第9話 被爆者
あみと萌夏は地下にある講演会場に向かった。講演席では老人が腰掛けていた。見た目からして90歳は過ぎてはいるのだろう。
会場の席は所々空いてはいるが、多くの人が被爆者の証言を聞きに集まっていた。
萌夏は2人分空いた席を見つけるとあみと一緒に腰掛けた。
定刻を過ぎると被爆者の老人は軽い挨拶と自身の簡単な自己紹介を済ませて席に座り、当時の広島の地図を貼り付けた黒板を背に自身の体験談を語り始めた。
老人が被爆したのは13歳の時、あみと同じように国民学校に登校しようとしていた時に自宅で原子爆弾の炸裂に巻き込まれた。
当時少年だった老人は何とか倒壊した自宅から妹と脱出したが、母は完全に下敷きとなっていた。
妹と必死に助けようとするが火の手が迫ってきたため、母に逃げるように言われ、妹と泣きながら母を置いて避難した。
街は燃え、助けを求める人達で溢れた地獄と化した広島で、どうにか安全な場所を見つけて治療を受けたが、妹は放射能による影響で血を吐き倒れそのまま亡くなり天涯孤独の身になったという。
あみと萌夏は目に涙を浮かべながら、必死に当時のトラウマと戦いながら証言をする被爆者の話を聞いていた。
そして話が終わると質問する時間が設けられた。
老人は質問に真摯に応え、あっという間に最後の質問に答える時間になった。
質問をしたのはアメリカ人の若者だった。この会場にたった1人いた外国人だった。
若者がマイクを持ち、老人に流暢な日本語で質問する。
「本日は貴重なお話ありがとうございました。私からの質問は、あなたはアメリカをやはり恨んでいるのでしょうか?私の国が落とした原爆で家族を奪われ、あなた自身も原爆の後遺症に苦しみ、いつ死ぬか分からない恐怖に襲われた。そんな苦しい思いをさせた私達アメリカ人はやっぱり許せないと思っているのでしょうか?」
アメリカ人の若者が後半には声を震わせながら老人に質問を終えると、老人はアメリカ人の若者を優しい表情を向けて返答した。
「質問ありがとうございます。よく勇気を出してくれたね。本当にありがとう。」
老人は軽く会釈すると話を続けた。
「最初は恨んでいました。目の前で母が亡くなった時は絶対に仇を取ってやると思っていました。」
アメリカ人の若者は悲しそうな表情で老人を見つめていた。老人は進める。
「でもね、ある光景を見てからはアメリカ人を恨む感情は無くなりました。あなたは原爆で亡くなった人達の中に、多くの外国人の人達もいたことは知っていますか?アメリカ人も亡くなっています。」
若者は驚きの表情と共に首を横に振る。あみも萌夏も驚きを隠せない。会場が動揺に包まれる中、老人は微笑み話を続けた。
「日本人でもあまり知らない人が多いと思います。日本人には目を向けられているけど、彼らにはまだ、あまり目を向けられていないからね。記録も少ないですし。」
そういうと老人は急に頭を下げて言った。
「もう少しだけお話をしてもいいですか。皆さんに知ってほしい事実があります。戦争とは何なのか?それを知っていただきたいです。そのために伝えさせてください。」
会場は拍手で応えると老人は席に戻った。
「ありがとうございます。では手短に。」
あみは再度老人に目を向けた。萌夏と資料館を回って、沢山の人が殺された事実を知り、アメリカを恨む感情が出てきたことがあった。
目の前の老人も同じだと思っていたが、その老人はアメリカ人を恨んでいないという。彼は何を見たのか?
あみはそれを確かめたかった。その想いは萌夏も同じだった。
老人は再びマイクを持ち語り出した。