第10話 狩り
亜竜種。
ライナの説明によれば、真竜種というのが、いわゆるファンタジー作品に登場する“賢くて魔法を使うドラゴン”で、
亜竜種は、俺が元いた世界で言えば“恐竜”に近い存在らしい。
この世界では、どちらもひとくくりに「ドラゴン」と呼ばれているが──
実際に目にするのは、もっぱら亜竜種。
真竜種はほとんど目撃例のない、伝説に近い存在だという。
つまり、「ドラゴン」といえば、実際はほぼ亜竜種のことを指すらしい。
真竜種なんて、人間がどうこうできる相手じゃないって話だが──
亜竜種だって、相当やばい。
これからゴーレムが挑もうとしているのは、
体長最大13メートルにもなる肉食獣──ギガント・レックス。
……ティラノサウルスと戦うようなもんだ。
尋常じゃない。
筋力150倍と、あの装甲なら……いけそうな気はするが。
俺は、肉弾以外に戦う手段があるのか気になっていた。
「なあ、ゴーレムに武装はあるのか?」
「ゴリラにしてはいい質問ね」
その言葉を待っていた、と言わんばかりの速さでライナが食いついてきた。
「ゴーレムのオリハルコン製フレームに、ミスリル装甲は、そんじょそこらの武器なんて通らない。
さらに物理・魔法の二重障壁も展開中。亜竜だろうがなんだろうが、毛筋ほどの傷もつけられないわ」
喉の奥でクックッと笑い、目を細める。
「で、武装。パワーだけでも制圧はできるけど、それだけじゃつまらないじゃない?
……あるわよ。すごいのが。その名も──魔導キャノン!」
また安直なネーミングが出てきた。
だが、ツッコミを入れながらも、胸の奥では確かな高鳴りを感じていた。
「魔導キャノン……。おそらく、魔法属性を切り替え可能な遠距離兵器……だな」
俺がオタク丸出しの妄想を口にすると、ライナの目が見開かれた。
「……どうして、それを」
やっぱりな。
そのとき、ティナが声を上げる。
「ギガント・レックス、捕捉しました。それと……人体反応が5。現在、交戦中のようです」
レーダーを覗き込みながら、戸惑い混じりの報告。
交戦中、だと?
カレンたちか……?
あの女戦士なら、むしろワクワクしながら狩りを始めていても不思議じゃない。
──ほんと、なんでうちの連中はこう、血の気が多いのか。
***
「コリンッ!」
カレンの鋭い叫びが、戦場に響き渡る。
ドラゴンの、丸太のように太い尻尾が、ムチのようなしなやかさでコリンを襲った。
その一撃で、彼の身体は数メートルも吹き飛ばされる。
仲間たちが、一斉にコリンの飛ばされた方向へと視線を向ける。
その顔には、血の気が引いたような青ざめが浮かんでいた。
だが、コリンに外傷はなかった。
一撃が入る直前、身体硬化の魔導ギアの起動が間に合っていたのだ。
それでも、地面に頭を打ちつけた衝撃が脳を揺らしたのか、
コリンの足取りはフラフラとおぼつかない。
まっすぐ立っているのが、やっとだった。
鉄仮面は、その様子を見て、一瞬だけ安堵の息を吐く。
そして、すぐに声をかけた。
「魔導ギアを過信しすぎるな! 無理して前に出すぎるんじゃない!」
そう言いながら、彼はドラゴンを見据える。
──その大きさを聞いたときは、もっと鈍重な怪物を想像していた。
だが現実は、まるで違った。
二足歩行。筋肉の塊のような脚から繰り出されるスピードは、人間の限界をはるかに超えている。
腕は短いが、その先には鋭く光る鉤爪。
リーチはないはずなのに、気を抜けば一瞬で肉を裂かれそうな迫力がある。
そして何より厄介なのが、長くしなる首と尻尾の連携。
その巨大な頭部には、鎧をも砕きそうな顎が備わり、ナイフのような歯が、びっしりと並んでいる。
──あれに噛みつかれたら、まず助からない。
そんな予感が、心臓をじわじわと締め上げていく。
灰色の鱗にびっしりと覆われた、威圧感そのものの姿。
亜竜種の中でも、特に凶暴で、圧倒的な“捕食者”。
それが──ギガント・レックス。
鉄仮面が声を上げる。
「僕がヤツの気を引く。レオンさん、グロックさん、後に続いてください!」
そう言い終えるが早いか、鉄仮面はドラゴンの正面へと躍り出る。
同時に、魔導ギアを起動。
淡い魔力が腕輪を中心に波紋のように広がった。
ドラゴンが鋭い牙をむき出しにして襲いかかる──
が、その瞬間にはもう鉄仮面の姿はなかった。
速度強化ギアの加速効果によって、すでに回避していたのだ。
獲物を見失い、一瞬だけ硬直するドラゴン。
その隙を、左右から突く。
レオンの剣が振り下ろされた。
その軌道が、空中に魔力の“残像”を刻み──
次の瞬間、残像が実体を持ち、連続する斬撃となってドラゴンの首を襲う。
実体の一撃に加え、魔力で複製された追撃。
一振りで連撃を叩き込むのが、レオンの魔導ギアだ。
続いて、グロックの戦斧が胴体に叩き込まれる。
刃が接触した瞬間、爆発的な衝撃波を放った。
どちらも、近接戦闘に特化した高威力の魔導ギア。
