前世はロマンス小説の悪役令嬢だったらしい。今世こそ婚約者は取られないから、ちょっかいかける女は消えてくれ。
「私、寝取られた悪役令嬢だったんだ…」
本屋に平積みされていたロマンス小説の表紙に描かれた3人のうちの、キツめの顔の真っ赤なドレスの女が目に入った時、思わずそう呟いていた。
私の最近の悩みは、私の婚約者にちょっかいをかけてくる婚約者の同僚の女だった。
「同期で仲良くて〜」と休みの日まで会おうとしてくるし、私とのデート中にも電話をかけてくる。
「結婚式には呼んでね!」と言いながら、虎視眈々と狙っているのがバレバレなのである。
そして、婚約者の方は完全にただの同期としか思っていないので、まるで狙われているとは思っていない。
鈍感なのか、男女の友情は成立するタイプなのか、結婚に向けて浮かれているのか。
やっぱりこの気持ちごと、婚約者に相談するべきだよなあと思いつつ、疲れたからなんか癒されるものが欲しいと思って、買い物をしにブラブラしていた時だった。
男1人、女2人が表紙のロマンス小説は目に入って、中身を急いで確認した。
悪役令嬢の名前は、アドリアーナだった。
「アドリアーナって、やっぱりじゃあ、これ…」
その表紙の彼女と名前を確認した瞬間、この本の悪役令嬢が自分の前世だとわかった。
慌ててその本をレジに持っていって、急いで帰って小説を読んだ。
小説の内容は、男爵家出身の聖女ヒロインと公爵家の嫡男のラブストーリーだった。
アドリアーナは公爵子息の婚約者であり、恋敵として描かれていた。
「どっちが悪役よ。人の男を取っておいて、ヒロインが正義なんて頭おかしいんじゃないの?」
この本への不信感と前世の思い出していく怒りとが重なって、余計に腹立たしかった。
そうだ、私は正式な婚約者だったんだ。
何も悪いことはしていない。
それだというのに、聖女が恋に落ちたからとかいうくだらない理由で、社交界で冷酷で卑しい女だと扱いが変わっていったのだ。
先に道理を通さなかったのは、聖女と元婚約者ではないか。
今の状況と相まって、片手でリンゴが潰せそうなくらいむしゃくしゃした気分にさせられている。
『婚約者のいる男性にむやみに近づくのは、ふしだらなのでは?』
本の中のアドリアーナも、直接ヒロインにそう言っていた。
私も言った覚えがある。
どう考えても私の方が合っているじゃない。
なんで、私が悪かったのかななんて気分にさせられていたのよ。
この小説も、あの同僚女も、イライラする。
とにかくこの小説が気持ち悪くてしょうがなかったので、勢いのままに、断罪されたアドリアーナのそのあとの話を、記憶のままに書き殴った。
聖女と元婚約者が結ばれたあと、私は肩身が狭いまま、父の命令で他国の気の弱い親戚の家に預けられた。
父の方が圧倒的に権力があって、その家は私を受け入れるのを断れなかった。
そこには当主夫妻と、私より3つ年上のまだ家を出ていない三男がいた。
三男はその家を象徴するように気が弱くて、頼りなくて、鈍感だった。
でも、優しさは本物だった。
私は本来なら話すべきではなかったけれど、自分の身に起こったことを彼に全部ぶちまけていた。
誰かに聞いて欲しかったんだと思う。
三男は黙って聞き終えたあと、一言だけ「君は悪くないと思う」と言った。
それが、自国で抉られた心の穴に、一滴水が落とされたようで、泣きたくなった。
結局、アドリアーナはその三男と結婚した。
家督を継ぐ訳でもなく、貴族位をもらえるほど優秀でもなかった男と、平民になって暮らした。
彼と過ごすうちに、過去が癒されていき、薄らいでいき、穏やかになっていった。
それだけで十分と思えるほど、アドリアーナには、私には、彼が必要であり愛していた。
そんな話を、登場人物の名前を変えて、小説投稿サイトに流した。
怒りのままに投稿していたから、冷静ではなかったと思う。
奪われた人間には、ささやかな穏やかさだけが安心して私のものだと喜べた、と。
