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野良と家付き  作者: 青沼がざみ
八城と鈴島
22/32

虫干し

 大晦日の一日でこの古い家を私と八城と老女中のお滝さんでまとめて掃除するのは無謀に過ぎるので、霜月のうちに虫干しがてら、家の家具などを整理することにした。


 整理といっても、埃を被るばかりの余分な家具や調度品を、蔵と屋根裏に押し込むだけの作業である。



 母の実家であったこの家は、設計した人間が異国かぶれだったのかそれとも対抗しようとしてか、 日本の昔ながらの家に二階建ての洋風家屋を合体させた和洋折衷の仕様だ。ここの家は私が受け継いだが、使いやすいように手すりを設置したくらいで、管理は手付かずだった。母方の家系はみな短命で、母方の血を引く人間は私のみだ。つまり、この家に何がしまわれているのか、誰も知らない。


 私は掃除に関して戦力にならないので、せいぜい庭に出た家具の埃払いをするとして、屋根裏は八城、蔵をお滝さんが担当することになった。


 虫干しは、数日雨が降らなかった晴れた朝を選んだ。埃避けの手拭いを被ったお滝さんが、曲がりかけの腰を伸ばして、家の裏にある蔵の鍵を開けるのを、壁にもたれて眺めていた。


 お滝さんは、大仰に襷掛(たすきが)けをしてから、蔵の扉を半分開けて中を覗きこみ、数秒間固まって、ぱたんと締める。



「どう致しましょう旦那様」


「お滝さん、一体何があった」


「ご覧になればわかります」


 (ねずみ)でも湧いていたのだろうか。杖を操って蔵の前に立ち、戸を開ける。こもった空気が鼻を刺した。


 蔵は想像を絶する散らかりようだった。


 家具、行李(こうり)、木箱、鉄箱、紙箱、つづら、紐で結わえられた書物、何かの(かめ)、壊れた琴、風呂敷包み等がうずたかく積み上がって、分厚い埃を重ねていた。足の踏み場もない。


「なァ、上は物でいっぱいで家具を入れるどころじゃねぇぞー」


 くしゃみをしながら八城が戻ってきた。屋根裏も恐らく似たようなものだろう。




「鈴島、これ見ろよ、梅干がぎっしりの壺。いつのだこれ? 下手するとお滝さんの生まれるより前のだ。こっちの壺にはかつて沢庵漬だった奴が入ってるが……蓋は取らない方がいい」


「何年前に漬けたものかわからないから破棄しよう」


「梅干はなかなか美味かったぜ。塩っ辛いけど」


「お前、まさか食ったのか」


「旦那様、これはどうでしょう、元禄の年号が彫られた硯です。値打ち物には見えませんが……」


「硯? 蔵から出てきたのは確か七つめだな。まだ見つかるだろうから他のと一緒に置いておいてくれ」


「かしこまりました」


「なあ、なんか穴だらけの緋毛氈(ひもうせん)があるんだけど、近所の子供が物欲しそうにしてたからあげていい?」


「構わないが、一銭にもならないと思うぞ」


「無事なところを切って洗って人形遊びに使うんだって」


「好きにしてくれ。……お滝さん、蔵から出てきた本を読むのは後にしてくれ。部屋に持ち帰っていいから」


 晩秋に近い時期だが、額から汗が流れ出る。

 あまり知らない母方の家系は、物を捨てられない性分の血脈だったらしい。


 とりあえず、屋根裏は次に回すとして、蔵から不要品を出すことになった。

 八城とお滝さんも、蔵の中身を無断で処分する訳にはいかない。私が死蔵品の埃を払いつつ捨てるか否かの判断を担うことになる。頭が痛い。


 家具をどけて、着物と書物を庭で日にさらすくらいで終わると思ったが、とんだ長丁場になった。



「去年はどうしてたんだよ」


 昼餐(ちゅうさん)もなしに物を出し入れしていた八城が大きな鉄箱に寄りかかってぼやく。担いで運んでを繰り返しているので汗だくだ。

 お滝さんが甲斐甲斐しく八城に茶を運んでやっていた。


「去年は旦那様の世話人はアタシ一人でございましたからね。大掃除といっても何もしとりゃしませんよ。旦那様も、魂が抜けたように寝てばかりでしたからね」


「ふうん……。で、鈴島、どうすんの。庭も部屋も蔵出しの諸々でえらいことになってるぞ」


 八城が手渡された茶を一息で飲み干す間、私は横目で庭を見る。埃払いはしたが、庭は古物で満ちており、なんなら部屋の中にまで溢れている。目線を戻すと文机を占領している西洋人形と目が合った。


「とりあえず、明日古道具屋を呼ぶことにした。明らかに壊れているものだけ処分して、後は待ちだな」


「こんなに大掃除して出てくるものが要らないものばかりで、最後に全部しまわないといけないなんて考えたくないな。なんか値打ち物とかないの? 折角だし普段から使うといいや」


