遅れたアバン
登場人物や物語の背景を少し整理しておこうと思います。
普通最初にやるべきことですよねwすみません。
風呂上り。
適当なメイクの後処理をして、くしゃくしゃの髪の毛を戻す。
旅館時代のものをそのまま改装時に残した庭の見える縁側で寛ぐ。
元旅館のカウンターとロビーは各々の私物やら共用の冷蔵庫なぞあったり、普通の家の居間の様相となっている。
そこから持ち出した濃紺の缶とその辺に落ちてた(多分置いてあっただけ)ガスライター。
小さめの缶を開けるとふわりと柔らかい『Peace』の香りがする。
チョイとキツめだが煙草はこれに限るのだ。
フィルターなぞ無いので吸い口側を少し押し潰して浅く咥える。
点火、スッと一口目の芳香が広がる。
この瞬間が私の『平和』であり、その象徴でもある時間だった。
点火に使ったライターをよく見るとSILVERMATCHと刻印がある。
「フランス製か・・・」
確か、フランスのメーカーの品だったハズだ。
記憶が正しければattitudeという品。
商売上、ここに出入りする誰もがライターを持っている。
自分で喫煙に使わずとも仕事で必ず必要なアイテムであり、ちょっとした話題も提供してくれる重要な小道具でもある。
はて、これは誰のライターだろうか。
重厚なシルバーは使い込まれた擦り傷が年季を物語っている。
ブラックのドット模様が特徴的である。
いや、よく見るとブラックではなくカーボン調のようである。
「・・・あ、アレのか」
私の部屋で寝コケていたシャルロットのだ。
また、そのへんに置き忘れて出店間際になって騒ぐのだ。
このモデルのライターの愛用者は数人いたハズだがカーボン調にカスタムして使うのはアレくらいのものだ。
ちなみに私はガスライターだとガス残量が分かり難いのでタンク式のオイルライターを愛用している。本日は急な出店だったので自室に置き忘れてしまったのだ。
この旅館改社員寮には二十数名ほどが生活している訳だがそれが全て『女の子』ではない。中には子連れ、という者もいるし。
その子だけが暮らしており母親はアフターに忙しくほとんど不在という者もいる。
皆、気心知れた仲間であると同時にライバル。
時に新人が来たり、結婚や転職で出て行く者もいる。
ちなみに私は自宅という一軒家を持っていたりする。
ほとんど暮らさなかったし、今でもほとんどコッチで生活しているのでまるでモデルハウスのようになっている。
と、いうのも私が任されているクラブは私の旦那のモノだったのだ。
それが2年前病気であっさり逝って以来、私が引き継いでいる。
旦那はここらではちょいと名の通った旧家の一人息子だったので、義父にクラブの権利は返す予定だったのだが・・・どういう訳かこうなってしまった。義父、つまりはグループ企業を束ねる社長様なのだがどうにも私を気に入ったらしく息子に任せていた分は君に任せると言われ、現在に至る。
旦那と出会ったのは夜の街ではない。
夜の峠のPAだった。
旦那の愛車は初期型のロードスター。
私の愛車は赤のカプチーノ。※どちらもオープンカー
元来、クルマ好きであった私にはそのロードスターが古い型でありながら愛され手を尽くして整備されているのが分かった。
自分のカプチーノなぞは当時訳あって無職だったので金がなかった為ボロボロであった(苦笑)
「峠で幽霊が出るそうなんですよ」
その時の旦那は言った。
「はぁ」
新手のナンパ?とも思ったがそういう風でもない
「下りでシルビアやらランエボを抜き去る赤いカプチーノがいるそうなんですが、ドライバーが乗ってないんだそうですよ」
旦那は続けた。
「・・・」
・・・それ、私か?(身に覚えはあったが)
「あなたですよね?赤いカプチーノの幽霊さんって」
旦那は幽霊の正体見たり枯れ尾花とでもいうような表情だった。
私は、身長が小さかったのだ。
それで恐らく抜き去られる一瞬ではドライバー不在のように見えたのだろうというのが旦那の言い分だった。
「お手合わせ願えませんか?」
「下りで?」
「勿論。」
「そのロードスターで?」
「勿論。」
「イジってあるみたいだけど勝てる訳ないよ」
「どうして?」
「自分で言ったじゃないシルビアやランエボすら抜き去ったって」
「たかだか1600ccのロードスターじゃ勝てないと?」
「理論的に考えてそうでしょ?もう時間も遅いし帰るわ」
「じゃあこうしましょう」
そう言って旦那は私に札束を渡した。
100万円のである。
「・・・え?」
「お手合わせ頂けて私があなたに勝てなかったらそれをそのままもって帰って下さって結構です」
悩みどころである。無職で金欠に100万円はデカすぎた。
「いいわ、じゃあもし私が負けたら?」
金の力は偉大である。
「私の経営するクラブで働いてください」
「それってキャバクラ?」
「そうとも言います。どっちに転んでも損はないと思いますが?」
旦那は人の良さそうな笑顔で賭けレースを持ちかけた。
・・・・・・
結果、私は参加賞として1万円と名刺を貰った。
「では午後4時にお待ちしてます」
旦那は涼しい顔でそう言って幌を開けてオープンで朝焼けの街へ帰って行った。
梶本ツバサ。23歳の夏、なんだか良く分からないまま就職先と旦那様を得ることになった。いわゆる一目惚れな訳だが。
それから私はクラブで働くようになり、旦那と結婚する。
結婚してからも現役で店には出ていた。
2年前までは。
新婚気分もさめやらぬうちに旦那は倒れそのまま数日後逝ってしまった。
「後の事は頼む」
それだけ言い残して。
形見と言えるのはあのロードスターくらいのものだった。
旦那が逝ってから、私はまた峠に通うようになった。
ある日明け方まで走って帰り道、繁華街を通るとスーツケースをカラカラ引きずりながら明らかに挙動不審な外国人を見つけた。
なんでこんな時間にこんな場所に?
「Can I help you?」
声をかけて振り向いたその姿を見て驚いた。
まるでお人形さん。淡いブルーの瞳にサラッサラの金髪。
整った顔立ちは本当に同じ人類かというほどであった。
「あ。すみません。タクシーとか見つからなくて困ってたんです」
モロ日本語でした。
とても流暢な。
「こんな時間じゃ見つからないよ、とりあえず乗りなよ」
「いいの?ありがと!」
「で、どこに行きたかった訳?」
「この地図のここにある、向川旅館に行きたかったのだけど」
「えーと・・・」
「・・・?」
その地図は相当古いようですよ外人さん・・・
その旅館は今、私達の社員寮です・・・てか私の住処です。
事情を説明し、空き部屋にとりあえずゲストとして泊まってもらうことにした。
日本にあこがれ、日本各地を行き当たりばったりな感じで旅してきたこの元気な外人さんもとい「シャルロット」の旅はこの旅館改め社員寮で終わりを告げた。
一応、経営責任者になっていた私は彼女を雇用する手続きをし母国の家族に自分達が面倒を見る旨を伝え。彼女は私達と暮すことになった。社長様、もとい大旦那様もシャルロットが気に入ったらしく色々面倒な手続きには手を貸してくれた。
「ツバサぁ大好きッ!」
日本に住むのが夢であった彼女はそれを叶えてくれた私が大層お気に入りのようである。
お店の方でも外見の美しさも去ることながら日本語が達者だったこともありすぐに人気者になった。
こうして私は従業員一同と拾ってきたフランス人と同居しながら経営者をしつつネトゲにハマっていた。
三本目のピースをもみ消し、自室へ向かう。
くだんのフランス人を蹴り起こしに行くためにである。




