第10話 私が見たもの
老人は再び語りだす。
私が母を失い妹と避難所に逃げた翌日のことです。私は使えるものと母の遺骨を回収しようと家に向かっていた時でした。
原爆で完全に破壊された街を歩いていたら誰かの怒鳴り声が聞こえました。
「お前達のせいでこんな酷い目に遭ったんだ!!」
私は何があったのかと気になって、声のする方に向かうとそこには磔にされた人がいました。その人に向かって周り人が石を投げていたんです。
その磔にされた人をよく見るとアメリカ人だった。私達と同じように大火傷を負っていました。
当時広島には12人ほどのアメリカ兵の捕虜がいたんです。彼もそのうちの1人でした。
私はその光景が残酷で怖かったのをよく覚えています。
私が知る優しかった人の姿はそこにはありませんでした。憎しみに支配された鬼に見えました。
同じように被爆しても生まれた国が敵対している国だった。たったそれだけの違いです。
でもそれだけで人は残酷なことが出来るのだと、恨みを持てば変わってしまうのだと知りました。
私はその残酷な光景に耐えきれずにその場を離れました。
その後、家で使えそうなものを回収し、妹の所に戻ろうとした帰り道で私はふと、さっきのアメリカ兵のことがどうしても気になり戻りました。
その時は周囲には誰もいませんでした。彼は磔からは外されて地面に仰向けに横たわって放置されていました。顔は沢山の石を投げつけられて原型が分からなくなっていました。
私はその光景を見た時、可哀想で涙が止まりませんでした。
膝から崩れ落ちて何回も「ごめんなさい、ごめんなさい。」と言ったことを今も覚えています。
自分の国を守るために戦い、捕虜になっても頑張って生きていたら、原爆で殺された。
苦しんだ後にはこのような酷い仕打ちをされて放置される。
あんまりじゃないですか。
老人はそう言い話を締め括ると涙を流した。質問したアメリカ人の若者も泣いていた。
「私の話を聞いてくださりありがとうございます。この話を聞いて誰が悪いのかって判断できましたか?
日本もアメリカもお互いが傷つけて、傷ついて変わってしまった。そのようにした元凶は決して原子爆弾ではありません。“戦争という行為”が全ての元凶なんです。」
老人はアメリカ人の若者の方を向いた。
「アメリカから来てくださった貴方。アメリカの人達も被害者なんです。同じく傷ついた人を憎むなんてことは決してありません。安心してください。」
そして今度はあみ達の方を向いた。
「皆さん。原爆で傷つけられた人は日本人だけじゃありません。アメリカ、中国、朝鮮半島の人達、ドイツ、オランダ、イギリスや東南アジアの人達もあの雲の下にいたんです。彼らにも目を向けて知ってあげてください。」
老人はマイクを強く握りしめて最後に訴えた。
「そして色んな人達に伝えてください。そうすれば世界中の人が原爆について知り、考えるきっかけになります。それは核兵器がない、平和な世界を実現させるための第一歩になりますから。」
老人が最後に言った言葉に会場にいた人達は拍手をした。
あみも萌夏も自然と手を合わせて拍手を送っていた。
あみと萌夏は資料館から出て近くのベンチに腰掛けた。萌夏があみに話しかける。
「あみちゃん、どうだった?」
「うん。すごくいい話が聞けた。」
萌夏と資料館を周り、あの日の広島で何が起きたのか知ったあみ、しかしまだやることがある。
「ねえ萌夏ちゃん。妹の美波がどうなったのか知りたいの。資料館では美波についてのことは分からなかったから。」
「分かった。調べる方法はいくつかあるから。」
萌夏は被爆者の証言録に美波の名前を検索したが見つからなかった。アーカイブを見ても美波の名前は載っていなかった。
「うーん、見つからないなあ。」
萌夏は焦る。あみも心配そうに萌夏の様子を見守ることしかできなかった。
「そういえばあみちゃんの苗字は?」
「え?藤崎だけど。」
それを聞いた途端、萌夏はスマホを手から落とした。
「え?藤崎美波?」
あみは萌夏の様子を見て質問した。
「もしかして美波のこと知っているの?」
萌夏はスマホを拾い答えた。
「もしかしてあの人が?美波おばさんが?」
そう呟くと萌夏はあみの手をとった。
「行こう。どこにいるかは知っているから。美波おばさんは差別されないために自分が被爆したことはずっと隠していたの。だから記録にものっていないの。」
あみはその言葉を聞いて萌夏に言った。
「萌夏ちゃんお願い、美波に合わせて。」
涙目でお願いするあみを見た萌夏は答えた。
「分かった。一緒に行こう。」
2人は美波の所に向かった。あみの妹かもしれないという、少しの希望を信じて。