事に出産を成功させ、

3千グラムのボクが無事誕生した。というわけだ。


産まれた赤ちゃん…つまりボクの泣き声が動物病院に響いた時、院内にいたスタッフ、

客、犬猫たちからも一斉に歓声があがったという。

助産婦のおばちゃんは、新しい命の誕生に感動のあまり号泣して愛犬の去勢手術を

取りやめる。と言ったそうだ。

この【珍事件】は、当時新聞やテレビのニュースでも報道されていた。

『動物病院で人間の男児出産!』このときの新聞を母さんは今でも後生大事に保管している。

こうして産まれたボクには、このあともう一つ不運が待ち構えていた。


ボクの名前だ。


命名『犬雄いぬお


まったく有り得ない名前である。

もちろん、この名前はボクが動物病院で産まれたことに由来する。

そういえば、ボクの出産劇の件で父親の存在がなかったが、母さんがシングルマザー

だった訳ではない。母さんには旦那…つまりボクの父親はちゃんといる。

ただ、あのころ父さんは、漁師をしていてマグロ漁船で遠洋漁業に出ていたのだ。

『犬雄』って名前を母さんが言いだしたとき、父さんに反対されなかったのかよ?と

母さんに問い詰めたことがある。

ボクが小学生の頃、『犬雄』という名前が格好のイジメの材料になり始めた時期だ。

自分の子供に『犬雄』なんて名前付ける親がいるかよ!とボクは母さんに詰め寄った。

しかし、母さんの言い分はこうだった。

「何言ってるの!父さんなんて【猫彦】にしたがってたのよ!それに比べれば…!」


ボクはそれ以上、母さんを責める気にはなれなかった。




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