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第六十二話:公家衆の戦慄 〜四歳児、朝廷をマーケティングす〜

天文八年 二月 / 西暦一五三九年 二月

視点:足利 三郎(維直)


「――それでは、こちらが今月より始動する『京・室町市場再生計画』の基本要綱グランドデザインになります。お手元の書状をご覧ください」


 室町御所の一角、格式高い障壁画に囲まれた広間に、四歳の俺の澄んだ声が響き渡る。


 畳の上で平伏、あるいは険しい顔で座しているのは、朝廷の財政を司る烏丸からすま家をはじめとした、そうそうたる公家衆の面々だ。彼らは細川高基の敗死に伴い、新たな京の支配者となった三好長慶と、その背後にいるという「阿波の神童」を品定めすべく、この場に集まっていた。


 もっとも、品定めされているのは俺のほうではない。俺が彼らを、冷徹なビジネスパートナーとして適合するかどうか「市場調査マーケティング」しているのだ。


「……三郎殿。この書状に書かれておる『市場開放』、ならびに『諸関所の恒久撤廃』とは、いかなる狂気の沙汰か。古来、関所の津料(通行税)は、我ら公家や寺社が領地を維持するための正当な権利(既得権益)。それをすべて無に帰すというのか!」


 一座の筆頭格である年配の公家が、烏帽子を震わせながら声を荒らげた。


 細川高基の無理な経済封鎖からは解放されたものの、自分たちの財布に直結する関所をなくすと言われては、彼らも黙っていられないらしい。先例と格式を盾に、四歳の子供を言いくるめようとする大人の顔だ。


 俺は小さく息を吐き、手元の定規をトントンと机に叩いた。


「烏丸殿、話が逆だよ。関所があるから、京の経済は停滞し、あなたがたの懐も干上がっているんだ。前月までの細川高基の自滅を見ても、まだ流通を縛る(ブロックする)ことが正解だと思っているのかい?」


「な、何だと……っ!?」


「いいですか。関所を設けて通過する商人から一割の税を取れば、確かに目先の銭は入る。けれど、商人はその関所を嫌って京を避け、別のルートへ逃げてしまう。結果として市場全体の規模が縮小し、最終的にあなたがたが手にする総税収は、関所をなくした時の数分の一にまで落ち込むんだ。これを前世――いや、経済の論理では『機会損失』と呼ぶ」


 俺は立ち上がり、小さな手で黒板(代わりに用意させた漆塗りの板)に、チョーク代わりの白土で単純な数式を書き殴っていく。


「我が陣営はすでに、淀川の関所をすべて撤廃した。その結果どうなったか。安宅の水軍が護衛する安全な海路と川路を求め、堺から大量の塩、米、硝石が、かつての三倍以上の速度と量でこの京に流れ込んでいる。物価は下がり、街には活気が戻り、市場の取引総額パイは十倍以上に膨れ上がっているんだ」


 公家衆は、四歳児がすらすらと書き出す「未知の数式」と、圧倒的に洗練された経済の論理に、言葉を失って目を剥いた。


「市場の規模が十倍になれば、関所など設けずとも、街の店や取引(座)から薄く一分(一%)の市場利用税を徴収するだけで、あなたがたの懐に入る銭は従来の三倍を超える。さらに、京の民は腹一杯の飯が食えて足利と三好に感謝し、朝廷の権威も保たれる。……全員が利益を得る(ウィン・ウィンな)仕組みなのに、なぜ拒否する必要があるんだい?」


「三倍……、銭が三倍になると申すか……?」


 先ほどまで先例を叫んでいた公家たちが、今度は一転して、欲と驚愕の混じった目で互いに顔を見合わせ始めた。


 格式や伝統で生きてきた彼らにとって、三郎の提示した「数字による未来予想図」は、脳髄を直接揺さぶられるほどの衝撃だったのだ。


「信じられぬ……。これが、本当に四歳の幼児の語る知恵か。まるで未来のことわりを見ておるかのようだ……」


 烏丸殿がガタガタと震えながら、ついに畳に両手を突いた。格式の壁は、圧倒的な「豊かさの仕組み」の前に、ものの数分で粉々に粉砕された。


「話が早くて助かるよ。それでは公家衆の皆さんには、この新市場の監査役アドバイザーとして、形式上の特権を保証する。その代わり、朝廷の威光を使って、周辺の国人どもに『市場の自由化』を認めさせる院宣や綸旨を速やかに出してほしい。――これが、私の提示する契約インセンティブだ」


 畏怖と野心を孕んだ公家たちの沈黙が、広間を支配する。彼らはもう、俺をただの子供としては見ていない。乱世の秩序を「銭と物流」で再構築しようとする、底知れぬ怪物として一斉に平伏した。


 広間の隅、影の中からその様子を見守っていた三好長慶が、ゾクリとした笑みを浮かべて深く頷く。


 武力で京を制圧した三好の刃の裏で、四歳の俺は、朝廷という旧きシステムすらも己の経済網の歯車へと組み込み、畿内の完全なる新時代グランドデザインへ向けて、さらなる布石を着実に打っていくのだった。

第六十二話をお読みいただきありがとうございました!


今回は京の室町御所を舞台に、格式と先例に縛られた公家衆を相手に、三郎が前世の経済・マーケティング知識を用いて「関所の撤廃と市場開放」を納得させる内政・政治劇を描きました。武力だけでは従わない京の特権階級を、数字と豊かさの仕組みで完全に掌握していくカタルシスを楽しんでいただければ幸いです。


次回、第六十三話「阿波からの風 〜細川持隆の思惑と三郎の帰郷〜」

日付は 天文八年 三月 / 西暦一五三九年 三月。


京の市場開放が軌道に乗り、畿内の新たな秩序が固まりつつある中、三郎のもとに本国・阿波の守護である細川持隆ほそかわもちたかからの使者が訪れます。四歳にして畿内を揺るがす神童となった三郎の動向を、本国の主君はどう見ているのか。そして三郎は、次なる大がかりな「阿波・讃岐の産業基盤強化」のため、一時の帰郷を決意し――。新たな舞台へと繋がる次なる展開に、どうぞご期待ください!

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