第11話 精霊戦士
レオンは、目の前に現れた“黒い鎧の戦士”に、目を奪わられた。
……そして、そこから響いてきたのは、どうにも似つかわしくない少女の声。
「ドラゴンは私が対処します、離れていてください」
そう言いながら、鎧の戦士はスッと構えを取る。
右手をまっすぐに突き出し、左手は胸の前でガードの姿勢。
威風堂々たる姿。
しかし、レオンは戸惑い交じりに問いかけた。
「えっと……何者?」
その疑問に、「え?」と鎧の戦士が声を上げる。
***
「いや、普通に名乗ればいいんじゃないか?」
俺の至極まともな提案は、ライナに一蹴された。
「こういうのは謎めいていた方がいいんじゃない。ねえ?」
そういってティナに声をかけると、同意の声が返ってきた。
「人知れず困っている人を助けて、去っていく。それが精霊戦士ですね」
ティナが、見事に感化されている。
そんな子じゃなかったはずなのに──。
***
「……私のことは、精霊戦士ゴーレムと呼んでください」
ゴーレム──ユリィは開き直った。
呆気にとられていたカレンが、我に返って声を荒げる。
「ちょっと、そいつはあたしの獲物だ! 横入りはご法度だよ」
ユリィはその剣幕に押されるが、コリンを指さし小声で返す。
「え、でも……そこの人、危なかったですし。私に任せてくれた方が、安全、かと……ね?」
すると、鉄仮面が穏やかに口を挟んだ。
「なんだかよくわかりませんが、敵ではなさそうですし。ここは協力してもらっては?」
カレンはなおも不満げに大剣に視線を落とす。
「気に食わないね……。こいつさえ動いてくれれば、助太刀なんかいらないのに」
大剣を見たユリィが、パッと声を弾ませた。
「あーっ、それ!炎神シリーズですよね! ライナが開発したやつ!
筋力補助ギアなしで持てる人、初めて見ましたーっ!」
テンション高く語るユリィの横で、コリンが恐る恐る声をかける。
「あの……ゴーレムさん? ドラゴンが、起き上がりそうなんですけど……」
「えっ?」
振り返ったユリィの視線の先では、さっき吹き飛ばしたドラゴンが、地鳴りを立てながら立ち上がろうとしていた。
再び構えを取る。
「見ていてください。精霊戦士の戦いぶりを──!」
言うが早いか、大地を蹴った。
……え?
その場にいた全員が目を疑った。
ゴーレムの姿が、一瞬にして消えたかと思うと──ドラゴンの眼前に出現。
そして、拳が怪物の腹部を撃ち抜いた。
ドンッと鈍い衝撃音とともに、10メートルの巨体がのけぞり、そして沈んだ。
***
「おおっ、すごいな!」
俺は驚愕の声を漏らしていた。
まさかの秒殺。これほどまでとは。
「当然じゃない。あの程度、肩慣らしにもならなかったわね」
ライナが高笑いを上げる。得意満面といった様子だ。
だが──
ティナが表情を引き締めて、静かに告げる。
「いえ、まだ……ドラゴンの生体反応が消えていません。
それどころか……魔力反応? 亜竜種には、ないはずですが……」
ライナがさっと駆け寄り、モニターを覗き込む。
「確かに……。こいつは真亜かも」
また知らない単語だ。
俺の疑問に答えるかのように、ライナが続ける。
「長く生きた亜竜は、精霊の加護を受けることがあるの。
そうして進化した個体を“真亜”と呼ぶわ。火竜に雷竜……いろいろいるけど、どれも手ごわい」
さきほどまでの笑顔が消え、視線を鋭くする。
「真竜種ほどの力はないけど……もうただの獣じゃない。
魔法を操る、厄災よ」
モニター越しに、ドラゴンの灰色の鱗が変色していくのが見えた。
真っ黒に染め上げられていく……。
あの気配。あの黒い……何か。
背中が粟立った。あれは──
あの遺跡で見た──
エステルの記憶に現れた、あの“精霊の影”。
***
「おいっ、ゴーレム!」
カレンが、珍しく焦った声を上げた。
「あれは……やばい。
お前、この剣のこと知ってるんだろ? どうやったら使えるようになる?」
ユリィは素早くカレンの傍に駆け寄り、水晶球をまじまじと覗き込む。
「あー、これね。いったん戻って……そうそう、一番右下のアイコン。
炎神シリーズって、UIがちょっと分かりづらいんだよね。そこ、不評なの」
さらに顔をぐいっと近づけて、声を弾ませる。
「おねえさん、けっこうポイントたまってますね!
