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第三十九話:共振の葬送曲(レクイエム)

天文六年 七月 / 西暦一五三七年 七月


 京と近江を繋ぐ新名所、石造りの「千代の太鼓橋」が完成した。

 幕府の重臣たちは、三郎の技術を「没収」した勝利に酔いしれ、華々しい渡り初めの儀式を執り行っていた。関銭(通行税)という名の巨大な利権を手に入れた奉公衆の面々は、金襴豪華な装束に身を包み、勝ち誇った顔で橋の中央へと進む。

 その光景を、川べりの少し離れた特等席から、三郎は冷めた目で見つめていた。傍らには、複雑な心境を隠せない三好長慶と、愉快でたまらないといった様子の松永久秀が控えている。

「若君。本当によろしいのですか? あの橋は、我らの石灰と三好の資金を投じたもの。あやつらにくれてやるのは、あまりに惜しい」

 長慶の問いに、三郎は手元の算盤を弾きながら答えた。

「長慶、損して得取れって言葉があるんだ。……それに、管理責任を負うっていうのは、不具合が起きた時の全責任を負うってことだよ」


 儀式は最高潮に達した。幕府軍の精鋭、百名以上が足並みを揃えて橋を渡り始める。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 等間隔に刻まれる軍靴の響き。それこそが、三郎が待ち望んでいた「音」だった。

(……来た。歩幅と間隔、そして橋の固有振動数が重なる、**『共振現象』**の臨界点だ)

 三郎は、あえて橋の杭の一部に「遊び」を持たせ、特定の振動で強度が急落するよう設計していた。さらに、幕府側の商人がコストカットのために買い叩いた粗悪な結合材が、その自壊を助長する。

 最初は微かな震えだった。だが、兵たちが橋の中央に差し掛かった瞬間、石のアーチが目に見えて波打ち始めた。

「な、なんだ!? 橋が動いているぞ!」

 狼狽する奉公衆。しかし、一度始まった共振は止まらない。加速度的に増幅された振動が、石と石の結合部を粉砕していく。

「……崩落開始キックオフだ」

 三郎が呟いた直後、轟音と共に美しいアーチ橋が、まるで積み木が崩れるように川へと崩れ落ちた。


 川面に上がる巨大な水柱。悲鳴と怒号が飛び交う中、橋の上にいた重臣たちは冷たい水の中へと投げ出された。幸い、水深はそれほど深くなかったが、幕府の「権威」は完全に水没した。

「ああ、なんてことだ! 幕府が管理した途端、このザマか!」

 見守っていた町衆から落胆の声が上がる。三郎はすかさず、事前に用意していた「協力者」たちに噂を流させた。

「三郎様の設計図を無視して、幕府の商人が安い石灰を使ったらしいぞ」

「利権欲しさに、安全を疎かにした結果だ」

 一瞬にして、幕府は「利権だけを貪り、民の安全を守れない無能な組織」という烙印を押された。これこそが、三郎が仕掛けた「情報の設計図」であった。


 混乱が続く中、三郎は久秀を呼び寄せ、一通のリストを渡した。そこには、幕府に情報を漏洩し、石灰を横流しした身内の名前が記されていた。

「久秀、この人たちは『不適合』だ。現場から外して。……ただし、血は流さないでね。もっと残酷な、経済的な『戦力外通告』をお願い」

 久秀は三郎の指示に深く頷いた。

「畏まりました、若君。……左様。死ぬよりも辛いのは、この『三郎システム』から除外され、二度と富を得られないこと。……貴殿は本当に、人の心の壊し方を熟知しておいでだ」

 三郎は再び、計算尺を手にした。

(……裏切りも、崩落も、すべては安全管理リスクマネジメントの範囲内だ。……さて、次はどこの『不備』を直そうかな)

 四歳の公方は、崩れた橋の残骸を見つめながら、静かに次なる「国家改造」の工程表を書き換えた。

【作者より:次話への展望】

第39話をお読みいただきありがとうございました。

「共振」という物理現象を利用し、敵対勢力の権威と身内の裏切り者を一掃した三郎。彼は、歴史小説の執筆や組織運営の経験を持つ筆者様のように、常に「全体最適」と「リスク」を計算し続けています。

次回、第四十話「硝石の道、硝煙の村」。

橋の崩落で幕府の権威が失墜する中、三郎はついに「戦国のゲームチェンジャー」である鉄砲の普及を見越し、その原料となる硝石の国産化プロジェクトに着手します。しかし、それは山奥の隠れ里に眠る「古い掟」との衝突を意味していました。

「安全第一」を掲げる三郎が、ついに「火薬」という名の禁忌に触れる。

四歳のエンジニアが挑む、戦国バイオテクノロジーの幕開けです。ご期待ください!

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