第7話 あの日のこと
あみと萌夏が次のコーナーに行くと、そこには壁一面に原爆で破壊された広島の街の写真が、周囲を囲むように展示されていた。
その光景はまるで自分が、原爆で破壊された街のど真ん中にいると錯覚してしまうほどだった。
あみは呆然と立ち尽くして呟いた。
「これが私の住んでいた広島なの。何もない。全部破壊されている。」
萌夏が後ろから声をかける。
「酷いよね。でもこれがあみちゃんが住んでいた場所なんだよ。」
「嘘だ、そんな。」
あみは写真の中に産業奨励館を見つけた。現在の原爆ドームだ。
「え、あれって。」
「あみちゃんが見ていたものだよ。大きいコンクリート構造の建物は何とか一部だけ残ったの。それが今では原爆がどれだけ日常を破壊して変えてしまうか、私達に伝えるために残されているの。」
あみが呆然としながら周りを見渡していると、かつての街を再現した模型を見つけた。あみは慌てて駆け寄った。
そしてその横には原爆で破壊された街を再現した模型があった。あみがそれぞれの模型を見比べて言った。
「酷い、全部破壊されてる。こんな酷い光景をアメリカはたった一発の爆弾を落として作り上げたの?」
萌夏はあみを見た。あみの背中は恐怖とわずかな怒りで震えていた。
そんなあみを眺めていると、あみが顔が横を向いた。その瞬間目を見開いて、次のコーナーに向かって走り出した。
萌夏は慌てて呼び止める。
「ちょっとあみちゃん!!」
萌夏が追いかけるとあみはある展示物の前に立ち尽くしていた。
あみの目の前には三輪車が展示されていた。説明文には三輪車の持ち主についての説明があった。
あみは食い入るように読み進めていた。萌夏が声をかける。
「あみちゃんどうしたの?その三輪車の持ち主を知っているの?」
萌夏の声を聞いたあみが振り向いた。その目は涙に濡れていた。
「うん、知っている。可愛い男の子だった。こっちの世界に来る前に頭を撫でたの。」
萌夏が驚いて立ち尽くしていると、あみは続ける。
「あんな可愛い子が大火傷を負って水が欲しいって言って亡くなったの?まだ三歳だったんだよ。なんでこんな酷い目に遭わないといけないの!?」
あみは泣いていた。萌夏は急いで駆け寄った。
「あみちゃん、引き返して大丈夫だよ。一旦落ち着くまで休む?」
「ごめん萌夏ちゃん、取り乱して。でも次に行かなきゃ。私は知らないといけないの。」
「どうしてそんなに知りたいの?」
萌夏があみに質問をすると
「妹がいたの。私は自分だけ別の世界に行って妹を置いていってしまった。こんな地獄に。」
あみが震えた声で答える。
「妹がどうなったのか知りたいの。その手がかりを得るためなら私は頑張れるから。」
あみは震える体を無理やり起こして次のコーナーに向かって歩き出す。
次は被爆した人達についての展示が広がっている。
萌夏はあみの肩を両手で支えながら歩き出す。2人は無言で展示物を見て回った。
真っ黒なお弁当箱、血のついた服、人に突き刺さっていたガラス。それらの遺品はかつて広島で確かに生きていた人達がどのように苦しんで亡くなっていったのかを、見る人に語りかけていた。
あみは遺品ひとつひとつを真剣に見て、パネルに記された持ち主の記録を読み進めた。
何とか遺品のコーナーを抜けると、次は被爆者の写真が展示されたコーナーに行き着いた。
あみはかつて一緒に広島で住んでいた人達の変わり果てた姿をただ呆然と眺めていた。
大火傷を負った人、黒焦げになった人、崩れた建物から出られずに身を焼かれて骨になってしまった人、あみの知る広島の人達の姿はもうなかった。
あみの目からもう涙は出ていなかった。ショックがあまりにも大きく、しかも大量に与えられてしまったため、感覚が少し麻痺をしてしまったのだろう。
そんなあみを見て、萌夏は手をひっぱった。
「あみちゃん、よく頑張ったね。早くここから離れようか。」
萌夏はあみを引っ張って前に進む。あみは流されるままに萌夏の後をついて行くのであった。
次のコーナーは開けた空間が広がっていた。
先ほどとは違い周囲は窓ガラスに覆われて、外の光が空間を照らしていた。
「あみちゃん、ここに座ろう。少し休もう。」
萌夏はあみを座らせた後、自身も隣に腰掛けた。
2人は暫く無言だった。あみが萌夏の手を握る。
「あみちゃん?」
「ごめんね。少しこのままでいさせて。」
そんなあみを見て萌夏は優しく微笑んで、静かに答えた。
「うん、いいよ。」