いいなー。私、瞬間湯沸かしギア欲しかったんですよー!」
鉄仮面もたのしげに頷く。
「このお取り寄せグルメもいいですね。魔界牛A5ランクのやつ」
……なんだ、こいつらの和やかさは。
ユリィと鉄仮面以外の全員が、テンションの違いに戸惑っていた。
カレンは気を取り直して、声を上げる。
「こいつは真亜だ! もうただの魔獣狩りじゃない。お前たちは下がってな!」
仲間たちが後退するのを確認。
そして、コリンへと振り向き、ニヤリと笑った。
「見せてやるよ、お前の夢のドラゴンバスター。
いつか追いついてきなよ」
その背に、コリンの目がまばゆく輝いた。
レオン、グロック、鉄仮面の表情にも確かな安心感があった。
カレンは真正面を見据えると、もう振り返らなかった。
その手に握られた大剣が、青白い閃光を帯びはじめる。
周囲の空気が、熱で波打つように歪む。
黒いドラゴンに向かって駆け出すと、尾が唸りをあげて襲いかかってきた。
──だが、
「遅いよ」
一閃。
空を裂く蒼い残光が尾を切断。丸太のような塊が、どすん、と地に落ちる。
黒いドラゴンが呻き、後退った。
***
「……何者? 生身で炎神シリーズを振り回してるなんて」
ライナが呆れたように言った。
モニターの向こうでは、カレンが尾を切断し、手足を切り裂いていた。
ユリィは強大な力を持っているとはいえ、戦い慣れなどしていない。
カレンの“圧”に呑まれたように、動きが止まっている。
俺は、今さらながら、あの女戦士の化け物じみた強さを思い知らされた。
「あれなら、いけるんじゃないか?」
そう言った次の瞬間──
大剣がドラゴンの首を、軽々と撥ねていた。
「やった!」
……と、思ったのも束の間。
「ドラゴンの生体反応はまだ消えていません!」
ティナが叫ぶ。
「それに……体内で魔力が練られています! 空間魔法!」
空間魔法? 首を飛ばされても生きている?
俺が眉をひそめると、ライナが冷静に解説を始めた。
「真亜ともなると、心臓を潰さない限り終わらないかもね。
そして“空間魔法”は、その名の通り時空に干渉する魔法。空間を裂く、抉る、異空間に引き込む……そういうの、イメージできる?」
……そいつは、ヤバいやつじゃないか。
そして、さらりと怖いことを言った。
「まあ、ゴーレムの魔法障壁なら問題ないけど。
あの、カレンとかいうのはバラバラになるかもね」
……おいっ!
「ティナ! ユリィに何とかできないか言ってくれ!」
ティナは即座にサブモニターに目を走らせた。
「ライナさん……小型精霊炉のエネルギー、残り12%。
でも──人命優先。あれ、使うしかありません」
ライナは眉をしかめて、ため息まじりに応じた。
「そうね……人の命には代えられないわ」
もっともらしいことを言ってはいるが──
……顔に出てるぞ。明らかにイヤそうだ。
「ユリィ、魔導キャノンを解放するよ! 準備、お願い!」
ティナがキーボードを激しく叩きながら、指示を飛ばす。
***
──死なない?
首を撥ねたはずのドラゴンから、異様な気配が立ち上っている。
それをカレンは──肌で、直感で──感じ取っていた。
そして次の瞬間。
手足や頬に浮かんだ、髪の毛ほどの細い“線”が、スパッと割れた。
「……ッ!」
血飛沫が空に舞う。
「おねえさんっ!」
ゴーレムが、カレンとドラゴンの間に滑り込む。
その背中が、まるで巨大な盾のように立ちはだかった。
「私の後ろから離れないで! 魔法が来る!」
そう言って両手をドラゴンに向かって突き出すと、その掌に丸く空いた砲口から、
コォォ……と唸る音とともに眩い輝きが漏れ始めた。
「ティナ! 属性は光と火! 出し惜しみしてる場合じゃないよ、お願い!!」
その声に応じるように、輝きが強くなっていく。
カレンは、ゴーレムの背中越しに“それ”を見た。
首のないドラゴンの周囲──空間そのものが歪み、揺らめいている。
さっきの傷は、あれの“余波”。
直撃したら、さすがにミンチ……かな。
「レナ、ごめん」
うっすら笑いながら、腹の底で覚悟した。
──だが、そのとき。
「大丈夫。誰も死なせないから」
どこまでも穏やかで温かい声が背中越しに届く。
直後、ゴーレムから放たれた熱線の閃光が視界を焼いた。
あまりの眩しさに、カレンは思わず目を閉じる。
……静かになった。
おそるおそる瞼を開くと、ドラゴンの姿はもうなかった。
脚だけを残して、まるで──消し飛んだかのように。
カレンはその場に崩れ落ち、視線を地面に落とす。
──終わったのか?
その耳に、キュインという微かな音が届いた。
「あー、よかった! おねえさん、大丈夫?」
見上げると、そこには灰色の髪と目をした少女の笑顔があった。