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エールと狐火(レヴォントゥレット)

作者: 愛月撤灯
掲載日:2026/01/12

 本作は、北欧に伝わる「狐火レヴォントゥレット――狐が雪を払って生まれるオーロラ」という伝承モチーフに着想を得た、創作童話です。

 冬の夜の『きらきら』が、誰かの願いではなく、誰かの暮らしをそっと守る光でありますように。

 短い時間のおともに、どうぞお楽しみください。

 冬の森のはずれに、小さな家がひとつありました。屋根には雪が厚く積もり、朝になると、ひさしのつららが光をためて淡くきらめきます。

 その家の戸口には、使いこまれた外套が一枚、かけられたままでした。持ち主は出稼ぎに出た父親です。ひと月前に届いた手紙には、『雪が落ち着くまで帰れない』と書かれていました。

家の中では、母親が熱で床に伏しています。エールは薪を割り、湯を沸かし、ぬれ布で母親の額をぬぐいました。けれど母親の息が浅くなるたび、胸の奥が冷たく締まるのです。

「だいじょうぶよ。エールがそばにいてくれるから」

 母親はそう言って笑いますが、その笑みは薄雪のように儚いのでした。エールはうなずくことしかできず、心の中で何度も願います。父と母とエールが並び、同じ鍋を囲んで笑い合う日が戻ってきてほしいと。


 ある夜、エールが水を汲みに外へ出ると、村はずれの広場に火を囲む大人たちがいました。焚き火の火の粉がふわりと上がり、闇に消えます。

「きょうも出たそうだよ。狐火(レヴォントゥレット)が」

「尾で雪をはらって、結晶を空へ放るんだとさ」

「オーロラになる前の結晶を手にできたら、願いがなんでも叶うって」

 エールは足を止めます。狐火とは、冬の夜空に揺れる光の幕のことでしょう。

 迷信だと分かっています。それでも、願いが叶うという言葉が、凍った地面の下で燃える火種のように胸に残りました。母親を治したい。父親にも帰ってきてほしい。三人で仲よく、幸せに暮らしたい。

 家へ戻ると、母親は眠っていました。頬は赤く、唇は乾いています。エールは毛布をかけ直し、火鉢の灰をならし、それから戸口に立ちました。

 外は深い闇ですが、雪は月の光を受けて白い道をつくっています。エールは小さな袋を腰に結び、手袋をはめ、帽子をかぶって森へ踏み出しました。

 森は静かで、木々は黒い柱のように並んでいます。雪に足が沈み、歩くたびに白い息が弾けました。

 そのとき、遠くで赤茶の影が走りました。雪の上をすべるように動くキツネです。尾が長く、先がふわりと揺れています。

 キツネが尾で雪を払いました。粉のような雪の結晶がふわりと舞い上がり、空へ吸われるように上っていきます。舞い上がった粒は、やがて淡い光へ変わり、夜空に薄い幕を開かせました。

 エールの目が見開かれます。あの結晶だと確信しました。あれを手に入れれば、母親は治るかもしれない、と。

 エールは走り出します。雪が深く、足は重い。それでも止まれません。

「待って!」

 声は森に吸われ、返事はありません。キツネは振り向かず、ただ先へ先へと駆けています。尾が払うたび、結晶が舞いました。手を伸ばせば届きそうなのに、次の瞬間には空の光になってしまいます。

 エールは何度も腕を伸ばし、指を握りました。つかめません。つかめないのに、追うほどに願いは強くなります。

 森はいつしか形を変え、エールは知らぬ谷へ入り込んでいました。風が急に強まり、谷の底には氷の川が細く光っています。

 キツネは軽やかに川をまたいで、向こう岸へ跳びました。

 エールも続こうとしますが、足がすべります。体が前へ投げ出されました。氷がきしみ、冷たい気配が腹の底まで刺さります。薄い氷の下で、黒い水が動いているのが見えました。

 落ちたら終わりだと悟った瞬間、喉が凍りつきます。声が出ない。指先の感覚が遠のきます。

 そのとき、雪を踏む音が近づくのを感じました。

 キツネが戻ってきていました。

 キツネはエールの襟をくわえ、ぐいと引き上げます。エールの体は雪の上へずり上がり、氷の縁から離れていきました。

 エールは転がるように斜面へ逃げ、膝を抱えて息をつきます。胸が痛いほど冷たいのに、目の奥が熱くなり、涙が勝手にこぼれました。

 キツネはエールの前に立ち、じっと目を見ます。暗い瞳は、怒りではなく、どこか母のような落ち着きを宿していました。

 キツネは踵を返し、尾を一度だけ揺らします。ついて来いと言っているようでした。

 エールは震える足で立ち上がり、キツネの後ろを歩きます。

 木々の間を抜け、雪の丘を回り込み、風の当たらぬ窪地へ入ると、土の匂いがする穴がありました。キツネの巣です。

 中から小さな子ギツネが二匹、顔を出しました。丸い目がエールを映し、耳がぴくりと動きます。

 キツネは巣の前に座り、子ギツネの背を尾でそっと包みました。キツネは母親のようです。

 エールは小さく頭を下げ、途切れ途切れに話しました。母親が病気であること。父親が出稼ぎでいないこと。どうしても母親を治したいこと。三人で笑って暮らしたいこと。だから、オーロラになる前の結晶を求めたこと。

