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第三十一話:黄金の石灰、黒い野心

 天文五年 十一月 / 西暦一五三六年 十一月


 京の都に一夜にして出現した「石の羅生門」。その噂は、冬の冷たい風に乗って瞬く間に畿内全域へ、そして遠く四国の地へと波及していった。

 門の完成から数日。京の町衆たちは、恐る恐るその白く輝く巨大な構造物に触れ、そのあまりの冷たさと硬さに、これが人の手によるものか、あるいは異界の力によるものかと囁き合った。三郎が施した「スタッコ仕上げ」に近い石灰の装飾は、朝日を浴びると神々しいまでの光沢を放ち、荒廃した都の中でそこだけが別世界の瑞々しさを保っていた。

 三郎は、門の二階部分に設けた臨時の「設計室」で、次なるインフラ整備の図面を広げていた。

「……若君。もはや京の街では、貴殿を『石の化身』、あるいは『泥の公方大明神』と崇める者まで現れておりますぞ」

 松永久秀が、嫌味なほどに丁寧な所作で茶を差し出しながら告げる。

「久秀、何度も言っているけど、これはただの化学反応だよ。石灰と水、そして骨材を混ぜて時間を置けば、物理法則に従って固まる。そこに神も仏も関係ない」

 三郎は、四歳の小さな指で墨の線をなぞりながら答えた。だが、その瞳には隠しきれない疲労の色があった。

(……本当は、こんな見せしめみたいな真似はしたくなかった。でも、中世の人間を動かすには、理論よりも『奇跡』を見せる方が早い。それが、前世の土木屋としては一番辛いところだけどね)


 その頃、阿波の勝瑞城。三好一族の本拠地では、一通の書状を手にした男が、薄暗い部屋で低く笑っていた。

 三好元長の弟であり、長慶の叔父にあたる三好康長(笑岩)である。

「一夜にして石の門を築き、川の水を自在に操り、さらには熱を放つ泥で僧兵を退けたか……。我が甥・長慶が担ぎ上げた『足利の稚児』。どうやら、単なる神輿みこしではなさそうよ」

 康長は、三郎が阿波にいた頃に命じて造らせていた「試作型の石灰炉」の報告書を読み耽っていた。彼は、長慶のような理想主義者ではない。三郎がもたらす技術が、どれほどの「富」と「軍事的優位」を生むか。その価値を、商人さながらの鋭い嗅覚で嗅ぎ取っていた。

「石灰、木炭、そして火薬の原料……。この稚児の頭の中には、黄金を産む山が眠っている。長慶に独占させておくには、あまりに惜しい宝だ」

 康長は傍らに控える忍びに向かって、静かに命じた。

「京へ向かえ。若君の身辺を探り、長慶との間にくさびを打ち込む隙を探せ。……必要ならば、若君を『保護』して阿波へ連れ戻しても構わぬ。三好の本流が誰であるか、あの稚児に教えてやる必要がある」


 京の三郎のもとには、続々と「客」が訪れるようになっていた。

 形式ばかりを重んじる公家たちは、三郎の「石の知恵」を自分たちの屋敷の修繕に使わせようと、甘い言葉で誘いをかける。一方、細川晴元の残党は、三郎の命を狙い、闇に紛れて羅生門の影を彷徨っていた。

「若君、これ以上の京での滞在は危険にございます」

 三好長慶が、険しい顔で進言した。

「比叡山も本願寺も、貴殿の力を『魔性』と呼び、公に非難し始めております。何より、阿波の康長殿が動き出したとの報が入りました。身内と言えど、あの御仁は欲が深い。若君を自らの手中に収めようとするでしょう」

 三郎は、書きかけの図面をゆっくりと閉じた。

「長慶、逃げても解決しないよ。……技術テクノロジーは、一度外に出れば、もう止めることはできない。だったら、それが誰の手に渡ってもいいように、僕が『ルール』を作るしかないんだ」

 三郎が考え始めていたのは、単なる建築技術の提供ではなかった。

「石灰の流通管理」と「施工のライセンス化」。現代で言うところの、技術の標準化と知的財産の管理である。これによって、三好一族内の内紛を防ぎ、同時に敵対勢力を経済的に包囲しようという、四歳児とは思えぬ壮大な戦略であった。

「久秀、次の工事の準備を。羅生門の周りに『石の市場』を造る。そこでは、僕の許可した商人にしか取引を許さない。……武器で守るんじゃない。富で守るんだ」


 その夜。京の夜空には、冷たく冴え渡る月が浮かんでいた。

 羅生門の頂上で、三郎は一人、暗闇に沈む都を眺めていた。

(……阿波の康長、か。史実では長慶を支えた名将だけど、僕という異分子が入ったことで、彼の野心はどう動くんだろう。……歴史が、僕の知らない方向に加速度を上げていく)

 背後で、枯れ葉を踏む微かな音がした。

 三郎は振り返らずに言った。

「……そこにいるのは、久秀? それとも、誰かの差し金?」

 闇の中から現れたのは、久秀ではなかった。

 黒装束に身を包み、鋭い眼光を放つ、見知らぬ男。康長が放った刺客であった。

「……阿波の公方様。貴殿には、少しばかり静かな場所へ移動していただこうか」

 男が抜いた刀の刃が、月光を浴びて青白く光る。

 三郎は、震える脚を隠すように、足元のコンクリートの床を強く踏みしめた。

「……悪いけど、僕が築いたこの『石の上』では、誰も僕を動かすことはできないよ」

 三郎が袖の中に隠していた、特製の「目潰し石灰爆弾」を握りしめる。

 物理と野心が交錯する、京の夜の暗闘が幕を開けようとしていた。

次回、刺客との対峙。三郎は自らの知恵で、この最初の「個人的な危機」をどう乗り越えるのか。さらに加速する「物理による天下布武」にご期待ください。

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