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公爵夫人は旦那と義理の息子に溺愛される

作者: 久遠れん

 本日付けをもって、わたくしエルミール・アベジェールはエルミール・バーデルとなった。


 つまり、結婚したのである。とはいえ、ただの結婚ではない。


 後妻として公爵であるアルベール様に嫁いだのだ。


 先妻である方はすでに亡くなられていて、私に声がかかったのである。


 事前に「息子が一人いる」と伝えられていたけれど、年の離れた弟がいたし、そもそも子供が好きなので逆に嬉しかった。


 そう、私は嬉しいと思っていた。だって、子供は幼いと思っていたから!






「公爵子息のフランシスです。よろしくお願いします、お義母様」

「……はい」


 私の前に立っているのは、長身のすらりとした体躯の青年。


 アルベール様に「息子のフランシスだ」と紹介されたのは、幼い子供ではなく私と同じくらいの年頃の男性だった。


 ひきつる頬を抑えて、そっと疑問を口にする。


「失礼ですが……フランシス様はおいくつですか……?」

「先日十六歳になりました」

「同い年……!!」


 結婚したらいきなり同い年の義息子ができるってどういうこと?!


 思わずフランシス様の後ろにたたずむアルベール様を見上げると、彼は不思議そうに首を傾げた。


「言っていなかったか?」

「聞いておりませんわ!!」


 私が聞いていたのは『息子がいる』だけだ。


 先妻とのお子様だというのは知っていたけれど、それだけである。


 まさか私と同い年の方が義息子になると予想できる人がどこにいるだろう。


 それにしても、アルベール様は偉丈夫という感じでがっしりした体つきと精悍な顔立ちをされているけれど、フランシス様は美丈夫という感じで穏やかな表情と優しげな顔立ちをされている。


 アルベール様は漆黒を溶かし込んだような髪と瞳で、髪も比較的短い。


 アルベール様はさらさらの金髪を肩口で緩く結んでいて、青い目元も涼やかだ。


 お二人は外見がほとんど似ていないし、纏う色彩も正反対だけれど、フランシス様は先妻の奥様似なのかしら。


「エルミール、驚かせてすまなかった。フランシスとも仲良くしてくれると助かる」


 アルベール様の言葉に現実逃避から我に返る。


 ぱち、と瞬きをしてから私は鍛えられた令嬢スマイルで微笑む。


「はい。もちろんです」


 穏やかに笑った私にフランシス様の視線が痛いほど突き刺さっている。


 そうよね、そちらも同い年の女を「お義母様」と呼ぶのは抵抗があるわよね!!




▽▲▽▲▽




 それにしても、旦那様は現在二十九歳と伺っている。私とは十三歳の年の差がある。


 それ自体は気にしていなかったけれど、フランシス様が産まれたのが旦那様が十三歳の時だと考えると、いくら貴族とはいえ闇を感じずにはいられない。


(つつかないほうが良さそうよね)


 気にはなるけれど、突っ込んだ話はしないほうが身のためだろう。


 寝室の窓の外を眺めながらため息を一つ吐き出す。手元の本からすっかり興味がそれている。


 こんこんと扉をノックする音が響いた。


 視線を扉に向けて「どうぞ」と声をかけると涼やかな声音が返ってくる。


 声で分かっていたけれど、開いた扉から姿を見せたのはフランシス様だ。


「失礼します。お義母様、父上が呼んでいます」

「わかりました。ありがとうございます」


 膝の上で開いていた本を閉じて、テーブルに置く。


 立ち上がって扉に向った私の前で、にこにこと笑っているフランシス様に首を傾げる。


「どうされましたか、フランシス様」

「いえ、お義母様は愛らしいな、と」

「?!」


 さらりと落とされた爆弾発言に驚いて肩が跳ねる。


 目を見開いた私の茶色の髪の先を救い上げて、にこりとフランシス様が微笑む。


「では、私はこれで。また夕食の席で話をしましょう」

「……はい」


 そこらの貴族の子女だったらきっとときめいて恋に落ちていただろう。


 私もちょっとだけ心臓の鼓動が早い。


 でも、私は後妻とはいえアルベール様の奥様でフランシス様の義理の母なので、ときめいてはいけないのだけれど!