 母ギツネは黙って聞いていました。子ギツネたちも、息をひそめるようにして聞いています。

 話し終えたとき、エールの頬は涙で濡れていました。

 母ギツネは巣の奥へ視線を向け、エールに身を寄せる場所を示します。エールは巣の中へ入り、冷えた体を丸めました。子ギツネの体温が、消えかけた火のようにそっと寄ってくれます。

 しばらくして、母ギツネがエールを見ました。

『あなたのおかあさんは、こう思うはずだわ』

 声ではありませんでした。けれど言葉の形が、雪よりもはっきりと胸に落ちました。

『わたしのために、子どもが危ない目に遭うのは、いちばん悲しいのよ』

 エールは息を止めます。母親が、まさにそう言いそうだと分かったからです。だから、痛い。

 子ギツネが、きゅ、と小さく鳴きました。

 エールはうなずきます。

「もう追わないよ。誓う」

 その言葉は、狐火のきらめきよりも重く、確かなものでした。

 母ギツネは巣の外へ出て、森の匂いを嗅ぎ、風を読むように耳を立てました。

『あなたのおかあさんの病は、結晶の願いでなくても治るわよ』

 そう告げて、母ギツネはエールを見ました。

『森の薬草で治るわ。けれど、谷の奥ではないの。日の光が入る、やさしい斜面よ』

 エールの胸の中で、凍りついていたものが少しほどけました。闇の追跡ではなく、光の道を見つければよいのです。

 その夜、母ギツネは一度だけ巣を離れました。エールは巣で待ち、子ギツネの寝息を数えながら目を閉じます。

 夜明け前、母ギツネが戻ってきました。毛には、どこかエールの家の匂いが混じっています。火鉢の灰の匂い、煎じ薬の湯気の匂い。母親のそばで、じっと夜を過ごしてきたのだと、エールは察しました。

「ありがとう」

 エールが言うと、母ギツネは尾を一度だけ揺らしました。


 朝が来ました。雪は白さを増し、森の影は薄くなります。

 母ギツネは歩き出し、エールはその後をついていきました。道は谷へ向かわず、日の差す丘へ向かいます。風が弱い斜面で、木々が雪を支え、地面がところどころ息をしていました。

 母ギツネはそこで立ち止まり、前足で雪をそっとかきます。雪の下から、冬でも枯れぬ細い葉が現れました。薬草です。

 エールは母ギツネの動きを真似し、根を傷つけぬように必要な分だけ摘みました。袋の中に葉が増えるたび、心が少しずつ軽くなります。

 帰り道も、母ギツネは安全な場所を選んでくれました。氷の薄いところを避け、雪の固い道を通ります。

 家が見えたとき、エールは走りだしました。戸を開けると、母親は弱々しくも目を開き、エールを見て安心したように息をつきました。

「どこへ行っていたの」

「薬草を見つけたんだ。森が教えてくれたの」

 エールは湯を沸かし、薬草を煎じます。母親は苦そうに顔をしかめながらも飲みました。

 その夜、母親の呼吸は少し深くなりました。

 次の日、熱はわずかに下がっていました。

 三日目、母親は自分で水を飲めるようになりました。

 それから毎日、エールは薬草を煎じ、母親に飲ませました。母ギツネは遠くから見守ってくれます。道を誤りそうになると、木の影からすっと現れ、正しいほうへ先に歩いてくれるのです。

 十日ほどたったころ、母親の頬に赤みが戻りました。ちょうどそのころ、父親から手紙が届きました。『雪が落ち着けば帰れる。あと半月ほどだ』と書かれています。

 母親は手紙を胸に当て、涙をぬぐいながら笑いました。エールも笑います。家の中の寒さが、少しだけ薄くなりました。


 ある晩、空がよく晴れました。母親はまだ長くは外に立てませんが、戸口なら大丈夫だと言います。エールは母親の肩に毛布をかけ、ふたりで外へ出ました。

 雪は月明かりを受け、細かな粒が光ります。白い息さえ、きらきらして見えました。

 そのとき、空の向こうで淡い幕がひらきました。緑の光がゆっくり揺れ、白と薄い赤が重なります。母ギツネの尾が払った雪の結晶が、空へ運ばれて踊っているようでした。

 エールはもう追いません。追わなくても、光はここに届くと知ったからです。

 母親がそっとエールの手を握りました。握る力は弱いけれど、あたたかい手。

「きれいね」

「うん。きらきらだ」

 母親はうなずき、エールの頭を撫でました。

「エールがここにいてくれることが、いちばんの願いよ」

 その言葉は、夜空の光よりも深く胸を照らします。

 森の奥で、キツネの影が一度だけ動きました。母ギツネの後ろに、子ギツネが二匹並んでいます。

 エールは小さく手を振りました。母ギツネは振り向かぬまま、尾を一度だけ揺らしました。

 狐火は、つかむための光ではありません。守るために見上げる光なのだと、エールは静かに悟りました。冬の空は高く、家の窓には火の色が揺れています。そこに、帰る場所があるのです。


おしまい。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 この物語で描きたかったのは、『願いを追いかける気持ち』と同じくらい、『いま目の前にあるぬくもりを守ること』も尊い、ということでした。

 冬の夜空の光は遠いのに、手のぬくもりは近い――そんな対比が、読んだ方の心に小さく残ってくれたら嬉しいです。

 感想やリアクション、とても励みになります。よろしくお願いします。

※本作は作者の執筆を前提に、生成AIを補助的に活用しています(ChatGPT:資料収集・分析・構成補助/Claude:感想・改善案の提示)。

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