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第08話 試運転

ドワーフ商工会に到着すると、いつもとはちがう別棟に案内された。


大きな搬入口が設けられており、一見して倉庫か工房のようだと分かる。

その建物に隣接する道も、石畳ではなく、砂利がしっかりと敷き詰められていた。

重量のある貨車が頻繁に出入りしているのだろう。


搬入口横のサイドドアから中へ入ると──その光景に、思わず息を呑んだ。


高い天井には鉄骨フレームが走り、四方にはチューブや配線が這っている。

まるで、整備ドックのような空間だ。


そして建物の中央には、ゴーレム本体──漆黒のパワードスーツ型魔導ギアが静かに佇んでいた。


全高はおよそ二メートル。

機能性を極限まで追求した外骨格フレームに、鈍く光る重装甲が密着し、洗練されたフォルムと、圧倒的な威圧感を併せ持っている。


背中にはバックパックのように盛り上がったユニットが装着されていた。

それは“小型精霊炉”と呼ばれるもので、ゴーレムの駆動を担うだけでなく、各種武装や操縦者の生命維持系統にもエネルギーを供給する、いわば心臓部だ。


その存在感は、もはや“機動要塞”の名にふさわしい威容だった。


視線を巡らすと、奥にガラス張りの部屋があり、大きな機械が設置されている。

ティナとライナの姿があり、なにやら打ち合わせしているようだ。


ゴーレムの脇では、ユリィが準備中らしかった。

身体にぴったりとフィットしたパイロットスーツに、通信用らしきインカムを装着している。


こちらに気づいたユリィが、ぱっと手を振ってきた。


「……お、元気そうだな、ユリィ」


声をかけると、彼女は嬉しそうにコクコクと(うなず)く。


「うん。ゴリオ、いいとこに来たね。これからゴーレムの試運転なの!」


そこへ、白衣姿のライナがツカツカと近づいてきた。


「いても構わないけど、邪魔しないでよ。

機械類に触らない、騒がない……あと、ユリィをいやらしい目でジロジロ見ない」


「はいはい、わかったよ」


俺は手をひらひらと振って応じた。

まったく、相変わらず口うるさいやつだ……いやらしい目って、なんだよ。


「ゴーレムが動く前に、見学者はそっちの管制室へ移動してよね」


ライナが指差した先には、奥のガラス張りの部屋──見ると、ティナがこちらに軽く手を振ってきた。


「それじゃあ、ユリィ。装着しようか」


ライナが端末を操作すると、ゴーレム正面の装甲がゆっくりと左右に開き、静かに後方へと下がっていった。

その内側には、まるで人を迎えるかのような空間──むき出しのフレームが姿を現す。

外骨格内は筋繊維を模した束で覆われており、それぞれがうっすらと脈動している。


ユリィは何も言わず、ただ一歩を踏み出した。

そして迷いなく中へと収まると、頭から爪先にかけて光学スキャンが走る。

次に、肩、腰、各部関節……と、補助アクチュエータが接続されていった。


すべてがぴたりと位置を定めると、「キュイン……」という(かす)かな音を残して装甲が閉じ、まるで一枚の殻のように、滑らかに密閉された。


やがて──


シュウウウ……


吐息にも似た音が響き、関節部の可動域調整が始まった。


まったく、とんでもない技術だな。

装着の掛け声を……と思ったが、そんな雰囲気でもないのでやめておいた。


俺はライナと共に、ガラスの向こうの管制室へと移動する。


「団長さん、お久しぶりです」


ティナがぺこりと頭を下げてきた。


「ティナも元気そうだな。それと……」


俺は室内の隅に目をやる。

そこでは、ドランが毛布にくるまりながら床に寝そべっていた。壁にもたれかかり、うっすら寝息を立てている。


……なんか痩せたような気がするぞ。頼むから、ちゃんと就業規則守ってくれよな。


ティナが苦笑した。


管制室の中央に鎮座するのは、まるでフライトシミュレーターのような大型の魔導ギア装置だった。


中央のシートにティナが腰掛ける。

彼女の眼前いっぱいに広がるワイドモニターには、ゴーレムに搭載されたカメラの前後左右、上空、そして足元の映像がリアルタイムで合成表示され、さらにレーダーと周囲環境の数値化データが重ねられていた。