 執務室の扉をノックする。


 まだちょっと心臓の調子がおかしいけれど、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「入れ」


 入室の許可を得て扉を開けた。


 アルベール様は執務室の机の上にたくさんの書類を乗せている。


 私の姿を見て、手にしていた書類を机の上に置き、執事に声をかけた。


「少し下がってくれ」

「畏まりました」


 一礼した執事がこちらに歩いてくるので、私が横に退くと「失礼いたします」と扉の前でもう一度頭を下げて扉を閉めてしまった。


 アルベール様と二人きりだ。


 私はそっと視線を向ける。ゆっくりとアルベール様の執務机の前まで歩み寄った。


「呼ばれていると伺いました。どうされたのですか?」

「……フランシスのことで話があった」

「?」


 なんだろう。先ほど突っ込まないでおこうと思ったばかりなのだけれど。


 軽く首を傾げた私の前で、アルベール様が両手を組む。黒曜の真摯な瞳が私を射抜く。


「気づいていると思うが、フランシスは俺がまだ子供の時に産まれた子供だ」

「はい」


 先ほど考えていた内容だ。一つ頷いた私の前で、アルベール様が視線を伏せる。


「ずいぶんと不自由な思いをさせた自覚がある。同じ年のお前に頼むのは酷だとわかっているが、母として愛してやってくれ」

「もちろんですわ」


 どこか影をはらんだアルベール様の言葉に、私は力強く頷いた。


 アルベール様の伏せられた黒曜の視線が再び私に向けられる。


「それだけだ。呼びつけて悪かったな」

「いいえ。では、失礼します」


 綺麗なカーテシーをして、私は執務室を後にした。


(母として愛すというのは、どうやるのかしら)


 頷きこそしたけれど、難しいと思う。


 色々と考えながら接したほうがいいだろう。頑張ろう、と心の中で決意して私は寝室件自室に戻った。






 夜会に出席することになった。公爵家で開かれる、私が公爵夫人となったお披露目の夜会だ。


 新しいドレスをアルベール様から頂いて、アクセサリーや髪飾りなども新調した。


 新しいドレスはアルベール様の瞳の色の漆黒のドレスだ。黒い布地は少しだけ光を反射する。


 すべらかな肌触りと軽い生地が特徴なのだと公爵家が贔屓にしている商人が口にしていた。

 

