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第03話 農業振興

WSO正規認証品の流通は禁止されている──

いや、正確には「王国内の工房がすべて認証を取り消された」結果、正規品は事実上の“外国製”となった。


王国は、貿易不均衡の是正を名目に正規品を禁じた。

だが、それがWSOとの関係をさらに悪化させ、修復不可能な断絶へと至った。


魔導ギアに携わる者であれば、誰もが知っている常識。


だからこそ──エドワルドは驚いた。


目の前の女、ヴィオラは、あまりにもあっさりと言ってのけたのだ。


「そんなもの──無視してしまえばいいんです」


挑発するような笑みを浮かべ、身を乗り出す。


「そもそも規制の理由は“国産ギアの保護”でしょう?

でも、私たちの提案する品は、原材料から加工まで、すべて国内製。

しかも、使用するのはWSO認証の精霊エネルギー。──安心、安全、エコロジーです」


そして、囁くように──でも逃さぬ声で。


「使わない理由、ありますか?」


エドワルドは一瞬あっけに取られたが、すぐに軽口を返す。


「ひゃー、怖いなあ。ワシ、犯罪者になっちまうよ? ……法は法じゃろうが」


ヴィオラはわずかに口角を上げた。


「エドワルド様。その“法”とは誰のためにあるのでしょうか」


穏やかな声。だが、確かに魔力のような気迫がこもっていた。


「私どもの目的は、魔導ギア産業の再興──ひいては王国経済の復興です。

なんらやましいことはしておりません。

法と衝突するのなら……それは法が道を譲るべきなのです。そうは思いませんか?」


この女──とんでもないことを、さらりと。

エドワルドは驚きつつも、その言葉にどこか惹かれるものを感じていた。


そこに、リリカが割って入る。


「ドランさんから伺いました。エドワルド様の領地には、大型の農作業用魔導ギアがあるとか」


確かに──ある。

だが今は、精霊エネルギーもなければ、動かせる技師もいない。ガラクタ同然の代物だ。


「それがどうした?」


「修繕・メンテナンスはお任せください。

ドワーフ商工会の技師と、弊社所属の契約術師が対応いたします。

ちなみに──WSO“特級ライセンス”保持者が一名、おりますので」


特級……だと?


全盛期の工房でも手が届かなかった資格。

世界中を探しても、数えるほどしか存在しないはずだ。


リリカは、さらに畳みかける。


「さらに、弊社は素材調達商社ですので、領内の魔獣駆除も対応可能です。

弊社契約のS級冒険者を派遣いたします。料金は素材価格と相殺(そうさい)という形ではいかがでしょうか」


次はS級冒険者──どこまで風呂敷を広げるつもりだ。


「まずは、お試しいただけませんか?」

リリカは営業スマイルを浮かべる。


「サンプルギアもご用意しておりますし、契約術師・S級冒険者の実力も、ご判断のうえで」


エドワルドは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「へ……へぇ。なかなかすごいのう」


だが──乗るべきか?

特級にS級? あまりに出来すぎている。


しかも、法を破れときた。

「お試し」の甘言も、どうせ後でふんだくられるに違いない。

それは、長い人生で身にしみてきたことだった。


答えは、“No”だ。


「残念だがな……ワシには払える金なんぞない。見ての通りの、貧乏所帯じゃ」


テーブルに手をついて立ち上がる。商談終了の合図だった。


「ま、今日は面白い話が聞けたわい。目の保養にもなったしな」


そう言って背を向けたエドワルドに、ヴィオラの声が突き刺さる。


「報酬は──“上がりの三割”で手を打ってもいいわよ」


ぴたり、と足が止まる。


ゆっくりと振り返ると、鋭い視線がそこにあった。


「作物の収益の三割。多くても、少なくても、それが私たちへの報酬。

魔獣討伐から、農作業用ギアのメンテナンスまで一切合切込みで。

前金も不要。その他の条件も一切なし。

ご希望なら、正式な契約書もご用意いたします。──どうかしら?」


リリカがそっと重ねる。


「これで、支払いのご心配はなくなりましたね。

あとは、エドワルド様のお気持ちひとつ」


そう言って、リリカが鞄から取り出したのは──

新型の、魔導ギアだった。


取り出されたのは──先端に水晶球が嵌め込まれた、金属製の細長い棒が数本。


「なんじゃ、それは?」


口では(いぶか)しげに言いながらも、視線は自然と棒へと引き寄せられていた。


そして、ふたたび着席。


リリカは、エドワルドが落ち着いたタイミングを見計らい、淀みなく説明を続ける。


「こちらは土地の状態を常時モニタリングするための魔導ギアでして──この棒状の機器の先端部を、複数のエリアの地面に埋めるだけで機能します」


「……埋めるだけ?」


「はい。地表の気温、湿度、降水量に加えて、地中のpH値、水分量、栄養バランス……さらに作物ごとの生育適性まで自動で解析いたします」


そう言って、リリカはもうひとつ──手のひらに乗るサイズの板を鞄から取り出す。


「こちらの板は、棒状の魔導ギアと精霊ネットワークで連携しておりまして、各地点から得た情報をリアルタイムで映し出します。もちろん、過去のデータも保存できますし、気候の傾向や土壌の変化から、最適な作付け時期なども自動で提案してくれますよ」


その瞬間──エドワルドの目の色が、明らかに変わった。


この魔導ギアは、ホワイト盗賊団の首領がふと口にした一言から生まれたものだった。


「領地の主産業が農業なら、そっちに刺さるギアが必要だろ」


そう言って提案してきたものだったのだ。


リリカは提案内容に驚愕した。


(一体、あの人は何者っちゃ……)


魔導ギア産業が遅れた王国の、それも盗賊とは思えない発想力と先見性──密かに感服した。


リリカはエドワルドの目をまっすぐ見て、とどめのセールストークを放った。


「領内の魔獣は駆除。農作業用魔導ギアの修繕も行われる。そして、土地の声を“見える化”するシステムの導入で、生産性の向上を図る。

ご興味、ございませんか? エドワルド様」


続けて、ヴィオラが、一転して穏やかに語りかける。


「腹を割って話しましょう。私たちは、王国で“成功例”が欲しいのです。未来のビジネス拡大のために。そしてエドワルド様の困り事は、私たちが解決できる」


一拍、間を置く。


「ただ、ひとつだけ問題があるとするなら……」


その言葉を言い切る前に、エドワルドが声を張った。


「法か? そんなもん──知ったことかよ!」


魔導ギアを手に取り、目を輝かせながらまくし立てる。


「こんなのを見せられたらな! ドランみてぇな石頭じゃ、一生かかっても出てこねぇ発想だぜ!」


そして、にやりと笑う。


「ヴィオラちゃんに、リリカちゃん──いったい何者なんだい、あんたら?」


ヴィオラとリリカは、顔を見合わせると、不敵な笑みを交わす。


テーブルの下では、ふたりの親指が、グッと立てられていた。

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