手元のコンソールには、キーボード、操作パネル、各種スイッチや計器類が整然と並ぶ。

シートの左右にはアームで固定された小型モニターが設置され、それぞれ異なるサブ情報を映し出している。


精霊炉を開発しながら、こんなものまで……。

俺はあらためて、ライナの実力を思い知った。


ライナが説明を加えた。


「ティナの精霊共鳴――これには、ゴーレムの精神リンクを安定させる効果があるって検証できたわ。

ティナのインカム、精霊共鳴の波動を“対になるレシーバー”に届ける魔導ギアよ」


確かに、ユリィと同じインカムを装着していた。


「そして、ティナにはゴーレムの“オペレーター”をお願いしてる」


「オペレーター?」

俺の疑問に、ライナは軽く(うなず)いて説明を続けた。


「索敵、地形や環境のモニタリング、状況に応じた武装の制御、魔法障壁の展開、それと小型精霊炉のマネジメント……

本来なら全部、ゴーレムに搭載した疑似人格が自動でやってたんだけど──」


そこで、ライナはちらりとティナのほうへ視線を向ける。


「それだと、精神リンクにかかる負荷が大きすぎたのよ。だから今は、疑似人格には運動系と安全系の制御だけを任せてる」


そして、満足そうに口元をほころばせた。


「ティナとユリィ──二人でひとつよ」


なるほど。

まさかのタンデム運用とは。これはこれでアツいな!


俺はたまらず、ワクワクしてきた。


ライナは計器類をチェックすると、後ろに下がる。

そっと両手を白衣のポケットに入れると、ティナの背に声をかけた。


「じゃあ、ティナ。お願い」


ティナは静かに(うなず)き、キーボードに指を添えながらインカムに向かって声をかけた。


「ユリィ、準備はいい?」


──いつの間にか、「ユリィちゃん」ではなくなっていた。

バディとしての距離感。それが、ふたりのあいだに確かに芽生え始めている。


次の瞬間、スピーカーからユリィの声が響いた。


「大丈夫! いけるよ!」


ティナは、キーボードやタッチパネルを操作しながらサブモニターに目をやる。

波形と数値、そしてゴーレムの機体ステータスと思しきアイコンが次々と表示されていく。


「可動域調整OK。精神リンク、98%。精霊炉エネルギー、充填70エーテル……」


そして、ドックの扉が開け放たれようとしていた。


この展開は……まさに、あれが来る流れだ。

俺の胸の鼓動が、一段と高鳴る。


確認がひとしきり終わり、ティナが「シ……」と言いかけたその瞬間──


「システム、オールグリーンよ!!」

ライナが満面の笑みで言い放った。


──お前も、やっぱり言いたかったのかよ。


そのときだ。ゴーレムが静かに身じろぎし……クラウチングポーズ。


俺の目は釘付けになった。


だが次の瞬間──

グォンッ!

空気を裂くような衝撃音だけを残して、その場から姿を消していた。


……え?


慌ててモニターを確認すると、目が追いつかないほどの速度で疾走する映像が流れていた。


「これが魔導マッスルよ!! ざまーみろエグゼス!!」


ライナがのけぞるように叫ぶ。

誰に対して言ってるのか分からないが、完全にスイッチが入っていた。


魔導マッスル──ユリィの筋力信号に反応し、その指令を最大150倍の出力に変換してゴーレムを駆動する。

安直なネーミング。子供が考えたような設定。

……そんなもの、ただの妄想だと思っていた。


だが……こいつはマジだ。


ライナは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、淡々と指示を飛ばした。


「ユリィ、このままエルンハルト領へ! ティナ、光学迷彩起動。それと地図データを送って!」


エルンハルト? 嫌な予感がする。


「ライナ、エルンハルト領って……何をする気だ?」


問いかけた俺に、ライナは口角をこれでもかというほど引き上げて答えた。


「何って……魔獣が出て困ってるんでしょ?

そんなの、ゴーレムなら瞬殺よ。試運転の相手にはちょうどいいわ」


「これも人助けよ」と続けながら、ヒッヒッと喉の奥で笑うその様子は、完全に悪役だった。


……いや、魔獣被害をなくすのは、確かに急務なのだが。

しかし、こいつが言うと、どうにも不穏な響きしかしない。


ふと見ると、ティナもノリノリで、オリジナルソングを口ずさんでいた。


「風より速い精霊戦士♪ 岩盤だってぶち抜くぞー♪ ゴー♪」


ティナをここに預けたのは、間違いだったのかもしれない……。


そんな不安が、俺の脳裏をよぎっていた。

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