 アクセサリーと髪飾りも、ドレスに似合うように選んだものだ。


 アルベール様にエスコートされて入場した夜会の会場は、私たちが姿を現すとそれまでのざわめきが少しだけひそめられた。


「あれが新しい侯爵夫人のエルミール様よ」

「お若いのね……まだ子供じゃない」

「もしかしてフランシス様と同年代かしら」


 静かに広がるさざめき。肌を刺すような冷たい悪意の波。


 私はそっと息を吐く。負けまいと背筋を伸ばし続ける。


「エルミール。気にするな」

「はい」


 小声で落とされた気遣いの言葉に、私は小さく頷く。


 立ち止まったアルベール様の隣で足を止めると一気に人に囲まれる。


「アルベール様、お久しぶりです」

「ああ、久しいな」


 アルベール様に挨拶をしたい人たちが列をなしている。


 普段は夜会などに出席されないというから、相当に珍しいのだろう。


 私は隣でにこにこと微笑みながら、一人ひとりの名前と顔を覚えていく。


 アルベール様は私への配慮なのか一人ずつの名前をあえて呼んでくださるから覚えやすい。


 しばらくそうして挨拶を続けて、少し疲れたな、と思った頃にアルベール様から声をかけられる。


「端によって休憩しよう」

「ありがとうございます」


 気遣いっていただいているのがわかるので、私は一つ頷いた。


 挨拶にくる人たちもずいぶん少なくなったので、人ごみを抜けて壁際による。


「飲み物を取ってくる。少し休憩していてくれ」

「はい」


 パーティー会場を回っているボーイが近くに見当たらないからだろう。


 一言告げて私の傍を離れたアルベール様の背が人の中に消えていくのを見送って、浅く息を吐く。


「あら、エルミール様」

「リンダ様。お久しぶりです」


 声をかけてきたのは侯爵令嬢のリンダ様。


 リンダ様は私を上から下まで見て、ふんと鼻を鳴らした。


「伯爵の家の出の貴女が、どうして公爵家の後妻に収まれたのかしら」

「どうしてでしょうね」


 私がバーデル公爵家に嫁いだのはアルベール様から声がかかったからだ。


 理由は聞かされていない。


 だからこそ私は素直にそう答えたのだけれど、リンダ様の癪に触ってしまったらしい。


「ドレスはともかく、アクセサリーと髪飾りがとても地味ね。期待されていない証拠だわ」


 どうしたものかしら。


 アクセサリーも髪飾りも、一応アルベール様の意見を聞いて身に着けているものなのだけれど、それを口にするとさすがに意地悪な気がする。


 私が迷って頬に手を当てると、リンダ様がさらに言葉を重ねようと口を開いたタイミングで背後から声がかかった。


「お義母様、こちらにいたしたのですね」

「フランシス様」


 声をかけてきたのはフランシス様だ。


 穏やかな笑みを浮かべて私の隣に立つ。なぜか腰に手をまわされる。


「父上はどこにいかれたんですか?」

「飲み物を取ってこられると」

「なるほど。それまでは私がエスコートしましょう」


 にこにこと微笑みながら告げられる。


 完全に蚊帳の外のリンダ様に視線を向けると、彼女は悔しそうに唇を噛みしめている。


「ああ、リンダ嬢。いらしたのですね」

「っ」


 視界に入っていないはずがないのに、あえてそう口にしたのは牽制だろう。


 リンダ様は言い返すこともなく、カーテシーをしてその場を去っていった。


「はぁ……。お義母様、あまり油断されないでください。貴女はいま公爵夫人なのです」

「ごめんなさい。迷惑をかけたわ」

「気にされる必要はありません」


 整った顔でにこりと微笑まれると、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。


 私はそっとフランシス様の腕から逃げるように立ち位置を変える。


「おや」

「もう大丈夫です」


 リンダ様への牽制なのだから、距離が取れた今もう腰を抱いていてもらう必要はない。


 とはいえ、この場での適切な言葉選びがわからない。


 逃げるように視線を人のざわめきに視線を向けると、人の中を縫ってエルミール様が姿を見せた。


「待たせた。これを……なにかあったか?」

「父上、あまりお義母様を一人にしないほうが」

「らしいな」


 さっと周囲に視線を走らせたアルベール様が浅く息を吐き出す。


 私は渡されたグラスに口をつけた。深い赤い色の飲み物に口をつける。喉越しが滑らかで美味しい。


「あ、ら」


 ぐらりと視線が揺らいだ。足元がぐらぐらする。


 ふらついた私をアルベール様が支えて下さる。


 私の手からフランシス様がこぼしかけているグラスを取り上げた。


「エルミール?!」

「アルベール様が、ふたりいるわぁ……」


 そこですこん、と私の意識は途切れた。






 頭が痛い。がんがんする。体がだるくて重たい。酷く喉が渇いていた。


 ゆっくりと瞼を持ち上げる。視線の先にはここ最近で見慣れたベッドの天蓋が飛び込んでくる。


 自室に戻ってきたらしい。でも、いつ戻ったのだろう。記憶が途切れている。

「エルミール、目が覚めたか」

「お義母様、目が覚めましたか?」


 二つの声がかかって私は視線をそちらに向けた。


 ベッドサイドにはアルベール様とフランシス様が私を覗き込むようにしている。


「わ、たしは……こほ」

「水を飲め」


 咳き込んだ私の体をアルベール様が支えて起こしてくれた。


 ゆっくりと起き上がった私にフランシス様が水差しからグラスに水をついで渡してくださる。


 指先に触れたグラスは冷たい。


 私は一口ずつ慎重に水を飲んだ。こくこくと嚥下すると喉の渇きが大分マシになる。