だが──相手は、それすらものともしなかった。
「……硬ってぇ」
レオンが呻く。
斬撃は鱗の表面に傷を刻んでいたが、中まで届いた感触はない。
グロックの一撃は、多少は効いているように見える。
だが、それでも致命傷には程遠い。
二人は素早くドラゴンから離脱し、反射的にお互いの顔を見合わせた。
「ミアとセラがいればな……」
レオンがぼそりと呟く。
魔法との連携があれば、まだ戦いになったかもしれない。
だが、このままではジリ貧だ。
──いや。
レオンの視線が、ゆっくりとカレンへと向く。
……まだいる。
うちには、“切り札”が残ってる。
ドラゴン以上に、やばいのがな。
カレンは鋭い目つきで大剣を構え直し、ゆっくりと腰を沈めた。
太腿に力が満ちる。まるで、猫科の大型獣が獲物に飛びかかる直前のようだった。
──そのとき、不意に響いたのはコリンの声。
「ま……まだまだっ!!」
震える身体を叱咤するように、叫んだ。
想像をはるかに超える化け物。その存在が、自分の子供じみた夢なんて、いとも簡単に蹴散らしていった。
もし、魔導ギアがなければ──あの一撃で命はなかった。
足がすくむ。喉がひりつく。
逃げ出したい。けれど──それでも。
リサに誇れる自分でありたかった。冒険者として。
前に出ようとした、その刹那。
カレンの声が鋭く制した。
「ひよっこが、簡単に命を捨てるんじゃないよ!」
叱責の声。しかしその顔に怒りはなかった。
「コリン……お前、ドラゴンの一撃を食らって生きてるなんて、たいした土産話じゃないか。今回は、それで満足しときな」
そして、目を細め、ふっと笑う。
「チャンスに食らいつくのが冒険者──その通り。
……そのチャンスは、あたしが何度でも作ってやるよ」
カレンの口角が、獣のように吊り上がる。
「ここから先は、あたしの狩りだ。邪魔すんじゃないよっ!」
その言葉と同時に、カレンの体が閃光のように地を駆けた。
大剣を構えたまま、一直線に獲物へと突き進む。
巨躯のドラゴンも、反応は素早かった。
唸りを上げて大口が襲いかかる。
だが、カレンは一瞬早く跳躍し、顎を紙一重で回避──。
大剣とは思えぬ軽やかさで宙を舞い、重力と筋力を乗せた渾身の一撃を振り下ろした。
だが、ドラゴンも身を捻って回避。
刃が巨体の背をかすめ、分厚い鱗を斜めに裂く。
鈍く響く斬撃音とともに、火花と鮮血が弾け飛んだ。
着地と同時に、カレンは舌打ちしながら息を吐く。
「ちっ……首を狙ったんだけどね。そう簡単には取れないか」
続けざまに二撃、三撃。
重い一閃がドラゴンの鱗を裂き、唸り声を上げさせる。
だが──急所を狙ってはいたものの、決定的な隙はなかなか訪れない。
カレンは間合いを取り直し、ちらりと大剣に目を落とした。
「やっぱあれしかないかな。1回3万Gは痛いんだけどな……」
その声を聞いたレオンの背筋に、ひやりとした汗が流れる。
あれが来る──
以前、自分の魔導ギアが一瞬で蒸発した、炎熱の必殺技。
あのドラゴンがどれだけ化け物でも、関係ない。
──勝てる。
もはや疑いはなかった。
だが。
「あれ?」
カレンが、間の抜けた声を漏らす。
「……なんだこれ。“邪神カンパニーからのお知らせ”。
“契約プラン変更のご案内”」
大剣に仕込まれた水晶球を覗き込みながら、眉をひそめる。
「“いまなら新型魔導ギア乗り換え0Gキャンペーン実施中”……はあ?」
難しい顔をするカレン。そして視線をレオンへ向けた。
「なあ、この広告、どうやって消すんだ? 技、出したいんだけどさー」
レオンも戸惑う。
「え? いや、アネゴ……リスティアさんの契約術式に切り替えたんじゃ?」
カレンはしれっと言い放った。
「なんか、めんどくさくて。そういうのはレナに任せてるし」
いつの間にか、カレンの背後に鉄仮面が現れ、水晶球を覗き込んでいた。
「ここじゃないですかね? 右ボタンですよ。多分」
「はあ? お前、適当なこと言ってんじゃないよ。全然ちがうじゃないか」
カレンと鉄仮面のやり取りを見て焦るレオン。
「ちょっと、それどころじゃないっすよ! おいグロック、お前分かるか?」
だが、呼びかけられたグロックは、ゆっくりと目線を逸らした。
……こいつら。
そのとき、ドラゴンが咆哮を上げ、コリン目がけて突進を開始する。
まずい──
レオンはドラゴンを追う。身体硬化があるとは言え、丸飲みにでもされたら、助けようがない。
だが次の瞬間。
ドンっという衝撃音と共に、ドラゴンの巨体が揺らぎ──勝手に吹き飛んでいた。
「!?」
目の前の状況に理解が追いつかないレオンの耳に、少女らしき声が届く。
「みなさん! もう大丈夫です!」
何もなかったはずの空間が揺らぎ、そこから黒い影がゆっくりと浮かび上がる。
***
──その頃、遠く離れたドワーフ商工会では。
「ヒーローは遅れてやってくるのよ!!」
ライナがのけぞりながら叫んでいた。