「そうだな……。しかし硯も机も足りているし…………、なら丁度お前が寄りかかっている鉄箱なんぞを残してみようか」


「これ? 何に使うんだ?」


「アタシも初めてみるものです」


 八城が鉄箱を改めた。鈍色をした鉄箱は前方に前開きの戸がついた、抱えられるくらいの大きさである。戸を開けると二段になっており、中に金属製の網や深皿が重ねて入れられていた。色々と書き付けられた紙束も入っている。見覚えがある。


「それは天火という」


「テンピって何?」


「舶来品の料理道具だ。英語ではオーブンという」


 私が子供の頃は、結構な高級品であった。端がわずかに錆びているが、充分使用に耐えうるだろう。


「鉄の箱を七輪に乗せたりして炭を起こして、箱の中で肉やら菓子やらを焼いたり蒸したりする。異国の料理の半分くらいはこれを使う」


「へえ、なんでそんなもんがお前ん家にあんの?」


「ここは母の実家でな。新しもの好きの母が昔買っていたのだと思う。何度か、菓子をこしらえてくれたかな」


「ビスケットとか!?」


 八城の猫目がきらりと光る。

 先日弟に貰ったビスケットを八城は(こと)(ほか)気に入ったらしい。お滝さんは「この鉄箱が値の張る舶来品?」という風に皺首(しわくび)を傾げながら、天火の(かたわら)にあった別の器具を指差す。


「これもテンピとやらの類でございましょうか?」


「それは、カステラ鍋だろう。名前の通り、カステラが作れる」


「へえ、カステラって家で作れるんだ。これもしまわないでおこうぜ!」


 皮算用を目論み嬉しそうにカステラ鍋をさする八城に冷や水をかけることにした。


「調理法は書き留めてあるが、上手くいくかは未知数だぞ。母は洋菓子や洋食が買える店もない、料理人も少ない時代で高価だったので、めぼしいものは拵えてしまった方が手っ取り早いと思ったのだろう。それでも割合失敗していたから」


「今も洋食は大概高価だぜお坊ちゃん。俺は料理なんてしないしお滝さんが洋菓子の作り方なんざ知るはずもなし、お前の記憶が頼りだな」


 母は、体が虚弱だがそのくせ俊足で、真面目な割にどこか抜けていて、愛想もないのに人が周りに寄ってくるような人間だった。ビスケットなどを焼いて皆に振る舞っていたからかもしれない。あの頃八城がいたら漏れなく相伴に預かっていただろう。


 すっかり蔵出しを続ける気をなくした八城がしまうつもりだった藤の揺り椅子に腰掛けて伸びをする。前髪が揺れた。


「洋菓子って旨いのな。バタ臭いとかいうけど俺は好きだよ、バタの匂い。鈴島の料理の腕が母親似だといいんだけどな」


「期待するな、そもそも一緒に菓子を焼いたのは子供の時分だ。……まあ、母譲りの顔も、足も、私は壊してしまったが、舌はまだ残っているから、記憶を頼りにやってみようか」


 こんな台詞を感情込めず言えるようになったので、傷は癒えるものである。


「作ってみようぜ洋菓子! なあ鈴島、お滝さん!」


「アタシは異国の料理なんて……」


 八城はすっかりその気で、尻込みするお滝さんの枯れた手を包んで、我が儘な孫よろしく言うことを聞かせてしまっている。


 天火内部に残されていた書き置きを読み上げる。今は亡き母の字だ。懐かしい。

 香辛料と胡桃を入れた焼き菓子だ。分量なきものは考合かんがえあわせにして(よろ)し……肉桂は適量でいいらしい。


「材料に入手できない物はないはずだ」


「胡椒に生姜……そんなもの本当にお菓子に使うの?」


「香辛料をふんだんに使った菓子は西洋ではよくある。子供の時だって作れたんだから何度か作ればなんとかなるだろう。失敗してもいいように材料を余分に積み上げればきっと……」


「よし! 明日、明日な!」


「いや、明日は古物商を呼ぶから、その後だ。弟の家では洋菓子を日常に焼いているだろうから、こつを聞いてもらって……」


 年甲斐もなく、声が浮つく。


 料理などしたことはない。母を手伝ってビスケットの生地を練ったり型を抜いたりはしても、それは単なる作業であり、一から食べ物を作ることとはまた別だ。


 しかし、八城が喜ぶから、試してみるのもやぶさかではない。



 蔵にしまわれた過去を掘り出して、近しい未来の約束ばかり増やしていく。虫干しは遅々として進まないが、掃除好きの人間の気持ちがわかるような気もする。霞んだ頭に澄んだ風が通るような霜月の晴天である。

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