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第09話 ドラゴンバスターズ

ドワーフ商工会と、領主エドワルドが治めるエルンハルト領までは、距離にしておよそ200km。


ユリィの脚力を50m走で10秒と仮定すると、時速18km。これを150倍にブーストすると時速2,700km……!?


いや、俺はアホか。いろいろな要素を無視しすぎている。

空気抵抗、重量、摩擦……それに、そもそも150倍になるのは「筋力信号に対応した出力」であって、移動速度じゃない。


そんなツッコミを脳内で飛ばしていたとき、正面のワイドモニターを見つめていたティナが声を上げた。


「ゴーレム、超高速起動モードから、安定走行に入りました」


初速には正直ヒヤッとしたが、いまは目で追える速度に落ち着いている。

障害物の多い地上移動では、これくらいが現実的か。


……モニターには119kmと表示されているが。スピード違反じゃないよな?


俺は、ふと思った別の疑問をそのまま口にした。


「なあ、中のユリィって疲れないのか? 体への負荷とかは?」


筋力で動かしてるわけじゃないにしても、外骨格の動きに合わせて体を使ってるんだから、多少は疲れるんじゃ……。


そんな素朴な疑問を、ライナは鼻で笑った。


「ゴーレムの衝撃や振動は操縦者に伝わらない構造よ。当然でしょ。それに、常時回復魔法も展開中。疲労なんてナッシング!」


自信満々だった。


──強制回復で走らせ続けるって、それはそれでブラックなんじゃ……。


言いかけて、飲み込んだ。

やっぱりコイツの発想は怖い。


「でも……」と、ライナは低く(つぶや)いた。


「唯一の不安は、小型精霊炉のエネルギーね。邪神カンパニーで補給したのが最後だから」


小型精霊炉は、本来であれば精霊との契約によって常時エネルギー供給が受けられる。


だが──


邪神カンパニーからの逃亡の際、追跡を避けるために精霊との接続は強制的に切断されていたのだ。


しかし、ライナはさらりと言った。


「ま、ちょっと行って魔獣をアレして帰ってくるくらい、どうってことないでしょ。リスティアが中位精霊と契約できたら、エネルギー問題も解決するんだし」


……急に雑な見積もりになったな。


エルンハルト領にはリスティアや、魔獣駆除で現地入りしているカレンたちがいる。何かあっても大丈夫……だと思いたい。


少なくとも、そのときの俺は、まだ楽観的だった。


***


エルンハルト領では、カレンの指揮のもと、魔獣討伐隊が活動していた。


「この辺りの魔獣はだいたい片付きましたね」


そうカレンに声をかけたのは、仮面なしのイケメン──元・鉄仮面。

現在は新たな仮面を製作中だ。いくつか試作品もあるが、フィット感には彼なりの強いこだわりがあったのだ。


カレンは、ふう、とひと息つきながら応じた。


「にしても、多いね。まあ、あたしは退屈しないし、稼ぎにもなるし……文句はないけどさ」


そのとき、やや慌てた様子でレオンが駆けこんできた。


「アネゴ、やっぱりこのあたりにいるみたいっすよ、ドラゴン」


その一言に、討伐隊の少年・コリンの目が輝く。

彼は元・ブラック冒険者ギルドのEランクにして、かつての契約労働者。そして、リサの幼なじみでもある。


リサが精霊契約術師としてリスティアの弟子になったように、コリンはS級冒険者・カレンに師事していた。

……もっとも、その実態は、ほとんど一方的な憧れに近いものだったのだが。


レオンの報告を受け、カレンの目にも光が宿る。


「へえ……珍しいね。どんなやつだい?」


そこへ、戦士・グロックも加わり、即席の打ち合わせが始まった。


レオンの情報によれば、件のドラゴンは体長約10メートル。

亜竜種で、きわめて獰猛な肉食の個体らしい。


その説明に、少年・コリンが首をかしげる。


「あの……亜竜種って? ドラゴンに種類なんてあるんですか?」


レオンは思わず呆れ顔を浮かべる。

それは、冒険者なら常識だろう?と言いたげに。


だが、非難ではなく説明のために口を開いた。


皮肉屋だった彼も、カレンの説教という名の指導を受けて、いろいろと“角が取れた”らしい。


