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第十三話:利権の荒波

天文四年 文月 / 西暦一五三五年 七月

 京の使者を追い払ったことで、三郎の名声……あるいは「怪童」としての悪名は、阿波全土に知れ渡ることとなった。だが、平穏を望む三郎の願いとは裏腹に、現実は彼をさらに深く、政治の泥沼へと引きずり込んでいく。

 撫養むやの港は、改修によって劇的に利便性が向上した。しかし、それは同時に、これまでこの地で甘い汁を吸ってきた者たちの反発を招いていた。

「三郎殿。……少々、厄介なことになりましてな」

 勝瑞城から訪れた松永弾正が、珍しく険しい顔で三郎の前に座った。家格では三郎が上だが、実務を取り仕切る弾正の言葉には重みがある。

「港の改修で、荷揚げを仕切っていた地元の国人衆や商人の一部が、三好への反発を強めております。彼らにとって、船がスムーズに入港し、三好が直接税を徴収するのは面白くない。……そして、その不満を煽っているのが、お主の兄・幸若殿だ」

 三郎は小さく溜息をついた。

 (やっぱりか。幸若兄さんは、俺を貶めるためなら、三好に仇なす勢力とも手を組む。地盤が不安定なら、無理に杭を打つのではなく、土を入れ替えるしかないか)

「……弾正。兄上はどう動くつもりだ?」

「国人衆を唆し、夜陰に乗じて堤防の一部を壊すつもりでしょう。お主が造った『固まる泥』が偽物であったと喧伝するために。若君、ここは三好の兵で叩き潰すべきか?」

「いいえ。そんなことをすれば、撫養の街は一生、三好を恨む。……弾正、彼らに『新しい利権』を見せてあげよう」

 三郎は柳斎を呼び、以前から温めていた「ある計画」を弾正に提示した。

「港をただの荷揚げ場にするんじゃない。ここを『物流の加工場』にするんだ。弾正、三好の息がかかった商人に、港のすぐ側に巨大な倉庫と、塩を作るための『入浜式塩田』を造らせて。俺が設計する『石の導流堤』は、潮の干満を調整する水門にもなる」

 三郎の提案は、単なる土木工事を超えていた。港の整備と並行して、阿波の名産である塩を大規模に生産し、それを三好の船で京へ運び、巨利を得る。その利益を、反発している国人衆にも一部分配するという「飴」の提示だった。

「……若君。お主は、工師エンジニアではなく、もはや商人の王だな」

 弾正は、わずかに戦慄したような笑みを浮かべた。

 

 数日後。闇に乗じて堤防を壊そうと集まった国人衆の前に、三郎は一人で現れた。背後には柳斎がいるのみ。

「皆さん、石を壊すのは後にして、この地図を見て。……あなたたちが一生かかっても稼げない金が、この『石の壁』から生まれる仕組みを説明するから」

 四歳の幼子の言葉に、殺気立っていた男たちが毒気を抜かれたように立ち止まる。

 一方、茂みからその様子を苦々しく見ていた幸若は、拳を血が滲むほど握りしめていた。

(三郎……。どこまで、私を惨めにするつもりだ……!)

 三郎の「利権による地盤改良」は成功しつつあった。だが、その裏で、阿波の外からさらに大きな「巨大な影」が迫っていることを、まだ誰も知らなかった。

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― 新着の感想 ―
松永弾正がスムーズって言うの、かなり違和感が。 せめて"滞りなく"とかそれっぽい言い回ししてほしい。
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