第07話 契約術式
俺たちが遺跡から持ち帰った財宝は、砦を大いに湧かせた。
レナは「どうやって突破したの?」と、興味津々に詰め寄ってきたが、俺は頑として黙秘を貫いた。
遺跡攻略メンバーも、武士の情けで余計なことは語らなかったが──リスティアがどこからか覚えてきた、「乙女のファンタジー♪」というフレーズが、しばらくのあいだ砦内のちょっとした流行になった。
あの遺跡には、まだ財宝が眠っているかもしれない。
けれど、あれがWSOの管理下にあるものならば、これ以上の派手な活動は控えるべきだろう──それがリスティアの見解だった。
それに、今回の遠征だけでも、当面の資金は確保できた。
棚ボタに頼り続けるのも考えものだ。
きちんと、俺たちの“ホワイトなビジネス”で稼げるようにならなければ。
俺はあらためて気を引き締めるのだった。
そして、遺跡で手に入れた記憶の欠片。
もともと今回の遠征の目的は、俺たちの精霊炉にエネルギーを供給してくれる精霊と交渉するために、気を引く“お宝”を探すことだった。
この欠片は、とりわけ精霊の強い関心を引き寄せたらしい。
エステルの記憶──。
それを差し出すことに、俺はどうしてもためらいを覚えた。
だが、リスティアは優しく、さとすように言った。
「精霊への対価──“価値”はね……
世界に還元されて、巡り巡るの。
エステルの痛みも、希望も、ちゃんと然るべき場所に還っていくよ」
ならば──
あの暗い地の底で、誰にも知られずに眠り続けるよりも。
そのほうが、きっと……いいのかもしれない。
いつかまた。
時が巡り、彼女の歌声が世界に届きますように──そう、祈った。
***
俺たちは精霊の協力を取り付けることに成功した。
今回、新たに契約を結ぶことになったのは──中位精霊だった。
“中位”と聞くと、どこか中途半端な印象を受けるかもしれない。
だが、それはとんでもない誤解だと、リスティアは言う。
「精霊って、“力の及ぶ範囲”で分類されてるの。
自然そのものだから、“どこまで影響できるか”が基準だよ」
実際にはもっと複雑なヒエラルキーがあるらしいが、そこまでは覚えなくてもいいとのこと。
リスティアがざっくり教えてくれた区分は、こうだった。
下位精霊:
個人~村レベルの加護をもたらす。
中位精霊:
都市~国規模の自然環境に干渉できる存在。
上位精霊:
大陸~世界、あるいは次元すら超越する力を持つ存在。
上位精霊に至っては、もはや“神”とすら呼べるほどの力を持つ存在だという。
だが、そうした存在と契約を結ぶには、まず“特級ライセンス”を取得しなければならない。
しかもそれは──「交渉の席に着く」ための、ほんの入り口に過ぎないのだという。
なお、WSO(世界精霊機関)は、中位以上の精霊に対し、加盟を義務付けている。
もっとも──あの“黒い精霊”のように、中位に分類されながらも、その枠組みに属さない“アウトロー”も存在するらしいが。
今回、俺たちは契約の合意を得たが、これで「契約完了」とはならない。中位以上の精霊との契約締結には、WSOへの登録申請が必須なのだ。
通常は、WSO加盟国であれば各国の申請機関から届け出を出せばよい。
だが──俺たちの国、王国は制裁対象とされているくらいなので、申請機関などあるはずもない。
申請は本部へ赴くしかなかった。
***
その前に、国内での懸案事項を片付けておくことにした。
そのひとつは、エルンハルト領の農作業用魔導ギアの修繕だった。
この件については、すでにドワーフ商工会の技師が現地入りしており、主要な作業はほぼ完了していた。
領主、エドワルドという男は、なんとも気さくな人物だった。
リスティアの名は魔導ギア業界で知られているらしく、まさか本人が来るとは思わなかったのか、最初は腰を抜かしそうになっていた。
……が、弟子たちの姿を目にしたとたん、態度が変わった。鼻の下を伸ばしはじめ、特にミアはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
クライアントとはいえ、節度はわきまえてほしいな。
俺が笑顔で「お願い」すると、どうやら察してくれたようだ。
ともあれ、残る作業は契約術式の封入だけだ。
***
「いい〜? 精霊さんの見積はきちんと確認して、数量と単価は絶対に間違えちゃダメ。あと、品名を手入力するとミスが出やすいから、ちゃんと登録コードを使ってね」
魔導ギアのそばで、リスティアが“講義モード”に入りながら術式の封入作業を進めていた。
共に作業しているのは、セラ、ミア、リサ──三人の弟子たちである。
「先生……この型番、下三桁が属性で、出力の許容差が±5%……F品、でしたっけ?」
リサが不安げに手を挙げ、必死にメモを取っている。
「Jですよ。Fは、もっと高精度な用途で使われます」
冷静な声で、セラがさらりとフォローを入れた。
……なんだろう。
術式構築って、もっとこう……幻想的で、神秘に満ちた儀式か何かだと思ってたんだけどな。
「対価の支払いは、納品から60日以内。受入が基準日じゃないから間違えないようにね〜」
リスティアの言葉に、「了解っすー!」と、ミアが元気よく返す。
講義は、まだまだ終わりそうになかった。
今回扱っているのは、下位精霊との契約術式だ。
下位精霊相手であれば、WSOへの申請もライセンスも不要なため、今後の運用やメンテナンスは彼女たちに任せる予定だった。
とはいえ、これは決して“誰にでもできる”ような作業ではない。
必要なのは、精霊契約の適性。
そして術式構築に関する知識。
さらに──何よりも、精霊との信頼関係だ。
俺には詳しい理屈は分からないが、「契約適性」とはつまり、才能や技能に近いものらしい。
ライセンスとは別物だが、ライセンスを取るには結局のところ才能と技能が求められるため、両者は密接に関係している。
この適性は、測定することができるそうだ。
評価はE〜SSのランクで示される。
ちなみに、三人の評価は以下の通りだった。
セラ:A
ミア:A
リサ:B
リスティアはこの結果に、少なからず驚いていた。
Bランクでも十分に優秀な部類だ。
だが、Aランクともなると話は別だという。
中位精霊との契約すら視野に入る、きわめて希少な才能。
努力次第ではSランクに届く可能性もあり──
そうなれば、国家に一人いるかどうかというレベルの逸材になるらしい。
「魔王カンパニー時代でも、そうそうはいなかったよ」と、リスティアは目を丸くしていた。
そして案の定というか──
この結果を受けて、セラとミアの間では「どちらがリスティアの一番弟子か」を巡って、さっそく醜い争いが勃発。
それを見ていたリサは、心底どうでもよさそうな顔をしていた。
……まあ、元気があってよろしい。
***
そして、一緒に作業していたドワーフの技師から、嬉しい知らせがもたらされた。
──ゴーレムが、いよいよ稼働フェーズに入るというのだ。
俺は後の作業をリスティアに任せ、すぐにドワーフ商工会へと向かった。