「ドラゴンっつっても、いろんなのがいてな……いちばんの違いは、真竜と亜竜……だったよな? えーっと……」


レオンは眉をひそめ、頭をかく。

隣のグロックに視線を向けるが、無言でそっぽを向かれた。


──そう。彼らは“黒い精霊の力”を使った代償として、記憶にいくつか穴が空いていたのだ。


「はあ……」

カレンが二人の様子を見ながら、ため息を吐いた。


「しょうがないね。ちゃんと覚え直しな」


彼女は指を折りながら、簡潔に言った。


●真竜種

「生き物っていうより、もはや“魔力の塊みたいな何か”だね。知能は高いし、寿命もあるのかないのか分からないくらい長い。精霊との相性が異常に良くて、最上級魔法クラスの攻撃も平然と使ってくる。世界でも数体しか目撃例がないって話で……まあ、伝説みたいな存在だよ」


●亜竜種

「こっちは、竜の形をした“獣”って感じ。種類は多くて、陸に水中に空──いろんなのがいるけど、生態系の一部として成り立ってる。人里近くに現れることは滅多にないけど……肉食のやつはだいたい凶暴で、油断するとあっさり喰われるよ」


カレンは口角を上げながら、楽しげに話を締めくくった。


「今度のやつ、体長10メートルだって? そりゃあ、並の冒険者じゃあ、ただの餌だろうね。……腕が鳴るじゃないか」


怯んだ様子は、まったくなかった。

レオンたちは若干引きつりながらも、頼もしさを感じていた。


カレンは一同を見回しながら、素早く指示を飛ばす。


「よし、ドラゴンの討伐は、あたしとレオン、それからグロックに……鉄仮面。いまは“元・鉄仮面”だけど、面倒だからそのままでいいや。この四人で行くよ」


すると、コリンがずいっと一歩前に出た。

その瞳には、確かな決意が宿っている。


カレンは目を細め、真っ直ぐに言い放った。


「……根性は認めてやってもいいけどね。無謀なだけじゃ死ぬよ?

戦場じゃあ、自分の命が最優先。お前が喰われるところなんか見たくもないけど──そこを割り切るのが冒険者だ……わかってるのかい?」


数秒の沈黙。


コリンの心には、リサとの約束があった。

──強くなる。


リサは自分の道を歩み始めている。

精霊契約術師の道がどれほど困難なのかは分からない。けれど、最高の師匠に出会えたと語る彼女の笑顔は、いまも目に焼き付いていた。


そして、自分は。

S級冒険者の背中を追っている。遠すぎるその背中に、ほんの少しでも近づけるなら──


コリンは、力強く(うなず)いた。


「僕の夢は、ドラゴンを倒すことなんです。

……チャンスには食らいつく。それが冒険者。命を捨てるつもりはありませんが、いつ来るか分からない“次”を待つ気もありません」


その言葉に、グロックがニヤリと口元をゆがめた。


「言うようになったな、コリン。

アネゴ、覚悟を決めた男の門出ってやつ……認めてやってくれませんか」


そこへ、鉄仮面も穏やかに言葉を差しはさんできた。


「僕も、コリン君の意思は尊重したいですね。

でも──魔導ギアもなく凶暴なドラゴンに挑むのは、やはり無謀……これを。団長から預かったものです」


そう言って、彼がコリンに手渡したのは──身体硬化の効果を持つ腕輪だった。


「……いいんですか? こんな貴重なもの」


戸惑うコリンに、鉄仮面は爽やかな笑みを向けた。


「コリン君も、ホワイト盗賊団の一員ですからね。団長なら、きっとこうする。それだけです」


カレンは腕を組んだまま目を閉じてやり取りを聞いていたが──

カッと目を見開き、勢いよく言い放った。


「わかった。コリン、男を上げな。いくよ、ドラゴン退治だ!」


こうして、盗賊と冒険者による“ドラゴンバスターズ”が結成された。


***


──その頃。


「そろそろエルンハルト領ね。ティナ、魔獣の反応はどう?」


ライナの問いかけに、モニターを確認していたティナが応じる。


「この反応……データベース照合します。──ギガントレックス。最大13メートルにもなる亜竜種ですが、どうします?」


ライナには一片の迷いもなかった。


「へえ? なかなか楽しいのがいるじゃない!

そんなの、ゴーレムで粉砕よ! ユリィ、やっておしまい!」


……言ってることが、悪役のそれだった。

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