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第四十八話:天下の台所の降伏 〜悪魔の五つの掟(5S)と堺経済特区〜

天文七年 二月 / 西暦一五三八年 二月

視点:松永久秀


天下の台所、あるいは莫大な富を誇る自由都市・堺。

その街を牛耳るはずの会合衆たちが、いま、飯盛山城の冷たいコンクリートの床に額を擦り付けていた。


彼らの顔は一様に土気色で、小刻みに震えている。


「若君……どうか、どうか堺を見捨てないでいただきたい! 南蛮大筒の件は、我らの浅はかなる過ちにて……!」


商人たちの必死の懇求を、我らが主、僅か四歳の足利三郎殿は、ちびちびとお湯をすすりながら冷淡に見下ろしていた。


堺の商人たちは、自分たちの全財産を注ぎ込んだ「南蛮の最新兵器」が、三郎殿の放った『図面の無償公開』という奇策によって、売る前にただの「型落ちの不良在庫」に変えられた。

資金を完全に溶かし、破産寸前まで追い詰められた彼らは、もはや三郎殿の慈悲を乞う以外に生き残る道がなかったのだ。


私は、隣で静かに腕を組む三好長慶殿と視線を交わした。

刀で脅したわけでもないのに、この四歳の稚児は、ただの「図面」と「流通の操作」だけで、戦国最強の経済力を誇る堺を無条件降伏させたのだ。


「いいよ。別に堺を滅ぼすつもりなんてないから。

 ……ただ、今の堺の商いのやり方は、無駄が多すぎるんだよね」


三郎殿はそう言って、商人たちの前に一枚の大きな紙を広げた。

そこには、彼が『堺経済特区・現場改善計画書』と名付けた、おぞましいほどの緻密さで描かれた街の改造図があった。


「滅ぼさない代わりに、堺の街を私の『直轄の職人集落』に作り変える。 これが、明日から君たちに守ってもらう現場改善の掟だよ」

三郎殿が提示した条件は、商人たちの想像を絶するものだった。


第一に、堺の街から複雑な関税や座の特権をすべて撤廃し、誰もが自由に商いができる『楽市楽座』の先駆けのような仕組みの実施。

第二に、街の職人たちを一箇所に集約し、部品の製造から組み立てまでを一気通貫で行う『分業による量産体制』の構築。

そして第三に、三郎殿が最も拘る『整理・整頓・清掃・清潔・しつけ』の徹底だ。


「職人の勘に頼ったバラツキのあるモノ作りは禁止。作業場を徹底的に効率化して、誰が作っても同じ品質の三郎式規格品が、寸分の狂いもなく次々と仕上がるように配置換えをする」


商人たちは呆然としていた。

彼らが誇ってきた「自由」とは、利権の独占の言い換えに過ぎなかった。

だが三郎殿が求めているのは、個人の利権など付け入る隙のない、徹底的に統制された『絶対的な効率性』の空間だ。


「この計画を受け入れるなら、君たちには物流の管理役としての席を用意するよ。……どうする? 破産して野垂れ死ぬか、私の歯車になって生き残るか」


四歳の純真な瞳で、容赦のない二者択一を迫る。

商人たちに、拒否権など最初から存在しなかった。


彼らは涙を流しながら、三郎殿の「掟」に血判を押した。

この日、日本最大の商業都市・堺は、三郎殿という天才エンジニアの手によって、世界で最初の大規模量産工場へと生まれ変わる第一歩を踏み出したのだ。


私は、ひたすら恐怖していた。

この幼子は、古い武士の権威を叩き潰しただけではない。

銭で天下を操ろうとした商人たちすらも、自らの巨大な設計図の一部として取り込んでしまった。


「久秀、堺の配置換えの監督は君に任せるよ。

 納期は来月末ね。遅れたら進捗管理の寄合で詰めるから」


「……ははっ。命に代えましても」


私は冷や汗を拭いながら、深く頭を垂れた。

三郎殿の描く未来がどれほど恐ろしくとも、私はもう、この最先端の効率性の魔力から逃れることはできない。

第四十八話をお読みいただきありがとうございました!


次回、第四十九話「泥公方の息抜き、あるいは生き残るための筋トレ」

日付は 天文七年 三月 / 西暦一五三八年 三月。

視点は 足利 三郎(一人称:俺) に戻ります!

「いくら技術と経済で天下の仕組みを書き換えても、最後は物理的な暗殺(筋肉の暴力)が一番怖い」

そう危機感を募らせた三郎(俺)が、久しぶりに「師匠」たちを呼び出します。四歳の幼児の体で、過酷な生存術サバイバル・トレーニングに挑む三郎。しかし、前世のエンジニア気質が災いして、修行の工程すらも「効率化」しようとして師匠に怒られる展開に。


次回もどうぞご期待ください!

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