 グラスの半分ほど水を飲み干して私はほっと息を吐いた。手元からグラスがとられる。


 こぼす前にアルベール様が持ってくれたのだ。


「すまない。まさかそこまで酒に弱いとは思わず」

「お酒、ですか?」

「お義母様はワインを一口飲んで倒れたのです」


 首を傾げた私に補足してくれたのはフランシス様だ。私は瞬きを繰り返す。


「いえ、私はそこまでお酒に弱くはありません」

「……なに?」

「実家では夜会に支障が出ない量を把握するために、ある程度のお酒を嗜みましたが、このように倒れたことは一度もありません」


 私の言葉にアルベール様の視線が鋭くなる。フランシス様も険しい表情をしていた。


 私にだって、その意味は分かる。


 誰かがワインに何かを混ぜたのだ。ターゲットは夜会の会場にいた貴族。


 毒ではなかったことが幸いだ。私の体に残る気怠さから言って、睡眠薬の類であったのだろう。


「フランシス、ワインはどうした」

「念のため捨てずに保管するように伝えました」

「よくやった」


 フランシス様を褒めたアルベール様が立ち上がる。


 視線で追いかけた私に、彼は静かに私を見下ろした。


「エルミール、しばらくゆっくりしていてくれ。後のことは俺に任せろ」

「はい」


 素直に頷いた私に、アルベール様も浅く顎を引いた。


 そのまま部屋を出て行ったアルベール様の背中を見送る。


「お義母様、何事もなく良かったです」

「心配をかけてごめんなさい」

「不可抗力ですから、気になさらないでください」


 柔和に微笑むフランシス様に私も微笑み返して、私は手元に視線を落とした。


「誰が何のために薬なんて」

「わかりません。父上に任せましょう」

「ええ」


 ここで考えていても答えは出ない。フランシスの言う通りアルベール様に任せるのが一番だ。


「もう少し休んでください。傍にいますから」

「ありがとうございます」


 ゆっくりとベッドに再び横になって私は目を閉じた。


 すぐに眠気が襲ってきて、私は夢の世界に旅立った。




▽▲▽▲▽




 睡眠薬を混入したのは調査の結果リンダ様の手下の人間だったらしい。


 リンダ様にお金を握らされて、ワインに睡眠薬を混ぜたと下手人は白状し、彼女は罪に問われた。


 彼女曰く「アルベール様と一夜を共にしたかった」と口にしているらしい。


 私を押しのけて妻の座に収まりたかった、とも。


「アルベール様はモテるのですね」


 夕食の席で教えられたリンダ様の供述に私が感心して頷くと、アルベール様はため息を吐き出した。


「そういう問題ではない」

「お義母様は面白い方ですね」


 ため息を吐き出したアルベール様とくすくすと笑うフランシス様に私は首を傾げる。


 おかしなことを口にしたつもりはないのだけれど。


「そうだ。お義母様、明日商人がくるでしょう。同席してもいいですか?」

「もちろんよ。でも、どうして?」

「お義母様に似合うドレスを一緒に選びたかったのです」


 明日、公爵家が贔屓にしている商人が様々な商品をもってお屋敷を訪れる。


 同席するのは構わないけれど、なにか欲しいものがあるのだろうかと尋ねた私に楽しげにフランシス様が答える。


「フランシス、青いドレスはダメだからな」


 この国では伴侶の瞳の色のドレスを贈ることには大切な意味がある。


 夜会で黒いドレスを身にまとったのもそれが理由だ。


 けれど、アルベール様の釘を刺すような言葉の意味はよくわからない。


 青いドレスがダメな理由がなにかあるのだろうか。


「狭量なことを言わないでください、父上」

「エルミールは私の妻だ」


 ぱち、と瞬きをする。そんなわかりきったことを言わなくても、と思うのだけれど。


 二人の間では意味が通じているらしい、渋い表情をしているアルベール様の前で、フランシス様は相変わらずにこにこと微笑んでいる。


 なんだか、二人の間で火花が散っている気がする。


 対立するような話題運びではなかったと思うけれど。


「お二人とも、どうされたのですか?」


 疑問を素直に口に出すと、二人が一斉に私のほうへ視線を向ける。


 なんだか、二人の瞳がぎらぎらとしている気がして、少し腰が引けてしまう。


「エルミールは私を愛しているな?」

「え? はい」

「お義母様は私のことも愛していますよね?」

「ええ」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。二人は満足そうに笑って食事を再開した。


 私もフォークとナイフでお肉を切り分ける。


「エルミール、今日の夜は用意しておくように」

「?!」


 ごほ、とむせこんでしまった。こんな場所で言わなくてもいいのではないかしら?!


「父上、ずるいです。私もご一緒したいのですが」

「?!?!」


 まさかの発言に私はフォークとナイフを落としてしまった。


 どういう意味?! まさか、そういう意味ではないわよね?!


「ふふ、冗談ですよ、お義母様」

「そ、そうよね」


 ほっと胸をなでおろした私の前で、アルベール様とフランシス様が肉食獣のような瞳で見つめてきていることに、最後まで私は気づかなかった。





読んでいただき、ありがとうございます!


『公爵夫人は旦那と義理の息子に溺愛される』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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