奪われた側には、そのあとに平穏を感じられるのは奇跡に近いことだったと言いたいだけの話になったが、たくさんの人が読んでくれて、運よく書籍化までいく運びとなった。
ヒロイン以外の救われる話が受け入れられたことが、何よりも嬉しかった。
書店であのロマンス小説と並んでいるところを見た時に、ようやく溜飲が下がった思いがした。
そうだ、やっぱり私は悪くない。
アドリアーナの一生を振り返っていくうちに、勇気も募ったので、しっかり今の婚約者に相談した。
「あなたが気にならなくても、私が気になってしまうから、一度会わせてもらえないかな」
そんなふうに言うと、婚約者は「君が言うならそうしよう」とすぐにセッティングしてくれた。
そして、あのセリフを言ってやった。
「婚約者のいる男性にむやみに近づくのは、ふしだらなのでは?」
相手を目の前にして言っている私を見て、婚約者の方が息を呑んでいた。
同僚女は、顔を赤くしていて「そんなじゃないわよっ!」と喚いていた。
そのあとも、こんなふうに人のこと言うなんて最低だの、あなたの方がふさわしくないだの、好き勝手言ってくれたおかげで、カフェのお客さんには睨まれ、店員には注意を受けた。
こういうタイプには、恥をかいてもらってもたぶん届かないだろうから、カフェにいた人には悪いが巻き込まれてもらった。
それでさらに顔を真っ赤にしていて、なんとも哀れだった。
前世の私も、こんなふうに思われていたんだろうなと冷めた気持ちで見ていた。
私の婚約者はというと、私に拍手を送った。
「そうやってはっきり言えるところが好きだな」
婚約者は嬉しそうに言いながら、私に笑顔を見せた。
そういえば、前世の彼にも同じことを言われたな。
「そんなんじゃないと言うのなら、もう僕にプライベートの連絡はしなくてもいいってことだよね。よかった、僕も困っていたから、もう連絡が来ないのはすごく嬉しい」
と、婚約者はただ素直に言葉を述べて、相手の女にとどめを刺していた。
三男の彼も、こんなふうに鈍くて、ズレていたなと思った。
どうやら私の好みは、前世で築いたものみたいだ。
今の彼は気弱ではないが、自分の意見をまっすぐ伝えてくれるところと、少し頼りないところはそっくりだ。
そんな彼の長所も短所も愛おしいから、私は彼がいいのだ。
だからアドリアーナも、あの三男がよかったんだ。
「結婚式にも呼ばないね。これ以上、彼女を不安にさせたくないんだ、ごめんね」
そこまで言ってくれるとは思っていなくて、心が軽くなった。
「ちなみに婚約者のいる相手との不貞行為でも慰謝料が取れるので、その覚悟がおありってことですよね?」
「は」
「そこまでして他人の男が欲しいのは、理解に苦しみますね」
と、カフェ中に聞こえる馬鹿デカい声で私も言っておいた。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ!?もう、私に関わらないでよっ!」
そう言って同僚女は会計もせず、店を出ていった。
関わらないでは、最初からこちらのセリフだっつーの。
「お騒がせしてすみませんでした」
お店の人とお客さんたちに頭を下げて、私たちも店をあとにした。
あの女のカフェラテ代まで払うのは癪だったが、これで切れるなら安いもんだ。
「言いにくいこと、言ってくれてありがとうね」
「先に言ってくれたのは君でしょう?僕こそ、気づいてなくてごめんね」
「はっきり言ってくれたから、いいよ」
「きっと気づかないことも多いから、その時はちゃんと教えてね」
「そっちもね」
「僕、やっぱり君と結婚したいなって、また思ったよ」
それはプロポーズよりも地味に嬉しくて、私は彼と腕を組んだ。
こうやって、並んで歩けるだけで嬉しいことは、アドリアーナが教えてくれた。
「私も!」
「僕には君だけだから、これからもよろしくね」
了
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